農業に関する議論は、「農家を補助金で守るべきだ」「農家は自助努力すべきだ」という両論が対立しがちだ。現役農家のSITO.さんは「農業の性質を考えれば、その両方ともが大切だといえる」という――。

■時給10円なのか儲かっているのか
昨年の春、東京で「令和の百姓一揆」というデモが行われたことをご存じでしょうか。一部の農家がクラウドファンディングで資金を募り、農業機械でデモ行進を行ったのです。「百姓一揆」といえば、主に江戸時代に農民が年貢の重さや不正、飢饉などに対して起こした集団抗議・反乱のこと。それが令和の時代に行われたのです。また今年も開催が予定されています。
昨年彼らが行った主張は「農家は時給10円! 日本農業が潰されようとしています!」という衝撃的なものでした。「農村は静かに消滅を待っているのが現実だ。趣味でコメを作れ! 不満ならばやめてしまえ! ということだろう」と政府を批判し、全農家に対する一律の所得補償を訴えたのです。こうした主張を聞いた多くの人たちから「農家を救わないと」という声が上がりました。
しかし、同じ頃、米価高騰の波が押し寄せました。すると、今度は反対に「国民が物価高に苦しんでいるのに、農家は国に守られながら儲けている」「農家が米を隠し持って値段をつり上げている」「農業だけが関税によって守られている」というような意見が見られるようになりました。
「農家は時給10円」と「農家は儲けている」。
この両極端な話が同じ年に出るというのもめずらしいことですが、結局のところ、農家は儲けているのかいないのか、どちらでしょうか。
■実際の米農家の収入とその根拠
じつは「農家は時給10円」というのは、令和4年の農水省「営農類型別経営統計」の稲作部門の数字を根拠としていて、コメ農家に限ったもの。しかも、専業農家だけでなく、兼業農家や年金受給者をも含むうえ、他品目の生産販売収入を入れていません。
つまり、時給10円というのは、農家全体に当てはまるどころか、コメ農家全体に限定しても事実とはいえないのです。おまけに令和5年の同じ統計を見ると、時給は約95円でした。この事実について、令和の百姓一揆を行った人たちは言及していません。
実際の平均収入の話をすると、全国の過半数以上の稲作生産者は、効率化によって時給換算でも1500円以上をキープしている状態です。20ha(ヘクタール)以上の田んぼを持つ個人農家では、2023年のデータで時給1765円となっており、農業経済の研究や農家の実態調査では、20ha前後から「中核的農家」として経営が安定するとされています。
もちろん一概にはいえませんが、農水省やJAのデータでも10ha以下では経営が厳しく、20haを超えたあたりから機械化や効率化の恩恵を受けやすくなると、同様の指摘がされています。
■大規模化すればいいわけではない
こういうと「農業は大規模化すればいい」と考える人もいるでしょう。確かに、日本の稲作は効率化の観点から、大規模化が必要です。広い農地を集約して経営することで、機械化や労働効率の向上が進み、生産コストを下げやすくなります。

しかし、大規模化すれば全てが解決するといえるほど単純な問題でもありません。
そもそも、日本は平野部が少なく、山の多い国です。農地に小区画の水田が多いのは、中山間地域など地形的に大規模化が難しい土地が数多く存在するからです。そうした地域では、小規模農家が水田を維持し、農地の荒廃や耕作放棄地の拡大を防ぐ役割を果たしています。仮に大規模農家だけになれば、条件の悪い農地は切り捨てられ、里山の管理が難しくなる可能性もあります。美しい里山の景観や環境は、こうした農家が守っている部分が大きいのです。
したがって、日本の稲作政策においては大規模農家の育成を進めつつも、地域条件に応じて中小規模農家が担う役割も評価することが重要です。攻めるところは攻め、守るところは守る。多様な経営体が共存する構造こそが、日本の水田農業を持続的に維持するための現実的な形だといえるでしょう。
■米価高騰でコメ農家は儲かったか
では、今回の米価高騰によって、コメ農家は儲けているのでしょうか。スーパーでのコメの販売価格や取引価格は上がっています。そのため「農家は儲かっているはず」と感じる人も多いでしょう。
もちろん、一時的に儲かった農家もいるでしょうが、その前までは非常に低価格で利益も薄かったのです。
しかも、ここ数年で、肥料や農薬、資材の価格が大きく上昇しています。さらに田植えや収穫、精米工程には、大量の燃料や電気を使いますから、その影響も小さくありません。販売価格が上がったと同時に経費も増大しているため、手元に残る利益がさほど大きく増えているとは限りません。
また、農家によって状況は大きく異なります。大規模農家は、販売量が多い分、価格上昇の影響を受けやすいでしょう。一方、小規模農家は販売量が限られているため、収入への影響はそれほど大きくありません。さらに事前に価格を決めて出荷している場合、今回の高騰がそのまま反映されていない場合もあるのです。
加えて、米の価格は収穫量と需要によって毎年変動します。今年は高くても、来年も同じとは限りません。そもそも天候によって収穫量が大変少ない年もあります。一時的に収益が上がったからといって「安定して儲かる産業になった」とはいえません。
早くも令和8年産は米価下落の兆候が見られ、現場の生産者は身構えている状況です。
■農家の収入差はどこで生まれるか
ここまでに述べたように、当然のことですが、ひと口に農家といってもさまざま。コメ農家以外でも、小規模な自給的農家、中規模の家族経営農家、大規模な農業法人等があり、じつに多様です。
さらに規模だけでなく、栽培品目もさまざまです。大きな括りだけでも、コメや麦などの「穀物」、根菜や葉ものなどの「野菜」、りんごやみかんなどの「果樹」、牛や豚、鶏などの「畜産」があります。ここまでご説明すれば、それぞれの農家が儲けているかいないかなどは、バラバラだということは自ずと見えてくると思います。
農業においても、儲かる人と儲からない人がいるのは当然のことです。資本主義社会では、経営努力や工夫、判断の違いによって結果に差が出るのは自然な現象です。農業だけが特別に「みんな同じように守られるべきだ」と考えるのは、基本的には市場経済の原則とは合いません。
実際、規模を拡大し、コストを下げ、販路を工夫し、ブランド化や輸出に挑戦することで利益を上げている農家もいます。一方で、高齢化や人手不足、地理的条件の厳しさなどにより、思うように収益を上げられない農家も存在します。この差が生まれること自体は仕方がないでしょう。

■農業の他産業とは異なる側面
しかし、農業には他の産業とは異なる側面があります。それは、農業が単なる「個人の商売」にとどまらないという点です。農業には「市場で競争する産業」という側面と「社会全体を支える基盤」という側面の両方があります。
農村地域は、水路や農道の管理、田畑の維持を通じて、洪水の防止や土砂災害の抑制といった役割を果たしています。水田には雨水を一時的に貯める機能があり、都市部の治水にも間接的に貢献しています。また、耕作が続けられることで、雑草や害獣の拡大を防ぎ、地域の景観や環境、生態系が保たれます。こうした働きは、市場価格には十分に反映されませんが、社会全体の維持においては非常に大切な機能です。
さらに農業には「食料安全保障」という観点もあります。世界情勢が不安定になれば、輸入が滞ります。ですから、国内に一定の生産基盤があることは、いざという時の保険のような役割を果たします。これは個々の農家の利益とは別の、国家的な視点です。そのため、農業政策は単純に「農家を守るか守らないか」ではなく、役割に応じた支援をどう設計するかが重要になります。

■どうすれば農産物の価格が安定するか
では、どのような政策をとるべきなのでしょうか。私は、競争力があって成長が見込める農家には、積極的に投資支援や輸出支援などを行って、さらに力を伸ばしてもらうべきだと考えます。
一方で、中山間地域のように条件が厳しい地域の農家では、生産効率だけで評価するのではなく、環境保全や地域維持への貢献に対して支援を行う――つまり「赤字だから助ける」のではなく「社会的役割を担っているから対価を支払う」ことが必要です。ここが曖昧なままだと、「農業は補助金漬けだ」という批判につながります。単なる所得補填に見えてしまえば、国民の理解は得られません。大切なのは、何のための支援なのかを明確にし、その効果を説明できる制度にすることです。
例えば、環境保全や水源管理といった具体的な活動に対して支払う仕組みにする、一定の条件や期間を設けて見直しを行う、成果をできるだけ数字やデータで示す、といった工夫が考えられます。支援が「慣例」ではなく「目的に基づく政策」であることを示すことが重要でしょう。
農業をめぐる議論は、「市場に任せるべきだ」という意見と、「農家を守るべきだ」という意見が対立しがちです。しかし、現実には、そのどちらか一方ではなく、両方の視点を持って政策を進めることで、農産物の安定的な価格と供給を実現できるのではないでしょうか。

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SITO.(シト)

農家、農業ライター

1993年、愛知県生まれ。キャベツとタマネギを栽培する露地野菜農家で、農業ライター。就農前から日本農業の諸課題に関心を持ち、生産現場の知見と幅広い農業情報を融合しながら「農業とそれに携わる人たちの持続可能な社会」を模索し続けている。また、農業分野にまつわる誤情報やデマと戦う姿勢を貫き、学術的な知見と実践的な経験の両面から、正確な情報発信に努めている。

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(農家、農業ライター SITO.)
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