桜の季節、どこにお花見をしに行くのがいいか。歴史評論家の香原斗志さんは「今年の大河ドラマに登場する城には、桜の名所となっている場所が多い」という。
香原さんが選んだ「いま訪れるべき日本のお城ランキング」2026年春編をお届けする――。
■信長、秀吉、秀長ゆかりの8つの桜の名城
実を言えば、城跡に桜の木が植えられるようになったのは明治以降で、桜が咲き乱れる城は歴史的な景色とはいえない。だが、そうと知っていても、桜と城の組み合わせには抗いがたい魅力がある。桜が咲く時期が、城がいちばん輝く季節だと思う。
今年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」には、城がたくさん登場する。城は戦闘施設だから、戦国時代が舞台のドラマに頻出するのは当然だが、とくに織田信長と羽柴秀吉の時代は、城の価値や意味づけが大きく変わった時期でもあった。鉄砲による戦いに対応するため高い石垣や広い堀をもつようになり、同時に、権力者が力や権威を示す場になった。
つまり、城はこの時代に大きく発展し、築城時点での信長や秀吉、秀長らの戦略や大望、言ってみれば強い思いが強くみなぎるようになった。そうした城に訪れると、彼らがなにを目指したのかがよくわかる。だが、どうせ行くなら、城が輝く桜の季節のほうが、彼らの思いを前向きに感知できるのではないだろうか。以下に、桜の季節に訪れたい信長、秀吉、秀長ゆかりの城を8つ推薦したい。
第8位には、奈良盆地の南方、標高583.6メートルの山上にある高取城(奈良県高取町)を挙げる。
天正13年(1585)に大和(奈良県)の統治をまかされた秀長は、大和郡山城(大和郡山市)を中心に高取城、宇陀松山城(宇陀市)の3城を拠点とする体制を築き、高取城の整備を進めた。秀長の死後も、関ヶ原合戦後も工事は続けられ、険しい山上に総石垣の壮大な城郭が展開することになった。
岩村城(岐阜県岩村町)、備中松山城(岡山県高梁市)と並ぶ「日本三大山城」の1つだが、山麓の黒門跡からの390メートルという比高は、3つのなかで断トツ。そんな山上には、かつて大小の天守のほか27の櫓と33の門を支えていた石垣はほぼ完存する。桜の木が多いとはいえないが、二の丸の羽を広げたような1本桜など、要所の桜が圧巻の石垣を彩る。
■信長の野望の跡を彩る桜
第7位は、信長が築きはじめて今年で450年になる安土城(滋賀県近江八幡市)とする。城郭全体が石垣で築かれ、豪華絢爛な五重の天守が建つ、信長がみずからの権威を象徴させたエポックメーキングな城で、南正面からの大手道は、山上に向かって直線的に180メートルも続く。天皇の行幸を意図しての構造だともいわれる。天守はこのまっすぐな道の正面に、そびえて見えるように建てられていた。
大手道を登ると、黒金門跡から先にはいまも壮麗な石垣が残る。山上の天守台に建てられていた五重の天守は、内部は地上6階地下1階で金箔瓦が葺かれ、4重目が朱色、5重目は金色に塗られ、内部は金碧極彩色に仕上げられていた。
令和5年(2023)から滋賀県が、約20年計画の「令和の大調査」を実施中で、石垣が故意に崩された「破城」の跡が各所で発見されるなど、リアルタイムで構造の解明が進んでいるおもしろさもある。
標高198メートルの安土山内に桜が点在するほか、山麓の江藤の丘は約100本のソメイヨシノが咲き誇る名所として知られる。
■桜で彩られる「秀吉と秀長の姫路城」
第6位は、月並みのようだが世界遺産の姫路城(兵庫県姫路市)。姫路城を現在のように整備したのは、関ヶ原合戦後に入城した池田輝政だが、天正8年(1580)には秀吉が本拠地にし、同11年(1583)に大坂城(大阪市中央区)に移ると、今度は秀長が入城して、2年後に大和郡山に移るまで居城にした。
そして現在も、上山里や二の丸、三の丸北側の菱の門の東方、本丸の背後、「るの門」の周辺など、かなり広範囲に秀吉時代(秀長時代も含む可能性あり)のものと思われる、自然石を積んだ野面積みや、石棺や石塔などの転用石を用いた石垣が見られる。姫山に展開する姫路城の中核は、原型が秀吉時代に築かれたことがよくわかる。
それを知って姫路城を眺めると、また違って見えると思う。桜はソメイヨシノやシダレザクラなど約1000本におよび、白壁や石垣に映えて美しい。日本さくらの会認定の「さくら名所100選」にもなっている。
第5位には、小牧山城(愛知県小牧市)を挙げる。信長は永禄6年(1563)、美濃(岐阜県南部)を攻略するために居城を清洲城(愛知県清須市)から小牧山城に移した。それから4年で廃城になったので、長く臨時の城だったと考えられていたが、発掘調査の結果、先進的な城下町も整備された本格的な城だったことがわかった。
山頂の主郭部は2段および3段の石垣で整備され、かなりの巨石が積まれていたこともわかった。
訪れた人に信長の力を知らしめ、威嚇するねらいがあったと考えられる。ここ数年で、この主郭部の石垣が復元整備され、「信長の野望」を目でたしかめられる。かつて全山が要塞化されていた標高86メートルの小牧山には、およそ400本の桜が咲き乱れ、3月20日から4月10日まで「小牧山さくらまつり」も開催される。
■400本のソメイヨシノと秀吉の夢の跡
続いては、肥前名護屋城(佐賀県唐津市)を第4位に推す。この城は秀吉が朝鮮出兵の本営として築いた臨時の城だが、それにしては手抜きがなさすぎる。九州北部の東松浦半島の北端、標高約90メートルの丘上に、大大名の居城を凌駕するどころか、自身の大坂城や伏見城にも負けない大城郭を築き、人口20万人の城下町を出現させたのである。
総石垣で、本丸には金箔瓦が葺かれた五重天守がそびえ、絢爛豪華な御殿が建ち、二重以上の櫓の数は10を超え、秀吉のための茶室や能舞台まであった。その周囲には全国から集められた大名たちが布陣し、一つひとつの陣が独立した城ほどの規模と構造だった。
城が島原の乱のような一揆に使われるのを恐れた徳川幕府の手で、石垣は隅角部を中心にかなり崩されているが、それでも、広壮な石垣上から17万平方メートルもの城域を見渡すと、秀吉が獲得した権力の途方もない大きさと底知れぬ野望、そのために払われた犠牲に思いがおよんで眩暈がする。
大手口から登城坂にかけての桜並木をはじめ、城内には約400本のソメイヨシノが咲き誇り、秀吉の夢と野望の跡を彩る。
■「天空の城」は桜も美しい
第3位は、「天空の城」として知られる竹田城(兵庫県朝来市)。播磨(兵庫県南西部)と但馬(兵庫県北部)の国境の要所にあり、応仁・文明の乱の西軍総大将として知られる但馬国守護の山名持豊が配下に築かせたとされる。
天正8年(1580)、秀吉による但馬攻めに際し、生野銀山を確保する目的もあり、秀長が攻略して落城させ、その後、城代になった。ただ、いまに残る石垣は主に、天正13年(1585)から城主を務めた赤松広秀が整備したとされる。
この城が「天空の城」として映えるようになったのは、標高353.7メートルの山上を、木を伐るなどして整備し、石垣を見ごとに露出させたから。全国の山城が同様に整備されると、魅力が増すのだが。
竹田城内の桜はソメイヨシノ、ヤマザクラ、カスミザクラなどで、30本程度ではあるが、山上の雑木が伐採されているから桜が映える。4月1日から5月7日には、夜桜のライトアップ(18時30分~21時)が行われ、立雲峡展望などから観桜できる。
第2位は、秀吉が中国攻めに際して徹底的な兵糧攻めにより、「鳥取城の渇え殺し」と呼ばれる凄惨な状況が生み出された鳥取城(鳥取県鳥取市)。人肉を食らう者も続出したというこの世の地獄で知られるが、現在につながる近世城郭に整備したのは、元和3年(1617)に姫路から転封になった池田光政だった。
■第1位は奈良にある秀長の本拠地
鳥取城は平成28年(2016)から大手登城路の復元工事がはじまり、まず内堀へ架かる擬宝珠橋が完成。続いて大手門にあたる中ノ御門の復元が着手され、高麗門の表門が復元されると、同じ中ノ御門を構成するもう一つの門、渡櫓門も令和7年(2025)4月に完成した。
いずれも木造の伝統工法で精密に建てられ、復元された城郭建築ではいちばん新しいと思われる。そして、鳥取城は約220本の桜で彩られる、「さくら名所100選」(日本さくらの会認定)のひとつ。
完成した中ノ御門と名所の桜のマッチングが楽しめるのは、今年がはじめてである。
いよいよ第1位だが、大和郡山城(奈良県大和郡山市)にした。高取城で触れたように、大和を任された秀長の本拠地で、奈良盆地の北西部に築かれた城の縄張り図は、秀吉の大坂城とよく似ている。本丸が東西に長く、その北端に天守台があり、内堀や中堀の随所に特徴的な屈曲がもうけられているなど、類似点が非常に多い。
西に山を越えればすぐ大坂城で、かつて金箔瓦が葺かれた豪壮な天守が建っていた天守台に登ると、東大寺や興福寺など古代以来の寺社勢力まで見渡せる。そうした宗教勢力をも抑えて大和を支配する中枢としての城であり、ここが大坂城と並ぶ豊臣政権の拠点として意識されていたことがわかる。
明治維新まで存続したので手は加えられているが、石塔や礎石などの転用石を積んだ石垣など、本丸を中心に秀長時代の遺構もよく残る。城内には600本のソメイヨシノが植えられた桜の名所で、「さくら名所100選」にもなっており、桜の季節に合わせて「大和郡山お城まつり」も開催される。

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香原 斗志(かはら・とし)

歴史評論家、音楽評論家

神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。
ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。

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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)
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