長生きするために、健康管理はどこまで徹底するべきか。医師の和田秀樹さんは「フィンランド保険局が行った15年にわたる追跡調査によると、健康管理をしなかった群のほうが、心臓血管系の病気、高血圧、がんの発症率、死亡率、自殺率などがいずれも、管理した群よりも少なかった」という――。

※本稿は、和田秀樹『死ぬまで元気 88の読むサプリ』(新潮社)の一部を再編集したものです。
■健康診断や薬は寿命を延ばさない
日本では労働安全衛生法にもとづき、企業などの事業者は、労働者に健康診断を受けさせる義務を負っています。こうして集団健診が義務づけられている国は、いまでは日本と韓国ぐらいなのをご存じでしょうか。日本の健診にどれだけの意味があるかについては、以前から議論があります。
この話を進める前に「フィンランド症候群」について説明します。
フィンランド保険局は、40~45歳の管理職1200人を二つのグループに分け、健康の推移を15年にわたって追跡調査しました。
1991年に国際的な医学雑誌「ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション(JAMA)」に、その結果が発表されたのを受け、マスコミがそう名づけたのです。
この調査では、片方の600人には定期健診を行い、アルコールやタバコのほか、塩分や糖分も抑制させるなど健康チェックを徹底し、もう片方の600人には健康管理についてなにも指示せず、健康調査票を書かせただけでした。
結果はといえば、健康管理をしなかった群のほうが、心臓血管系の病気、高血圧、がんの発症率、死亡率、自殺率などがいずれも、管理した群よりも少なかったのです。
これに後押しされるように、欧米諸国のほとんどが集団健診を廃止しました。
もちろんこの結果だけで、健康管理は体に悪いなどとはいえません。しかし、考えるきっかけにはなると思います。
というのも、2024年の日本人の平均寿命は、女性は世界一を維持しましたが、男性は6位に下がりました。
しかも日本より上位につけたのはスイス、スウェーデン、ノルウェーなど高齢者にあまり薬を使わない国でした。
■健康診断を受けるたびに薬が増える
いま70~80代の日本女性は、専業主婦の割合が高く、働いていた人もパートが多かったので、健診の受診率が高くありませんでした。一方、男性は多くの人が健診を受け、血圧や血糖値やコレステロールなどが高いと健康指導を受け、薬を処方されてきました。
ところが、健診を受診して健康指導を受け、薬を飲んできた男性のほうが、女性よりも平均寿命の延びが小さく、男女間の寿命の差はむしろ開いています。
ここで二つの疑問が浮上します。「健康診断を受けることにどれだけの意味があるのか」という疑問が一つ。二つ目は、「健康診断を受けるたびに薬が増えるのは、好ましくないのではないか」という疑問です。
健康診断を否定するわけではありません。しかし、薬を飲まないことや、医師の健康指導を受けないことによる害は、日本の多くの医者や患者が考えているほど、大きくないのではないでしょうか。
■医療に大きな期待をもちすぎない
アメリカで、高血圧の人が血圧を下げる薬を飲み続けた場合と飲まなかった場合を比較したら、6年後の脳卒中の発症率は、飲んだ人が5.2%で、飲まなかった人が8.2%だった、という大規模調査の結果があります。
9割以上の人が脳卒中にならないことからわかるのは、薬を飲まないことの害が、思われているほど大きくないということです。
6年間も薬を飲み続けても5%の人が脳卒中になるということから、人間は意外に運命に勝てないこともわかります。
その「運命」を左右するのが体質や遺伝です。昔は平均寿命が短かったから気づきにくかったですが、最近は、長生きな親の子は長生きなのが見てとれます。
だからといって、すべてを運命にまかせるのがいいとはいいませんが、医療に大きな期待をもちすぎて、自分に大事なあれこれを我慢しすぎる必要はないとも思うのです。
薬も5種類以上の多剤併用は、副作用の影響等を考えると要注意なので、自分の病気のなかで一番深刻なのはどれかを見きわめ、やめられる薬はやめてみるのも悪いことではないと思います。
■一番深刻な心不全の薬だけを飲む
私は高血圧と糖尿病、心不全をかかえていますが、一番深刻なのは心不全です。薬を飲んでいないと息切れしやすく、不自由で仕事にも支障をきたすので、体に溜まった水分やナトリウムを尿として排泄し、うっ血を改善し症状をやわらげる利尿剤を、飲みたくないけれど飲んでいます。かわりに血圧や糖尿病の薬はなるべく控えるという選択です。
そういう選択を、できれば自分でしてほしいと思います。
医者は自分が処方した薬は必要だと信じている場合が多いから、この薬のエビデンスはどうか、副作用はどうかと質問しても、嫌な顔をされるでしょう。でも、なんのための薬なのかと聞けば、答えてくれると思います。
飲むのをやめたら命に関わる薬もあるので、そこを見きわめるということです。

たとえば血圧や血糖値に関して、すごく数値が高い人はともかく、少し高いくらいなら、薬を飲むのをやめると体が軽くなったり、頭が冴えたりすると思います。これらの値が多少高いことで、寿命にどう影響があるのかわかっていないのですから、体が軽くなるほうを選ぶ手もある、ということです。
ある薬を飲むのと飲まないのとでどちらが長生きするか。それは薬を勧める医者にもわかりません。だったら、残りの人生のQOL(クオリティ・オブ・ライフ、生活の質)を上げるために楽なほうを選択するのは、一つの道だと思うのです。
■青森県の時代錯誤なキャンペーン
青森県は2025年6月、私にいわせれば首を傾げざるをえないキャンペーンをはじめました。高血圧の早期治療や受診をうながすため、はじめて病院で降圧剤を処方してもらった県民は、抽選でQUOカードなどが当たる、というものです。
青森県民の平均寿命が全国平均より短い理由を、塩漬けや干物など、地域に伝統的に伝わる保存食文化に見出した結果です。青森県は「短命県返上をめざす」と息巻いています。
秋田県が減塩運動をはじめた1970年代は、秋田県ばかりか日本人全体で脳卒中が死因のトップでした。だから減塩運動に意味もありました。しかし、いまでは脳卒中で死ぬ人は、がんで死ぬ人の4分の1程度。
青森県にしても脳卒中は死因の4位です。
現在、青森県民の1日あたりの塩分摂取量の平均は10.5グラム。厚生労働省が定める望ましい食塩摂取量は男性7.5グラム未満、女性6.5グラム未満とされますから、それよりは高いです。
しかし、世界17カ国の10万2000人に対する大規模調査で得られたデータでは、食塩の摂取量が10~15グラムの人が、死亡率は一番低いことが明らかになっています。
青森県が行っていることは、あらゆる意味で時代錯誤だと思うのです。
塩分を控えれば長生きできるというのは、脳卒中で死ぬ人が多かった時代の話です。
たんぱく質をしっかり摂って、日本人の血管が丈夫になった結果、出血型の脳卒中で死ぬ人は非常に少なくなりました。
■加齢とともに血圧が上昇するのは正常
そんなご時世に、塩分を控えるように勧めることに、どんな意味があるでしょうか。
そもそも夏場は、塩分を控えれば熱中症のリスクが増します。昔の青森県は夏も涼しかったですが、いまは暑い。だから熱中症のリスクを減らすためにも、塩分を1日に10グラム以上は摂取するように推奨すべきところを、減らすように訴えているのです。世界的なデータを勉強していないからでしょう。

それに青森県は、血圧の上が140以上、下が90以上だと要注意で、高血圧症の治療をすべきだとしています。しかし、各種調査の結果として、世界の多くの国で血圧は上が160程度で問題ないことになりつつあります。
日本でも2004年、総合健診医学会が70万人の健診結果から、統計的な方法で「男女別年齢別基準範囲」をつくりました。そこでは加齢とともに血圧が上昇するのは正常だと認められました。
2008年に発表された、日本人を対象とした住民追跡調査の結果も、それを裏づけます。60歳以上の男女で死亡率の上昇が見られたのは160/100以上だったのです。
いまでは55歳以上では男女ともに、160/100までの血圧は正常とみられています。
■短命の原因こそしっかりと追究すべき
その後、2019年にイギリスが世界に先がけ、薬を飲むべき血圧は160/100以上でいいというガイドラインを出しました。140/90以下に抑えるべきだといえなくなっているのが、世界の流れです。
調査をすればするほど、高血圧と呼べるのは160/100以上だという結果に収斂しつつあります。
現在のように社会の高齢化が進めば、血圧が上がるのは、ある種の適応現象です。下げる必要がない血圧を下げる降圧剤なんて、私にいわせれば無駄な薬の最たるものです。

青森県や秋田県は、ほかの県にくらべると多少、脳卒中で死ぬ人が多いかもしれません。しかし、それよりがんで死ぬ人のほうが圧倒的に多いという事実にこそ、目を向けるべきです。
2020年の青森県民の平均寿命は、男性が79.27歳、女性が86.33歳で、全国平均とくらべると男性が2.22歳、女性が1.27歳短いです。
短命である理由は調査する必要があります。沖縄県は高齢者の就労率が低いのが原因だとされます。一般に高齢者の就労率が低いと、短命になる傾向にあります。青森県にも同様の事情があるのかもしれません。
あるいは、青森県や秋田県はうつ病の人が比較的多いとされてきたので、その影響もあるかもしれません。うつ病患者が多いと40~50代で自殺する人が増え、平均寿命がかなり下がってしまうのです。
いずれにしても、時代錯誤と思われるキャンペーンをはじめる前に、短命の原因こそしっかりと追究すべきでしょう。短命の理由を短絡的に高血圧と結びつけるのは、私には愚かなことに思えます。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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