■通信遮断で混乱した最前線
ロシア軍が前線で使用している通信網が寸断され、各部隊は混乱状態に陥っている。
イーロン・マスク氏率いるアメリカの宇宙企業SpaceXが、衛星インターネットサービス「スターリンク」へのアクセスを遮断したためだ。皮肉にも、ロシア軍は敵対するアメリカの民間技術に通信の大半を依存していた。
英BBCによると、SpaceXはウクライナのミハイロ・フェドロフ国防相の要請を受け、2月初旬にアクセス制限に踏み切った。以降、ロシア軍の攻撃能力は50%低下し、ウクライナ南東部のザポリージャ州東部など前線各地で撤退を余儀なくされている。
混乱は指揮系統に広く波及した。米軍事専門メディア「ウォー・ゾーン」によると、ウクライナ戦略通信センターは、「過去2年間、ほぼすべての作戦指揮統制が米国の衛星インフラに依存してきた。安定性と速度で匹敵する代替手段は存在しない」と指摘している。各地で突撃作戦が止まり、ウクライナの国防省顧問セルヒイ・ベズクレストノフ氏は、「全軍の指揮系統が停止した」と指摘する。
友軍誤射の悲劇まで起きた。
このとき前進中だった12人編成のロシアの突撃グループについて、別のロシア部隊が敵部隊と誤認し、砲撃を開始。グループは通信手段を失っていたため友軍であることを伝えられず、全滅したという。アテシュは、「通信が失われると指揮系統が崩壊し、部隊は互いを殺し合い始める」と指摘している。
■ドローン制御不能で攻撃件数が6割減
ウクライナ軍参謀本部のデータによると、SpaceXが端末の遮断を開始した2月2日以降、前線での軍事衝突は15~20%減少した。
BBCロシア語サービスは、1月31日に338件あった武力衝突は、2月4日にはわずか133件にまで減少したと報じている。スターリンクを通信基盤として頼っていたBM-35やイラン製シャヘドといったロシアの攻撃ドローンは、接続を絶たれた瞬間に遠隔操作が不能となった。
シンクタンク「欧州政策分析センター」のアナリスト、デビッド・キリチェンコ氏はブルームバーグの取材に対し、「戦闘の多くはドローンで行われており、前線全体の火力による被害の約60%を占めている」と語った。ドローン操縦不能の影響は大きい。
米シンクタンクの戦争研究所(ISW)も、スターリンクのサービス停止によって攻撃用ドローンを用いた作戦が打撃を受け、「過去数週間と同じペースと深度での攻撃を行うことが難しくなっている」と指摘している。
■密輸したスターリンクで生き延びてきた
そもそもロシア軍はなぜ、西側の民間技術にこれほど依存するようになったのか。背景には、戦争初期の犯した戦略上の失敗がある。
ロシアの独立系ニュースサイト「メデューザ」によれば、2022年の全面侵攻開始時、ロシア軍はシリアでの成功体験から、制空権を確保できると高をくくっていた。
ところがウクライナの防空能力は想定を大きく上回り、侵攻初期に防空システムの半数近くを破壊しても制空権は握れなかった。以降、高価なミサイルを使うまでもない移動目標に対しては、有効な攻撃手段を欠いたまま、戦争は泥沼化していった。
手詰まりを打開したのが、2025年秋にロシア国防省のドローン戦部隊「ルビコン」が開発した低コスト固定翼ドローン「モルニヤ2」だった。スターリンクのアンテナを搭載したこのドローンは、前線を越えて20~80キロ先まで飛び、奥地の目標を捕捉・攻撃できた。
しかしこの「切り札」は、致命的な弱点を抱えていた。イーロン・マスク氏のSpaceX社が運営するノートサイズのスターリンク端末は、アメリカの制裁でロシアへの正式な輸入が禁じられている。中東カタールの衛星テレビ局アルジャジーラによると、ロシアは旧ソ連諸国や中東(特にドバイ)経由で偽造書類を使い、数千台を密輸入してきた。制裁を迂回しながら西側の民間技術に軍事作戦の要を預ける、危うい綱渡りを続けてきた。
ニューヨーク・タイムズは、ウクライナ側はロシアがドローンにスターリンクを搭載し始めたことを数カ月前から察知していたと指摘。攻撃の精度と妨害電波への耐性が向上したことで、大規模攻勢への懸念を強めたウクライナ政府が、SpaceXに対応を求めていたという。
■ウクライナはSpaceXと迅速連携
ウクライナの新国防相ミハイロ・フェドロフ氏は今年1月の就任早々、SpaceXとの交渉に動いた。
ニューヨーク・タイムズによると同氏は1月、SpaceXに働きかけ、スターリンクへの接続をウクライナ政府公認の登録端末に限定させた。ウクライナ政府がホワイトリスト(許可する端末のリスト)を管理することで、ウクライナ領内での使用可否の決定権を掌握し、ロシア兵がウクライナ領内に密かに持ち込んだ端末を使い物にならなくする仕組みだ。
速度制限も設けられた。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、フェドロフ氏の顧問を務めるドローン専門家セルヒー・ステルネンコ氏は、端末が時速約90キロを超えると通信が自動的に遮断されると明かした。
ウクライナ国防省がSpaceXと協力して導入した暫定措置であり、ロシア側のオンラインチャンネルでは、早くも不満の声が上がっているという。
カーネギー国際平和財団のマイケル・コフマン氏は、端末登録の義務化は「ロシアの前線部隊に、通信システムの再編を強いる」と読み解く。スターリンクに依存する限り、速度制限によりロシアが長距離攻撃ドローンを使用することは難しくなる。高速飛行中の兵器は通信を失い、遠隔操作は不能となる。
ロシア側は作戦への影響を否定しているが、国外の報道を総合すると、まったく違う実態が見えてくる。西側の技術に依存していたロシア軍は、いまその代償を払わされている。
■偽の「再接続サービス」に騙されたロシア兵
ウクライナ側のある組織は今回の通信遮断を巧みに利用し、心理戦でもロシア軍を追い詰めた。ボランティア団体InformNapalmが標的にしたのは、スターリンクに再接続しようと焦るロシア兵の心理だ。
同団体のミハイロ・マカルク広報担当はBBCに、「手口は単純です」と述べた。接触してきたロシア兵をもっともらしく非公開チャットに誘い込み、極秘に再接続できるよう代行サービスを提供していると装う。兵士は端末情報を何の疑いもなく開示し、一部は本当に再接続できると信じてオンライン決済で計5000ドル(約77万5000円)を支払った。
こうして詳細情報を特定されたスターリンク端末は、2425台に上る。分布はクリミア半島南部からベラルーシ東部ゴメリ市まで広範囲に及んだ。前線付近で特定された端末の位置は、すなわちロシア軍部隊の位置を示している可能性が高い。多くは、ウクライナ軍の砲撃やドローン攻撃の標的となったという。
ロシアのFSB保安庁は、兵士にこうした詐欺への警戒を呼びかけている。だがフィッシング作戦の打撃は金銭被害にとどまらない。「彼らはもう互いを信用していない」とマカルク氏は語り、オンラインで情報交換するロシア兵同士が疑心暗鬼に陥っていると述べた。
■兵士の不満「ロシアの衛星通信はクソ」
追い詰められたロシア軍は、代替手段を必死に探している。だが、選択肢は限られている。
ロシアのTelegramチャンネル「Colonelcassad」は、「現時点でスターリンクの代替手段は存在しない」と認め、代わりの通信網の確保には時間がかかるとの見方を示している。
自前の通信網がないわけではない。ロシアの国営エネルギー企業ガスプロムは、同名の衛星通信サービスおよび通信端末を提供している。だが、「動作はしているが、接続速度で遅れをとっており、開発や改良が必要」という状況だとウォー・ゾーンは指摘する。
前線の声はさらに厳しい。キーウ・ポストによると、ウクライナ軍情報総局(HUR)が傍受したロシア兵の通話では、ガスプロム通信システムへの不満が飛び交っていた。
「俺の知る限り、あのガスプロムってやつはクソもいいとこだ」「確かにガスプロムで動く。つながればの話だけどな」。大規模なVDV(空挺部隊)第76部隊に配備された端末でさえ、「動画のストリーミングすら処理できなかった」という。ドローンの遠隔操作には、リアルタイムの映像確認が欠かせない。ガスプロムが使う「ヤマール衛星群」はわずか5基の静止衛星に頼っており、前線全域をカバーするには到底足りない。
■外からも内からも通信手段を絶たれる
実はロシア兵たちは、スターリンクを失っただけではなく、アプリのレベルでも通信手段を失おうとしている。
戦場で日常的にこのアプリを使ってきた兵士らは、激しく反発している。ロシア軍事特派員のアレクサンドル・スラドコフ氏は、「指揮統制能力を葬るようなものだ。通信は武器以上のものであり、部隊指揮の基盤だ」と批判した。
ロシア軍は外からも内からも、通信手段を絶たれつつある。
もっとも、遮断措置はウクライナ側にも副作用を及ぼした。未登録の端末が一斉に停止し、何千人ものウクライナ兵が一時的に通信を失ったと、BBCロシア語サービスが伝えている。
前線で対戦車ミサイル小隊を率いる元国会議員テティアナ・チョルノヴォル氏は、「私の2つの戦闘陣地が通信を失った」と同局に語った。ただし、登録済みの端末は正常に稼働しており、CNNの取材に応じたドローン操縦士は、「すぐに登録したら問題なく機能している」と話す。フェドロフ国防相によれば、ホワイトリストへの登録は急速に進んでおり、ウクライナ軍への影響は一時的なものにとどまる見通しだ。
■調理兵までが歩兵となって突撃
一方、これまでも損耗の激しかったロシア軍は、通信障害でさらに追い込まれている。
ブルームバーグが伝えた西側の分析によれば、ロシアは新兵補充を上回るペースで兵力を失い続けている。ウクライナ側の発表では、ロシア兵の戦死者は2025年12月に3万5000人、翌1月にも3万人に上り、月平均約2万5000人だった2025年から急増した。西側当局者によれば、今年1月だけで補充を約9000人上回る兵力を失ったという。
前線での出血も止まらない。イギリスのジョン・ヒーリー国防相は2月16日のインタビューで、一部地域ではウクライナ兵1人に対し、ロシア側が6人から25人を失っていると明らかにした。キーウ・ポストが報じた傍受通話では、生存に必要な基本物資すら届かず補給中に命を落とす兵士や、調理兵までが歩兵となり突撃役を命じられる実態があると、兵士たち自身が訴えている。
■独自衛星は製造すら始まっていない
ロシアが独自の洗練された衛星通信網を持つのは、まだ先の話になりそうだ。
ニューヨーク・タイムズによると、ロシアの宇宙機関ロスコスモスのドミトリー・V・バカノフ総裁は国営タス通信に対し、「スターリンクに対抗する低軌道衛星『ラスヴェト(夜明け)』の製造を今年中に開始し、来年打ち上げる予定だ」と明かした。
だが、2027年のサービス開始予定に対し、現時点で衛星の製造すら始まっていないとメデューザは報じている。盟友の中国も当てにできない。上海を拠点とする低軌道衛星計画でスターリンク対抗馬とも言われる「千帆星座」は打ち上げ遅延が続き、2027年までの世界展開は見通せない。
専門家は、ロシアが数カ月以内に旧来の通信手段への切り替えを迫られるとみる。元ウクライナ情報将校のイヴァン・ストゥパク氏はBBCに対し、地上のロシア装甲部隊は周囲で何が起きているか部分的にしか把握できない状態だと述べた。
ロシア軍がいずれ代替手段を探るのは確実だが、ゼレンスキー大統領はブルームバーグに対し、こう決意を語る。「彼らが代替手段を見つけたならば、それも阻止するよう動くだけだ」
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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