AIは人間より賢く、ロボットは疲れない。そんな時代に、人間は本当に必要とされ続けるのだろうか。
ソニーグループのエンジニア・礒津政明さんは、だからこそ「人間の不完全さ」にこそ価値があると語る。著書『父が娘と語り尽くす 深く、わかりやすく、とんでもなく熱い テクノロジー全史』(実務教育出版)より、女子高生の娘との対話形式で、その理由を紹介する――。
■なぜ、「不完全さ」に心が動くのか
――ねえ、パパ。
ん? どうしたんだい、改まって。
――これまでいろんな話を聞いてきて、正直ちょっと怖くなっちゃった。AIは私より賢いし、ロボットは疲れない。遺伝子操作で天才も作れるし、世界はシミュレーションかもしれない。そんなカンペキなテクノロジーに囲まれたら、私みたいな「暗記もできない、すぐ疲れる、感情的になる」人間なんて、もう要らないんじゃないかなって。
なるほど。エナは自分が「欠陥品」に思えてきたわけだ。
――うん。だってAIならミスしないもん。
人間って、効率悪いし、脆いし、すぐ死んじゃうし……コスパ最悪じゃん。
ハハハ! たしかにスペックだけで見れば、人類は皆ポンコツだ。でもねエナ。だからこそ、人間は尊いんだよ。最後は、その「不完全さ(バグ)」の話をしようか。
――不完全さが尊い? 負け惜しみに聞こえるけど。
じゃあ聞くけど、エナはなぜ「アイドルのライブ」に行くんだい? CD音源の方が、音程もカンペキでノイズもないのに。
――それは……生だからだよ! 歌詞間違えたり、声が裏返ったり、MCで噛んだりするハプニングも含めて「その瞬間しか見れない」から感動するんじゃん。
その通り! でも、もしアイドルがロボットで、毎回1ミリの狂いもなく完璧なダンスと歌を披露したらどう思う?
――最初はすごいけど……すぐ飽きるかも。「どうせ失敗しないし」って思うと、ドキドキしないしさ。
でしょ? 人間は本能的に「カンペキ」を求めているようで、じつは「揺らぎ」や「ノイズ」を愛しているんだ。AIが描いた非の打ちどころのない美少女の絵よりも、エナが悩みながら描いたデッサンの方に心が動かされるのは、そこに「葛藤」や「物語」があるからだよ。

■無駄のなかに人生の豊かさがある
――葛藤……。
これまで話してきた通り、テクノロジーは「正解」を出すのは得意だよね。「Aへの最短ルートはこれです」「この株を買えば儲かります」とか。でも、「どっちの道に行けばワクワクするか?」とか「損してもいいから応援したい」という感情は、計算できない「ムダ」の中にしかない。
――たしかに。AIに「コスパ最高の彼氏」を選んでもらっても、好きになれるかどうかは別だもんね。
そう(笑)。人生の豊かさは、効率化できない部分――つまり「ムダ話」「失敗」「遠回り」「カン違い」の中に詰まっている。エナがさっき言った「人間はコスパが悪い」というのは、裏を返せば「人間は最高に贅沢な存在」ということでもあるんだよ。
■「死」が進化の最強エンジン
――贅沢……。ポンコツも悪くないってこと?
うん。それに、人間にはAIには絶対に持てない「最強の機能」がある。

――なにそれ?
それは「死ぬこと」さ。
――はあ? 死ぬのが最強の機能? パパ、縁起でもないこと言わないでよ!
いや、大真面目だよ。AIやデータは、理論上「永遠」に生きられる。コピーもできるし、バックアップも取れる。でも人間は違う。コピー不能で、一度壊れたら終わり。そして必ず終わり(死)が来る。
――だから儚くてダメなんじゃん。
違うよ。終わりがあるからこそ、この一瞬が輝くんだ。夏休みがなぜ楽しいか、わかるかい? 終わり、つまり「8月31日」があるからだよ。もし夏休みが永遠に続くなら、今日海に行くことになんの価値もなくなる。

――あー……。たしかに「いつでも行ける」と思うと、ずっとダラダラしちゃうかも。
でしょ? 人間は「かぎられた時間」という制約があるからこそ、必死に学び、愛し、なにかを残そうとがんばる。その必死なエネルギーが、芸術や文化、そして新しいテクノロジーを生み出してきたんだ。「死」というシステムこそ、じつは人類を進化させる最大のエンジンなんだよ。
■「動機」は人間しか持つことができない
――なるほど、死ぬことさえも、生きるパワーになってるんだ……。
エナ。これからの未来、AIはもっと賢くなる。シンギュラリティ(技術的特異点)を超えて、人間の知能をはるかに凌ぐ時代がもうすぐ来るのは間違いない。仕事も、判断も、創作も、AIの方が上手になるかもしれない。
――やっぱり不安だよ。私の居場所、なくなっちゃうじゃん。

なくならないさ。なぜなら、AIは「HOW(どうやるか)」は教えてくれるけど、「WHY(なぜやるか)」は決められないから。
――WHY?
「火星に行く方法」はAIが計算してくれる。でも「なぜ火星に行きたいのか?」という衝動は、人間にしか生まれない。「どんな絵を描けば売れるか」はAIが知っている。でも「この悲しみを絵にしたい」という動機は、エナの中にしかない。テクノロジーがいかに進化しようとも、最初の「問い」と、最後の「責任」を持つのは、いつだって人間なんだ。
■テクノロジーをアートに戻そう
――そっか……。スタートボタンを押すのは「私」なんだね。
そうそう、最後に一つ、面白い言葉の話を教えてあげよう。「テクノロジー」(注1)って言葉、もともとどういう意味か知ってる?
――え? 「科学技術」とか「機械」じゃないの?
語源はギリシャ語の「テクネー」なんだけど、これ、じつは「芸術」とか「職人技」って意味だったんだよ。
――えっ、「アート」が語源なの? ぜんぜんイメージと違う!
そう。
昔の人にとって、技術と芸術は同じ「人間がなにかを生み出す行為」だったんだ。でもいつの間にかテクノロジーは「効率」ばかりを追いかけて、冷たい機械になってしまった。
――なんか、もったいないね。もともとはアートだったのに。
だからこそ、エナがこれからの時代にやるべきことは、テクノロジーをもう一度「アート」に戻すことかもしれない。

注1 テクノロジー(Technology)

語源はギリシャ語の「テクネー(Techne:技術・芸術・技法)」と「ロゴス(Logos:論理・言葉・理性)」の組み合わせ。本来、テクノロジーとは単なる「便利な道具」ではなく、人間が世界をどう理解し、どう表現するかという「アート(芸術)」そのものを指していた。歴史を振り返れば、15世紀の活版印刷機が聖書を大衆に広めて「個人の思想」を誕生させ、20世紀のインターネットが「情報の国境」を消し去ったように、テクノロジーは常に人類のOS(基本ソフト)を書き換えてきた。1977年に打ち上げられた探査機ヴォイジャーには、地球外生命体へのメッセージとして金色のレコードが積まれている。そこには、バッハの音楽、55の言語の挨拶、そして「親子の愛情」を示す写真などが収められた。当時の最高のテクノロジーの結晶が運ぼうとしたのは、計算式ではなく、「私たちはここにいて、誰かを愛し、何かを美しいと感じていた」という、極めて非効率で人間的な記憶だった。

21世紀、AIやゲノム編集、量子コンピュータによって、テクノロジーは「マイナスをゼロにする(不便を解消する)」フェーズから、「人間とは何かを問い直す」フェーズへと突入している。本書で見てきたように、もしAIがすべての「Doing(作業)」を完璧にこなすようになったとき、人間に残されるのは「Being(どう在るか)」という意志だけになる。テクノロジーを使いこなすとは、機械のスピードに自分を合わせることではない。むしろ、テクノロジーという「翼」(あるいは最強のOS)を装備することで、浮いた時間を使って「散歩、ムダ話、失敗、寄り道」といった、AIには決して奪えない生命の輝きを全力で享受することにほかならない。
■あなたが不完全だからこそ大好き
――テクノロジーをアートに戻す?
「効率のためじゃなく、心を動かすためにテクノロジーを使う」ってことさ。だからエナ、パパに約束してほしい。これから先、テクノロジーという最強の「翼」を手に入れてもいい。スマホもAIもゲノム編集も、どこへでも飛んでいける力を全部使えばいいんだ。でも、その翼でどこへ飛ぶかを決める「心」まで、機械に任せちゃいけないよ。
――心まで機械に任せちゃいけない、ってことか……。
傷つくことを恐れて感情をオフにしたり、失敗を恐れてAIの言いなりになってはダメ。泣いて、笑って、間違えて、恥をかいて、非効率に生きる。そのドロドロした人間臭さこそが、AI時代における君の「最大の価値」になるんだからね。
――ふふっ。なんか元気出てきた。私、計算遅いし、すぐ凹むし、部屋も汚いけど……それが私の「価値」なんだね!
ハハハ! そうさ、胸を張っていいよ! エナは750MBのデータ(編集部注:人間の設計図「ヒトゲノム」はデータ容量で表すとたった750MBしかない)であり、原子の塊かもしれない。でも同時に、世界に一つしかない、代わりの効かない「エナ」という物語の主人公だ。パパは、カンペキなAIより、不完全なエナのことが大好きだよ。
――そんなこと言われてもわかってるし(笑)。……でも、ありがとう。パパも、髪の毛がムダにふさふさで顔が暑苦しくても、悪くないよ!
うるさいなあ、これはパパから人間らしい生命力があふれ出てる証拠なんだよ!(笑)

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礒津 政明(いそづ・まさあき)

ソニーグループ Corporate Distinguished Engineer

1975年千葉県銚子市生まれ。東京工業大学大学院修了後、ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)入社。ソフトウェアエンジニアとして、ソフトウェア・ネットワーク・Web関連の研究開発に携わる。専門領域は、クラウドアーキテクチャ、Webアプリケーション。2012年ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)に異動し、新規事業創出に従事。教育分野における独自のビジネス構想を実現させるため2015年、ソニーグループ初の教育事業会社・(株)ソニー・グローバルエデュケーション(SGE)を設立、代表取締役社長に就任。2016年にロボット・プログラミング学習キット「KOOV®」でグッドデザイン賞金賞受賞(経済産業大臣賞)、2018年に「KOOV for Enterprise」の国内外展開により、日本e-Learning大賞(最優秀賞)受賞。2022年6月より会長。技術と思想面から、教育分野でのイノベーションを追求している。現在は、ソニーグループ株式会社においてDistinguished Engineer(ディスティングウィッシュトエンジニア・卓越した業績を認められたエンジニア)としてWeb3領域での事業活動に従事し、レイヤー2ブロックチェーンであるSoneiumや暗号資産交換所の開発をリードしている。また、(株)銚子電気鉄道において社外取締役も務める。著書に『2040 教育のミライ』(実務教育出版)、『5分で論理的思考力ドリル』(ソニー・グローバルエデュケーション著・学研)シリーズがある。

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(ソニーグループ Corporate Distinguished Engineer 礒津 政明)

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