吉沢亮主演のヒット作『国宝』は日本アカデミー賞では最優秀作品賞など10部門を制覇。映画ライターの武井保之さんは「3月16日(日本時間)、アメリカのアカデミー賞ではメイクアップ&ヘアスタイリング部門の受賞を逃した。
海外での評価は日本ほど高くなく、そこから日本映画の海外進出の壁も見えてくる」という――。
■『国宝』アメリカで受賞ならず
世界中の映画ファン、関係者が注目する世界最高峰の映画の祭典「第98回アカデミー賞」が発表された。今年はメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされた2025年公開の日本映画『国宝』(吉田修一原作、MYRIAGON STUDIO製作、東宝配給)が最大の注目ポイントだったが、残念ながら受賞は叶わなかった。
一方、先立つ3月13日に行われた「第49回日本アカデミー賞授賞式」では、『国宝』は作品賞、監督賞(李相日)、主演男優賞(吉沢亮)など主要賞を含む最多10冠の圧倒的な強さで賞を総なめにした。興行収入200億円を超える記録的なヒットになり、世の中的に大きな話題を巻き起こしていたことから、下馬評通りの想定内の結果でもある。
国内では各映画賞を席巻するなど近年稀に見る高い評価を受けている『国宝』だが、本家アカデミー賞では、作品賞はおろか、国際長編映画賞のノミネートも逃していた。なぜ国際賞レースでは評価がそこまで高くならなかったのか。国内外で評価が異なる理由を考えてみる。
■実写日本映画初の興収200億円超え
昨年の映画シーンを席巻した『国宝』は、実写日本映画のひとつのマイルストーンになる作品になった。
封切りから9カ月が過ぎる現在も興行が続く異例のロングランになり、興行収入は203.4億円(3月8日現在)を記録。実写日本映画で初めて200億円を超える作品になり、22年ぶりに実写日本映画の歴代興行収入記録を塗り替えた(それまでの記録は2003年公開の『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』173億5000万円)。アニメを含めた日本映画歴代興行収入ランキングでは8位に上り詰めている。

特筆されるのは、実写日本映画のヒット規模が縮小し、コロナ禍以降は10億円でヒット作とされるなか、200億円というとんでもなく遠い大台まで届くスーパーヒットになったことだ。これまでに100億円を超えているのは、『国宝』を除くと歴代3作品のみになり、この22年間は生まれていなかった。
それほどまでに大きなムーブメントを巻き起こしていた。
その結果、「第49回日本アカデミー賞」では最多13部門17賞の優秀賞を受賞し、そのうち最多10部門で最優秀賞を受賞。ほかにも「第80回毎日映画コンクール」で最多7冠、「第38回日刊スポーツ映画大賞」で最多6冠、「第99回キネマ旬報ベスト・テン」で最多4冠に輝くなどなど国内各映画賞を席巻。
ただ、1924年の創設と歴史があり、映画関係者やファンの信頼も厚い「キネマ旬報ベスト・テン」では、最高賞の作品賞は逃している。
■世界ではどう評価されたのか
では、海外の国際映画祭での評価はどうだったか。
まず、公開1カ月前の昨年5月に「第78回カンヌ国際映画祭」の監督週間に出品され、公式上映ではスタンディングオベーションが沸き起こった。上映中の退席も少なくない厳しいカンヌの観客をはじめ、各国メディアから総じて高い評価を受けた。
その後、「第44回バンクーバー国際映画祭」で観客賞を受賞したほか、「第50回トロント国際映画祭」のスペシャル・プレゼンテーション部門、「第30回釜山国際映画祭」のガラ・プレゼンテーション部門、「第27回上海国際映画祭」のインターナショナル・パノラマ部門、「ニュージーランド国際映画祭2025」のビジョンズ部門、アメリカ映画協会(AFI)が主催する映画祭「AFI FEST2025」のワールドシネマ部門にも出品され、現地で公式上映された。
積極的に世界中の国際映画祭に出品し、観客およびメディアに作品を見せ込んできた。そうした戦略を立てる背景には、そこから話題を喚起し、日本の興行に勢いをつける狙いがある。
裏を返せば、それだけ作品内容に自信を持っていたことがあるだろう。
ただ、どの国際映画祭もメインのコンペティション部門への出品ではなかった。現地では、映像美への評価の一方、物語性や演出の一部にはさまざまな批評があり、賞賛一辺倒ではなかったことも伝えられている。
■「感傷的なメロドラマ」という評価も
海外メディアの批評では、ニューヨーク・タイムズは、衝撃的な冒頭シーンから主人公が歌舞伎の家元に入るまでの前半の物語性を評価する一方、後半は「波乱万丈の感傷的な人間ドラマに寄り過ぎている」と指摘する。
一方、北米映画業界誌バラエティは、日本の伝統芸能を美しい衣装と現代的な映像演出で丁寧に映し出すことを評価し、フランスでも一般紙ル・パリジャンは、熱量のこもった壮大な物語とキャストの深みのある演技に対して高評価を与えたことが伝えられている。
在日韓国人3世である李相日監督のルーツでもある韓国では、名門家系の血筋と伝統芸能のしきたりに抗う物語が、自国のコネ社会とも重ねられ、メディア、批評家、観客ともに絶賛を受けていた。釜山国際映画祭での公式上映後の会見には、会場に入りきれないほどのメディアがつめかけ、李相日監督への質問が途切れない熱量の高い質疑が繰り広げられ、韓国での評価と注目度の高さを示していた。
また、2時間54分という長尺に関しては、外国人が観る異文化の物語としては長すぎるとの指摘もあり、その部分への評価は割れていた。
■アカデミー賞受賞を逃した背景
そうしたなか、日本の映画興行にもっとも影響力があり、映画会社サイドの本命であっただろう「第98回米国アカデミー賞」では、日本映画史上初となるメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされたが、惜しくも受賞を逃した。
受賞したのは『フランケンシュタイン』(Netflix)。壮大なエンターテインメント大作における主人公の複雑な造形の特殊メイクは、これまでの受賞作を見てもアカデミー賞好みのどストレートの作品であり、大方の予想通りの結果になった。
アカデミー賞特有の評価軸の相対的なレースでは敗れたが、技術部門でノミネートされたことの意義は大きい。
日本映画史のひとつの扉をこじ開けたことは高く評価されるだろう。
■アカデミー賞の苦戦は想定内?
そもそも、今回のアカデミー賞の国際長編映画賞では、日本代表としてエントリーされ、最終候補になるショートリストの15本までは残ったものの、最終的なノミネート5本には選ばれなかった。また、最高賞になる作品賞では、ノミネートにすら選出されていない。
国内では稀に見る高い評価を受け、映画賞を総なめにしている本作だが、本家アカデミー賞では、技術部門のノミネートのみにとどまった。
それは事前に予想されていたことでもあった。
近年の多様性を重視するアカデミー賞は、国外のアカデミー会員を増やした2010年代後半以降、従来の最重要前哨戦とされる「トロント国際映画祭」に加えて、世界三大映画祭(カンヌ、ヴェネツィア、ベルリン)の受賞作が候補に入る傾向がうかがえる。実際、今回の国際長編映画賞のノミネート5本は、いずれもカンヌまたはヴェネツィアで賞を受賞している。
『国宝』は国際映画祭への出品は多いものの、そのどれもコンペティションではなく、そこでの受賞はない。
■内向きな“血筋の”物語だから…
では、なぜ『国宝』の国際映画祭での評価が一部に留まったかといえば、そこで好まれる、いまの世界情勢など時勢とのリンクおよびタイムリーな社会批評性といった要素に欠け、その内容がドメスティックな題材の人間ドラマに閉じていることがひとつの要因としてあるだろう。
吉沢亮と横浜流星が演じる2人を主軸に描いた、歌舞伎という伝統芸能の狭い世界の血筋と才能を巡る物語は、日本人にとっては身近な文化の裏側の出来事への関心は高くても、世界中の多くの国の人々にとっては異世界の難解な物語になる。感じ方も映り方も変わり、感情移入の度合いは大きく異なるだろう。
■『ドライブ・マイ・カー』との違い
アカデミー賞では、過去に『ドライブ・マイ・カー』(村上春樹原作、濱口竜介監督)が2022年の「第94回米アカデミー賞」で国際長編映画賞を受賞したほか、作品賞にもノミネートされていた。

また、アジア映画では、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)が、2020年の「第92回米アカデミー賞」で外国語映画初の最重要タイトル、作品賞を受賞する快挙を成し遂げ、アカデミー賞の歴史を変えた。
両作と『国宝』は何が違ったのか。
両作にあって『国宝』に欠けていたのは、現代社会を批評する視点と国境を超えた共感性ではないだろうか。
『ドライブ・マイ・カー』が描く現代社会における喪失と再生の物語は、どの国に置き換えても成立する国境を超える普遍性があり、他者を受け入れて自身を振り返るストーリーへの共感性も高い。
一方、『パラサイト』はエンターテインメント性の高い娯楽作品のなかに、社会格差と他者との共生の難しさといった現代社会を風刺する視点があった。ただ、作品賞の栄誉の背景には、2010年代中盤から後半にかけて、アカデミー賞がホワイトウォッシュなど多様性の欠如の批判を受けていたことから、国外のアカデミー会員を増やしていた時期という時代的な土壌もあり、作品性とは異なる文脈が影響したこともある。
作品内容にフォーカスすれば、普遍性と社会批評性をいかにその作品ならではの物語に内包させるかが、ひとつのカギになるのではないだろうか。
■プロモーションも足りなかった
また、アカデミー賞は北米の独特な評価軸によるアワードでもある。
投票権を持つアカデミー会員向けのロビー活動(キャンペーン)として、試写会イベントの実施や、バラエティやハリウッド・レポーターなど映画業界誌への広告出稿など、映画会社が多額の予算を投じて、作品をアピールするのが慣例になっている。
『パラサイト』は、もともとエンターテインメント輸出を国策として掲げる韓国関係者による積極的なキャンペーンも功を奏したと言われている。それとは対照的に『国宝』は、トム・クルーズがサポートした特別上映会による売り込みがあったほかは、後手に回ったことが伝えられている。
アカデミー賞は、北米映画業界の商業性と芸術性が絡み合う特有の視点で、相対的に評価される賞だ。
加えて、アカデミー会員の好みの作風の傾向がいくつかあり、それが評価につながる土壌がある。
純粋な作品性だけの評価ではないところに、世界の主な国際映画祭とは異なる難しさがあり、一方でその栄誉による商業的な影響は極めて大きいことから、熾烈な競争の場になっている。
国内では記録的なヒットとなり圧倒的な評価を受けた『国宝』が、本家アカデミー賞では惨敗に終わった背景には、そんな事情がある。
■日本映画の海外進出の課題とは
映画は、そのときの世界情勢と時代性が大きく影響する、社会とリンクするエンターテインメントであり、その時勢が国際映画祭での評価に直結する。数年前から企画が進行する映画は、言ってしまえば、運によるところも大きい。
そんななか、日本映画の海外進出の課題として挙げるとすれば、前述のような社会批評性と普遍性とリンクする共感性をいかに両立させて、国境や文化を超えた多様な人々の心に刺さる、日本ならではの物語を紡ぐかだろう。その成功例としては、経済格差の底辺に生きる人々を描いた是枝裕和監督の『万引き家族』(2018年)がカンヌ国際映画祭で最高賞を獲得したことが挙げられる。
ただ、Netflixやディズニープラスなどのグローバルプラットフォームでは、ローカルこそグローバルの興味を強く掻き立てる傾向があり、そういった作品がワールドワイドでヒットしている。『国宝』はまさにそのポテンシャルが高い。この先の配信からのさらなる世界的な評価の高まりも期待できるのではないだろうか。

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武井 保之(たけい・やすゆき)

ライター

エンターテインメントビジネス・ライター、編集者。音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスで活動中。
映画、テレビ、音楽、お笑いを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを分析や考察する。

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(ライター 武井 保之)
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