■期限切れ食品以外では「食べていけない」
ロシア極東のウラジオストクに住むナターリヤさんは、もう1年近く、賞味期限切れの食品ばかりを食べて暮らしている。
自宅近くの路面販売で買うパンは1斤60~70ルーブル(約80~90円)、野菜は一袋20ルーブル(約26円)。肉は2キロで100ルーブル(約130円)と格安だ。
どれも正規の店頭には並ばない品物だ。店でロシアの水餃子ヴァレーニキの材料を揃えれば約860ルーブル(約1120円)ほどかかる。
彼女は独立系ロシア語ニュースサイトのメデューザに、「最初は本当に不快だった」と語った。「でも慣れるしかない。ほかに食べる方法がないから」
ウクライナへの全面侵攻から、4年。プーチン大統領が始めた戦争は、戦費で連邦予算を圧迫し、政府は付加価値税(消費税に相当)を20%から22%に引き上げた。
■乳製品は2年間で41%急騰
ロシアでは物価の上昇が加速する一方だ。
英公共放送のBBCは2019年以来、モスクワの大手スーパー「ピャチョロチカ」で基本59品目を購入する継続調査を行っている。これらを購入した場合の買い物かごの総額は、2年前から実に18.6%も値上がりしたという。
2024年に7358ルーブル(約1万4700円)だったものが、2026年1月には8724ルーブル(約1万7500円)に膨らんだ。上昇率は、ロシア連邦統計局ロスタットが公表した同期間の食品インフレ累計18.1%ともほぼ一致する。
なかでも乳製品は2年間で41%も上がった。高金利と人手不足で農業コストが高止まりし、酪農を直撃している。経済制裁の中、輸入頼みの果物・野菜も15%上昇した。
足元では上昇ペースがさらに速まっている。BBCが伝えるロスタットのデータによると、2026年初頭のわずか1カ月足らずで物価が2.3%上がった。
値上がりは肉、乳製品、小麦粉、ジャガイモ、パスタ、バナナといった食品を中心に、石鹸、歯磨き粉、洗濯洗剤、さらには多くの医薬品にまで及んでいる。
■バナナすら手が届かない
モスクワに住む68歳の年金生活者ナジェージダさんは、BBCの取材に対し、月額年金の約3万2000ルーブル(約6万4000円)がまるごと食費に消えると語る。
車の修理のために貯めていた蓄えも、食料に充てざるを得なくなった。
同じモスクワに暮らす40代半ばのマーケティング専門家クリスチナさんも先月、食費を補うため泣く泣く貯金を切り崩した。「食べたいかどうかではなく、この製品100グラムにどれだけタンパク質が含まれているかを見るようになった」と話す。
モスクワの学生オスカルさんは、メデューザに対し、2023年には1日600ルーブル(約1200円)でカッテージチーズや肉入り餃子のペリメニ、野菜を買えたと語った。だがいまは、900ルーブル(約1800円)に増やしても、「まともな肉がかろうじて買えるかどうか」だという。最も安い果物だったバナナすら、もう手が出ない。
人々は医薬品を買うのも躊躇するようになった。サンクトペテルブルクでは、無職で障害者給付金のみで生活する視覚障害の市民が、「薬代を節約できないか考えてしまう自分に気づく」と打ち明けている。
■親政府系機関すら認めた「隠れたインフレ」
ロスタットが発表する2025年のインフレ率は、5.6%に留まる。だが、この数字と国民の実感との間には深い溝がある。
ロシア独立系英字紙のモスクワ・タイムズによると、中央銀行が世論調査機関「世論財団」(FOM)に委託した調査で、国民の実感に近い体感インフレ率は14.5%に達した。
乖離の原因はロスタットの統計手法にある。ロシアの独立系調査報道メディアのインサイダーによれば、価格データの集計対象となるのは事実上、大手チェーンだけだ。地方の暮らしを支える小規模店舗は、同じ卸売業者から仕入れても仕入れ量が少なく交渉力に乏しい。
こうした地方店では輸送費も賃料も割高で、値付けはチェーン店より高くなる。多くの国民が日々こうした店で買い物をしているのに、その価格を統計は拾わない。
食費が家計を圧迫する低所得層ほど、打撃は重い。同メディアによれば、親政府系シンクタンクのマクロ経済分析・短期予測センター(TsMAKP)ですら、「貧困層のインフレ率」を17%と推計した。公式統計のおよそ3倍だ。
貧困層の主食であるジャガイモにいたっては、価格が約2.6倍に跳ね上がった。政権寄りの機関がこうした数字を認めざるを得ない時点で、ロシア連邦統計局ロスタットの「5.6%」はもはや現実と乖離していると言わざるを得ない。
■酪農の崩壊…1個4円でしか売れない卵
消費者にとって食品は高すぎる。だが皮肉なことに、生産者にとっては安すぎとなっており、養鶏農家は危機感を募らせる。
国際養鶏業界専門誌のポルトリー・ワールドによると、ロシア南部クラスノダール地方では、多額の債務が積み重なった養鶏場が操業不能に陥った。この養鶏場では15万羽以上の採卵鶏が置き去りにされた。
数日間餌を絶たれた鶏は、共食いを始めていたという。これとは別に、ロシア中部のウドムルト共和国でも約3000羽が野外に遺棄されている。
引き金は、卸売価格の暴落だ。ロシア農家協会「ピープルズ・ファーマー」副会長のクセニア・スムコワ氏によると、供給過剰を背景に、6月には卸売価格が1個2ルーブル(約4円)まで急落した。生産コストの半値にも届かない。大多数の農場が赤字経営に陥っている。
鶏卵だけの話ではない。ウクライナの英字ニュースサイトのニュー・ボイス・オブ・ウクライナは、ロシア連邦統計局ロスタットのデータをもとに、ロシアの食料生産は2025年、15年ぶりに前年を下回ったと報じる。
もはや問題は、物価が高いという次元ではない。食料を届ける仕組み全体が崩壊へと向かっている。
■街角から「豊かな時代」の象徴が消えた
値段が上がるだけなら、中間所得層以上へのダメージは少ないかもしれない。だが、そもそもロシアでは買える商品が減っている。
メデューザが報じた調査会社ニールセンの調査によると、2025年7月、ロシアの食料品店の品揃えは前年同期比で2.3%減った。
街の景色も様変わりし、より質の低い商品を扱う店舗へと、店ごと入れ替わっている。かつて「豊かさ」の象徴だったスーパーマーケットが次々と閉じ、代わって広がるのが「貧者のための店」とも呼ばれるハードディスカウンター(格安店)だ。ニュー・ボイス・オブ・ウクライナによれば、その市場シェアはロシア全体で60%を超えた。
生活の余裕の象徴だった飲食店も消えている。モスクワ・タイムズが引用したロシアIT大手ヤンデックスの地図サービス、ヤンデックスマップのデータによると、2025年11月時点で、ロシア全土の飲食店は約11万5000店。
■国民が戦争より恐怖する物価高
ロシア政府は、事態は制御下にあると主張する。
モスクワ・タイムズによると、プーチン大統領は2月、年初のインフレ急騰を「想定内」と述べ、付加価値税の20%から22%への引き上げと季節要因が原因だと説明した。
だが中央銀行は、インフレ圧力を抑え込むため2023年末以降、政策金利を16%超に据え置いている。景気を冷え込ませかねない異例の高金利を2年以上維持し続けている事実から、物価上昇がプーチン氏の言う「想定内」にとどまっていないことが読み取れる。
国民はもはや、プーチン氏が推し進める戦争の恐怖以上に、日々の物価のほうが切実だと感じている。
ウクライナ独立系英字紙のキーウ・インディペンデントによると、独立系世論調査機関レバダ・センターの昨年6月の調査で、58%のロシア人が「物価上昇」を最大の懸念に挙げた。ウクライナでの戦争自体を挙げたのは33%にとどまった。
一方、プーチン政権は密かに焦りを感じている。同紙によると、ロシア農業省と産業貿易省は、食料生産の80~90%を固定価格で販売させる価格統制法案を策定中だ。2026年3月の施行を目指すと昨年から報じられている。
■1917年革命と同じ道を辿りかねない
だが、価格統制はプーチン政権に致命傷を与えかねない。
ロシア生まれの経済学者イゴール・リプシッツ氏はキーウ・インディペンデントに対し、「30年間の市場経済を経て、ロシア政府はソ連時代のような価格計画へ回帰し始めている」と断じた。
行き着く先は「慢性的な食料不足と長い行列」だという。国が価格を決めれば、採算の取れない生産者は倒産し、補助金がなければ食料危機はさらに深まると、同氏は警告する。
米戦略国際問題研究所(CSIS)上級研究員のマリア・スネゴバヤ氏は、さらに遠い過去を引き合いに出し、「1917年のロシア革命を引き起こした主要因の一つが食料価格の高騰だったことを忘れてはならない」と警告する。
実際、物資不足の兆しはすでに表れている。食料問題はプーチン政権が掲げる「すべては順調」という虚構を突き崩しかねないと、スネゴバヤ氏は見る。
一部の市民はすでに、食料価格高騰の原因が戦争にあると見抜いている。シベリア・イルクーツクに住むガリーナさんはメデューザに対し、ロシアが毎日ウクライナにもたらしている破壊行為を思えば、物価上昇は当然の帰結だと語った。
周囲の多くは「プーチンは知らないだけだ(知っていれば助けてくれるはずだ)」「一時的な困難にすぎない」「敵の仕業だ」と自分に言い聞かせているという。ロシアに根深い「善きツァーリ(皇帝)」の神話を、多くの市民は信じている。
だが、ガリーナさんはそうした幻想を持たない。「ウクライナの勝利とプーチン政権崩壊のために覚悟が必要なら、私はその準備ができている」とメデューザに語る。
食費を切り詰め、期限切れ食品を食べ続けるロシア国民。忍耐は果たしてどこまで続くだろうか。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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