アメリカでは、女性のうち40%が平均的な男性よりも多く稼いでいる。だがそれでも男女間の賃金格差は埋まらないままだ。
米シンクタンク・ブルッキングス研究所のリチャード・V・リーヴス氏は「決定的な要因は出産だ。出産によって女性は賃金の面で不利益を被り、子どもがひとり増えるごとにカップル間では格差が拡大する」という――。
※本稿は、著:リチャード・V・リーヴス、訳:齋藤圭介『なぜ男は救われないのか』(太田出版)の一部を再編集したものです。
■「男性より稼ぐ女性」は確実に増えている
アメリカにおいて、女性全体の賃金分布の中央にいる女性(正社員で、年間をとおして働く労働者)は、男性全体の賃金分布の中央にいる男性の82%の稼ぎである。2020年のデータでは、週当たりでそれぞれ、女性が891ドル、男性が1082ドルである。
この格差を聞いたときに自然と生じる考えは、「女性は男性よりも稼ぎが少ない」だ。しかし現実をみれば、女性賃金の分布は、男性賃金の分布ときわめて似ているし、今日では数十年前よりもより酷似している。図表1は、1979年と2019年の男女別の賃金分布を示している。
図表1をみればわかるとおり、2019年の男女別の賃金分布は思ったよりもぴったりと重なりあっている。それどころか、いまや女性のうちの40%は典型的な男性よりも多く稼いでいる(1979年の同数値は、わずか13%であった)。
女性の5人のうち2人が、男性全体の半数よりも稼いでいることは、多くの人の直観に反するようだ。2021年6月、私は自分のツイッターのフォロワーに、男性全体の賃金分布の中央値にいる男性よりも稼いでいる女性労働者の割合はどのくらいだと思うかと、簡単な世論調査をしたことがある。
選択肢は10%、20%、30%、40%の四つを用意した。
■女性間の賃金格差は劇的に広がった
投票はほんの264票だったので、ここでなにか科学的なことを主張したいわけではない。しかし、私のツイッターのフォロワーは、いわばアカデミックなことに馴染みがある人たちであり、社会一般のたいていの人たちよりはこの手の話題にしっかりとした知識をもっている人たちだ。
しかしそれでも、フォロワーからの得票数の順番は、20%、10%、30%、そして最後に正解である40%となった。分断本能はかくも強固なものなのだ。
図表1の賃金の傾向は、分断本能的な思考のもう一つの危険を例証するものだ。すなわち、グループ内での差異の程度をみのがすことだ。
男女の賃金分布は、1979年よりも2019年のほうが重複の程度は大きいが、2019年の男女それぞれの賃金分布の分散はいっそう広がっている。高賃金の男性と低賃金の男性のあいだの格差ほどではないが、高賃金の女性と低賃金の女性のあいだの格差は劇的に広がっている。
男女の賃金分布が近似したことは、ジェンダー平等の立場からみればもちろん飛び上がるほど嬉しいニュースだ。直近50年間は、勤労所得だけでなく、雇用水準、労働時間、職業タイプなどで、男女間の格差が急激に狭まっており、クラウディア・ゴールディンがいうところの「ジェンダー大収斂(grand gender convergence)」を経験したことになる。
■左派フェミニストにとっては“家父長制の証明”
しかしながら、教育において女性は成功を収めているにもかかわらず、近年、給与格差をなくすための進捗は緩慢となっていることも事実だ。

では、いまだ残っている格差の原因はなんなのだろうか。この問いへの答えはとても重要である。とくに実現可能な解決策を考えるうえではきわめて重要だ。
基本的な事実については議論の余地はない。すでに指摘したように、典型的な(つまり中央値に位置づけられる)正社員の女性労働者は、典型的な正社員の男性に比べて82%の稼ぎである。検討すべき問題は、なぜ稼ぎに男女差が生じるのか、である。
この論点にかんして、議論はすぐさま白熱したものにかわる。左派フェミニストにとっては、給与格差は家父長制の証明となる。
全米女性機構(National Organization for Women)の代表であるトニー・ヴァン・ペルトによると、「賃金格差は、家父長的な労働システムのあからさまに不公正な残滓であり、それは女性の生涯にわたり経済的な潜在能力を蝕み続ける」。
一方、保守派は、まったく存在しない不平等があるかのような印象を与えるためにフェミニストが捏造した根拠のない神話だとして、給与格差があるという考えをさっさと退ける。
■「格差はそもそも存在しない」とする保守派
アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所のクリスティーナ・ホフ・ソマーズによると、賃金格差は「まったく信用に値しない、いっけんもっともらしく思われている擬似事実」だと述べる。
このような主張をしているのは、ソマーズひとりだけではない。
2019年の調査では、男性の46%、女性の30%が、不平等な給与の問題は「政治的な目的を果たすためにでっちあげられたものである」と答えた。
給与格差は、それぞれの賃金分布の中央にいる個々の男女が利用できる経済資源の違いを正確に示している。給与格差は神話(myth)ではない。数学(math)なのだ。
本当の意見の対立は、典型的な女性が典型的な男性よりも稼ぎが少ないかどうかをめぐって生じているのではない。なぜ典型的な男女のあいだに賃金格差があるのかをめぐって生じているのだ。
保守派は、給与に影響を与える幅広い諸要因――労働時間、従事している産業、経験、勤続年数、勤務地など――を考慮にいれると、給与格差はほとんど消えてなくなることを示した研究に言及する。この種の様々な研究が、男女の給与格差を正しく調整するとおおむね5%になるだろうと見積もっている。
■女性の稼ぎが少ない理由は複数考えられる
連邦政府が委託した2009年の調査報告書の序文において、労働副次官補のチャールズ・ジェームズは、「調整前の賃金格差を、是正措置を正当化する根拠として用いるべきではない。そもそも、正すべき事柄などなにもないかもしれないのだ」と結論づけた。
同じ仕事を同じようにしているのに男性に比べて女性の稼ぎが少ないことを示す証拠は、なるほど実に少ない。女性の稼ぎが少ないのは、女性が異なる仕事をしているか、男性と働き方が異なるか、あるいはその両方のためだ。

もちろん、ここで話が終わるわけではない。管理職に占める女性の割合は少ないため、彼女たちの稼ぎが少ないのかもしれないが、この事実そのものが制度的な性差別の結果であろう。
同様に、男性に比べて女性は、低い給料の職業や産業に偏りがちであるのも事実だ。この事実は、給与格差のもしかしたら3分の1くらいを説明するかもしれない。
しかし、これとて、とりわけ家庭責任や、女性が行った仕事の低評価、あるいはその両方の観点で、社会化されたジェンダー役割を反映しているのかもしれない。いずれにせよ、職業間に給与格差がある一方で、職業内にも同じくらい大きなジェンダーによる給与格差がある。
■女性が最も“損”を被るのは出産時
給与格差が生じる理由を一言で説明するとしたら、それは「子ども」である。若い男女のあいだで、とくにもし彼らに子どもがいないのであれば、給与格差は基本的には消失する。
経済学者のマリアンヌ・バートランドによると、「男性と女性の稼ぎは、カップルの第一子の誕生までは同じように上昇するという注目すべき証拠がある。子どもの出産こそが、女性が損をするときであり、出産で失ったものを取り戻すことは決してない」。
さらに都合が悪いことに、賃金を増やすために決定的に重要な年齢は、30代半ば以降である。この分野のもう1人のトップ経済学者であるミシェル・ブーディグが指摘するように、「キャリア形成に重要な30代半ば以降は、増大する家族への責任が、とりわけ母親に一気に集中する時期と重なる」。

子どもがいない女性の賃金の軌跡は、男性の賃金の軌跡と同じようにみえる。子どもがいる女性(つまり母親)の賃金の軌跡は男性の賃金の軌跡と同じようにはみえないし、女性が子どもを多くもてばもつほど、雇用や稼ぎの観点で女性はさらに遅れを取る。
■異性カップルと同性カップルで比較した結果
スウェーデンとノルウェーの斬新な研究では、同性カップルで新しく母親になった女性と異性カップルで新しく母親になった女性の賃金を比較した。この研究は、給与のジェンダー格差が、ほぼ親であるか否かに起因する給与格差であることを示した好例だといえる。
スウェーデン労働市場・教育政策評価研究所(Swedish Institute for Evaluation of Labour Market and Education Policy)のイルヴァ・モーベリが示したところによると、子どもを出産した女性が賃金の面で受ける不利益な影響は、同性カップルと異性カップルのどちらの家族のかたちであってもほとんど同じだといってよいという。
一方、レズビアンカップルのうち出産をしなかった女性は、異性カップルの父親と同じような稼ぎの傾向を示す。2人以上の子どもをもつならば、長い目でみれば、レズビアンカップルが交代で出産を行うことでレズビアンカップル内での個々の不平等は帳尻が合うようにみえる。対照的に異性カップルの場合、子どもが1人増えるたびに格差は拡大する。
■父親は残業手当を求め、母親は休暇を求める
ハーバード大学の経済学者のヴァレンティン・バロトヌイとナタリア・エマニュエルの二人は、マサチューセッツ湾交通局(MBTA:Massachusetts Bay Transportation Authority)で働く、バスと電車の運転手について研究をした。
この研究においても有力な証拠が提示された。運転手のうち30%を女性が占めているが、男性の同僚が稼ぐ1ドルを女性の給与に換算すると0.89ドルに相当するという。同じ雇用主のもとで同じ仕事をしている男性と女性に注目することで、バロトヌイとエマニュエルは賃金の違いに寄与する様々な要因を丹念に調べて取り出すことができた。

彼らが結論づけたところによると、給与格差は「職場では同じ選択肢を有している一方で、女性と男性は異なる選択をしている事実によって完全に説明し尽くせる」という。男性は、(割増給与が支払われる)残業を女性に比べて2倍も引き受けている傾向があった――それが急な残業依頼だったとしても。
また男性は無給休暇を女性に比べてほとんど取得しない、などなど。子どもがいる電車の運転手をみると、その格差はより広がっている。父親はさらに残業手当を求めており、他方で母親はより多くの休暇を求めていた。
■ハーバード卒女性が直面する「障壁」
ある意味、経済階層の最上位にいる女性をみてみることがもっとも理に適っているだろう。なぜなら、彼女たちはあらゆる選択肢をもっているし、並外れた経済力をもっているからだ。
ハーバード大学の専門職や大学院の学位を取得した女性を考えてみたい。彼女たちは間違いなく世界中でもっともエリートな教育を受けた集団に属している。卒業から15年経つと、ハーバード卒のエリート女性たちのうちわずか半分しかフルタイムで働いていない。一体全体、なにが起きたのだろうか?
ハーバード大学卒のエリート女性を詳細に調査したクラウディア・ゴールディンによると、「女性たちは、多くの障害に直面し、数え切れないほどの自由を手にいれた後に、つねにそこにある障壁がはっきりとみえてきたのだ。それは、時間的な制約である。子どもの世話には時間が必要であり、同様にキャリアの追求にも時間が必要だ」。
シカゴ大学のMBA出身者を例にとってもよいだろう。ビジネススクール卒業後すぐ、男性のクラスメイトに比べて女性は12%ほど給与が低かった。その差は、男女それぞれが選んだ仕事の種類によっておおむね説明できる。
13年経過すると、その差は急激に拡大し、約38%になる。しかし、女性のMBA出身者のうち、ある一つのサブグループは男性にくらべて遅れをとっていなかった。もはや説明するまでもないだろう。そのサブグループは、子どもをもたない女性たちだ。
■子どもを持つことのペナルティが大きすぎる
多くの女性にとって子どもをもつことは、経済的にみれば隕石の直撃による壊滅的衝撃を受けることに等しい。それに比べると多くの男性にとって子どもをもつことは、かろうじて凹みができるくらいの衝撃に過ぎない。
ここで生じる問いは、こうした男女で異なる役割は、各人が自由に選んだ結果なのかそうではないのか、だ。この問いについては別途掘り下げる必要があるだろう。いまのところは、小さい子どもがいる母親はより多くの時間を家で過ごすことを望んでいるようにみえると述べておきたい。
前述したシカゴ大学のMBA出身者の研究では、自分の労働時間を減らす傾向がもっとも高かった女性は、最高給取りの夫をもつ女性たちであった。しかし、こうした女性たちの行動が彼女たちの本心だったとしても、以下の2点は付言する必要がある。
まず、女性がこの選択をすることに対して、労働市場が課しているペナルティは現状では大きすぎる。それほどのペナルティを課す必要はない。
次に、ひとたび子どもが成長して大きくなれば、家庭の前線で父親がより大きな役割を果たすことには十分に説得力のある理由が生じる。

----------

リチャード・V・リーヴス
アメリカ少年・男性研究所 所長

ボーイズ・アンド・メン・プロジェクトを指揮。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナル、アトランティックに定期的に寄稿している。2017年に『Dream Hoarders』を著し、階級と不平等に関する議論を喚起した功績により、ポリティコ誌の米国の思想家トップ50に選出。前著『Dream Hoarders』はエコノミスト誌とオブザーバー誌の「Book of the Year」に選ばれた。

----------
----------

齋藤 圭介(さいとう・けいすけ)

岡山大学大学院学術研究院社会文化科学学域(文)准教授

1981年、神奈川県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会学)。専門は社会学、ジェンダー研究。単著に『男性の生殖経験とは何か』(晃洋書房、近刊)、編著に『日本の「射精責任」論』(太田出版、2025)、訳書に『ボディ・スタディーズ 性、人種、階級、エイジング、健康/病の身体学への招待』分担訳(晃洋書房、2017)など。

----------

(アメリカ少年・男性研究所 所長 リチャード・V・リーヴス、岡山大学大学院学術研究院社会文化科学学域(文)准教授 齋藤 圭介)
編集部おすすめ