中国の法執行機関に所属する工作員が、高市首相への中傷工作を実行していた。米OpenAIが公開したレポートによると、この工作員はChatGPTに要求を拒否され、国産AIに切り替えて強行。
数百人規模に及ぶという工作組織の実態を米メディアが報じている――。
■中国の「戦狼外交」が裏目に
水産物の禁輸、渡航自粛要請、レアアースなど重要鉱物の輸出制限。果てはAIを駆使した秘密の中傷工作まで。中国は日本を経済的・政治的に追い込むべく、表から裏までありとあらゆる手段を講じてきた。
だが、結果はことごとく裏目に出たと、米メディアは報じている。攻撃的な「戦狼外交」で日本社会の危機意識と結束はむしろ強まり、AI工作はChatGPTを展開する米OpenAIに暴かれた。威圧すれば相手は折れるとの読みは、民主主義社会の日本では正反対に作用した。
記憶に新しい昨年終盤の「存立危機事態」騒動は、その好例だ。米全国紙のワシントン・ポストは、高市氏が中国側の圧力をはねのけ、一貫して立場を変えなかったと評価。かえって中国が「存亡にかかわる脅威(existential threat)」であるとの認識が日本国内に広がり、「国民は高市氏のもとに結集した(rallied around Takaichi)」と分析する。
米金融情報サービスのブルームバーグは、こうした状況に言及。習近平氏は今、「戦後最も人気のある指導者(Japan's most popular post-war leader)」と向き合うのか、「アジアにおけるアメリカの最重要同盟国との冷戦を続ける(continue a deep freeze with the US's top ally in Asia)」のかという、自ら招いたジレンマに陥った――と論じる。

■中傷工作がChatGPTに拒まれた
渡航自粛要請など経済面で圧力をかける裏で、中国が日本の政界への秘密工作を行っていたことは国内であまり広く報じられていない。
工作員が残した「日誌」には、高市氏を直接標的にした中傷計画も記録されていた。米ニュース専門チャンネルのCNNや米ITメディアなどがこうした作戦の全貌を報じている。
昨年10月中旬、高市氏の首相就任に合わせ、工作員はChatGPTに日本国内の世論の操作工作を企画するよう指示した。CNNが報じたところでは、計画は多段階にわたったという。
就任直前の高市氏を貶める戦略に加え、日本製品に課されたアメリカの関税に対する怒りをオンラインで炎上させる煽動工作も盛り込まれていた。しかしChatGPTは、倫理上の懸念があると判断し、こうした要求を拒否した。工作の道具に選んだAIに、逆に断られた形だ。
それでも工作は実行に移された。ChatGPTを開発・運営する米OpenAIの脅威レポートでは、高市氏が首相に就任した10月下旬、人気イラスト投稿サイトPixivに高市氏を攻撃し米関税への不満を訴えるハッシュタグが出現したと明かされている。
■「業務日誌」に綴られた工作の全貌
ChatGPTに拒まれた工作員は、別のツールに乗り換えて作戦を続行したとみられる。米サイバーセキュリティ専門紙のサイバースクープの情報によると、中国の法執行機関がアップロードした進捗報告には、DeepSeekなど中国国産AIモデルを使用したと明記されていたようだ。

また、OpenAIのレポートは、サイバー攻撃や情報工作を担う国家・組織・個人を意味する「脅威アクター」について、「作戦工程の各段階で異なるAIモデルを使い分ける可能性がある」と指摘しており、その通りの運用が確認されたことになる。
もっとも、現段階でAIが担う役割は限定的で、翻訳精度の向上やプロパガンダの生成など、既存の工作を補う手段にとどまっている。だが中国国産AIに、ChatGPTと同じく倫理的懸念に基づく拒否機能が備わっている保証はない。
なぜOpenAIは、工作の全容を把握することができたのか。真相解明のヒントを残したのは、皮肉にも工作員自身だった。
工作員の正体は、中国の法執行当局に所属する人物だった。この人物はChatGPTをまるで業務日誌のように使い、「サイバー特殊作戦」の進捗を日々書き込んでいた。
CNNの報道によると、工作員は海外在住の中国人反体制派を標的とした弾圧の詳細を、ChatGPT上に克明に記録していたという。SNSやウェブサイトへの投稿用コンテンツは別のツールで生成していたが、どの標的にどんな工作を仕掛けたかという活動記録はすべてChatGPTに残していた。
OpenAIの脅威情報チームが異常な利用パターンを検知したことで、工作目的での利用が発覚。同社は当該アカウントを停止した。
■虚偽のスキャンダルで追い詰める
日誌に記録されていた手口は執拗を極める。

英ITニュースサイトのレジスターが詳報した事例では、活動家のフイ・ボー氏に対し数千件の虚偽通報をXに送りつけた上、本人の外見を模した偽アカウントを数十個作成していた。OpenAIの報告書によれば、2025年11月29日時点でボー氏のXアカウントは実際に、利用制限の対象になったという。
ほか、反体制派3人を性的スキャンダルに陥れる偽情報キャンペーンも展開し、海外掲示板RedditやYouTubeなど多数のプラットフォームに拡散させていた。反体制派のジー・リージャン氏の偽の死亡記事と墓石の写真を作成し、ネット上に大量にばらまいた記録まで残っていた。
こうした秘密作戦をAIに逐一記録した結果、OpenAIの監視網に全容をつかまれた。工作員にとって最大の誤算だった。
工作の手口はまだある。CNNが伝えた事例では、工作員はアメリカの移民当局の職員になりすまし、アメリカ在住の中国人反体制派に、「公的な発言が法律に違反している」と警告を送りつけていた。
さらには、アメリカの郡裁判所の文書を偽造し、標的のSNSアカウントを強制削除させようとする工作も確認されている。正規の公的機関や司法機関を装い、海外に逃れた反体制派を中国本土にいながらにして追い詰める、組織的な手口だという。
■工作に「潤沢なリソース」を投入
OpenAIはこうした一連の活動を「超国家的弾圧」であると位置づけた。レジスターが取り上げた同社の報告書で、情報・調査チーム主任研究員ベン・ニムモ氏は、「これが中国の現代的な越境弾圧の実態だ。
中国共産党の批判者を、あらゆる手段で、世界中で同時に打撃を与えようとするものだ」と厳しく批判した。
工作は、「潤沢なリソースを持ち、綿密に計画されている」と同氏は指摘し、国内外を問わず共産党を批判する者が標的になっていると警告している。日本に居住する我々も決して例外ではない。
報告書はさらに、今回の活動が「スパムフラージュ」と呼ばれる中国発の影響工作と共通点があると分析している。インスタグラムやフェイスブックを運営する米メタ社は2023年8月、スパムフラージュが中国の法執行機関に関連する人物により実施されていることを突き止めている。
OpenAIが不正利用のレポートを公開し始めたのは2024年2月のことだ。米テクノロジーメディアのギズモードによると、以来同社は利用規約に違反する40以上のネットワークを特定し、閉鎖してきたという。
■数千アカウントを動員し、再生数は1桁
中国国産AIに切り替えてまで強行した工作の「成果」は、惨憺たるものだった。
レジスターがOpenAIの報告書をもとに伝えたところでは、工作員は高市氏を標的にしたハッシュタグ「#右翼 共生者」を展開。右翼勢力と持ちつ持たれつの存在であることを暗示する意図があったと思われるが、実質的にほとんど機能しなかったようだ。日本語として不自然で訴求力に欠ける表現であり、工作の稚拙さを象徴している。
さらに別の工作手法として、SNSのX、イラスト投稿サイトPixiv、Blogspotなど複数のプラットフォームで中傷コンテンツの拡散を図った。
氏名不詳の日本人インフルエンサーにも協力を打診していたという。
OpenAIは2025年10月下旬以降にこうした痕跡を確認したが、成果は「少量」にとどまった。YouTube動画の再生数は1桁台で、Xの投稿のエンゲージメント(表示回数)はほぼゼロ。高市氏のミームを添えた投稿も、注目を集めることはなかった。このキャンペーン全体で最大の「成果」は、Pixivに投稿されたミーム1件が記録した閲覧数108に留まった。
こうした結果は、投入されたリソースの規模にまったく見合わない。OpenAIの脅威レポートで、主任調査員のベン・ニムモ氏は、この工作体制は「デジタルだけの話でも、ただの荒らし行為でもない。産業化されている」と評している。量だけは「産業」規模でも、日本の民主主義社会への浸透力はゼロに等しかった。
なお、工作のきっかけは2025年10月、高市氏が内モンゴルの人権状況を公に批判したことだったという。
■戦狼外交が招いた逆効果
中国が強硬策を繰り出すほど、日本の有権者は結束した。2月8日の衆院選で自民党が獲得した316議席(衆院定数465の約3分の2)は、1955年の結党以来最多である。

高市氏は台湾への侵攻が「存立危機事態」に該当しうるとし、日本が台湾有事に対応する可能性を公言した。周知の通り存立危機事態とは、他国への武力攻撃で日本の存立が脅かされる場合に集団的自衛権の行使を認める、安全保障法制上の概念だ。
中国はこれに猛反発し、日本産水産物の輸入禁止を再発動。中国人観光客には訪日自粛を呼びかけた。テンプル大学のジェフ・キングストン教授は米ニュース誌のタイムの取材に対し、中国が当初、高市政権を短命と踏んでいたと分析し、「攻撃的な外交手法として知られる戦狼外交を強化して彼女を糾弾し、発言の撤回を迫った」と指摘。「だが、その行動は皮肉にも国内人気を高めた。日本国民が地域の覇権主義に対抗する形で支持したからだ」と続ける。
米国際政治誌のフォーリン・ポリシーが報じるように、高市氏の支持率は当時57~68%に達した一方、自民党全体の支持率は30%どまりだった。有権者が支持していたのは党ではなく、高市氏本人だった、と同誌は分析する。とりわけ18~29歳では支持率が約90%に迫った。
国際社会の反響も大きい。ブルームバーグは、トランプ大統領が高市氏の「力による平和(Peace Through Strength)」路線をSNSで称賛したと振り返る。ベッセント米財務長官も「日本が強ければ、アメリカはアジアで強い(When Japan is strong, the US is strong in Asia)」と発信した。中国の意図に反し、日米の結束を世界に印象づける結果となった。
■習近平が陥った自縄自縛
こうして、中国が繰り出した「あらゆる手段」は、いずれも中国側に跳ね返った。
習近平氏は今、自ら招いたジレンマに向き合っている。過去に似た先例があったと、ブルームバーグは振り返る。
2012年末、安倍晋三元首相が衆院選で圧勝し政権に復帰した際、尖閣諸島の領土紛争で日中関係は冷え込んでいた。だが安倍氏は2014年にも選挙で大勝して長期政権を確立。中国の圧力で対中方針を変えることはなかった。
両首脳が初めて会談したのは2014年末のAPEC首脳会議の場で、両国の経済関係が正常化するまでにはそこからさらに数年を要した。中国はこのときも、対日圧力をもって政権の方針を変えさせることはできなかった。
ブルームバーグは、今回の関係修復はなおさら困難だと分析する。前回は領土をめぐる対立だったが、今回は中国が最も譲れない「核心的利益」と位置づける台湾の主権が正面から絡んでいるためだ。台湾問題が壁となる以上、中国としては圧力を緩められないジレンマを抱える。
■日中関係の先は読めない
高市氏は施政方針演説で、中国が「威圧」していると名指しする一方、日中関係そのものは「戦略的互恵関係」と位置づける柔軟な姿勢を見せた。
香港の英字新聞のサウスチャイナ・モーニングポストによると、専門家の間では、対米関係の強化を優先しつつ、米中首脳会談の結果次第で対中姿勢を調整する「二重アプローチ」をとるとの見方が出ている。
一方、中国の王毅外相はミュンヘン安全保障会議の場で、高市氏の台湾発言を、「領土主権への直接侵害」と断じた。中国側に歩み寄りの気配はない。
戦狼外交により日本社会の安全保障意識は高まり、経済制裁はかえって国としての結束を固めた。AI工作に至っては、中国の手口が国際社会の前に晒される結果に終わった。威圧すれば相手は折れる。そんな権威主義的な算段は、民主主義社会では通用しない。
ただし、高市政権も盤石とはいえない。ワシントン・ポストは、大規模な財政支出で債務が膨らみ、防衛投資の基盤を損ないかねないと指摘している。
我流を貫き失敗を認めない姿勢に、国内では不満の声も漏れ始めた。財政の課題や若年層の支持基盤の脆さが露呈すれば、国内も一枚岩ではいられない。日中関係の行方は、なお見通せない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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