本稿は、中竹竜二・加藤洋平『「人の器」の磨き方 リーダーシップ・コーチングと成人発達理論による人間力の変容プロセス』の一部を再編集したものです。
■なぜプロ経営者はどこでも成果を出せるのか
プロ経営者と呼ばれる人たちがいます。彼らは企業から企業へと渡り歩き、どこでも短期間で経営を軌道に乗せます。この「再現性」は、単なるスキルの応用なのでしょうか、それとももっと深い何か、なのでしょうか。
彼らが持つのは、過去の成功体験を新しい環境に合わせて「再定義」する能力、つまり「転移力」です。自分の経験知を別の領域でも活かせる能力。これが、真の意味で「できる人」の条件なのかもしれません。
ここで、転移力にはもう一つ重要な側面があることを示す事例を紹介しましょう。
映画『海猿』の主人公のモデルである海上保安庁特殊救難隊の稲葉健人さんが実際に経験したケースです。ご本人は「何人助けたとか数字で語れるような武勇伝はない」と謙遜しますが、いくつもの海難事故に対処してきたことの一つに、1999年に富山湾で起きた練習帆船「海王丸」の座礁事故があります。
強風と高波の中で訓練船が座礁し、多くの学生や乗組員が救助を待つという非常に緊迫した状況が発生しました。その現場で、仲間たちは命懸けの救出活動を行いましたが、稲葉さん自身は留守役として、現場と指令本部をつなぐ裏方の調整を担っていたといいます。
稲葉さんは数多くの経験から「全力を尽くしても報われないことがある。でも、その中から何を学ぶかが大事だ」との持論があります。それが、失敗や報われない経験を糧に変え、次の現場で活かす力へと昇華するからだそうです。
■「転移力」のある人とは
特に注目すべきは、彼が「救えなかった現実」に直面するたびに、葛藤を否定せず、むしろ受け入れたうえで徹底的に検証を行う姿勢です。稲葉さんは「頑張った」で終わらせず、「デブリーフィングはしっかりやったのか」と必ず問いかけることを自らに課しています。
ここでいうデブリーフィングとは、任務や活動終了後に行う「振り返り」や「事後検証」を指す言葉です。何がうまくいき、何が問題だったのか、どんな判断や準備が欠けていたのかをチームで共有し、次の行動につなげるプロセスです。海上保安庁や消防、医療、航空など人命救助に伴うリスク発生の高い現場では、このデブリーフィングが組織的学習の中核を担っています。
稲葉さんの姿勢は、葛藤や挫折を含めた現実をありのままに受け入れ、それを次に活かすという「実践的転移力」を体現しています。どんなに過酷な環境でも、経験を次の行動へと変換できる力、それこそがあらゆる現場に通用する真の転移力なのです。
■「マネジメント」の経験は転移できる
転移力とは、実は器の柔軟性を示すものです。固定的な形の器では、中身を別の器に移すことはできません。
「多様なメガネ」を思い出してください。一つの視点に固執する人は「この業界だから」「この専門だから」という単一のメガネしか持っていません。しかし、器の成熟した人は状況に応じてメガネを使い分け、「別の角度から見れば応用できる」という新たな視点を生み出せるのです。
近年のプロスポーツ界でも、この転移力の重要性が認識されています。
プロチームの経営者が違う競技のチームに移って成果を出す事例が増えているのです。野球のGMからサッカークラブの経営者へ、バスケットボールのディレクターからラグビーチームへの移籍など、競技の枠を超えた転移が起きています。
ただ、ここで転移できるのは「マネジメント」の経験であって、専門技術そのものではないことを申し添えておきます。職人的な専門技術は、その場以外では応用が効きにくいからです。
さて、転移力を持つ人と持たない人の違いは何でしょうか。
「スポーツだからできる」「この業界だからできる」。そう考えて可能性を閉ざしてしまう人がいる一方で、「違う視点で見れば応用できるはずだ」と考える人もいます。
■「転移力」のあるリーダーがしていること
私(中竹)が行うリーダーシップ研修では「転移力」に注力しています。受講者の方々がこれまで発揮してきたパフォーマンスを別の場で転移するときに、どのようなことに配慮すればよいかをスポーツを例に話すことがあります。
その場以外に応用が効かないと思うスキルでも、別の視点で応用を効かせることができる人は「転移力」が高い人だといえ、自分の器を磨くことにポジティブな印象を受けます。
ただし、気をつけなければならないのは、転移力を発揮しようとする場合、そこには自分の成功パターンの罠があることです。あくまで、すべての事象は個別具体的なものであり、それは常に流動的である中で私たちは生きています。過去の成功にとらわれず、新しい環境をじっくりと理解し、柔軟に適応していく。それこそが、真の転移力だといえるでしょう。
■ラグビー界の人間がプロ野球組織を指導
転移力の本質が「新しい環境をじっくりと理解し、柔軟に適応していくこと」だとすれば、私(中竹)自身もその試練に直面したことがあります。
プロ野球(NPB)の某球団でリーダーシップやコーチングなどの研修に関わった当初、コーチや選手をはじめ、スタッフ関係者からの言葉は厳しいものでした。
「この人、誰? 野球知ってるの?」
「ラグビーのあんちゃんが何しに来てんの?」
関わった当初は、不信感を表に出して彼らは素直に思ったままの疑念を言葉にしてぶつけてきました。
こんなとき、あなたならどう対応しますか。
■彼らが斜に構えるのは当たり前
私が選んだ彼らへの回答は、「素直に思うまま、正直なスタンスでいてください。皆さんの不信感や不満・不安、戸惑い、面倒なことをお聞かせください」とお願いする姿勢でした。
そして、彼らのそのときの正直な言葉に対して私はできるかぎり真摯に向き合い、「同感です、おっしゃる通りです」と謙虚な姿勢になることでした。彼らの立場からすれば、その態度は当然だと思ったからです。
ラグビーを教えてきた人間がプロ野球の選手やコーチを相手にリーダーシップやコーチングの研修をするわけです。しかも彼らは「野球というのはこういうものだ」との思いを強く持っています。日本で最も人気のあるスポーツでプロの世界が構築されている人たちに、プロとしての心構えのようなことを指導しようとするわけですから、彼らが斜に構えるのは当たり前のことでしょう。
「すみません、確かに野球について詳しいわけではないですが、この問題について一緒に考えてくれませんか」という姿勢です。
そんなわけでNPBに関わり出した当初は研修が思うようにいかず、試行錯誤しながらの講義でした。
■中年の危機は成功パターンが通用しなくなるとき
NPBでの経験を通じて、私(中竹)は大切なことに気づきました。
「大学ラグビーでは日本一になった」「早稲田を優勝に導いた」。
もし私がそんな過去の実績での成功パターンにしがみついていたら、プロ野球選手たちとの関係は築けなかったでしょう。
あくまで、すべての事象は個別具体的なものであり、それは常に流動的な文脈の中で、私たちは生きているということ。この当たり前のことを、私たちは成功体験を重ねるほど忘れてしまいがちです。
これは「中年の危機」と同じ構造で、これまでの成功パターンは通用しないことが往々にしてあります。若い頃のやり方では部下がついてこない。過去の実績が今の評価につながらない。「俺の時代はこうだった」「昔はこれで成功した」。そんな言葉が口をついて出てくるとき、それは器が固まり始めているサインかもしれません。
■新しい環境に合わせて「翻訳」していく力
中年の危機を乗り越えられる人とそこで止まってしまう人の違い、それは過去の成功パターンを手放せるかどうか、つまり器を広げ続けられるかどうかにあるのだと思います。
これは「アンラーン」の概念に近いでしょう。自分の過去の輝かしい成功体験を疑い、思い込みを捨て、新たな考えを取り入れていくことです。詳しくは私が監訳した『アンラーン戦略』(バリー・オライリー著、ダイヤモンド社刊)を参照ください。
海上保安庁特殊救難隊の稲葉健人さんが「救えなかった現実があるのに、頑張ったで終わるわけにはいかない」と言い続けるのは、成功体験ではなく、葛藤や挫折も含めてすべてを受け入れているからでしょう。華やかな武勇伝がなくても、報われない経験から学び続ける。
その姿勢こそが、器を広げ続ける秘訣なのかもしれません。
転移力の本質は、成功体験をそのまま持ち込むことではなく、その成功の「本質」を見極め、新しい環境の文脈に合わせて「翻訳」していく力です。そしてそれは、中年になっても、いや中年だからこそ必要な、器を広げ続ける勇気なのかもしれません。
では、個人だけでなく組織の器はどうでしょうか。組織もまた、過去の成功パターンにとらわれることがあるのではないでしょうか。
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中竹 竜二(なかたけ・りゅうじ)
チームボックス代表取締役、日本オリンピック委員会(JOC)サービスマネージャー
福岡県生まれ。早稲田大学人間科学部卒業後、レスタ―大学大学院社会学修士課程修了。帰国後、三菱総合研究所で経営コンサルタントとして業務を行い、その後早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任。フォロワーシップという新しい概念を創出、自律支援型の指導法を用い、全国大学ラグビーフットボール選手権大会にて全国二連覇を果たす。その後、日本ラグビーフットボール協会ではじめての「コーチのコーチ」であるコーチングディレクターに就任。就任期間中、U20 日本代表ヘッドコーチを3 期兼務、また協会理事も務める。現在は、日本オリンピック委員会(JOC)のサービスマネージャーとして、全オリンピック競技における国を代表する指導者の育成・強化を主導している。また様々なスポーツにおける人材育成経験を活かし、株式会社チームボックスの代表取締役を務め、企業における経営幹部のマネジメント強化、エグゼクティブコーチング、組織開発を行っている。音声配信サービスVoicy “成長に繋がる問いかけコーチング” では、パーソナリティを務める。著書:『自分を育てる方法』『自分で動ける部下の育て方』(以上ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』(ダイヤモンド社)、『新版リーダーシップからフォロワーシップへ』(CE メディアハウス)、『判断と決断』(東洋経済新報社)など。
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(チームボックス代表取締役、日本オリンピック委員会(JOC)サービスマネージャー 中竹 竜二)

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