※本稿は、名取芳彦『グズを直す本』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■「悩み」と「悟り」は表裏一体
世の中は、自分の都合通りにならないことばかりです。
この自分の都合通りにならないことを、仏教では「苦」と定義しています。私たちがネガティブな感情を抱くのは、常に自分の都合(願い)が叶えられていない時ですから、「苦=自分の都合通りにならないこと」という図式が成り立ちます。
ウジウジ、オロオロ、クヨクヨといった感情も、すべて自分の都合通りになっていないことに起因します。これらが解決すれば、心はおだやかになるはずです。
そこから私は、仏教の悟りとは「いつでも、どんなことが起こっても、心おだやかでいられる状態」だと解釈しています。この解釈で仏教を学んでも、矛盾を感じたことはありません。
「苦」を少なくしたり、なくしたりする方法は、古今東西、二つに大別されます。
一つは、自分の都合通りにしてしまう方法です。あんパンが食べたければあんパンを買って食べればよい。
この考え方にもとづいて生まれた数々の家電製品は、私たちの暮らしの苦を大量になくしてくれました。
苦を少なくするもう一つの方法は、自分の都合そのものを少なくしたり、引っ込めたりすることです。あんパンが売り切れならジャムパンで我慢する。お気に入りの服を着たかったのに、いつの間にか着ている普段着でよしとする。仏教で説く「小欲知足(欲を小さくして足るを知る)」とは、まさにこの方法です。
■「不平不満」の意外なメリット
さて、「不平不満」も、自分の都合通りになっていないことが原因です。
不平や不満を抱くことは、必ずしも悪いことではありません。それをきっかけにして問題が解決できるケースは数多くあります。お客さまアンケートを実施している店舗などは、その好例でしょう。
仏教にも“煩悩即菩提”という考え方があります。「心を乱す考え方」のことを煩悩と呼びますが、心が乱れる原因を探って解決していけば悟り(菩提)につながるため、煩悩を頭ごなしに否定しなくてもよい、とする教えです。
しかし、日常生活で問題になるのは、不平不満ばかり口にする人でしょう。
不平不満のネガティブな感情は周囲に対して強力な伝染力を持っています。晴れた日に犬の散歩をしている人を微笑ましく眺めている横で「動物愛護を声高に叫んでいる人間がさ、シルクの服を着たり、A5ランクの牛肉に舌鼓を打ったりしているんだよ。おかしいでしょ」と言われれば、そのネガティブの波動に笑顔も凍りつきます。
このように、不平不満にはデメリットもあります。
特に私が辟易するのは、自分では解決できない、解決する気もないような不平不満を無責任に言う人です。
こうした人には、よく話題になる「モンスタークレーマー」に似た傾向が見られます。その特徴をいくつかあげてみましょう。
まず、自分を賢いと思い込み、優位に立ちたい(マウントを取りたい)と願う人。「君は気づいていないけど、これは変だよね」などと、自分の特別さや賢さを示したいのです。
こうした人は、自分を認めさせたいという自己承認欲求が強い反面、自己肯定感が低い傾向があります。
■「考えてみればあの人も大変だね」と言えるか
自己肯定感が高ければ、相手より優位に立って注目されようとはしないでしょう。
他にも、相手の事情を察せないほど想像力に乏しい、自己中心的なタイプ。目の前の状況からしか物事を判断できず、相手の事情などお構いなしで、「考えてみればあの人も大変だね」とは言えない人です。
そうした人は、とことん相手に関心を持つ時間を作ると、他者への想像力を養うことができるでしょう。
あとは、ささいなミスも許せない完璧主義者や、正義感がとても強い人。「私はやっているのに、どうしてあなたはできないのだ」と、自分ができることは他人もできるはずだと強要します。このような強要こそが人としての欠点であり、完璧にはほど遠いことに気づけたら、心の負担は減るでしょう。
こうしたさまざまな不平不満のメリットとデメリットを意識して、上手に処理していきたいものです。
■自己肯定感の高い人には心の余裕がある
「自信とは何か」と問われると、すぐに答えるのは難しいかもしれません。「自分を信じること」だけでは漠然としていて、具体性に欠けます。
『新明解国語辞典』(第七版)では、「自信」を[そのことをまちがいなくうまくやることが出来るという自己評価]という透徹した解説をしています。自信はあくまで自己評価にすぎないため、他人に“根拠のない自信”と笑われても、文句は言えないでしょう。
この根拠のない自信の歯止めが外れて膨れ上がり、さまざまな支障をきたすのが“自信過剰”です。「私は大丈夫」という自己肯定感と似ていますが、両者は似て非なるものです。
自己肯定感とは、自分の良いところも悪いところも、丸ごと受け入れることです。つまり、「自分がいつでも正しい」と考えることではありません。
むしろ、自己肯定感の高い人には、「自分の考えだけが正しいわけではないだろう」と気づく心の余裕があります。また、できない自分を認めることで「私はまだまだだ」と、謙虚さを芽生えさせる土壌を心の中に持っているのです。
ところが、自信過剰な人は、自分の良い点だけを過大に評価し、悪い点は認めようとしません。屁理屈を言ったり、言い訳をしたり、他人のせいにしたりする傾向があります。
自信過剰な人は、基本的に知識と経験が不足しているため、自分の能力や価値を正当に評価できません。
ところが、「自分は正しい」という自信だけはあるため、他人からの批判やアドバイスには耳を傾けようとしないのです。その結果、周りの人をバカにするような言動が増え、周囲との摩擦も多くなります。
また、自己中心的な発想から、他人の気持ちや現実の状況を考慮しない、独りよがりの無謀な行動でリスクを背負い込むことも少なくありません。
■自意識過剰の根底には自信のなさ
さて、自己肯定感や自信過剰に似たものに、他人から自分がどう見られているかを気にしすぎる“自意識過剰”があります。
自意識過剰は、その根底に自信のなさがある点が他と異なります。
もちろん、他人から良く思われたいという気持ちはありますが、その裏には「悪く見られたくない」という恐怖が潜んでいるため厄介です。みんなから好かれたいと願う子どもの感情も、嫌われたくないという恐怖が土台になっていることが多く見受けられます。
SNSなどで好きなことを発信し、自己表現するのは悪いことではありません。
しかし、多くの「いいね」という共感や称賛をもらわないと安心できない人は、自意識が鍋の中でグツグツ煮えて蓋を持ち上げようとしている状態かもしれません。
アメリカの刑事ドラマの冒頭で、パトロール中の警官二人が、次のような会話を交わしていました。
「俺のやっていることを、署の他の連中にも少しくらいわかってもらいたいよ」
「『共感を求めすぎると他人とつながれない』って、お袋が言っていたよ」
これは含蓄のあるセリフだと感じ、思わずメモを取りました。
「いいね」をはじめとする他者への承認欲求が原因で他人とつながれなくなるのは、他人には、あなたに関心を持たなければならない理由なんてないからです。
「私に関心を持って!」というオーラを発散している人はとても面倒で、そのような人に近づきたいと願う人はいないでしょう。
■ありのままの自分をさらけ出せるか
人は自分のことで精一杯で、他人に関心を持っている時間などありません。
自分のことをわかってほしいと思うなら、まずやるべきは、自分が他人に関心を持つことです。自分は関心を持ってもらいたいけれど、自分は他人に関心を持たないというのは、あまりにも自分勝手ではないでしょうか。
自信過剰も自意識過剰も、自分で気づくのは難しいものです。
であれば、高い自己肯定感のように、良い点も悪い点も自分をそのまま認められるようになるのが最善でしょう。
そのためには、小さな成功体験を積み重ねるか、ありのままの自分をさらけ出して自己投影できる場所へ行くことをお勧めします。たとえば、お寺、神社、教会、あるいは家の仏壇の前で、五分ほど独りの時間を持つのも良い方法かと思います。
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名取 芳彦(なとり・ほうげん)
元結不動密蔵院住職
1958年、東京都江戸川区小岩生まれ。密蔵院住職。真言宗豊山派布教研究所所長。豊山流大師講(ご詠歌)詠匠。密蔵院写仏講座・ご詠歌指導など、積極的な布教活動を行っている。主な著書に、『気にしない練習』『人生がすっきりわかるご縁の法則』『ためない練習』『般若心経、心の「大そうじ」』(以上、三笠書房《知的生きかた文庫》)などベストセラー、ロングセラーが多数ある。
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(元結不動密蔵院住職 名取 芳彦)

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