好印象を与える人はどういう行動をしているのか。元JALのCAで新刊『気づかいの神さま』(PHP研究所)を上梓した香山万由理さんは「スマートな乗客はコミュニケーションが上手で、周囲の空気をやわらかくするさりげない一言を口にしている」という――。

■リクライニングの動作に表れる気づかい
機内での振る舞いは、ほんの些細な所作にその人の印象が表れます。
たとえば、リクライニングシートを倒す場面です。後方の方へひと声かけるかどうか。それだけの違いで、空間の空気は大きく変わります。
何も言わずにシートが倒れてくると、後ろの方にとっては“予測できない出来事”になります。それは単なる動作ではなく、「配慮されていない」という印象として残ってしまうこともあるのです。
たとえば、飲み物に手を伸ばした瞬間にシートが倒れてきたら、驚きとともにカップを落としてしまうかもしれません。けれど、その前に一言あれば、その出来事は防げた可能性があります。
なお、リクライニングの際に声をかけるべきかどうかについては、近年さまざまな意見があります。
「倒すことは当然の権利」とする考え方もあれば、「ひと声かけるのが配慮」とする意見もあります。どちらが正しいと一概に言い切ることはできません。ただ一つ言えるのは、その行動が相手にどのような印象を与えるか、という視点です。

機内という限られた空間では、わずかなコミュニケーションが、互いの時間の質を大きく左右します。ほんの一言を添えることで、空気はやわらぎ、その時間はより心地よいものへと変わっていきます。だからこそ、“たった一言”には、思っている以上の価値があるのです。
■「察して」では伝わらない時代
機内のように、さまざまな国や価値観の人が同じ空間を共有する場では、「言わなくても伝わる」という前提が、必ずしも成り立つとは限りません。
たとえば、通路に出ようとしたとき、荷物を動かそうとしたとき。ほんの一瞬の場面でも、「少しよろしいですか」とひと言添えるかどうかで、相手の受け取り方は大きく変わります。
日本で育まれてきた「察する力」は、相手を思いやる繊細な感性として、とても美しいものです。一方で、その前提が共有されていない場では、意図が伝わらず、すれ違いが生まれてしまうこともあります。
実際、国際線の機内では、こうした場面で自然に言葉が交わされています。それは特別なことではなく、互いに心地よく過ごすための、ごく基本的なコミュニケーションです。
だからこそ、ほんの一言を添えること。それは単なる確認ではなく、相手への敬意を形にする行為でもあります。

「察してもらう」から「言葉で伝える」へ。その小さな意識の違いが、空間の空気や、自分の印象を大きく変えていくのです。
■その「おしぼり」の使い方、大丈夫?
機内でお渡ししているおしぼりの使い方にも、その方の印象はさりげなく表れます。実際の現場では、本来の用途とは異なる使い方をされている場面に出会うこともあります。
たとえば、手以外の部分に使用されているケースです。
もちろん、ご本人にとっては無意識の行動かもしれません。しかし、機内のように限られた空間を共有する場では、その所作が周囲にマイナスの印象を与えたり、衛生面への配慮が欠けているかのように受け取られることもあります。
おしぼりは本来、食事の前に手を清めるためのものです。その役割を踏まえて使うことで、場にふさわしい印象を保つことができます。もしリフレッシュをしたい場合には、ハンカチや専用のシートを使うなど、場に応じた使い分けができると、よりスマートです。
■「清潔感」は、相手のためのマナー
機内は、たくさんの人が同じ空間で長い時間を過ごす場所です。服装は自由ですが、その中で自然と問われるのが「清潔感」だと感じます。

これは見た目をきれいにするというよりも、「一緒に過ごす人への配慮」に近いものです。とくに機内のように距離が近い環境では、身だしなみや香りは、自分が思っている以上に周囲に伝わります。
なかでも“ニオイ”は、自分では気づきにくいもののひとつです。自分では気にならなくても、隣の方にとってはどう感じるだろうと、一度立ち止まってみる。その小さな意識だけで、印象は大きく変わってきます。
現場でも、周囲のお客様への影響を考えて対応が必要になる場面があります。それだけ、この空間では「自分だけの問題ではない」という意識が大切なのだと感じてきました。
ほんの少しの気づかいで、その時間はぐっと過ごしやすくなります。清潔感は、そのためのシンプルで大切なマナーのひとつです。
■「ありがとう」に表れる品格
機内で仕事をしていて、印象に残るのが「ありがとう」という一言です。飲み物をお渡しする、ほんの数秒のやり取りでも、言葉があるかないかで空気は変わります。
機内は、外部から少し切り離された空間です。
そのせいか、ふとした瞬間に、その人の“素の振る舞い”が出ることがあります。
もちろん、悪気があるわけではないと思います。ただ、そういう何気ない場面に、その人らしさは自然と表れるものです。言葉があると、その場が少しやわらぎます。逆に何もないと、ただのやり取りで終わります。
「ありがとう」は、特別な言葉ではありませんが、その一言に、その人の印象はきちんと表れます。
■わずかな心の向け方で、時間の質は変わる
機内でのサービスは、あらかじめ料金に含まれているものです。ですから、過度に気をつかう必要はありませんが、サービスを提供する側もまた人間です。
気持ちよく受け取ってくださる方には、こちらも自然と、よりよい時間をお届けしたいという気持ちになります。
サービスとは、単なる“提供する・受け取る”にとどまらず、そこに小さな感情のやり取りが重なっています。たとえば、「ありがとう」と一言添えるだけで、その場の空気はふっとやわらぎます。
そのやわらぎは、巡り巡って、自分自身の心地よさとして返ってくることも少なくありません。
ほんのわずかな心の向け方で、同じ時間の質は変わっていくのです。
■「シャンパンを浴びられたから」に救われた
あるフライトで、シャンパンを開けた瞬間、勢いよく中身が噴き出してしまったことがあります。上空では気圧の関係で、想像以上に勢いよく飛び出すことがあるのです。
あろうことか、その瞬間、天井に当たったシャンパンが雨のように降りかかり、近くにいらしたお客様にかかってしまいました。本来あってはならないミスでした。
とっさにお席に駆け寄り、何度もお詫びをしました。当然、お叱りを受けてもおかしくない状況です。するとそのお客様は、「大丈夫、大丈夫。シャンパンを浴びられたから」と、笑って受け止めてくださったのです。
そのひと言で、その場の空気は一変しました。申し訳なさでいっぱいだった私の気持ちも、その言葉に救われたのを今でも覚えています。
同じ出来事でも、どんな言葉を添えるかで、その意味はまったく違うものになります。

ほんの少しの心あたたまる振る舞いが、その人の印象や場の空気を大きく左右します。
それは特別な場面だけでなく、何気ない日常の中でも同じことが言えるのかもしれません。無意識に出る一言や態度が、信頼を遠ざけることもあれば、逆に人の心を温めることもあるのです。

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香山 万由理(かやま・まゆり)

人材育成コンサルタント

立教大学卒業。JAL(日本航空)に入社。国際線CA(キャビンアテンダント)として10年半乗務。在籍中にCS(顧客満足)表彰を受け、皇室・VIPフライトに乗務。退職後「品性と人間力を備えた人材を育てる学校」として、研修コンサルティング法人「一般社団法人ファーストクラスアカデミー」を設立。官公庁、医療機関、企業などで、2万人以上に研修を行い、リピート率97.2%を誇る。「接遇力」と「業績」を同時に成長させ、会社の格を上げる組織作りをサポート。JCAA(日本キャビンアテンダント協会)理事を兼任し、航空会社出身者のセカンドキャリア構築支援に従事する。また、高野山真言宗の僧侶としての顔も持ち、研修では仏教哲学も伝えている。

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(人材育成コンサルタント 香山 万由理 構成=力武亜矢)
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