創業者の永守重信氏が「絶対君主」として君臨し続けたニデックはいかにして不正に手を染めていったのか。公認会計士の白井敬祐さんの著書『会計が面白いほどわかるミステリ 決算書に隠された7つの罪』(KADOKAWA)の一部とともに、第三者委員会調査報告書で明らかになった同社の実態を読み解く――。

■組織を歪ませた創業者・永守氏の「言葉」
「黙って決算を整えろ」
役員たちを土下座させ、赤字の隠蔽を冷酷に命じるカリスマ社長。これは拙著『会計が面白いほどわかるミステリ』のプロローグで描かれる、架空の企業「帝国重工」のワンシーンです。会計をより楽しく学んでもらうために、少し(かなり?)大げさに表現したシーンでした。
田中社長(マンガ)「再確認? そんなものは不要だ。黙って決算を整えろ」
フィクションならではの極端な描写に見えるかもしれません。しかし今、現実でも、これと酷似した事態が起きていたことが明らかになりました。
2026年3月3日、ニデック(旧日本電産)の第三者委員会報告書が公表されました。そこで暴かれた、グループの多岐にわたる拠点で同時多発的に行われていた多数の会計不正。純資産への影響額は約1397億円、さらに約2500億円規模の減損損失の可能性も示唆されています。
2月16日配信の記事では、「不適切会計で揺れるニデック(Nidec)が2025年11月に発表した第2四半期決算で、合計約877億円の巨額損失を計上した」と書きましたが、その2、3倍の不正が隠されていたことになります。
この会計不正の背景にあったのは、創業者・永守重信名誉会長(2月26日付で辞任)の苛烈なプレッシャーと、それに耐えきれず「帳簿のトリック」に手を染めた現場の悲鳴でした。
マンガのセリフと、報告書に生々しく記録されたニデックの内部事情。
この2つを対比させることで、トップの「言葉」がいかに組織を歪ませ、現場を不正へと追い込んでいくのか、その恐るべきメカニズムが浮き彫りになります。
■「赤字は罪悪、未達は悪」絶対君主の共通点
マンガに登場する帝国重工の中興の祖・田中重光社長と、ニデックの永守会長。二人の絶対的リーダーには、恐ろしいほどの共通点があります。
①「絶対的業績」への異様な執着
田中社長(マンガ):「帝国重工はどんな不況でも揺るがん。景気がどうなろうと我々は勝ち続ける」
一方のニデックでも、「赤字は悪」という強烈な思想がありました。報告書には、永守会長が幹部に送ったメールが残されています。
永守会長(現実):「赤字は罪悪、事業計画未達は悪、規則違反は犯罪である。今こそ心してほしい」(報告書 p.38)
ニデックでは、投資家向けの公表値よりもあえて高い「非現実的な社内目標」がトップダウンで割り振られ、それが「必達」とされていました。
② 人事権をチラつかせた恐怖支配
田中社長(マンガ):「数字などどうとでもなる。我々の技術力とブランドがある限り銀行は金を出すさ」
一方の現実でも、逆らえば会社にいられなくなるという恐怖が幹部を支配していました。
永守会長(現実):「今の実績のままでは役員退任か降格人事がまっていることを自覚認識してQ3結果を注視している」(報告書p.96)、「やる気に[原文ママ]ない幹部は、一日も早く日本電産グループを去って貰いたいと思う」(報告書p.36)
実際にニデックでは、業績悪化を理由に多くの幹部が降格や退場を余儀なくされていました。
■「S級戦犯」は幹部から子会社に出た言葉だった
ここで注目すべきは、ネット上でも話題になった「お前はS級戦犯だ」という苛烈な罵倒です。
実はこの言葉、永守会長自身の口から出たものではありません。
会長から自らのクビを懸けた極限のプレッシャーを受けた「幹部(グループ会社担当執行役員など)」が、深夜まで続く会議で、業績未達の子会社幹部に対して浴びせた言葉でした。
トップからの重圧が滝のように下へと流れ落ち、下流に行くほど過激な暴力性を帯びていく。この「抑圧移譲の連鎖」こそが、組織を崩壊させる最大の要因です。
■毎日「クビや、辞めろ」子会社幹部はついに不正に手を染めた
私の著書では、この連鎖を次のように描きました。
取締役(マンガ)「決算なんて見せ方次第でどうとでもなりますよ」
マンガでしたので、かなり露骨に表現したつもりです。社長から「決算を整えろ」と命じられた鈴木取締役は、「大事なのは株主が安心することです」と自らを正当化します。
その重圧は現場の営業部長へと下ろされ、部下に向かってこう叫ばせます。
営業部長(マンガ):「納品は先でいいからとにかく今月中に契約を取ってこい‼ 契約さえあれば今期の売上になる‼」

部下:「でも部長、Y社との契約は正式調印が来月になりそうです」

営業部長:「内容は後で調整してもいい! とにかく日付が今期であることが重要なんだ‼」
そして、なぜこんなことをするのかと戸惑う部下に、営業部長はこう漏らします。
部下:「あの……契約だけで売上にするのは会計上問題ないんですか?」

営業部長:「上からの指示だよ……契約さえあればなんとかなるって……」
現実のニデックでも、連鎖の末端にいる現場(子会社幹部)は逃げ場を失っていました。報告書のヒアリングには、当時の悲痛な叫びが記録されています。
子会社幹部(現実):「出来なかったら徹夜してでもやれ、出来るまでやれの繰り返しであり、叱責どころではない。
(中略)毎日怒号をやられて、お前はクビや。辞めろ。と散々毎日言われている」「私としてはこれ以上のプレッシャーには耐えきれなかったというのが実態である」(報告書 p.215)
結果として、彼らは厳しい追及から逃れるため(一時しのぎのため)、実体のない架空売上や、在庫の不正な計上といった「帳簿のトリック」に手を染めることになったのです。
■「王道経理」を指示した永守イズムはなぜ守られなかったのか
永守会長は「赤字は罪悪」とする一方で、「王道経理(正しい会計処理)をしろ」とも指示していました。なぜ、その建前は現場に届かなかったのでしょうか。このような、人が不正に手を染めるメカニズムを「不正のトライアングル」という理論で説明することができます。以下、拙著より引用します。
アメリカの犯罪学者ドナルド・R・クレッシーは、人が不正行為に手を染めるとき、そこには必ず「①動機」「②機会」「③正当化」という3つの要素が揃っていると提唱しました。これは「不正のトライアングル」と呼ばれ、会計不正を理解するうえで非常に重要な考え方です。
1.動機(プレッシャー)
これは、「過度なノルマ」や「株価維持」といったプレッシャーにより、不正を行わざるをえない、あるいは行いたくなるような「追い詰められた状況」のことです。(中略)
2.機会
これは、内部統制の不備やワンマン経営など、不正ができてしまう環境のことです。(中略)
3.正当化
これは、「会社のためだ」「これは調整だ」などと不正を犯す自分自身の良心を麻痺させるための「言い訳」のことです。
(中略)不正のトライアングルが示す3つの要素がパズルのピースのようにカチッとはまったとき、人は不正への一線を越えてしまいます。
■ニデックに起きた「不正のトライアングル」
ニデックの現場に起きていたのは、まさにこのトライアングルの完成でした。
① 動機(プレッシャー)――“S級戦犯”の烙印
「王道経理をしろ」と言われつつも、非現実的な目標を押し付けられ、未達なら「S級戦犯」として人事上抹殺される。この強烈なプレッシャーこそが、不正への最大の「動機」でした。
② 機会――“与しやすい相手”と化した監査法人
拙著では、帝国重工が不正を指摘した監査法人を交代させ、不正を黙認する監査法人を意図的に選んでいたことが「機会」として描かれていました。ニデックでも報告書は、役職員が長年の会計監査人であったPwC京都を「説得しやすい相手」「与しやすい相手」と捉え、不正確な情報やミスリーディングな情報を与えて都合の良い意見を引き出そうとしていた実態を厳しく指摘しています。
さらに、永守氏直轄で秘密裏に実施されていた「特命監査」では、会計不正を発見しても直ちに是正せず、業績への影響を配慮して複数期にわたり「計画的に処理」するよう指導していた事例もありました。内部監査部門も、不正の根本原因が本社からの業績プレッシャーにあると認識しながら、あえてその問題に切り込むことを回避していました。こうした牽制機能の不全が、不正を「できてしまう」環境を作り出していたのです。
③ 正当化――“構造改革費用”という言い換え
そして「これは会社のための一時しのぎだ」という「正当化」。拙著に登場する鈴木取締役が「“粉飾”って言い方はやめろよ。“決算調整”と言ってくれ」と言い換えて罪悪感を薄めたように、ニデックでも本来処理すべき「負の遺産」を対外的に「構造改革費用」と称して発表し、問題の本質を覆い隠していました。

■「社内報告だから」不正の正当化のメカニズム
さらに衝撃的なのは、報告書に記録された管理部門担当の執行役員による次の証言です。
管理部門担当の執行役員(現実):「Nidecでは、いい加減な財務会計の事を管理会計と呼んでいる。社内報告だからいいだろうと言っているがこれは是正しないといけない。取締役会にも虚偽の報告が行われている。(中略)通常の管理会計ではなく本来の財務会計をいい加減に実施しているだけである」(報告書p93)
この証言は、「正当化」のメカニズムを生々しく浮き彫りにしています。「管理会計だから」「社内報告だから」という言葉が、いい加減な財務会計を正当化する免罪符にされていたのです。しかも、CFO自身も「虚偽数値なので取締役会への報告はやめたい」と認識していながら、やめられなかったという事実は、プレッシャーの凄まじさと牽制機能の崩壊を同時に物語っています。
■「経営の羅針盤」に手を出した
ここで、本来の「管理会計」とは何かを確認しておきましょう。
財務会計:外部報告のシステム

・役割:株主・債権者・投資家などの外部利害関係者に対する情報提供

・特徴:法律や会計基準に基づく統一的なルールに従う
管理会計:内部管理のシステム

・役割:予算管理・原価計算・業績評価など内部の経営管理に役立つ情報提供

・特徴:会社独自のルールで設計可能

つまり、財務会計が「すべての企業が同じルールで決算書を作成し、利害関係者に報告するためのツール」である一方で、管理会計は、「経営者が会社をマネジメントするために必要な情報を報告するためのツール」なのです。
管理会計は英語で“Management Accounting”。すなわち「経営(管理)のための会計」です。京セラの創業者・稲盛和夫氏は、管理会計を「経営のコックピットの計器盤」に喩え、経営者が正しい判断をするための羅針盤として重視しました。
パイロットが計器盤の数値を信じて飛行機を操縦するように、経営者は管理会計の数値を信じて経営判断を下す。だからこそ、その数値には一切の嘘があってはならない。これが管理会計の本質です。
■「忖度の会計」で数字はウソまみれに
ところがニデックでは、この「管理会計」という言葉が完全に変質していました。経営者が正しい判断をするための計器盤であるはずが、経営者に都合の良い数字を映し出すための「忖度の会計」になっていたのです。
高度3万フィートを飛んでいるのに計器盤が「1万フィート」と表示していたら、パイロットは正しい判断ができるでしょうか。いい加減な数字で塗り固められた「管理会計」は、もはや管理会計ですらなく、ニデックという巨大企業の計器盤を狂わせ、組織全体を危険な方向へと導いていたのです。
この見えないシステムが、現場から正常な判断力を奪い去ったのです。

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白井 敬祐(しらい・けいすけ)

公認会計士

2011年、公認会計士試験に合格後、清和監査法人、新日本有限責任監査法人、有限責任監査法人トーマツにて監査業務やIFRSアドバイザリー業務などに従事。その後、株式会社リクルートホールディングスへ転職し、IFRS連結決算、開示業務などを担当。2021年7月に独立開業。現在は、大手公認会計士試験予備校であるCPA会計学院にてCPAラーニングの実務家講師を務める。「公認会計士YouTuberくろいちゃんねる」を運営。

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三ツ矢 彰(みつや・あきら)

漫画家・イラストレーター

ファンタジーから実務/知識系まで軽快な筆致で描く。

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(公認会計士 白井 敬祐、漫画家・イラストレーター 三ツ矢 彰)
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