認知症予防には何が効果的なのか。認知症専門医の繁田雅弘さんは「脳トレドリルや早口言葉では脳の一部しか鍛えられず、脳の老化を防ぐことはできない。
それらよりも効果的で認知症予防にうってつけの趣味や家事がある」という――。
※本稿は、安藤なつ(メイプル超合金)、繁田雅弘『知っトク認知症 家族と本人が自分らしく暮らし続ける超入門』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■脳トレドリル、早口言葉は脳の老化を防げない
書店に行くと、「脳を若返らせる」とうたうドリルが数多く並んでいます。もちろん、それらに取り組むこと自体を否定するわけではありません。たとえ90歳の方でも、毎日こつこつと練習を続ければ、早口言葉がスラスラと言えるようになったり、暗算のスピードが上がったりすることは十分にあります。人間には、いくつになっても新しいことを習得する力が備わっているからです。
ただし、そこで鍛えられるのは脳のごく一部分にすぎません。計算が速くなったからといって、アルツハイマー型認知症の原因とされるアミロイドβや、レビー小体型認知症に関わる異常たんぱく質の蓄積を止められるわけではありません。つまり、「早口言葉の達人」や「計算のプロ」にはなれても、脳の老化や病気の進行そのものまで制御できるわけではないのです。
もし本気で、認知症の発症や進行を少しでも遅らせたいと考えるなら、脳の一部分だけを研ぎ澄ますよりも、記憶、判断、感情、運動など、脳の多くの領域が連携して働くような活動に目を向けることが重要です。
では、脳の多くの領域を使う活動とは、具体的に何を指すのでしょうか。
■計算ドリルより「料理」や「旅行」が脳をフル回転させる
その代表例の一つが「料理」です。
実は、料理は非常に高度で複雑な知的作業だと言えます。
たとえば料理を作る際の工程を思い浮かべてみてください。「冷蔵庫にある食材を見て何が作れるか考える」「献立を立てる」「足りないものをメモして買いに行く」「火加減を調整しながら複数のコンロを使い分ける」「すべてのおかずが温かい状態で食卓に並ぶよう逆算して調理する」。この一連の作業には、記憶力や判断力、複数のことを同時にこなす力、そして手指の細かな動きなど、脳のさまざまな機能が総動員されています。
「旅行の計画」も同様です。「どのルートで行けばスムーズか」「予算内に収まるか」「一緒に行く相手は喜んでくれるか」と試行錯誤する過程では、段取り力や想像力、判断力などが自然に使われます。
つまり、誰かに用意された課題をこなすよりも、日常生活の中で自分で考え、選び、工夫するというプロセスこそが、実は優れた脳のトレーニングになるのです。
■「脳を使わない」現代社会の弊害
少し振り返ってみると、現代はあまりにも便利な道具にあふれています。かつては、外出する際にスマートフォンの地図アプリはありませんでした。大きな地図を広げて経路を確認し、時刻表をめくって乗り換えを調べ、どうすれば目的地にたどり着けるのか考えながら移動していたものです。ドライブでも、助手席の人と「こっちの道が早そうだ」「あそこは込むから迂回しよう」などと相談しながら進んでいました。
また、親戚や親しい友人の電話番号をいくつも暗記していた時代もありました。
覚えておく必要があったからこそ、脳は必死に記憶を保持しようと働いていたのです。実は、こうした「不便さゆえの工夫や記憶」は、ドリルよりもはるかに実践的で高度な脳トレになっていました。
しかし今は、アプリが瞬時に答えを出し、カーナビの音声に従えば考えなくても目的地にたどり着けます。便利な道具を否定するつもりはありませんが、脳が「自分で覚えたり考えたりしなくていい」と判断すれば、それだけ使われない脳の領域が増えてしまうという弊害もあるのです。
■漢字・計算ドリルは「解くこと」が目的ではない
こうした「日常の中で脳を使う生活」は、家庭の中だけでなく、地域の活動の中にも見ることができます。地域の高齢者向けのサロンでは、漢字や計算のプリントに取り組む活動がよく行われています。こうした光景を見て、「家でドリルを解けば同じ効果があるのではないか」と考える方もいるかもしれません。しかし、実は大切なのはプリントの内容そのものではないのです。本当の価値は、人と集い、言葉を交わすことにあります。
他の人が問題を解く様子を見て刺激を受けたり、「これ、どうやるのかしら」と笑いながら相談したりする。「○○さんが風邪をひいたみたいだから様子を見に行こう」と声を掛け合う。こうした交流は、前頭葉をはじめ脳の多くの領域を活性化させます。

一人でドリルに向き合うよりも、人の中に身を置き、話し、笑い、意見を交わすことのほうが、脳にとってははるかに豊かな刺激になるのです。
■「散歩」「立ち話」が脳に刺激を与え元気にする
ここまでお話ししてきたように、脳を活性化させるために、特別な勉強をする必要はありません。むしろ、日々の生活の中にこそ、優れた脳トレの機会が数多くあります。
たとえば、毎日の散歩も立派な脳トレになります。足を動かす運動野を使うだけでなく、道端に咲いている花に目を向けたり、「あの家、建て替えているな」と街の変化に気づいたりする。季節の移ろいを感じながら歩くことは、脳のさまざまな箇所に新しい刺激を与えてくれます。
さらに、散歩の途中で近所の人と「今日はいい天気ですね」「そのお花、綺麗ですね」と一言二言交わす。この立ち話も、実は脳をフル回転させています。相手の話を瞬時に理解し、自分の返事を考え、相手の表情を見ながら言葉を選ぶ。会話は、人間の脳が持つ多くの機能を同時に使う行為なのです。
ほかにも、「孫が遊びにくるから、お昼はあの子が好きなオムライスにしよう」とメニューを考えたり、天気予報を見て「夕方は冷えるから、上着を持って行こう」と服装を考えたりする。こうした日常の小さな判断や工夫の積み重ねが、脳にとって良い刺激になります。

■スマホも「自ら発信」すれば認知症予防に
情報のやり取りも、受け取るだけでなく「自分から発信する」ことを意識してみてください。誰かにメールを打つ、手紙を書く、あるいは電話で近況を伝える。こうした行動には、自分の頭の中で情報を整理し、相手に伝わる言葉へと組み立てる作業が必要です。
現代の生活に欠かせないスマートフォンも、使い方次第です。動画を「ただぼんやり見ているだけ」では、脳は受け身になります。一方で、「動画を撮って家族に送る」「感想を誰かに伝える」といった、何かを作る・伝える側になれば、脳の働き方は大きく変わります。「どうすれば伝わるか」を考える能動的な作業になるからです。脳を鍛えるという意味では、圧倒的に後者のほうが効果的だと言えるでしょう。
■「脳のため」と嫌なことを無理にやらせるのは逆効果
最後に、ぜひ知っておいていただきたいことがあります。
「脳のために良いから」といって、本人が嫌がっているドリルや活動を無理にやらせるのは逆効果になることがあります。
人は、嫌なことを強いられると強いストレスを感じます。そのストレスが不安を強め、自信を失わせ、かえって元気を奪ってしまうこともあります。

脳を活性化させる一番の条件は、本人が「楽しい」と感じることです。楽しさや興味があると、人は自然と集中し、脳のさまざまな領域が活発に働くようになります。ドリルが好きならドリルを、歌が好きなら歌を、散歩が好きなら散歩を。もし何もしたくない時期であれば、無理をさせず、リラックスできる時間を大切にしてください。
「脳トレ」という言葉に縛られ、特別な何かをしなければと焦る必要はありません。誰かと挨拶を交わし、おいしいものを作って食べ、少し外を歩いて季節を感じる。そうした当たり前の暮らしこそが、あなた自身や家族の脳を最後まで支えてくれるはずです。

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安藤 なつ(あんどう・なつ)

メイプル超合金

1981年1月31日生まれ 東京都出身。2012年に相方カズレーザーと「メイプル超合金」を結成。ツッコミ担当。2015年M-グランプリ決勝進出後、バラエティを中心に女優としても活躍中。介護職に携わっていた年数はボランティアも含めると約20年。
ホームヘルパー2級(現:介護職員初任者研修過程終了)の資格を持つ。2023年に介護福祉士の国家資格を取得。共著に『知っトク介護 弱った親と自分を守るお金とおトクなサービス超入門 第2版』(小社刊)など。

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繁田 雅弘(しげた・まさひろ)

認知症専門医・精神科医

栄樹庵診療所院長。メモリーケアクリニック湘南名誉顧問。1983年東京慈恵会医科大学卒業。1992年スウェーデン・カロリンスカ研究所 研究員を経て、2003年東京都立保健科学大学精神医学教授、2005年首都大学東京 健康福祉学部学部長、2011年首都大学東京 副学長、2017年東京慈恵会医科大学精神医学講座教授、東京都立大学 名誉教授。2024年東京慈恵会医科大学名誉教授。生家を改装し、『安心して認知症になれるまち』を育む目指す活動拠点の「SHIGETAハウスプロジェクト」代表。著書多数。

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(メイプル超合金 安藤 なつ、認知症専門医・精神科医 繁田 雅弘)
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