キーエンスの最新の有価証券報告書(第56期)によれば、平均年間給与が2039万円となっている。上場機器メーカーのなかではトップクラスの高給だ。
財務アナリストの児玉万里子さんは「その秘訣は、高い付加価値を生むビジネスモデルにある」という――。(第2回)
※本稿は、児玉万里子『1300社の信用格付けをした私の決算書を読む技術』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■なぜ2000万円もの給与を支払えるのか
給与が高いことで知られているメーカーは、キーエンス、ファナック、東京エレクトロン、ディスコ、レーザーテックといったところだ。いずれも半導体関連あるいはFA(工場の自動化設備)関連の会社である。下に各社の親会社の平均年間給与額を挙げた。
ここで取り上げた5社のように新たな技術・サービスを開発し続けることが生命線である業種にあっては、高い給与を出してでも優秀な人材を確保せねばならない。高い給与は人件費の総額を膨らませる。それでも利益は出ているのだろうか。
上場会社のなかでも給与が高い会社は注目を集める。有価証券報告書の「従業員の状況」という項には提出会社(親会社)の従業員の平均年間給与(基準外賃金及び賞与を含む)が開示されており、同じ基準で各社を比較することができる。
給与の高い企業の上位ランキングの常連企業に対しては、そんなに給与を支払って大丈夫なのだろうか、それでも利益は確保できているのだろうかという疑問の声があがることになる。
人件費は原価と販売管理費に計上される。
製造プロセスに関与する従業員の労務費は原価に、販売活動や会社の管理業務に従事する従業員の給与・報酬は販売管理費に含まれている。キーエンスの従業員数や人件費負担について考えてみよう。
■高賃金を生み出す利益の源泉
同社はセンサー機器などの検出・計測制御機器、自動化用計測機器を開発・発売している会社だが、自社で工場を持たないファブレス企業である。
したがって、原価に含まれる労務費は少額にとどまる。一方、顧客に接する営業部門には多くの人材が投入されている。その結果、販売管理費に含まれる人件費(従業員給与手当賞与など)が大きく、販売管理費全体の約半分に相当する。
一人ひとりの給与水準が高く多額にのぼる人件費総額を負担できるのは、利益の厚みがあるからにほかならない。営業利益は人件費を「負担」した後の利益である。そこで人件費負担前の営業利益が人件費総額の何倍に相当するかは、利益による人件費負担能力を表す。
同社では、毎年の人件費負担前の営業利益は人件費総額の4倍~5倍に相当するほど大きい。2025年3月期の人件費総額は売上の16%相当額だが、これを負担した後でも営業利益は売上の52%残るのだ。したがって、キーエンスでは賃金水準を大きく引き上げ、人材に対してかなり大胆な投資をしたとしても、十分に継続できるだけの利益をあげていることになる。

■単なる御用聞きではない営業スタイル
キーエンス同様に年間平均給与が高いディスコの人材投資をみてみよう。2015年と2025年を比べると、売上は3.1倍になっており、人件費総額(一部推定)は3.5倍の増加である。ところが、従業員数(期首期末平均ベース)は1.8倍しか増えていない。したがって、1人当たり平均人件費は増えており、特にこの5年間の伸びは大きい。
2025年の親会社(グループ全体の従業員の約7割が所属)の年間平均給与額は日本の上場メーカーのなかでもトップ級だ。ディスコとしては人材への投資を、会社の長期的成長のために不可欠の投資と捉え、業績に連動させて従業員へ積極的に還元する方針を掲げている。
さて、キーエンスの利益率はなぜ高いのだろうか。2025年3月期も粗利率84%、売上営業利益率52%、売上当期純利益率38%と、日本の上場会社のなかでも飛び抜けて高い利益率を続けている。
自社工場を持たず、社内で製造するよりも低い価格で仕入れることを可能にしていること、開発部門とともに新製品の開発を担う営業部門に多くの人材を投入し、顧客の要望をすくい上げるとともに顧客に対する製品機能の十分な説明やアフターサービスに注力している。
■製造業の常識を覆す収益構造
その結果、製品の高い販売価格を通すことが可能となり、高い利益を生んでいる。売上と利益率を過去に遡ってみよう。売上は1987年の73億円から2025年3月期の1兆591億円まで拡大してきた。
粗利率は1987年も80%と高く、その後も74%~84%の間に位置していた。
売上営業利益率は、キーエンスの特色である営業部門の手厚い顧客対応による利益をあげる効率を示しているが、当初より低くはなかったが、売上規模が大きくなるとともにさらに上昇している。
高い利益を継続的にあげていながら、巨額の設備投資は不要な企業では、投資に使わなかったお金が貯まっていくことになりがちだ。こうした余剰資金は、すぐに使える預金や有価証券の形で保有される。
資産の項目では「現預金」「有価証券」「投資有価証券」などが膨らむことになる。毎年多額の利益をあげているキーエンスと任天堂では、現預金・有価証券・投資有価証券の残高がこの10年間にわたり増加し続けており、総資産の7割~8割を占めるほど大きい。もちろん、借入金などの有利子負債の残高はゼロが続いている。
■なぜ日本企業はお金を貯め込むのか
こうした余剰資金は、将来の資金需要に備えるための資金とされるが、このようなキャッシュリッチの会社が他社の買収対象になると、買い手企業にとって余剰資金は大きな意味を持つ。
買い手が支払わねばならない買収価格が事実上割引になるのだ。現預金等の部分はすぐに現金化できる資産で、買い手企業は買収時にこの資産を手に入れていつでも使うことができる。
会社を買うとその会社に現金が詰まっている金庫が置いてあり、その金庫のお金も使えるので、実質的に買収に費やしたお金の一部が戻ってくるのと同じ効果を持つ。キーエンスも任天堂も、現預金等の残高は自社の時価総額(2025年10月時点)の15%~20%に相当する。

時価総額で買収できると仮定するなら、15%引きあるいは20%引きで会社を買える計算になる。
企業によって、事業に必要な分を超えた多額の現預金等は社内に持たない方針の会社もあれば、いつでも使える流動性の高いお金を社内に保有しておく方針の会社もある。社内に持たない方針の会社は、利益の大部分を配当として株主へ払い出してしまえばよいだけだ。
米国企業は余分な現預金等は持たないケースがほとんどだ。必要ならそのときに資金を調達すればよいという考え方だ。従来の日本企業は社内にお金を多額に保有することを選ぶ傾向が強かった。いつでも使えるお金を持っているほうが安心というわけだ。
■キャッシュは「盾」になるか「重荷」になるか
パナソニック日立製作所などの業界を代表するような大企業でも、1990年代の半ばごろまでは、現金化してすぐに使えるお金(現預金・定期預金・有価証券などの短期投資)を月商の3カ月~4カ月分ほど保有していた。しかし、その後こうした資産の保有は減らしている。
社内に多額の現預金などを保有してきたのは、かつての苦い経験が反映していたのだろう。
企業に回される資金が潤沢ではなかった時代には、金融機関が重要な産業向けに資金の配分を決めるのが通例で、大企業といえども必要な金額をタイミングよく調達できるとは限らなかったのである。
ただ、預金や有価証券の採算は低い。
預金の金利率の水準は低く、有価証券等での運用は高いリターンを常に望めるわけではない。プロの投資家が株式等で運用するのとは異なるのだ。
したがって、本業の設備投資等に比べて、投資採算が低くなるのは致し方ないのだが、あまりに現預金・有価証券等への投資のウェイトが高くなると、会社全体の投資に対する利益率を下げてしまう。
たとえば、キーエンスの場合、2025年3月期には総資産の84%を占める現預金・有価証券・投資有価証券の保有から生じる受取利息および持分法による投資利益の合計額は143億円だったが、事業への設備投資や運転資金投資から生じる営業利益は5498億円だった。

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児玉 万里子(こだま・まりこ)

財務アナリスト

津田塾大学国際関係学科卒業。三國事務所にて債券格付けなどに従事した後、独立。フリーのアナリストとして、財務諸表に基づく内外企業の分析を『週刊エコノミスト』(毎日新聞出版)、『ニューリーダー』(はあと出版)等に執筆中。『社債格付けの知識』(有斐閣)、『一目でわかる会社の格付け』(宝島社)など著書多数。聖徳大学にてオープン・アカデミー「真面目でお得な『企業分析』」を2015年から今日まで開講しており、キャンセル待ちになるほどの講座となっている。

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(財務アナリスト 児玉 万里子)
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