■なぜロシア、アメリカ、中国は暴れているのか
――ロシアのウクライナ侵攻から丸4年が経ち、トランプは中東や南米で暴れ放題。中国も台湾への野心を隠そうとしません。国際秩序はどうなるのだろうという状況が続いています。
【細谷】国際秩序の維持に責任を持つ安全保障理事国5カ国のうち、米中露の3カ国が自ら国際秩序を破壊するような振る舞いを見せています。治安維持を担う警察官が、銃を使って強盗をしているようなものと言ってもいいかもしれません。
――ひどい状況ですね。
【細谷】大きな流れから言えば、冷戦が終結した後に広がっていた楽観主義は幻想だったことがいよいよ突き付けられているということでしょう。冷戦後は、フランシス・フクヤマの言うようにイデオロギー的対立が氷解し、グローバル化が進み、民主主義が国際社会に広がり、資本主義社会が一つのマーケットとなり、相互理解も深まるといった、一種のユートピア思想が広まりました。民意によって世界は平和になり、人々も幸せになるのだと。しかし実際にはそうはなりませんでした。
■民主主義はすべてを解決する呪文ではない
私の新著『危機の三十年』(新潮選書)でも紹介しているのですが、90年代からユートピア思想の間違いを指摘し、グローバリズム批判を展開していた学者たちがいました。J・グレイや、I・バーリンのように多元主義を重んじてきた人たちです。
また、先日来日したケンブリッジ大学のジョン・ダン先生も、やはり90年代から「民主主義をダウンサイズしなければならない」と言ってきました。民主主義は一つの手段にすぎず、すべてが解決する呪文ではない、民主主義に過剰に正義を求める魔法から醒めなければならない、と。
アメリカは冷戦後、民主主義を世界中に広げなければならないとの姿勢を強く打ち出してきました。アメリカは建国以来の革命国家なので、時に「マニフェスト・デスティニー(明白な使命)」として世界に特定の思想を広げようとするのです。しかしこうした姿勢には当然、反発が出てきます。中露はその先頭を走っていますが、現在ではアメリカ国内からも反発が出ている。それをトランプ政権が象徴しています。
■“戦勝国”が悩む歴史認識問題
――敗戦国・日本からすると、戦勝国として戦後秩序を形成する側にいた米中露が不満や反発を持つのはわがままにも思えてしまうのですが。
【細谷】なぜ米中露のような戦勝国だった国々から不満が噴出するのか。『戦後日本の歴史認識』(東京大学出版会)の序章の中で、五百旗頭薫東京大学教授が、戦前の日本の勝者としての歴史認識問題の難しさを、的確に論じています。
戦勝国は相応のコストや犠牲を払って戦争での勝利を勝ち得た以上、相応の対価を得てしかるべきだという国内からの突き上げ、ナショナリズムを抱えることになります。日露戦争後の日本で、日比谷焼き討ち事件が起きたのもそれが理由でした。
敗戦国も大きな犠牲を払っていますが、「なぜ負けたのか」を考え自らのナショナリズムを相対化し、客観化します。しかし戦勝国はそうではありません。米中露は第二次世界大戦に多大なコストをかけて勝ったのだから、相応の対価を得なければならないという意識を強く持っています。その驕りとも言うべき姿勢が、攻撃的な姿勢に転換していく。これが今の世界の問題の根源なのではないでしょうか。
特にロシアの場合は複雑です。第二次世界大戦でソ連は、2000万人以上の犠牲を払って勝利した。その対価として得たものが、ソ連帝国だったわけです。ところが冷戦によってソ連は崩壊した。
■抗日戦争記念館の展示でわかる中国の変化
――中国も「奪われたものを取り返す権利がある」という考えですよね。
【細谷】面白いのは、北京の東側にある抗日戦争記念館の展示です。頻繁に展示内容を入れ替えていますが、以前は南京大虐殺のように、いかに中国人民が日本の帝国主義の被害に遭ったかを強調していたのですが、10年ほど前からは「我々は対ファシズム戦争であった第二次世界大戦で多大な犠牲を払った戦勝国である」からこそ、したがって、「1943年のカイロ宣言に沿って、戦後秩序において恣意的な役割を担う権利がある」という認識に変化しています。「弱い中国」から、「強い中国」への歴史的イメージの転換を図っているのです。
ただ、そこには当然疑問が生じますよね。そもそも抗日戦争に勝ったのは国民党であって、共産党ではない、と。
この点について現在の中国政府は、「共産党と国民党が協力したからこそ戦争に勝利した」というナラティブを拡散し、「だから共産党と国民党は協力状態になければならず、分裂すると中国は弱体化する」、さらには「かつて国民党の中で日本と結託して共産党に対抗する勢力もあった」と批判を行っています。そして、その構図に基づいて、日本の台湾への関与を、軍国主義を持ち出して批判しているのです。日本の軍国主義批判という歴史認識が先に来るのではなく、台湾の日本への接近を阻止するという政治目的が先に来る。
■国家間で相互不信が起きる原因
――高市首相の「存立危機事態発言」を、中国側が「軍国主義の復活」と批判している理由がよく分かりました。
【細谷】そういうわけですから、日本がいくら「軍国主義の復活などしていない」と反論してもあまり意味がありません。そんなことは中国も十分承知のうえで言っているのです。
特に、2025年は戦争終結から80年の節目でしたから、そのような発想がより噴出しやすい状況でした。これはいわば戦勝国の呪縛であり、特に中露は自分たちの力では解決できない国際問題、国内問題がある中、歴史認識問題を利用して、自らの統治のために利用しているのです。
――『危機の三十年』では、特にロシアと欧米の関係から現在に至る道を詳細に分析しています。
【細谷】国家間で相互不信が起きる原因の一つとして、各々の持っている世界観の違いがあげられます。これは実は国際政治の本質でもあって、それぞれの国がどのように世界をみているか、どのようなことに価値を置いているかは、主権国家ごとに異なることが現実なんですね。
■世界観の分裂→外交の衰退→戦争へ
【細谷】例えば日本のリベラル派の一部の人たちからすれば、安倍晋三首相は、独裁的で復古的な右派であり、その政策によって世界の平和を破壊し、日本を戦争に駆り立てる存在だと見ていたでしょう。
ところがアメリカの国際政治学者で民主党政権のブレーンを務め、プリンストン大学のジョン・アイケンベリー教授は、第一次トランプ政権発足後の2017年、『フォーリンアフェアーズ』誌への寄稿論文で、現在のリベラルな国際秩序を守れるかどうかは、「日本の安倍晋三とドイツのアンゲラ・メルケルの両肩にかかっている」と、リベラリズムを擁護する守護者であるかのように書いています。
同じ人物でも、見る人によってこれほど対照的に評価が分かれてしまう。こうした世界観の分裂が起きている状態は、非常に危険です。
分裂が起きているのが利益の相違であれば、そこに調整の可能性が生まれます。
なぜかと言えば、こうした状況では外交の衰退が起きるからです。外交官とは、それぞれの任国の国家利益を背負いながらも、自国とは異なる価値観を持つ国や、国際社会との間で、利害を調整する役割を担っています。ところが彼らのような国際主義者たちが、国内のナショナリストからは裏切り者扱いされかねないのです。
■「#ママ戦争止めてくるわ」の“欠落”
【細谷】先に触れたように、プーチンにとってのゴルバチョフも裏切り者です。今の中国でも、例えば王毅外相は駐日大使を長く務め、知日派で知られていました。以前であれば、日中間に摩擦が生じれば、すぐに利害の調整の可能性を検討して、対処したかもしれません。
ところが現在は、共産党の序列も高い中国の指導者の一員となり、「日本寄り」と見られることを避けるべく、権力に同化していく。裏切り者だと思われないように、率先して日本を批判せねばならないのかもしれません。
日本も他人事ではありません。昨年9月にJICAが「アフリカからの移民を大量に受け入れようとしている」などという、偏った情報や偽情報によって、日本の開発援助それ自体の価値観も激しい批判にさらされました。
――世界観の違いは国内にもありますね。
【細谷】例えば先の衆院選ではXで「ママ戦争止めてくるわ」というハッシュタグが流行し、中道改革連合もこれに乗りました。このハッシュタグを使った人は「日本が将来起こしかねない戦争を止めるために投票に行く」という意思を表したかったようですが、「日本が起こす戦争」しか想定していないという点で、イマジネーションが欠落していると言わざるを得ません。
■「平和主義でいるなら世界は平和」の間違い
【細谷】さらに、あのハッシュタグを海外の人が見たらどう思うか。すでに起きている現在進行形の戦争がウクライナで展開しているさなかです。「日本は幼子の母親までが、ロシアに抵抗するために、なんと義勇兵としてウクライナの戦場に行ってくれるのか」と思うのではないでしょうか。
中道改革連合の人たちは、戦前の反省からこのハッシュタグを利用したのでしょうが、実はこうした世界観こそが、戦前の日本の感覚に非常に似ています。アジアの植民地解放を訴えながら、韓国や台湾を植民地にしてその矛盾に気づかない、その姿勢です。非常に独りよがりで、閉ざされた狭い世界観で国際社会を見てしまう。
これは敗戦国の呪縛です。日本とドイツは戦後、平和主義というものを唯一最善の政治の目的として掲げていて、「我々が主体的に戦争を起こさなければ、世界は平和である。だから武力を最小限にして、大人しくしていればいい。平和を破壊するような国は他にはないのだから」という“天動説”を信じてきたのです。
しかしこれは幻想で、ユートピア主義であり、現にロシアは戦争を継続中です。平和主義のみでは、「自分たちが大人しくしていても戦争が起きてしまった時、どうすればいいのか」に対する答えが出せないのです。
2015年の安保法制をめぐる論争の中でも、私はしばしば「ほんとうに平和を求めていて、戦争を止めたいのであれば、なぜロシアによるウクライナ東部での軍事力行使を止めさせないのか」と問題提起したのですが、黙殺されました。
■日本がこれから取るべき外交とは
――国内の世界観も分裂し、大国が国際秩序に背を向け、中東や欧州で衝突が起きている状況で、日本はどうすればいいのでしょうか。
【細谷】岸田文雄首相がかつて国内外の演説で何度も述べていたように、今は、「世界史の転換点」にあります。非常にかじ取りが難しい状況で、これまでのように「アメリカについて行けば大丈夫だ」という単純な分かりやすい時代ではなくなりました。
すでに2010年代から世界はパワーポリティクスの時代に突入し、各国のエゴイズムも肥大しています。国際社会全体の平和や安全ではなく、自国の安全や利益を最優先することが当然視される時代です。
となれば、日本は自助努力が必要になります。安倍政権が猛批判を受けた2015年の平和安全法制もその一環でしたし、アメリカ頼みから自助努力に移る過程で、CPTPPを発足させ、QUAD(日米豪印戦略対話)やFOIP(自由で開かれたインド太平洋構想)を提唱してきたのはそのためです。
2026年1月のダボス会議でカナダのカーニー首相が行った演説は、ミドルパワーの結集を訴えるものでした。これは評価されすぎている面もありますが、価値を共有するミドルパワー諸国と連携することは重要です。その際には、日本がグローバルサウス諸国への呼びかけ役を担うことも必要になるでしょう。
日米同盟には頼りながら、しかしアメリカが国際法や国際秩序を乱すことについては同調することはしない。一方で、国際社会における法や規範を維持しミドルパワー諸国の連携を進めていく。日本はこの一部矛盾する二正面作戦、「二重戦略」を可能な限り整合させていかなければなりません。
その点、高市政権は、アメリカによるベネズエラのマドゥロ拘束時には、この二つをうまく合わせた声明を出していました。今後もこうした方向性で進んでいけるかが問われています。
■今、国際政治史を学ぶ意味
――針の穴を通すような難しさですが、そうした時代だからこそ、国際政治学者をはじめとする専門家の知見が必要ですね。
【細谷】大学の授業でも心掛けていることですが、国際政治史という私の専門から果たせる役割は、目の前にある問題を時間的、空間的に相対化してとらえ直す目を持つこと、そうした観点を提供することだと思っています。
例えば2015年の安保法制議論の際には、反対派から「日本が戦争法を導入しようとしている」との声が上がりました。しかし集団的自衛権が行使できることが悪だというならば、集団的自衛権を行使可能なスイスやスウェーデン、フィンランドなどの北欧諸国もすべて、「戦争ができる国になろうとしている軍国主義国家」になってしまいます。
平和国家として知られる国々が、国連加盟国として当然に持っている権利を、なぜ日本が行使可能にするだけで軍国主義化と言われなければならないのか。こうしたことを考える際に、目の前の言葉に踊らされるのではなく、相対化が必要です。
■第三次世界大戦を避けるために必要なこと
【細谷】あるいは時間軸に関してもそうです。ウクライナ戦争を考える際にも、報道で扱う際には目の前で起きていること、新しい局面にばかり気を取られがちですが、時間的に相対化して考えることで見えてくるものがあります。その一つの試みが拙著『危機の三十年』であり、私たちは、国際社会は何を間違えたのかを改めて学ぶ必要があります。
冷戦後の30年の歴史の中に、2022年のプーチンによるウクライナ侵略を埋め込むことで初めて見えてくることがある。この先、第三次世界大戦に至らぬために何が必要なのかを考えなければなりません。そのためにも『危機の三十年』のような本を日本語で書いて、日本の一般読者の人に読んでもらうことに、強い使命感を感じています。
日本は民主主義国であり、国民が正しく国際環境を捉え、国際政治の潮流を認識することが、日本政府の外交・安全保障政策につながります。そのために国際政治学者ができることをしなければと考えています。
――「ママ戦争止めてくるわ」派の人たちも、国際社会の不安定化を感じていることは確かなのではないかと。
【細谷】ぜひそうした方々にも私の本を読んでいただき、その不安の原因や、第三次世界大戦を避けるために必要なことを知ってもらいたいですね。
----------
細谷 雄一(ほそや・ゆういち)
国際政治学者
1971年、千葉県生まれ。慶應義塾大学法学部教授。立教大学法学部卒業。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。博士(法学)。北海道大学専任講師などを経て、現職。主な著書に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(サントリー学芸賞)、『倫理的な戦争』(読売・吉野作造賞)、『外交』、『国際秩序』、『安保論争』、『迷走するイギリス』、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か』など。
----------
----------
梶原 麻衣子(かじわら・まいこ)
ライター・編集者
1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。
----------
(国際政治学者 細谷 雄一、ライター・編集者 梶原 麻衣子)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
