日本はホルムズ海峡封鎖に対しどうすべきか。拓殖大学海外事情研究所准教授の野村明史さんは「新たな最高指導者モジタバ師はアメリカに対し徹底抗戦の構えだ。
トランプ大統領との会談もあり、高市首相は厳しい決断を迫られている」という――。
■謎に包まれたイラン新最高指導者
3月8日、イランの第3代最高指導者にモジタバ・ハーメネイ師が就任した。前最高指導者のアリ・ハーメネイ師が2月28日にアメリカとイスラエルの攻撃で殺害されたことによる人事だ。
ハーメネイ師の次男であるモジタバ師はこれまでほとんど表舞台に立つことがなく、公職に就いた経歴もない。そのため長く「謎の人物」とみなされてきたが、過去には後継者候補としてたびたび名前が取り沙汰されてきた。
モジタバ師は1969年に6人兄弟の次男として誕生した。青年期にかけて、イランは1980年から8年続いたイラン・イラク戦争のまっただ中にあった。高校卒業後、モジタバ師は革命防衛隊に入隊し、軍務を経験した。
戦後、父ハーメネイ師が最高指導者に就任すると、モジタバ師は初代最高指導者ホメイニー師も学んだ宗教都市コムでイスラーム法学を修めた。
現地では高名なシーア派法学者たちに師事し、自らも神学校で教鞭を執るようになり、宗教指導者との関係を築いていった。宗教学者としての出発は比較的遅かったものの、2004年頃からはコムの神学校で継続的に教えていたとされる。
では、公的な役職に就いた経験は皆無に等しく、長く実像の見えにくい存在だった人物が、なぜ最高指導者にまで上り詰めることができたのだろうか。

■「政治素人」でも国家運営できるワケ
イランでは、最終的な意思決定権の多くが最高指導者に集中している。国民の選挙で選ばれ、行政を担う大統領は存在するものの、国家全体に関わる最終的な権限は最高指導者に属する。最高指導者の下で大統領が行政の実行役を行うという形だ。
しかし、行政から軍事に至るまで、あらゆる指揮・統治を最高指導者個人だけで担えるのかといえば、疑問が残る。
先代の父ハーメネイ師は、最高指導者就任前、約8年にわたり大統領を務め、政治手腕にも長けていた。とはいえ、日常的な事務処理や戦略立案のすべてを自ら行っているわけではなく、そうした実務の多くは最高指導者事務所が担っている。
ハーメネイ最高指導者事務所にはスタッフが約4000名いたと言われる。イランでは、一般のシーア派信徒が高位のシーア派法学者に師事し、教えを仰ぎながら宗教的知識を身につけるのが伝統だ。
こうした高位のシーア派法学者は「マルジャア・タクリード(模範の源泉)」と呼ばれる。多くの弟子を抱える法学者は自らの事務所を設け、その運営を息子や親族に任せることも少なくない。シーア派法学者が国家を治めるイランでは、最高指導者ともなれば、その事務所は、自然に多くの人員が集まるため、組織は巨大化していく。
ハーメネイ師の事務所では、権力に強い関心を示し、とりわけ安全保障分野に意欲的に関与していた人物として、モジタバ師の存在がたびたびアラブ系メディアで報じられてきた。
ハーメネイ師は約37年にわたる長期政権を築いたが、もともと最高指導者に望まれて就任したわけではなかった。
■権力が弱い最高指導者の「後ろ盾」
初代最高指導者ホメイニー師には、高位のシーア派法学者モンタゼリーという有力な後継候補がいた。しかし、モンタゼリーは死去直前のホメイニー師を批判したことで失脚。その結果、本命不在のなかで政治的な均衡の産物として浮上したのがハーメネイ師だった。
1989年に最高指導者に就任した当初、ハーメネイ師の権力基盤は微弱だった。そこでハーメネイ師は、革命防衛隊に目をつけた。
イランの現体制は、欧米との癒着で腐敗した王制を打倒してシーア派法学者による統治体制を国内外に広げることを建国理念に掲げている。革命防衛隊はその実行部隊として、イラク、レバノン、シリア、さらにガザのハマス支援に関与してきた。
ハーメネイ師は、革命防衛隊に本来の使命を超える政治・経済的地位の見返りを与えることで、自身の後ろ盾となるよう取り込んでいった。特に1990年代後半、イラン国内で言論の自由や西側との関係を見直す改革派が台頭し体制を揺るがし始めると、ハーメネイ師は革命防衛隊や保守強硬派への依存を強め、両者の相互依存関係は決定的なものとなった。
革命防衛隊は道路、ダム、石油・ガス施設など、イランの主要インフラ事業を独占し、巨大建設・エンジニアリング企業を設立。また、ダミー会社を設立して、制裁逃れの石油販売に着手し、公共事業・エネルギー・港湾などの巨大案件を握ってきた。

■モジタバ師と革命防衛隊のただならぬ関係
ロイター通信の報道によると、革命防衛隊の建設部門「ハタム・アルアンビヤ」は、少なくとも800社超の関連企業を抱え、イラン国内のみでなく、イラクやシリア、中央アジア諸国、ベネズエラへと事業を拡大する巨大経済帝国となった。
国連安全保障理事会の報告書では、イラン中部・フォルドゥにあるウラン濃縮施設の建設にも関与しているという。革命防衛隊の対外活動はまさに組織の商業ネットワークと利権構造を守る機能も果たしているのだ。
退役後は政治家に転向する者も現れ、閣僚、国会議員、地方行政官に革命防衛隊出身者が増えていった。こうして革命防衛隊は軍事組織のみでなく、政財界に欠かせない存在へと成長した。
この強固なネットワークを背景に、政権の黒幕として浮上したのがハーメネイ師の次男、モジタバ師だった。
2005年の大統領選で、モジタバ師は保守強硬派と革命防衛隊のネットワークを裏で動かして強力に支援したとされる。当時の改革派候補メフディー・カルービーは、「モジタバが選挙結果に介入した」と実名を挙げて公然と批判するほどであった。ちなみに、この時当選したマフムード・アフマディネジャドは2013年まで大統領を務めた。
2009年の大統領選後に発生した大規模抗議デモでも、モジタバ師は革命防衛隊との連絡役を担い、抗議活動の鎮圧を直接調整したと見られている。
■前最高指導者は世襲に反対していた
ハーメネイ師は生前、自身の息子が最高指導者を継承することに対し、公には否定的な立場を取っていた。シーア派の教義上、世襲自体に問題はない。
しかし、王制を打倒して建国した現在のイランにとって、権力の世襲は体制の正統性を揺るがす行為と見なされてきた。
だが、イスラエルとアメリカの急襲によってイランにもたらされた緊迫した情勢は、現体制の安定を最優先する方向へと舵を切らせた。結果として、裏方として実務を担ってきたモジタバ師の存在が不可欠となり、戦争が皮肉にも世襲を正当化する強力な後押しとなった。
モジタバ師は最高指導者就任後、未だ表舞台には出ていない。3月11日、ニューヨークタイムズ紙はイランやイスラエルの政府筋の情報として、2月28日のアメリカとイスラエルの攻撃によって足などを負傷していると伝えた。また、ヘグセス米国防長官はモジタバ師について「負傷し、容姿も損なわれているようだ」と語っており、情報が錯綜している。ただ唯一共通する点は、まだ息があるということだ。
3月12日、モジタバ師は最高指導者就任後、初の声明を発表した。だが、その第一声は注目を集めるにもかかわらず、ビデオ動画でもなく、音声メッセージでもなく、文章の代読という異例の発表だった。
声明では父親の死を悼み、国民に結束を呼びかけ、アメリカとイスラエルへの徹底抗戦を誓った。しかし、その内容に目新しさはなく、父親の代から使い古された表現が目立った。革命防衛隊の傀儡と化していることも否定できない。

ただ、モジタバ師は声明でホルムズ海峡封鎖について「必ず行使されなければならない」と具体的に言及している。
■イランの“とっておきの切り札”
3月10日、CNNはイランがホルムズ海峡に機雷を敷設し始めたと報じたが、イラン政府もアメリカ政府も機雷の敷設については否定している。3月14日には、イランがインドにホルムズ海峡の通過を許可したと発表した。現時点で、機雷を敷設したかどうかは疑問を拭えない。むしろ、ホルムズ海峡付近で、無人機・無人小型艇で船舶を威嚇し、実質的に封鎖状態にしていると考えられる。
もしホルムズ海峡に機雷が敷設されて船舶が損傷することになれば、さらなる石油価格の高騰は避けられない。アメリカとイランの交戦が続けば、機雷の除去はさらに時間がかかるだろう。仮に機雷の除去が完了しても、心理的影響からすぐに航行が再開される保証もない。
機雷の敷設は、中間選挙を控え、マーケットの動向を最大の弱点とするトランプ大統領の戦意をくじくイランの切り札だ。
アメリカが攻撃を続ける限り、モジタバ師は徹底抗戦の構えを崩さない。
ホルムズ海峡の封鎖で原油価格は1バレル100ドルを超え、トランプ大統領は関係国へホルムズ海峡への護衛艦派遣と機雷の除去を求めている。
■高市首相が直面する「踏み絵」
アメリカやイスラエルが強硬姿勢を強めるほど、イランはホルムズ海峡での緊張を高め、世界経済を混乱へと引きずり込む。
各国は国際法の正当性に疑義のある戦争に巻き込まれることを避け、アメリカとの距離を広げていく。これがイランの戦略だ。
革命防衛隊は米艦隊やその同盟国について「いかなる動きも我々のミサイルとドローンで阻止される」と明確に警告している。日本がいくら護衛のために自衛隊を派遣すると説明したところで、イラン側が日本の艦艇を前にしてその言葉を額面通りに受け止めるわけもない。
自衛隊派遣はイランへの抑止効果よりも、日本が「攻撃対象」になるリスクのほうが大きい。そうなれば、ホルムズ海峡を通過する日本の船舶も当然標的になるだろう。
3月19日にワシントンでトランプ大統領との日米首脳会談を予定している高市首相は、アメリカに自衛隊の派遣を要請されたらどう答えるのか。日本は大きな決断を迫られている。

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野村 明史(のむら・あきふみ)

拓殖大学海外事情研究所准教授

王立サウード国王大学教育学部イスラーム学科卒業(サウジアラビア王国)。拓殖大学大学院国際協力学研究科安全保障専攻博士後期課程修了。博士(安全保障)。拓殖大学海外事情研究所助手、助教を経て、2023年より現職。デジタルハリウッド大学客員准教授。中東情勢の現状分析とイスラーム政治思想の研究を主に行っている。外務省主催の会議などに参加してイスラーム過激派対策やイスラーム教育にも取り組んでいる。

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(拓殖大学海外事情研究所准教授 野村 明史)
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