※本稿は、高橋和夫『イランとアメリカ、そしてイスラエル 「ガザ以後」の中東』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■イラン核合意をめぐるオバマ政権の政治戦
一発の弾丸を撃つこともなくイランの核武装を外交によって阻止した。これが2015年のオバマ政権の認識であった。
問題はアメリカ議会の反対であった。そもそも議会は交渉自体に消極的であった。議会を説得するためにオバマ政権は、交渉が成立した場合には、その内容を議会に審議させると約束していた。
議会の過半数は、イランとの合意に反対であった。したがって議会は合意に反対する法案の可決が可能であった。もし、そうなればイランとの合意は潰れたのであろうか。
アメリカの国内政治は複雑である。
それが、あったのだ。というのはアメリカの政治は、さらに複雑だからだ。
■合意に反対するネタニヤフ首相の米政権批判
仮に大統領が法案への署名を拒否しても、それで話が終わらない場合もある。というのは、大統領が署名を拒否した法案を、議会が再び三分の二以上の賛成で可決すると、法律になる。
つまり議会は時として大統領の拒否権を乗り越える力を持つのである。この三分の二以上の多数を「スーパー・マジョリティー」と呼ぶ。ということは、このスーパー・マジョリティーの成立を阻止するには、三分の一以上の議員の核合意への賛成を取り付ければよい。
オバマ政権と議会のイラン合意への反対派との激しい綱引きが始まった。
議会の動向を考える上でのポイントの一つはイスラエルの意向である。イスラエルのネタニヤフ首相は、この合意を「歴史的な誤り」と呼んで批判した。アメリカの議員に、合意への反対票を投じるように求めた。
これまでは、イスラエル政府の呼びかけに対して、アメリカのユダヤ人社会は一致団結して支持するのが普通であった。ユダヤ系市民の人口は数百万に過ぎない。アメリカの総人口3億4000万の2%以下である。
しかし、その資金力やメディアなどでの影響力の強さもあって、人口比以上の重みを時には発揮してきた。イスラエルにとっては心強い応援団であった。
■アイスクリーム屋の熱き闘いの勝利
だが、イランとの合意に関しては、様子が違った。合意の拒否は戦争につながりかねない、とユダヤ人の間でオバマ外交を支持する声が高まった。
そうした議論の先頭に立ったのが、『ベンとジェリーのアイスクリーム』というブランドで知られている企業の経営者である。世界中で店舗を展開している。
経営者のベン・コーエンとジェリー・グリーンフィールドは、どちらもユダヤ系である。二人はリベラルな組織「ムーブオン・オルグ」を通じて核合意への支持を呼びかけた。その結果、多くの人々が核合意に反対した議員には寄付を行わないとの誓約に署名した。
こうした動きも受けて、議会で合意支持派が票を伸ばした。そして、支持が三分の一を超えた時点で勝負がついた。投票そのものが行われなかったのだ。アメリカ議会の反対派は核合意の成立を阻止できなかった。
それはアメリカの合意承認を意味する。アイスクリーム屋の熱い闘いの勝利でもあった。
■米ユダヤ社会の新しい流れに
オバマにとっても大きな政治的な勝利となった。
アイスクリーム屋の二人の働きが象徴したのは、アメリカのユダヤ社会の新しい流れであった。
ちなみに、このアイスクリーム屋の二人はニューヨークの出身だが、「ベンとジェリー」という会社をバーモント州の最大都市バーリントンで創業している。最大といっても人口は5万人にも満たないのだが。
バーモント州はアメリカ東北部のカナダに接する州である。この州選出のバーニー・サンダースは、アメリカでは最もリベラルな政治家の一人として知られる。やはりニューヨーク出身のユダヤ教徒で、バーリントン市長としてその政治家としてのキャリアを始めている。
■オバマ政権のイランとの接点
さて、この核合意を成立させたオバマ政権の交渉チームとイラン側との個人的な接点を紹介しよう。
まず核問題という高度に技術的な分野なので、エネルギー庁長官のアーネスト・モニーズがアメリカの交渉団に加わった。モニーズはスタンフォード大学から核物理学で博士号を取得し長らくマサチューセッツ工科大学で教員を務めていた。
同じようにイランの交渉団にも原子力問題の専門家がいた。アリーアクバル・サーレヒであった。イランの原子力機関の長官であるサーレヒは、マサチューセッツ工科大学で博士号を取得している。
個人的なつながりと言えば、アメリカ交渉団の長であったケリー国務長官も、イランと接点がある。というのは、ケリーの娘で医師のヴァネッサの夫がブライアン・ナーヘッドというイラン系の医師だからだ。ナーヘッドの両親はイラン生まれでアメリカに移民している。つまりケリーの娘婿(むすめむこ)はイラン移民の二世である。
そして最後にオバマ大統領自身の周辺にイランとかかわりの深い人物がいた。ヴァレリー・ジャレットという補佐官である。オバマに最も近い、つまり大統領に一番影響力のある補佐官の一人とされていた人物である。オバマとジャレットの縁は二人のシカゴ時代にさかのぼる。
■オバマを政界に導いたジャレット
ジャレットはシカゴ市役所の幹部職員だった。ある時シカゴ市が新しい弁護士を採用した。その担当がジャレットであった。
ジャレットは、この弁護士が気に入り採用を決めた。そして二人で夕食を共にすることにした。その会食にミシェルがシカゴ大学で法律を教えている背の高い婚約者を連れてきた。それがバラク・フセイン・オバマだった。
オバマとジャレットは、馬が合ったようで、すぐに打ち解けた関係になる。やがてバラク・オバマとミシェル・ロビンソンが結婚する。
このジャレットはオバマをシカゴ政界に導くこととなる。オバマが政治家への道を歩き始めた頃からジャレットはオバマを支えてきた。そしてオバマが大統領を務めた二期八年の間、ジャレットは影のように補佐官として寄り添った。
政治家というのは大変に多忙な職業のようだが、その面倒を見る補佐官というのは、さらに負担の重い仕事である。通常は大統領の補佐官は一期しか務めないのだが、ジャレットは例外だった。それだけオバマは、この人物を必要としたのだろう。ジャレットは、オバマ夫妻に一番近い人物として知られていた。
二人の波長が合ったのは、なぜだろうか。それは、二人が同じような経験を共有していたからではないだろうか。二人は長い時間をイスラム文化の中で過ごしている。
■イランとのつながりを導いた“縁”
オバマが少年期をインドネシアで過ごした事実は広く知られている。帰国した際にはイスラム文化圏からアメリカの文化に溶け込むのに苦労したであろう。インドネシアの文化は、直接の対決や摩擦を嫌う思いやりの文化である。逆にアメリカの文化はストレートに意見をぶつけあう。
オバマ少年は、二つの文化のはざまで苦労したのではないだろうか。
ジャレットも同じように親の仕事の関係でイラン南部の古都シーラーズで生まれ育っている。シーラーズは、古代アケメネス朝ペルシア帝国の首都ペルセポリスに近い。
イランの文化も、変化球の文化である。言葉に微妙なニュアンスを込めてコミュニケーションが行われる。ジャレットも、アメリカとイランという二つの文化の境界領域の住人だった。
なおジャレットの父親は優秀な医師だったが、アフリカ系だったので、当時のアメリカでは思うような職を得られずイランで働いた。
こうして見ると国務長官の娘婿はイラン系のアメリカ人であり大統領の補佐官の一人はイラン生まれであった。日本風に言えば不思議な縁である。
イランに対する敵意の広がるアメリカ社会では例外的に、オバマ政権内部にはイランに親和的な心象風景が広がっていたのではないかと想像させる。
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高橋 和夫(たかはし・かずお)
国際政治学者、中東研究者
中東研究者。放送大学名誉教授。福岡県北九州市生まれ。大阪外国語大学外国語学部ペルシア語科卒業。コロンビア大学国際関係論修士。クウェート大学客員研究員、放送大学教授などを経て2018年4月より先端技術安全保障研究所会長。著書に『モデルナとファイザー、またはバイオンテック』『ロシア・ウクライナ戦争の周辺』『イランvsトランプ』『アラブとイスラエル』など。
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(国際政治学者、中東研究者 高橋 和夫)

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