■プーチンが犯した取り返しのつかない判断ミス
――ロシアが始めたウクライナ戦争は5年目に突入しました。歴史的な視座から眺めた際に、ロシアによるウクライナ戦争はどのようにとらえられるのでしょうか。
【細谷】歴史をさかのぼってみると、18世紀初頭に大北方戦争が起き、スウェーデン帝国と帝政ロシアが戦いました。結果、それまで北欧の覇権国だったスウェーデンが敗れ、ロシアがバルト海の覇権を握ることになりました。しかし今回のウクライナ戦争で、ロシアはこのバルト海、北欧での覇権を失うことになるのではないかと考えています。
バルト海は現在、NATO加盟国で包囲されています。ロシアは本来であれば、ウクライナに侵攻することでバルト海を含む周辺地域での影響力を復活させることが目的だったはずです。そもそも冷戦時代には、バルト海はソ連の勢力圏がそれを取り囲んでいたのですが、自ら誤った戦略を選択した結果として、むしろそこでの影響力を失っているのです。それまで中立国だったフィンランド、スウェーデンがロシアの侵略に対する不安感から、NATO加盟国になってしまいました。
ロシアからすれば意図したこととは逆の結果になっているわけで、ロシアにとっても歴史上取り返しがつかないほどの致命的な戦略的判断ミスを犯したのではないかと考えています。
■「ゴルバチョフは帝国の裏切り者」
――何がロシア、プーチンを駆り立ててきたのでしょうか。
【細谷】『危機の三十年』でも書きましたが、アメリカや欧州など西側諸国が展開してきた外交政策や東欧諸国への働きかけが、ロシアにとっては自らの影響力を封じ込めるものであると認識されていました。
また、プーチンにとってソ連崩壊の衝撃は大きかった。当時のゴルバチョフが手掛けたことは、既に機能マヒに陥っていたソ連のシステムを大きく改革するためだったのですが、プーチンからすれば自分たちの帝国が国内の裏切り者に破壊されたように見えるわけです。ゴルバチョフが西側に媚びたことでソ連は転覆させられたのだ、と。
第二次大戦で大きな犠牲を払って戦勝国になったのに、冷戦期のかじ取りを間違えたために、帝国を切り取られることになってしまった。おかしいじゃないか、というわけです。
そうしたロシアの鬱積した不満や強いナショナリズムは、プーチン個人だけが抱えているものではなく、むしろプーチンが国民の不満を代弁している部分もあったのだろうと見ています。
ウクライナ戦争はその表出です。プーチンは戦争という非常に強硬な手段に出ていますが、それによってある程度、国内のナショナリズムを抑制している側面も実はあるのではないか。そう考えた場合、プーチン後により強硬な指導者が出てくる可能性があります。
■ロシアが西側から離れていった契機
【細谷】1917年のロシア革命も、二月革命ののちに十月革命が起きましたが、1度目の革命の際には比較的穏健な臨時政府が成立したものの、2度目の革命でボルシェビキが台頭してきました。
今後の行方を考える際にはさまざまなシナリオがあり得ると思いますが、仮にウクライナ戦争が終わったとしても、ロシアの中で西側に対する強い怒りや不満が充満し、それに再び火が付くような状況を避けなければならない。そのための努力が、ロシアだけでなく国際社会にも求められるでしょう。
――『危機の三十年』では、西側もロシアに歩み寄り、またロシア側、プーチン自身も西側に融和的だった時期があったにもかかわらず、現状に至った経緯に触れています。
【細谷】ロシアが西側から離れていった契機として、一つにはエネルギー価格の上昇による、西側諸国からの経済的自立があげられます。ソ連崩壊後、ロシアに対して米独など西側諸国はロシアを経済的に支援してきました。ロシア側にもそうした支援に対する感謝は一定程度、あったと思いますが、その後はエネルギー輸出国となり、西側に経済的に依存しなくてよくなった。これがロシア政治や世論に影響を及ぼした面があります。
■クリミア侵攻につながった決定的な出来事
【細谷】もう一つは、アメリカの態度です。これも『危機の三十年』で書いたことですが、ジョージ・W・ブッシュ政権期には、ラムズフェルド国防長官やチェイニー副大統領がロシアに対する非難や侮蔑、敵対心をあからさまに示すようになっていきました。
2001年9月11日の米同時多発テロに端を発する対テロ戦争では、米ロはお互いの国内事情や勢力圏を理解し、利用し合っていた面もあったと思うのですが、アメリカは次第にロシアへの横柄な姿勢を強めて、民主化を強要するようになり、権威主義化が進むロシアに対する警戒から、不信感を募らせてもいたのです。それを受けて、NATOに対して加盟の可能性さえも考慮しながら協力的な態度を取っていたロシアも態度を硬化させていきました。
特にロシアにとって決定的だったのは、2004年にウクライナで起きたオレンジ革命です。ウクライナの大統領選挙でロシアに融和的な候補と欧米に近い候補が争うことになったのですが、欧米派のユシチェンコが緊急入院。親露派のヤヌーコヴィチが勝利。これに対してウクライナ国内で再選挙を求める運動が展開されたのです。
結果、ユシチェンコが大統領に就任することになりました。この運動に、西側勢力が加担している、いよいよウクライナに手を突っ込んできた、とプーチンは捉えたのです。そしてウクライナへの執着と西側への敵意を強めていくことになり、2014年のクリミア侵攻につながりました。
■プーチン後のロシアは
【細谷】さらに言えば、クリミア侵攻に対する国際的な非難の声が強まらなかったことで、プーチンはさらにウクライナ領内への侵攻を考えるようになっていったのでしょう。
ただし、これは「欧米がロシアを追い詰めたのだから、ウクライナ侵攻もやむを得ない」という話ではありません。
ここから得られる教訓は、価値観の異なる相手を侮辱するようなことをしてはいけないということ。そして同時に国際規範を破るような侵略的行為を許してはいけないということです。
――その二つは時に混同されがちですね。
【細谷】これはウクライナ戦争後の対ロシア外交でも重要な論点になるでしょう。ウクライナ戦争がどのように終わるかはまだ見えませんが、ロシアは戦後、国際主義的な外交を行い、信頼を回復しなければなりません。
一方で、一時的に西側に融和的な指導者が出たとしても、それはいずれ崩壊して、より強硬な政権が誕生することにつながりかねないことにも注意しなければなりません。
ロシアの中に根を張っているナショナリズムにも目を向け、ロシアの文化や伝統に一定の敬意を払いつつ、権威主義的な体制であっても一定程度は容認し、国際的な地位を回復するための取り組みを国際社会が行っていかなければならないのです。
■「北方領土方式」という戦争の終わらせ方
――非常に難しい、一歩間違えたら奈落に落ちる綱渡りを想像してしまいます。ウクライナ戦争はどのように終結し得るのでしょうか。
【細谷】戦争終結時の最大の焦点になるのが、領土の問題です。ロシアはウクライナの領土を自国の領土であると憲法に組み込んでしまいましたし、ウクライナがそうしたロシアの主張を覆せるほどに戦況を転換できるかと言えば、これはかなり難しい。欧米が軍事介入する可能性もかなり低いでしょう。
現状のまま戦線が硬直すると、ウクライナは一定程度の領土を失わなければならない状況になります。となった場合、実は難しいのはウクライナ側で、彼らも国内でナショナリズムが高まっている。
ではどうすればいいのか。一つ考えられるのは、いわゆる北方領土方式です。
国際政治学者の高坂正堯先生は、国際社会には力・利益・価値の三つの体系があると述べました。戦後の日ソ・日露関係において、力の論理で言えばロシアが強い。しかし価値の論理で言えば、国際社会におけるルールや規範が損なわれてはいけない。その二つの規範に悩まされてきた日本は、北方領土を奪われながら、ソ連への武力攻撃により、力で取り返そうとはしませんでした。しかし、法の正義の論理、価値の論理から、「北方四島は日本に帰属する」という正当性では譲歩していません。
日本も80年、国境線を引き直さないまま、一つの日露間の火種として残っています。スッキリ解決とはいきませんが、戦争とはそういった火種を残すものでもあるのでしょう。だとすれば、一時的に紛争を解決し、平和的交渉が可能になる機が熟するのを待つということもあるかと思います。
■今なら第三次世界大戦を止められる
――中東もぐらついていますし、日本としては台湾有事も心配です。ロシアがさらにウクライナの先へ侵攻していく可能性もゼロではありません。
【細谷】「第三次世界大戦は、この段階であれば今はまだ止めることができる」というのが、私が『危機の三十年』に込めたメッセージです。歴史の潮流の揺り戻しがあったときに、大国同士の衝突が起きる。世界戦争になってしまう可能性がある。これが過去の歴史のサイクルを見た際の現実です。
本書を10年後に読み返したときに、「確かに止められたな」と感じることになるのか、「止めることができなかった」と感じることになるのか。戦争が起きても起きなくても、ほころびつつある国際秩序を新たに組み直す必要に迫られていることに違いはありません。それが戦争によってもたらされるのか、そうでない方法になるか、現状ではどちらの可能性もあると思っています。
私たちは人類が過去の教訓から三度目の世界戦争を起こさないために、何ができるのかを考え、できる限りのことをやらなければなりません。
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細谷 雄一(ほそや・ゆういち)
国際政治学者
1971年、千葉県生まれ。慶應義塾大学法学部教授。立教大学法学部卒業。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。博士(法学)。北海道大学専任講師などを経て、現職。主な著書に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(サントリー学芸賞)、『倫理的な戦争』(読売・吉野作造賞)、『外交』、『国際秩序』、『安保論争』、『迷走するイギリス』、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か』など。
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梶原 麻衣子(かじわら・まいこ)
ライター・編集者
1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。
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(国際政治学者 細谷 雄一、ライター・編集者 梶原 麻衣子)

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