■「脳トレがいい」という証拠は不十分
年齢を重ねると「できたら認知症になりたくない」と考えたりします。もちろん、認知症になっても楽しく生活を送っている人はたくさんいますが、健康な状態を長く保ちたいと思うのは自然なことでしょう。
そんななかでよく耳にするのが、「認知症予防には、脳トレ(計算ドリルやパズル)がいい」といったアドバイスです。テレビや健康雑誌で、こうした話を見聞きしたことがある人も多いのではないでしょうか。しかし、「脳トレは無意味」とまではいいませんが、認知症を防ぐという明確な証拠はありません。
では、私たちは何を手がかりにすればよいのでしょうか。こうした疑問に答えるうえで頼りになるのが、数多くの医学研究を総合して評価した論文です。個々の研究は条件や対象が異なりますが、それらを体系的に検討することで、より信頼できる結論が見えてきます。
■医学誌『ランセット』による報告
認知症予防について、世界中の研究をまとめて評価した代表的な報告として知られているのが、医学誌『ランセット』の常設委員会による「認知症の予防、介入、ケア」に関する報告です(※1)。
2024年に発表された最新版では、多数の研究を精査した結果、認知症に関連する14の「修正可能なリスク因子」が示されました。これらの要因を減らすことで、全認知症の約45%は、理論上は予防あるいは発症を遅らせることのできる可能性があります。
ここでいう「修正可能」とは、認知症のリスク因子のなかで、生活習慣や社会的な環境などの変えることができるものを示します。例えば、年齢や遺伝要因は、認知症と密接に関係しながらも、私たちの力では変えられません。だから、それ以外の変えられる要因に注目することで、現実的な予防の手がかりが見えてくるのです。
※1 Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission - PubMed
■認知症の修正可能な14のリスク因子
1:少ない教育年数
若い頃の教育は、脳の「予備力(認知予備能)」を高めると考えられています。教育年数が長いほど、加齢や病変による影響を受けても認知機能が保たれやすい可能性があります。ただし、教育年数は大人になってから個人の努力で大きく変えられるものではありません。この要因は、個人の生活習慣というよりも社会全体の教育環境の整備という意味で重要な要素といえるでしょう。
2:難聴
耳の聞こえにくさは、認知症の重要なリスク因子の一つです。難聴があると会話が減って社会的交流が少なくなること、脳の負担が増えることが影響していると考えられています。最近では、補聴器の使用が認知機能低下の進行を遅らせる可能性を示す研究もあるので、聴力低下を自覚した場合は早めに耳鼻科で相談しましょう。聴力は生活の質だけでなく、脳の健康にも関わる要素として関心が高まっています。
3:LDLコレステロール高値
いわゆる「悪玉コレステロール」であるLDLコレステロールが高い状態は、動脈硬化を進めます。動脈硬化は、心臓だけでなく脳の血管にも影響し、血流低下や微小な脳梗塞を通じて認知機能の低下につながることに。高コレステロール血症は、食事の改善や運動に加え、スタチンなどの薬による治療が有効です。
4:うつ
うつ状態は、認知症の発症と関連することが多くの研究で示されています。気分の落ち込みによる活動量の低下、社会的孤立などが影響している可能性があります。もっとも、うつ症状が認知症の初期症状として現れる場合もあるため、因果関係は単純ではありません。それでも適切な治療や支援を受けることは、生活の質だけでなく脳の健康を守るうえでも重要と考えられています。
5:外傷性脳損傷
交通事故や転倒などによる頭部外傷は、その後の認知症リスクと関連することが知られています。特に重度の脳損傷では影響が大きいとされています。ヘルメット着用や転倒予防など、安全対策が重要です。
6:運動不足
身体活動が少ない人は、認知症のリスクが高い傾向があると報告されています。運動は血流や代謝を改善するだけでなく、脳の神経ネットワークにもよい影響を与える可能性があります。
7:喫煙
喫煙は血管にダメージを与え、動脈硬化の原因になります。その結果、脳の血流が低下したり脳梗塞が起こりやすくなったりして、認知機能の低下につながるのです。また、喫煙は慢性的な炎症や酸化ストレスを引き起こし、脳の神経細胞にも悪影響を及ぼすと考えられています。禁煙は心臓や肺の病気を防ぐだけでなく、脳の健康を守るという意味でも重要な対策です。
8:糖尿病
糖尿病は血管や神経に影響を与える病気で、認知症との関連が指摘されています。血糖管理を適切に行うことは、網膜症や腎症などの合併症を防ぐだけでなく、認知機能の維持にも役立ちます。
9:高血圧
高血圧は脳血管に負担をかけ、脳血管障害や認知機能低下と関連することが知られています。特に中年期の血圧管理が重要です。
10:肥満
肥満は、糖尿病や高血圧などの生活習慣病と関連し、間接的に認知症リスクにも影響する可能性があります。特に中年期の肥満は、その後の認知機能低下と関連することが研究で示されています。適正体重を保つことは、全身の健康にとって重要です。
11:過度の飲酒
大量の飲酒は脳に直接影響を与えるほか、肝疾患や栄養障害を通じて認知機能にも影響する可能性があります。過度の飲酒は控えることをおすすめします。
12:社会的孤立
人との交流が少ない状態は、認知症のリスクと関連することが多くの研究で報告されています。家族や友人との会話、地域活動への参加などは、自然に脳を使う機会にもなります。また、人とのつながりがあることで活動量が保たれたり、気分の落ち込みを防いだりする効果も。もちろん、無理に人付き合いを増やす必要はありませんが、できる範囲で誰かと話したり社会との接点を持ったりするといいでしょう。
13:大気汚染
PM2.5などの大気汚染は、体内の炎症や血管への影響を通じて認知症と関連する可能性が指摘されています。ただし、大気汚染は個人の努力だけで十分に対策できる問題ではありません。環境規制や都市政策など、社会全体で取り組む必要のあるリスク因子といえるでしょう。
14:未治療の視覚障害
視力低下を放置すると、活動量の低下や社会的孤立につながる可能性があります。眼鏡の調整や白内障などの治療によって視力を保つことは、生活の質を高めるだけでなく、脳の健康にも重要であることが示唆されています。
■3グループにわけられるリスク因子
これら14のリスク因子は、大きく三つのグループに整理することができます。
一つ目は、血管や代謝に関わる要因です。高血圧・糖尿病・LDLコレステロール高値・肥満・喫煙・過度の飲酒はいずれも、動脈硬化や血流の障害を介して脳に悪影響を及ぼします。生活習慣の見直しや適切な治療によって改善できるケースも多く、体全体の健康管理がそのまま脳の健康につながることを示す要因群です。これらに気をつければ、認知症だけではなく、心血管疾患やがんといった他の疾患の予防にも役立つので一石二鳥です。
二つ目は、感覚や身体機能に関わる要因です。難聴や視覚障害は放置すると外出や会話の機会が失われ、社会的な孤立や活動量の低下を招くことがあります。脳への刺激が乏しくなることが認知機能の低下と関係する可能性があり、補聴器の活用や視力の矯正といった比較的取り組みやすい対策が有効とされています。運動不足、頭部外傷も、日頃の体の使い方や転倒・事故への注意という視点で意識しておきたい要因です。
三つ目は、社会・環境・心に関わる要因です。教育年数の短さ・社会的孤立・大気汚染などには、個人の取り組みだけでは対応しきれない側面があります。人とのつながりを大切にし、心の健康に目を向けることは個人レベルでも実践できますが、教育の機会を広げることや大気環境の改善は、社会全体での取り組みが不可欠な課題です。
■国や地域によってリスクは変わる
以上はいずれも世界規模の研究から導き出された知見です。
認知症のリスク因子の影響の大きさも、そうした社会的・文化的な背景によって変わってくる可能性があります。そこで注目されるのが、日本のデータを用いて同様の手法で分析した研究です。世界的な枠組みを日本の実情に照らして検証したという点で、意義深い取り組みといえるでしょう(※2)。
実際、世界と日本とでは異なる点も見られます。たとえば、世界規模の研究では「教育年数の少なさ」が比較的大きなリスク因子として位置づけられることが多いですが、日本ではその影響は相対的に小さくなっています。義務教育が広く普及し、教育水準の格差が生じにくい日本の社会環境が反映された結果と考えられます。
同じ認知症でも、社会や生活環境によってリスクの構造が変わることを示す興味深い結果といえるでしょう。
※2 The potential for dementia prevention in Japan: a population attributable fraction calculation for 14 modifiable risk factors and estimates of the impact of risk factor reductions - PubMed
■日本ではどの要因の影響が大きいか
では、日本ではどの要因の影響が大きいのでしょうか。図表1は、日本の研究をもとに、それぞれのリスク因子が、認知症の原因の中でどのくらいの割合を占めるのかをまとめたものです。日本では合計約39%と、世界全体の推計(約45%)よりやや小さい値となっていますが、修正可能なリスク因子が認知症全体の相当な割合に関わるという方向性は一致しており、世界の知見と整合的な結果といえます。
図表1を見ると、いくつかのことが読み取れます。まず目を引くのは、日本においては難聴が最も大きな割合を占めているという点です。聴力低下が気になったら耳鼻科を受診しましょう。次に大きいのが運動不足。定期的に体を動かすことは、脳だけでなく血管の健康にも良い影響を与えます。ジムに通うような本格的な運動でなくても、散歩など、日常の中で意識的に体を動かす習慣を積み重ねることが大切です。
LDLコレステロール・糖尿病・高血圧・喫煙・過度の飲酒といった血管や代謝に関わる要因も、無視できない割合を占めています。これらはすでに治療法や管理法が確立されている病気です。治療中の方はその継続が、そうでない方も定期的な健診を通じて自分の数値を把握しておくことが、認知症予防という意味でも重要です。
こうして見ると「認知症の予防」は特別な取り組みというより、血管・代謝、目や耳や身体機能、そして社会とのつながりという日常の健康管理の延長線上にあることがわかります。一つひとつの効果は小さくても、複数の要因に継続して働きかけることが、着実な予防への近道といえるでしょう。
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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)

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