気づかいができる人とはどういう人か。元JALのCAで『気づかいの神さま』(PHP研究所)を上梓した香山万由理さんは「皇室の方々の機内での過ごし方こそが、気づかいができる人の真骨頂だ」という――。

■そうやって男をたぶらかしてきたんでしょ?
CAは入社してから、「おもてなし・ホスピタリティとは何か」を徹底的に学びます。しかし、それが形だけの振る舞いになってしまうと、心がこもっていないことは、不思議なほど相手に伝わってしまうものです。
私自身、そのことを痛感した出来事があります。
国際線のフライトでのことです。スーツを凛と着こなした女性の乗客から「雑誌をお願いできますか?」と言われ、数冊の雑誌を手に取って「こちらの雑誌はいかがでしょうか」と柔らかな笑顔でお渡ししたその瞬間。女性の表情が変わりました。
「あなた、そうやってニコニコして、男をたぶらかしてきたんでしょ? だからCAって嫌なのよね」
あまりに突然で、何が起きたのか理解できず、その場の空気が一瞬で変わったことだけをはっきりと覚えています。
私は「申し訳ございません」とお伝えしながらも、心の中では戸惑っていました。笑顔は相手を心地よくするものだと信じていたからです。
■ただニコニコ笑うだけではダメ
しばらくして、ふと気づきました。問題は、笑顔そのものではなく、「その笑顔が相手にどう映っていたか」だったのではないかと。そのときの私の笑顔は、相手の雰囲気や心の状態を十分にくみ取らない、どこか表面的なものに見えていたのかもしれません。

そこで私は、お客様の空気感に合わせて、表情や声のトーンを整え、距離感を見直しました。すると、お客様の表情も次第にやわらぎ、降機の際には「ありがとう」と声をかけてくださいました。
気づかいとは、形ではなく「相手にどう届くか」です。同じ笑顔でも、相手によっては心地よさにも、違和感にもなり得る。笑顔は万能ではありません。相手の心の温度に寄り添ってこそ、はじめて信頼につながるのだと、この経験から学びました。
■皇族に学ぶ「後始末の美学」
CAとして多くのお客様と接する中で、思わず心を動かされるような気づかいに出会うことがあります。なかでも、皇室の方々が機内で過ごされる際の振る舞いには、深く印象に残っているものがあります。
それは、ご利用になられたお席の整え方です。降機される際、その座席は、まるで最初から誰も使っていなかったかのように整えられています。
ブランケットは丁寧にたたまれ、シートベルトも元の位置に戻されている。一見すると目立たない所作ですが、そのひとつひとつに、周囲への配慮が感じられました。

こうした振る舞いは、人に見られているからこそ行うものではなく、次にその場を使う人や、後に関わる人への心配りから生まれているのだと思います。
短い時間の中でさりげなく整えられたその空間からは、言葉にしなくとも伝わる品格と、静かな感謝の気持ちが感じられました。
■「ありがとう」の所作にも皇族流の気づかい
当時、皇室の方々にお声がけできるのはチーフパーサーに限られていたため、直接お話をする機会は多くありませんでした。それでも、飲み物やお食事をお出しする際の所作から、深いお気づかいを感じることがありました。
お飲み物をお渡しすると、必ずこちらに顔を向け、穏やかな表情で受け取ってくださるのです。目線だけでなく、きちんと顔ごと向けてくださる。そのわずかな動きに、「あなたに向き合っています」という気持ちが込められているように感じられました。
限られた動きの中でも、相手に対して正面から向き合おうとする姿勢。それは単なる動作ではなく、相手への敬意そのものなのだと思います。
私たちは日常の中で、「ありがとう」と言いながら、どこまで相手に向き合えているでしょうか。言葉は発していても、視線や身体の向きが伴っていないことは少なくありません。
ほんのわずかに顔を向ける。
相手を見る。それだけで、同じ「ありがとう」の重みは大きく変わっていきます。何気ない一瞬の所作にこそ、その人の姿勢や心の在り方が表れる。そう教えられた気がした出来事でした。
■短時間で全員脱出に成功した羽田の事故
CAは、お客様に快適な時間をお届けするだけでなく、万が一の事態に備える役割も担っています。そのため、日々の業務の裏側では、さまざまな緊急事態を想定した訓練が繰り返されています。
2024年1月、羽田空港で、日本航空機と海上保安庁の航空機が接触し、機体が炎上する事故が発生しました。この事故では、海上保安庁の航空機に搭乗していた方々に、尊い命の犠牲がありました。
その一方で、JAL機では、乗客乗員あわせて379名が全員脱出しています。現場では、CAの的確な判断と誘導に加え、乗客一人ひとりが状況を理解し、互いに声を掛け合いながら行動していたことが印象的でした。
混乱の中でも、「どうすれば安全に脱出できるか」という意識が自然と共有されていたことが、結果として多くの命を守る行動につながったのだと思います。
私自身も、この事故に関する解説でメディアに出演し、当時の映像をあらためて確認する機会がありました。
そこに映っていたのは、特別な誰かの力ではなく、目の前の状況に冷静に向き合い、それぞれの役割を果たしている姿でした。
当時のCAの中には、経験の浅い若手も含まれていました。それでも現場で冷静に役割を果たしていたのは、日々の訓練によって、判断や動きが身体に染み込んでいたからにほかなりません。
■日常の積み重ねが、いざという瞬間を支える
非常時にとっさに動けるかどうかは、その場で決まるものではありません。繰り返し身体に覚えさせてきたことが、とっさの判断や行動として表れるのです。それは、いざという瞬間に、隠すことなく表れます。
信頼もまた同じです。特別な場面で築かれるものではなく、日常の中で静かに積み重なり、ふとした瞬間にその人の“本当”として表れてきます。
だからこそ、ときどき立ち止まって考えてみたいのです。今の自分の振る舞いは、そのまま誰かに届いているだろうかと。何気ない日常の中にこそ、信頼は宿る。そう気づかせてくれた出来事でした。


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香山 万由理(かやま・まゆり)

人材育成コンサルタント

立教大学卒業。JAL(日本航空)に入社。国際線CA(キャビンアテンダント)として10年半乗務。在籍中にCS(顧客満足)表彰を受け、皇室・VIPフライトに乗務。退職後「品性と人間力を備えた人材を育てる学校」として、研修コンサルティング法人「一般社団法人ファーストクラスアカデミー」を設立。官公庁、医療機関、企業などで、2万人以上に研修を行い、リピート率97.2%を誇る。「接遇力」と「業績」を同時に成長させ、会社の格を上げる組織作りをサポート。JCAA(日本キャビンアテンダント協会)理事を兼任し、航空会社出身者のセカンドキャリア構築支援に従事する。また、高野山真言宗の僧侶としての顔も持ち、研修では仏教哲学も伝えている。

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(人材育成コンサルタント 香山 万由理 構成=力武亜矢)
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