72歳の女性は6年前に夫が他界し、今は次男と2人暮らし。次男は20代半ばから家にひきこもり働いていない。
家計は毎年90万円の赤字で危機感を抱いた次男は突如、自ら驚きの行動を起こし、40代で目標を成就させた――。
■20代半ばからひきこもった40代の逆襲
今回取り上げるのは、東京都に住む吉本家(仮名)。父親は6年前に他界し、現在は72歳の母親と42歳の次男・健さん(たけるさん・仮名)が2人で暮らしている。長男は結婚して、別世帯。兄弟の交流はあまりないが、不仲ではないそうだ。
吉本家の家計状況をざっくり言うと、年金(月16万円)では生活費が不足しており(月赤字額4万~5万円)、親亡き後の息子の生活よりも前に、母親の老後生活にも不安がある。だが、吉本家には明るいニュースもある。短期間のアルバイトしかしたことがなかった健さんが司法書士の試験に合格し、社会人としての新生活をスタートさせるところだからだ。
【家族構成】

72歳 母親→年金暮らし

47歳 長男→既婚、別世帯

42歳 次男→20代半ばからひきこもる
【資産状況】

母親 貯蓄 2300万円

次男 貯蓄 150万円
【家計収支】

収入

母親年金 16万円
支出

食費 7万円

水道光熱費 2万3000円

固定資産税(月割り) 8000円

地代 2万1000円

日用品 8000円

交際費 5000円

新聞代 4500円

有料放送代 6800円

交通費 4000円

医療費 1万2000円

マッサージ代 5000円

母こづかい 1万円

次男こづかい 3万円

合計 20万7300円
毎月の赤字額 4~5万程度

■大学時代のゼミでつまずく
健さんの過去に少し触れておこう。健さんは、中学・高校とも、仲の良い友達ができないまま、学校生活をおくっていた。ただし、勉強ができないわけではなく、性格も穏やかだったので、いじめに遭ったわけではないと、本人はいう。
ただただ、人づきあいが苦手で、休み時間も静かに本を読んでいるタイプの学生だったそうだ。

大学は第1志望には合格できず、第2志望の大学に進学。大学3年になるまでは、問題なく単位が取れていたものの、大学3年の時のゼミでつまずいた。大学3年になると、どこかのゼミに所属する必要があったそうだが、健さんは希望のゼミには入れず(抽選に外れた)、興味を持てないゼミに入ることになった。
そしてゼミには所属したものの、先生やゼミ仲間になじめず、夏合宿に行く勇気が出なかった。夏合宿に参加していないこともあり、その後も同期との関係性は薄くなるばかり。秋頃にはゼミに参加するのを辞めていた。
ゼミへの出席を辞めた健さんは、当然ながら、ゼミの単位を落としてしまう。翌年、別のゼミに入ることも考えたそうだが、その勇気が持てないまま、結局、卒業に必要な単位を満たせない状況に陥る。そのほかの科目でも、落としてしまった単位があり、健さんは大学を中退することになってしまった。
■父親からの叱責でひきこもる
大学を中退したことで、父親は大激怒。顔を合わすたびに、大声で怒鳴られることが続いたため、健さんは徐々に部屋にひきこもるようになった。
それでも大学中退後、しばらくは短期バイトを繰り返していたが、20代の半ばの頃、バイト先でトラブルがあり、健さんは叱責を受けた。
人前で怒られたことにショックを受けた健さんは、次のシフトに出られなくなった。
その後、アルバイト先に連絡をしないまま、アルバイトを辞めてしまう。その結果、働くこともせず、自宅に引きこもりがちの生活を続けることになってしまった。
月日は流れて。
30代半ばを迎えた頃、関係性を修復できないままだった父親が他界した。父親が健在のときには、リビングに降りられなかった健さんだが、父親がいなくなったことで、母親と一緒に食事が取れるようになった。
父親がいなくなったことで、生活が困窮するのではないかと心配した健さんは、母親に家にあるお金のことを尋ねてみた。「貯金は2300万円くらい」と聞いた健さんは、「貯蓄が全部で2300万円ということは、母親が死んだ後は親のお金だけで食べていくのは無理そうだ」と感じたという。
■司法書士にチャレンジすることに
貯蓄額を聞いて、将来のことを真剣に考え始めた健さんは、母親を促す形で筆者の事務所に相談に訪れた。相談時は母親よりも、健さんのほうが積極的に質問をするほど。家計状況を聞き取ったところ、吉本家の家計収支は、月々の赤字に加え、家電の買い替え費用や家の修理費用などの特別支出を含めると、毎年で80万~90万円の赤字が出ていることがわかった。
年間80万~90万円の赤字は、平均余命が10数年の母親の人生だけであれば、持っている老後資金(母子の貯金は計2450万円)でなんとか足りそうだが、それほど余裕があるわけではない。
また母親に介護が必要になると、資産は底を突く可能性もある。いずれにしても、健さんの生活まで支えることはできないという現実を数字で確認することになった。
健さんが働かないままでは、生活設計が立たない現実を確認したうえで、健さんに仕事についての考え方を聞いてみた。すると、健さんからちょっと意外な発言をした。
「昔から司法書士の仕事をしてみたいと思っていました。司法書士というのは、具体的にはどうしたらなれるんでしょうか」
「なぜ、司法書士の仕事に興味を持ったのですか?」という私の問いかけに対して、「自宅が借地で、親のモノではないということから、親が死んだら追い出されるのかなどと思っていました。実際には、地代のほかに更新料を払えば僕も住み続けられることを理解しているわけですが。借地を自分のモノにするにはどうしたらいいのかなど、土地の権利のことを調べていて、登記に興味を持ったんですね。登記ができる職業って、何だろうと調べていて、司法書士や行政書士の資格を知りました。
不動産関係の仕事であれば、宅地建物取引士の資格取得を目ざす方法もあるのではないかと言われるかもしれませんが、宅地建物取引士の資格を取って、不動産会社に勤められたとしても、僕は営業の仕事ができないので、働くことには繋がらないんじゃないかと考え、司法書士の仕事を目指そうかと考えています」
■合格率4%「司法書士」に合格
ひきこもりの子どもと話しているとき、「資格取得=しばらく働かなくてすむ」といった考えがあるのではないかと感じるケースも少なくないが、健さんからは資格取得に対しての真剣さが感じられた。
そこで「司法書士として働いている人に、仕事の現実を聞いてみたらどうですか?」と提案。実際に知り合いの司法書士に、健さんの話を聞いて、アドバイスをしてもらえるように依頼した。

私が紹介した司法書士の先生は、まだ40代前半の若さにもかかわらず、都心の一等地に事務所を構え、かなりの人数を雇っている、敏腕である。
実際に司法書士に会い、いろいろと話を聞いているうちに、触発されたらしい。司法書士に「なりたい」という気持ちが、「絶対なる」という気持ちに変わったという。
それから5年の月日が経ったある日、突然、司法書士の試験に合格したという連絡が入った。5年も前のことだったので、すぐには誰の話か思い出せなかったが、司法書士の試験合格までの経緯なども書かれていたので、本当に驚いたし、心から祝福もした。
5年前の相談時の気持ちを持ち続け、無事に難関の司法書士の資格(例年の合格率4~5%)を取り、5年前に話を聞いた司法書士の事務所で、雇ってもらえることになったのだ。
雇用主となってくれた司法書士にも連絡して、5年前と今回の雇用のお礼を伝えたところ、「吉本さんが、コツコツと努力を続けている姿を見守ってきたので、無事に合格した現在、ウチで雇うことにしたんですよ」とのこと。試験に合格するまで、待ってくれたことにも感謝である。
今はまだ、働き始めたばかりなので、生活設計をどこまで立て直せるのかは未知な部分もあるが、司法書士という難関資格に40代で合格した健さん。その強い意思と、健さんを支えてくれる先輩司法書士のアテンドによって、立派に社会人としてやっていけるのではないだろうか。順調に働き続けることができれば、母親亡き後も暮らしていけるだろう。個人的にも応援しているところである。

■資格を取得した先のイメージが重要
ひきこもり家族からの相談を受けているとき、健さんのように「○○の資格を取得したい」という話を耳にする機会は少なくない。だが、その多くは夢物語に終わってしまうか、働かずに済ませるための時間稼ぎになってしまう。
実際の相談者を振り返ってみても、資格を取得して就職どころか、資格取得さえ断念してしまうケースがほとんどである。
今回、健さんが就職までたどり着けたのは、資格の勉強に入る前に実際の仕事をしている先輩の話を聞き、仕事現場を見学して「資格取得後に自分が働く様子」を具体的にイメージできたことではないだろうか。
ひきこもりなど、働いていない子どもが資格取得を目指し、その資格を活かして就職をするのであれば、資格取得をゴールにしないことが重要だと、健さんを通して私自身も学べる事例となった。

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畠中 雅子(はたなか・まさこ)

ファイナンシャルプランナー

「働けない子どものお金を考える会」「高齢期のお金を考える会」主宰。『お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでもどうにかなるってほんとうですか? 親亡き後、子どもが「孤独」と「貧困」にならない生活設計』など著書、監修書は70冊を超える。

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(ファイナンシャルプランナー 畠中 雅子)
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