※本稿は、高橋和夫『イランとアメリカ、そしてイスラエル 「ガザ以後」の中東』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■中東勢力の構図が崩れたきっかけ
中東の国際政治を規定してきた構図が崩れた。その構図とは何か。
その構図の中では、一方でイスラエルと、それを支えるアメリカがおり、その周りに親アメリカのアラブ諸国がいた。ヨルダン、エジプト、アラビア半島の産油諸国などである。
他方で、これと対抗するイランを中心とする勢力がいた。パレスチナ・ガザのハマス、レバノンのヒズボラ、シリアのアサド政権、イラクのシーア派の民兵組織、そしてイエメンのフーシー派などである。
そして、そのどちらにも属さずに、双方と関係を維持して影響力を行使してきた国々がある。トルコとロシアと中国だ。
この構図が崩れた。その過程を振り返ろう。
そしてイスラエルが反撃した。そこから、中東情勢が大きく動き始めた。イスラエルは、ハマスに激しい攻撃を加え軍事面で大きな打撃を与えた。2023年11月下旬から12月上旬までの1週間の短い停戦をはさんで、その前後15カ月にわたって攻撃が続いた。
その後の2025年1月に二回目の停戦が発効した。だがイスラエルは3月に停戦を破りガザへの攻撃を再開した。またガザへの物資の搬入を停止した。ガザは飢え渇いた。そして10月に三回目の停戦が始まった。イスラエルによる攻撃が完全に収まったわけではないが、殺戮(さつりく)のレベルは大幅に低下した。
■“ガザ爆発”の周辺国への類焼
ガザの戦争は、すぐに周辺へと広がった。ハマスがイスラエルを奇襲した翌日、つまり2023年10月8日にヒズボラが、やはりイスラエルへの攻撃を開始した。ハマスに連帯しての参戦だった。ヒズボラは、イスラエルの北の隣国レバノンの南部を拠点とするイスラム教シーア派の組織だ。
イスラエルも直ちに反撃した。こうしてイスラエルは南ではガザのハマスと、北ではレバノンのヒズボラと交戦状態に入った。
ヒズボラとイスラエルは、小規模ながら軍事衝突を繰り返していた。低レベルながら交戦状態が、その後も続いた。
イスラエルとヒズボラが交戦状態に入った11カ月後の2024年9月に、イスラエルのヒズボラに対する大攻勢が始まった。そしてイスラエルは、ヒズボラに大きな打撃を与えた。ついに同年の11月末にはヒズボラはイスラエルとの停戦に応じた。
この停戦の発効の日の未明、シリアでは反体制派が攻勢を開始した。シリア政府軍は、ほとんど戦わずして総崩れになった。そして翌月の12月8日には首都ダマスカスが陥落してアサド政権が崩壊した。2週間足らずで1970年代から半世紀も続いたアサド親子二代にわたる独裁が終わった。
■フーシー派の対イスラエル攻撃の実状
もう一つのイランの同盟者であるイエメンのフーシー派も、ガザでの戦闘が始まると長距離ミサイルやドローンでイスラエルに対する攻撃を始めた。またイエメン周辺の海域を航行する船舶へも攻撃を始めた。
最初に対象となったのは、イスラエル資本の船舶である。またイスラエルの港湾からの、あるいはイスラエル向けの船舶だった。
これに対してアメリカやイギリスが艦隊を派遣してフーシー派を攻撃している。逆にフーシー派は、アメリカやイギリスなどの軍艦と商船に対する攻撃を行った。
そして2024年12月末に、イスラエルが大規模な空爆を行った。それでもフーシー派の対イスラエル攻撃は、止まらなかった。
ガザでの停戦の発効を受けてフーシー派はイスラエルへの攻撃を停止した。また紅海周辺を航行する船舶に関しても攻撃を制限し始めた。イスラエル資本、あるいはイスラエルの港湾を利用する船舶以外は攻撃しないと発表した。
だがガザでの停戦が破られるとフーシー派も攻撃を再開した。
■“敵の本丸”を直接攻撃する絶好の機会
さて、こうしてガザの爆発以降の情勢を整理すると、つまり2024年末の段階での情勢を見まわすと、イランの同盟者のハマスとヒズボラが、ひどい打撃を受けた。またアサド政権が消滅した。これでイランを中心とするブロックの軍事力は弱まった。
そして、アメリカでは2025年1月20日にドナルド・トランプが大統領に再び就任した。同政権は、発足直後の3月から5月にかけてフーシー派に対する激しい空爆を行った。
時計をトランプ就任前に戻すと、2024年10月のイスラエル軍のイラン攻撃で、イランの防空網は壊滅的な打撃を受けた。それ以来、イスラエル空軍機が自由にイランに侵入できる状況にあると、イスラエルは主張していた。
同国の専門家は、状況をサッカーの試合にたとえていた。イラン・チームからは退場者が続出し、しかもゴール・キーパーが負傷している。いまこそゴールへ向けてシュートすべきだと。
そして2025年6月にイスラエルはイランを奇襲した。
■中東国際政治の7つのポイント
こうしたガザの爆発以来の中東各地での情勢の展開を、振り返っておこう。すなわち2025年末の中東の国際政治の風景を俯瞰(ふかん)しておく。以下が主なポイントとなる。
まず第一に、イスラエルによるガザ攻撃、第二に、攻撃が引き起こしたガザの惨状、第三に、この戦争でイスラエルが支払っているコスト、特に、同国への国際的な反発、第四にイスラエルによるヒズボラへの攻勢、第五にシリアのアサド体制の崩壊、第六にイエメンのフーシー派をめぐる動き、そして最後にイランとイスラエルとの間の戦いである。それぞれを、より詳しく語ろう。
2023年10月7日にハマスの奇襲で戦争が始まった。この日、ハマスは多数のミサイルを発射して攻撃を始めた。
このうちのかなりの人数は、実はイスラエル軍による攻撃の犠牲者だった。というのは、同軍は、ハマスの兵員がイスラエル人を拘束している場合には、同国市民の犠牲をいとわず攻撃するようにとの命令を出していたからである。
■「戦争」による半世紀ぶりの人的被害
なお、ガザでの軍事衝突に関して、ここでは「戦争」と表記している。だが、こうした言葉は必ずしも正確には状況を表現していない。奇襲時における大規模な攻勢が終わってからは、ハマスは大規模な軍事作戦を行っていない。ただ単にイスラエル側の大規模かつ一方的な攻撃がある。
そしてイスラエル側は、ハマスの戦闘員ばかりでなく、多くの女性、子ども、医療関係者、援助関係者、報道関係者を殺害している。
それに対してハマス側の小規模なゲリラ的抵抗がある。ここでは、そうした軍事的な非対称性という現実を意識しながらも、記述が煩雑になるのを避けるために、あえて「戦争」という言葉を使おう。
さて、不意を突かれたイスラエルの衝撃は大きかった。自国が戦場になるというのは1948年のイスラエル成立時の第一次中東戦争以来だった。これほど大きな人的被害というのも、1973年の第四次中東戦争以来だった。
イスラエルの中心部がミサイル攻撃を受けるというのは1991年の湾岸戦争時にイラクから攻撃を受けて以来だった。軍と諜報当局は、そして政府は、国民の信頼を失った。ネタニヤフ首相の威信が失墜した。
■「地上侵攻」というネタニヤフ首相の反撃
イスラエルは人質の解放とハマスの殲滅(せんめつ)を掲げて反撃を開始した。
まずハマスの戦闘員をガザへと押し戻した。そして同時に大規模な空爆を開始した。この事件が発生するとアメリカのバイデン大統領は直ちにイスラエルに飛んで連帯の意志を示した。またネタニヤフ首相に対して、空爆で止(とど)めてガザに地上侵攻しないようにと助言した。
ネタニヤフの返答は、イスラエル陸軍の地上侵攻というものだった。ネタニヤフに言わせると、これまでガザに対しては大規模な爆撃を三度行ったが、そのたびにハマスは立ち直ったからだ。
事実、ガザのハマスとイスラエルは、それまでにも何度も軍事衝突を繰り返した過去があった。2023年10月以降ほどの激しく長い戦闘ではなかったが。
開戦当時は、イスラエルの軍事専門家の間では2カ月もあれば、作戦は完了できるとの見方があった。だが、その目標は、現在も達成されていない。
ハマスは大きな打撃を受けたものの、殲滅されてはいない。また人質全員の解放という目標の方はほぼ達成されたが、これはイスラエルの軍事行動の成果というよりは、停戦と交渉の結果だった。
■ゲリラ制圧に手を焼くイスラエル軍
確かにハマスは、大きな打撃を受けた。イスラエルは、その指導者だったヤヒヤ・シンワルを含む多くの戦闘員を殺害した。もはやイスラエルにとっての重大な軍事的な脅威ではない。
しかし、それでも、2年以上を経た今日でもハマスは依然として組織としては健在である。何度も何度もイスラエルは平定したとされる同じ難民キャンプなどへの攻撃を行っている。
たとえばガザ北部では最大の難民キャンプのジャバリアへの侵攻をイスラエルは四度も発表している。しかし、それでもゲリラの抵抗が続いた。
またガザ北部にあるベイト・ハヌーンという町から2024年12月末にエルサレム方面に向けて2発のミサイルが発射された。
イスラエル軍は、これを迎撃した。しかしながら、戦争が始まって14カ月も経った時点だった。イスラエル国境の南2000メートルちょっとのベイト・ハヌーンからのミサイル発射だった。2000メートルちょっとという距離は、日本ならば東京駅から秋葉原駅の間ほどである。しかも目標は比較的遠いエルサレムだ。
つまり大きなミサイルだった。イスラエルにとっては衝撃だった。イスラエル軍は、この町を何度も「制圧」していたはずだからだ。あるジャーナリストによると12回以上も、この町を攻撃しているのに、である。
「平定」しても「平定」しても、ハマスのゲリラが戻ってきているわけだ。イスラエル軍は、ゲリラの制圧に手を焼いている。
精強で知られるイスラエル軍の苦戦の理由は何だろうか。
■たとえ海と空と地上を支配しても
まずイスラエル軍の戦いぶりを見ておこう。同軍は制空権と制海権を握っている。
空からは史上最大規模の爆撃を行ってきた。イスラエルがガザで使用した爆発物の総量は10万トンに達している。東京23区の6割程度の面積しかない狭いガザ地区に、これだけの爆弾が降った。
これほど狭い地域に、これほどの量の爆弾が投下された前例はない。広島や長崎に投下された原爆のエネルギーの7倍の量の爆弾である。ガザの人口一人あたりにすると約50キロになる。大きなリュックサックいっぱいに爆弾を詰めて、一人一人の頭の上から落とした計算になる。
またイスラエル海軍が、海岸地帯を砲撃した。そして陸上では最新鋭の戦車とともに歩兵が侵入した。圧倒的な火力でガザの地上を制圧した。
ところが、である。制圧したはずの地域で、2025年10月の停戦まで、本書『イランとアメリカ、そしてイスラエル』ですでに述べたようにハマスによるゲリラ攻撃が続いた。なぜだろうか。それは、イスラエル軍は海も空も地上も支配しているのだが、ハマスが地下にトンネル網を築き、地下を支配しているからだ。
なお2023年10月から2024年11月までの13カ月間、つまり、ガザの爆発からアメリカ大統領選挙までの期間、バイデン政権は、一度も真剣に圧力をかけてイスラエルに停戦させようとはしなかった。バイデン大統領の協力がなければ、イスラエルのガザ戦争は、続けられなかったはずだ。それが2024年の大統領選挙で大きな意味を持った。本書『イランとアメリカ、そしてイスラエル』の後の章で、この件については、さらに言及したい。
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高橋 和夫(たかはし・かずお)
国際政治学者、中東研究者
中東研究者。放送大学名誉教授。福岡県北九州市生まれ。大阪外国語大学外国語学部ペルシア語科卒業。コロンビア大学国際関係論修士。クウェート大学客員研究員、放送大学教授などを経て2018年4月より先端技術安全保障研究所会長。著書に『モデルナとファイザー、またはバイオンテック』『ロシア・ウクライナ戦争の周辺』『イランvsトランプ』『アラブとイスラエル』など。
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(国際政治学者、中東研究者 高橋 和夫)

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