健康で長生きする人はどこが違うのか。解剖学者の養老孟司さんと漫画家の楳図かずおさんとの対談を収録した『やさしい『唯脳論』』(実業之日本社)より、一部を紹介する――。

■脳が「生き死に」を左右する
【楳図】人間が病気になりますねえ、それと脳の関係はないんですか。なんか脳が生きるのはかったるいから、このへんで少し病気になれ、なんて命令して病気になるような。病気というのは、ある意味では「穏やかな自殺」という気もするんですが。
【養老】そういう人もいますね。
【楳図】お酒やタバコをやるというのも、身体に良くないことを脳が知っているのにやらせるわけでしょう。そうすると遠回しの自殺を脳が命令しているみたいな。人生が楽しいことばかりならいいけれど、楽しくなければ病気になれって、そんな気がする。
【養老】そうです。生きるとか死ぬとかいうのを、非常に強く脳が支配している。難しく言えば、生きていてどんな価値があるのかなんて脳が考えるとき、そしてどうもこの人生は面白くないな、なんて思ったとき、酒ばかり飲んだり病気になったりする。脳に影響されているわけですね。
【楳図】それがものすごく大きいような気がします。

【養老】小説でそれが非常にきれいに描かれているものがあります。
【楳図】泉鏡花ですか。
■遭難して「生きて帰る人」の条件
【養老】いや、フォーサイスの小説にあるんですが、3人の男が描かれている。たまたま立場の違う男が同じ船に乗り合わせて、その船が沈むんですが、結局、生きて帰ったってしようがないという生きがいのない人間、そういう人間から先に溺れていくんです。
【楳図】やっぱりそうなんだ。
【養老】典型的にそうです。
【楳図】生きがいとか、死ねないと思う気持ちが強い人が最後まで生き残り、そうでない人は遭難なんかで真っ先に死んでいく。脳がここでガンバレって言わないと、人間すぐ病気になったり、遭難したりする。そう考えると、それは脳が自殺をさせているようなもんです、とそんな気がするんですよ。
ある医者がある病気を治すために医者になったんだけど、その病気で死んでしまうということがよくある。これは偶然と言えば偶然なんだけど、どこかで脳がそれを察知している、偶然ではないという気がする。これはどうでしょう?
【養老】脳というのはそういうものでしょう。
つまり自分自身の存在とか生きがいとか、そういうものを判断したり決断しているのはすべて脳ですよね。それが結局、その人間の生き方を決定していくわけですから。
■「100歳まで生きる人」はどこが違うのか
【楳図】脳の正しい鍛え方というのはあるんでしょうか。
【養老】脳と言い換えなくても、日本では「心」と言いますね。心も脳の機能ですから。心については、いろいろな教えとか定理とかの細かな系があるでしょう?
【楳図】系っていうと?
【養老】システムですね。たとえば、どんなふうにすれば長生きできるかということについて、沢庵和尚(※)がスパッと言っています。
沢庵が「道を知る人は長生きか」と聞かれるんですね。当時で言う道とは論語とか孟子の教え、あるいは仏教などの教えを極めることです。
で、沢庵がこう答える。「そういう人が長生きできるわけないだろう」と。「そういうことを知っていると、義理を欠くまいと思えば行くべからざるところにも行き、長座、窮屈にも耐え」と。

要するにそんなことをやっていると、ストレスが溜まってしようがない。ストレスの溜まる人が長生きできるわけがないだろう。そして、長生きをしてる人を見ると、大方は人のことは構わず、我さえ良からばと思いて気のゆるゆるした人、こういう人が必ず長生きであると。さらに当時でも100歳を越える長命の人がいた。しかし沢庵はそういう人は「おおかた土民、百姓の類にて」と言っています。
■エリート管理職は長生きできない
【楳図】そうですね。その点、画家なんかはけっこう長生きしてますね。自分流の人が多いから。
【養老】管理職なんかはわりあいダメですね。管理職の脳はこちこちの規則や決まりばかり詰まっていることが多いから。
いまと昔を比べると、昔のほうが社会の義理というのは大変でしょう。そういう中でああしなければいけない、こうしなければいけないということのない人というのは「土民、百姓の類」ってことになるわけです。

さて、そこで問題なのは長生きすることと生きることは、必ずしも同じではないということなんですね。長生きすることと生きるということの間に矛盾がある。それが現代の社会では強く出ているんじゃないでしょうか。良く生きるということは脳を上手に使うということであって、ただダラダラ生きていればいいってもんじゃない。
【楳図】最近は長生きするのもいろいろ難しいし、その「生きる」というのも厳しいところがあるし……。
【養老】生きるということは、考えることじゃない、やることですから。それを考えはじめたら、難しくなるに決まっている。
【楳図】そうですよね。考えるってことは、いろいろな楽しいことを見出すことであると同時に、苦しみも見出してしまいますからね。
※沢庵(1573~1645):江戸初期の禅僧。幕府を批判して流罪となったが、のち将軍家光に重用されて、江戸品川の東海寺の開山となる。茶道、詩歌、書道にも通じた。

■もう一度、同じ人生をやりたいか
【養老】いまは生きるということを考えるだけの暇ができたということですね。
【楳図】下手な考え、休むに似たり。
【養老】暇なんかなくて必死になって生きるというのが、いちばん生きているってことですよね。
【楳図】昔の農民が、朝起きてから夜寝るまで働いてストンと寝てしまう。でも、それだけだとちょっとつまんないし。
【養老】いや、それで面白いということになれば、それがいちばんいい。
【楳図】それで面白ければ天国ですね。
【養老】それで思い出すのが、雷の研究で有名なフランクリンですよ。あの人が死ぬとき「人生をもう一回やるとしたら何をしますか」と聞かれて、「もういっぺん同じようにやる」と答えた。楽天的で面白い人生を送ったんでしょうね。
【楳図】面白いことをやらないといけませんねえ。
【養老】人のことは考えないで、我さえ良からば……これでいくのがいちばん。

■本当に「好きなことだけ」やるとエライことに…
【楳図】じゃあ、先生はいいですね。子供のときから、そんなことして何の役に立つのかと言われることばかりやってきているから(笑)。
【養老】でもそれ、相当頑張ってやっているからねえ。やっぱりそう言われるとだんだんひねくれてくる(笑)。
【楳図】ひねくれてはいけませんねえ、はい(笑)。
【養老】自分が本当に好きでやっていることが、世の中ではあまり通用しない、つまり認めてくれないとなると、やっぱり相当抑制するんです。本当に自分の好きなようにやってしまったら、これはけっこうエライことになる。
【楳図】でも、そういう体験や研究が本になって出てきて、皆さんがそれを読んでくれたら、そのときはいままでの反動というか、オツリがいっぺんにバーッと戻ってくるということがありますでしょう?
【養老】ぼく、そういうの全然ないんですよ。

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養老 孟司(ようろう・たけし)

解剖学者、東京大学名誉教授

1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)、『こう考えると、うまくいく。~脳化社会の歩き方~』(扶桑社)など多数。

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楳図 かずお(うめず・かずお)

漫画家、芸術家

1936年和歌山県高野町生まれ。1955年『森の兄妹』でデビュー。『へび少女』『おろち』などで独自の世界を築き、「ホラー漫画の神様」と呼ばれる。『漂流教室』で小学館漫画賞を受賞。『洗礼』『わたしは真悟』『14歳』などヒット作多数。社会現象にもなった『まことちゃん』の“グワシ”と赤白ボーダーのシャツがトレードマーク。タレント、歌手、作詞家、映画監督など多数の肩書きを持ち、様々なジャンルで活躍。2024年10月28日逝去。享年88歳。

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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、漫画家、芸術家 楳図 かずお)
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