■銀行を1年で辞め、テレビの制作会社へ
私が社会人としてのキャリアをスタートさせたのは、1970年代前半のことでした。日本女子大学を卒業して富士銀行(現・みずほ銀行)に入行しましたが、当時の女性行員の仕事といえば伝票を書くことばかり。毎日8時45分から17時まで判で押したような生活に、退屈さを感じずにはいられませんでした。
結局、銀行は1年で退職しています。そんな折、親友のお兄さんがフジテレビの局員だった縁で、テレビ番組の制作会社を紹介してもらうことになったのです。「今日から来てくれ」と言われ、その日のうちにフジテレビへ。当時のテレビ業界は「教育」なんてものはありません。「何をしたらいいですか?」と聞いても「自分で考えろ」と返されるだけ。
情報番組のプロデューサーや、大山のぶ代さん、榊原郁恵さんのお料理番組などを担当し、キャリアを重ねていきました。しかし、私の本当の希望はドキュメンタリー番組を作ることでした。
中国の長江やサハラ砂漠の岸辺で暮らす人々の企画書を書いては出しましたが、なかなか通りません。いい企画であっても、上司から「お前より実績のある他社の男性ディレクターのほうがうまく作れる」と言われ、私の企画を他の制作会社のディレクターに譲ってしまうこともありました。
■危険すぎて誰もやらなかった「ゴリラ企画」
自分が撮りたい企画が通らない。そんなジレンマを抱えていた時、あるプロデューサーからアドバイスをもらいました。
「君の企画が通らないのは、誰でも行ける場所だからだ。誰も行きたがらないような僻地ならもしかしたら企画が通るかもしれない」
ただ、命の危険が伴う場所の取材には、ノウハウが必要です。私は学生時代に山岳部に所属していたこともあって、体力には誰よりも自信がありました。重い荷物をもって冬山を登り、雪の中でテントを張って暮らすような経験もしています。「それなら私にもできそうです」と即答しました。
そこから「過酷すぎる海外動物ロケ」というニッチな分野に活路を見出しました。寒い場所、暑い場所、山、海。人が尻込みするような環境での企画を次々と出し、その中で通ったのが「野生のゴリラ」の撮影でした。
当時はまだゴリラの生態も今ほど知られておらず、アフリカの奥地での撮影は困難を極めると予想されていました。しかし、これこそが私が求めていた「誰もやらない企画」だったのです。
■京大元総長も「危険すぎる」と助言したが…
1998年、私はゴリラ研究の第一人者である山極壽一先生(現・総合地球環境学研究所所長、元京都大学総長)を頼り、コンゴ(旧ザイール)での撮影を決めました。ですが、当時のコンゴは内戦の真っ只中。山極先生からも「危険すぎるから絶対にやめたほうがいい」と言われ、周囲のテレビ関係者からも「死ぬぞ」と止められました。
しかし、何度も山極先生にお願いした結果、「そこまで言うんなら、僕のフィールドに行ってみよう」と言ってもらうことができ、コンゴでの撮影が決まったのです。ただ、現地の危険性は行ってみるまで実感できませんでした。
空港に降り立つと、街中には銃を持った兵隊が溢れていました。移動の車中、何度も検問に止められます。
コンゴの情勢は非常に危険でしたが、ここまで来て諦めるわけにはいきません。様々なルートで取材できないか調整したところ、奇跡的なことに、山極先生の知人であるコンゴ人の霊長類研究者の弟さんが反政府軍の幹部だったことがわかりました。彼の働きかけのおかげで、私たちはゴリラが生息する国立公園のジャングルを自由に取材することができたのです。
■「目を逸らすな」ゴリラが撮影を許した瞬間
ジャングルの藪をかき分けて進むと、少し開けた場所に1頭のシルバーバック(成熟したオスゴリラ)が座っていました。彼は腕組みをするようなポーズで、じっとこちらを見ています。想像以上に大きなゴリラを目の前にして、私は背筋が凍るような思いでした。
すると、「目を逸らすな。見つめ返せ」。山極先生が小声で私に指示しました。通常、サルの仲間は目を合わせると「威嚇された」と受け取ります。
私は心の中で「私はあなたの敵じゃない。あなたたちを守るためにきたのよ」と念じながら、彼の瞳を見つめ返しました。すると、彼は「ン゙ン゙ン゙ ~」と低く唸り声を上げました。これはゴリラの挨拶であり、「承認」の合図です。
その瞬間、ゴリラの背後から、子ゴリラたちがワラワラと顔を出しました。彼が群れ全体に「安全だ」と伝えてくれたのでしょう。そこからゴリラはリラックスした様子になり、私たちへの警戒心も徐々になくなっていったのです。
緊張の糸が切れたとき、山極先生は私にポツリとこう言いました。
「このロケはもう成功したのも同然だよ」
■1日750万円の撮影料を0円にした交渉術
コンゴでの撮影を成功させてからも自然系ドキュメンタリーの制作を続けていき、2011年からは拠点を隣国のルワンダに移しました。
短期のロケではなく、長期的に滞在してゴリラの姿を追い続けるため、ルワンダのヴォルカン国立公園の近くに一軒家を借り、本格的な撮影とそのための交渉を始めたのです。
しかし、そこで大きな壁にぶつかりました。ゴリラの撮影には莫大な費用がかかるのです。特にルワンダでは、国に納める「撮影料」がいま現在でひとりあたり1時間で1500ドル(2月10日現在の為替レートで約23万円)と高額です。
通常、観光客は1時間だけの滞在ですが、撮影隊は平均で4時間ほど滞在し、貸し切りで撮影するため必ず8人分の枠を押さえる必要があります。すると、ひとり1時間で1500ドル×8人×4時間で計算すると1日で約750万円近くかかることになります。
私が初めてルワンダの国立公園で撮影した2008年は、1ドル80円前後と現在と比べてかなり円高でした。当時は、1日に1時間の撮影しか許されず、1日の撮影料は約38万円でした。NHKが製作している番組で撮影に入っていたので、3週間で約800万円を支払いましたが、個人の予算で毎日約38万円を支払って撮影し続けるのは不可能です。
そこで私は、ルワンダの観光庁長官に直談判しました。「あなたたちはゴリラで外貨を稼いでいるけれど、自分たちで撮影した映像の著作権をワンカットも持っていないでしょう?」。海外のテレビ局が撮った映像は、すべてその局のものです。ルワンダには何も残りません。
私は提案しました。「私が撮影した映像の著作権を半分、ルワンダにあげる。その代わり、私をタダで撮影に入れてほしい」。この交渉が成立し、私は現地のトラッカー(追跡ガイド)たちと同じトラックの荷台に乗せてもらい、毎日無料で国立公園に通えるようになったのです。
■“国の宝”ゴリラを、日本とルワンダの人に届けたい
2011年からはルワンダと日本を行き来しながら撮影を続けました。2024年に帰国するまで、13年間にわたってゴリラたちを追い続けました。
さきほどもお伝えした通り、ゴリラを撮影するには高額な費用がかかります。そのため、テレビ局や制作会社のような撮影体制ではなく、私のように現地に個人で滞在して長期間にわたって撮影を続けたドキュメンタリー作家は世界中でひとりもいません。そうした状況から考えれば、私は「世界でもっとも長期間にわたってゴリラを撮影した映像作家」だといえます。
さて、ルワンダでは、その年に生まれたゴリラの赤ちゃんに名前を付ける「クウィタ・イジナ(Kwita Izina)」という盛大な命名式が毎年行われています。大統領が出席し、世界中からゲストが招かれるこの国家的行事は、ゴリラがいかにルワンダにとって象徴的で、大切な存在であるかを物語っています。中国におけるパンダのような特別な存在なのです。
しかし、それほど大切にされているにもかかわらず、現地ではゴリラの映像が十分に活用されていません。編集機材も技術者も不足しているため、観光客向けのビジターセンターで流れているのは、私がNHKで制作した日本語の番組や、欧米のテレビ局が作った英語の番組ばかりです。ルワンダの人々が、自分たちの国の宝であるゴリラの姿を、母国語で、自分たちの視点で語られた映像として見る機会はほとんどないのです。
私の手元には、長年撮りためた膨大な「素材」があり、権利も半分は私が持っています。これからは日本でこの映像を編集し、作品として仕上げていくのが私の仕事です。日本の人々にゴリラの知られざる生態を伝えることはもちろん、ルワンダ語版の映像も制作して現地に届けたいのです。
「私たちの国にはこんなに素晴らしい動物がいるんだ」と胸を張ってもらいたいのです。それが、命がけで撮影を許してくれたゴリラたち、そして私を受け入れてくれたルワンダへの恩返しだと思っています。
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森 啓子(もり・けいこ)
動物ジャーナリスト
1970年代にテレビ業界に飛び込み、情報番組や料理番組に携わる。その後、自然環境を取り上げるドキュメンタリー番組のディレクターとなる。主な担当番組にTBS「新世界紀行」、テレビ朝日「素敵な宇宙船地球号」、NHK「地球!ふしぎ大自然」「ハイビジョン特集などがある。1998年にコンゴ(旧ザイール)でゴリラのドキュメンタリー番組を制作。動物の撮影歴は30年以上。ゴリラに魅せられ、アフリカ・ルワンダに居を構えてマウンテンゴリラを撮影する生活を13年間続け、現在はその映像を編集している。
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(動物ジャーナリスト 森 啓子)

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