アイロボットは、なぜ破産に追い込まれたのか。財務アナリストの児玉万里子さんは「技術力があっても勝てない企業に共通する構造的な問題があった」という――。
(第3回)
※本稿は、児玉万里子『1300社の信用格付けをした私の決算書を読む技術』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■急成長を遂げた「ルンバ」はなぜ失速したのか
日本でも知られている自律型家庭用掃除ロボットの「ルンバ」の専業メーカーが米国のアイロボット社である。2010年代には世界の掃除ロボット市場は、アイロボットが先頭に立ち、急成長していった。
同社では、掃除ロボット事業に集中するようになった後、売上は急速に伸びていき2021年には15.7億ドルに到達した。しかし、この年を境に、同社の売上は急減している。中国メーカーによる追い上げの結果である。
アイロボットは家電メーカーとして出発したわけではない。出発は1990年にマサチューセッツ工科大学(MIT)のロボット研究者たちが設立したベンチャー企業だ。当初は研究用ロボット、軍事用ロボットを制作し、やがて家庭用ロボットも手掛けるようになった。
1997年に掃除ロボットの試作品を発表し、2002年に「ルンバ」を発売した。ただ、前年にスウェーデンのエレクトロラックス社が掃除ロボットを発売しており、「ルンバ」が世界初というわけではなかった。
■元々は家庭用ではなく軍事用ロボットだった
当初よりアイロボットが手掛けていた軍事セキュリティー用ロボットは、米軍の偵察や遠隔作業、戦場の後処理などに使用され、空間情報の収集と情報活用処理の技術が磨かれた。

掃除ロボット事業が軌道にのるとともに、軍事セキュリティー事業の売上は縮小していき、2016年4月に同事業から撤退。その後は家庭用掃除ロボットに事業分野を絞ってきた。
家庭用掃除ロボット事業の粗利率に比べて軍事セキュリティー事業の粗利率は低く変動していたこと、経営資源を家庭用掃除ロボット事業に集中してさらなる成長を図ったことなどが、撤退の理由のようだ。
同社の掃除ロボット「ルンバ」は、自分で床の上を動き回って掃除をする円盤状のものだ。本体に搭載されたカメラとセンサーによって、床全体を認識する。このロボットは単純な作業を効率的に繰り返すだけでなく、現在のロボットの位置、掃除が済んでいない場所、障害物の有無などを自ら判断して掃除することができる。
■業績の立て直しを図るも失敗に終わる
アイロボットにとっては、ロボット開発がもともとの業務であり、家電メーカーではなかったため、掃除機の従来の概念に左右されることなく新たな製品を生みだせたのではないだろうか。まったく新しい分野を切り開くためには、従来の概念から自由であることが必要だ。
これは、時計メーカーでなかったアップルのアップルウォッチの成功にも共通するかもしれない。アップルが目指した時計と既存の時計メーカーが目指したスマートウォッチでは、どちらが斬新な機能を開発する発想を持ちうるかという違いである。
アイロボットの売上は2021年にピークを付け、2022年には大きく減少した。これには、半導体不足による製品供給の停滞、欧米での景気・消費後退による販売減などが影響した。
同年8月には、米アマゾン・ドットコムによるアイロボット買収が発表された。
アマゾンにとってはスマートホーム事業の強化を図る狙いがあった。一方のアイロボットもアマゾンとの提携によって、業績の立て直しを図るはずだった。しかし、2024年1月に欧州の規制当局の阻止により買収計画は断念させられた。
■高いシェア率なのに利益率が伴わないワケ
その後も他社と会社売却交渉を続けていたが、2025年10月に交渉相手が撤退したことを発表している。この間、アイロボットの売上はさらに縮小していき、一方、中国勢の同業が売上を伸ばしていった。北京ロボロック・テクノロジーやエコバックス・ロボティクスなどで、これら中国勢は低価格を武器にシェアを獲得し、掃除ロボットの機能の革新も進めていった。
アイロボットを含めた3社の売上合計は、2022年から2024年までの3年間は大きくは増えておらず、アイロボットがシェアを奪われていった構図に見える。アイロボットの営業利益の動きはどうだったのだろうか。同社では、2003年までは営業損失が続き、その後黒字化したものの、2009年までは少額の利益にとどまっていた。
利益が本格的に立ち上がったのは2010年以降である。売上営業利益率は2010年以降上昇し、2020年まで10%前後の水準だった。
当時、ルンバは掃除ロボット市場で非常に高いシェアを有していたが、利益率はダントツに高かったわけではない。
それは、販売管理費、とくに広告費の負担が大きかったためである。掃除ロボットの新しい概念と機能を持つ製品の認知度を高めること、製品の使い方を十分に説明することなどのため、多額の広告費が必要だったのだ。
■研究開発費を投資したのに中国勢に負けたワケ
2022年以降、売上が崩れていくとともに、営業赤字に陥っている。アイロボットが営業赤字を続ける一方、中国2社では営業利益が出ているが、売上営業利益率はロボロックの過去6年平均20%に対して、エコバックスは10%と差がついている。
3社では研究開発費の差異が大きい。アイロボットの研究開発費は2023年までは中国勢を上回っていた。業績が悪化した2024年にはさすがに研究開発費を大きく減らしている。
売上に対する比率はアイロボットの12%前後に対して、ロボロックは7%、エコバックスは5%程度にとどまっている。アイロボットでは多額の研究開発費を投じてきたにもかかわらず、シェアを失い、営業利益が出なくなった。これは、研究開発が売れる商品の開発につながっていなかったということだろうか。
アイロボットは、スマートホーム時代の戦略的プレーヤーをめざすという目標を掲げてきた。
掃除ロボット「ルンバ」はそのための布石だったのだ。
■破産まで追い詰められたアイロボット
ネットにつながる「ルンバ」を家庭内にさらに普及させ、位置情報や空間情報などの認識技術の改善を図り、家庭内の機器をネットワークでつないで一括管理する技術を深めることに注力していた。
ルンバの機能改善、魅力的な新製品の開発といった点が停滞している間に、中国企業が低価格を武器に追い抜き、その後は機能を磨きつつあるというのが今の状況だ。
アイロボットの2025年1月~6月の業績はさらに追い詰められている。売上は前年同期から28%減少し、営業赤字が増大した。最終的な純損失も膨らんでいる。2024年末時点では純資産の減少は続いていたが、有利子負債残高の3分の1相当額ほどは残っていた。
しかし、2025年6月末には債務超過(純資産がマイナス値の状態)に陥っている。今後負債の借り換えを進め、事業を継続していけるかどうか、問われている状態だ。(その後、アイロボットは2025年12月に米連邦破産法第11条を申請したと発表している)

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児玉 万里子(こだま・まりこ)

財務アナリスト

津田塾大学国際関係学科卒業。三國事務所にて債券格付けなどに従事した後、独立。フリーのアナリストとして、財務諸表に基づく内外企業の分析を『週刊エコノミスト』(毎日新聞出版)、『ニューリーダー』(はあと出版)等に執筆中。
社債格付けの知識』(有斐閣)、『一目でわかる会社の格付け』(宝島社)など著書多数。聖徳大学にてオープン・アカデミー「真面目でお得な『企業分析』」を2015年から今日まで開講しており、キャンセル待ちになるほどの講座となっている。

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(財務アナリスト 児玉 万里子)
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