■スケートブレード開発への挑戦
ミラノ・コルティナオリンピックのフィギュアスケートペア種目で、日本人初の金メダルを獲得した「りくりゅうペア」こと三浦璃来選手と木原龍一選手。2人が使用したスケートブレードを製造しているのが、名古屋の特殊鋼商社山一ハガネだ。同社は自動車部品の金型づくりで高い技術力があったものの、スケートブレードを製造した経験はなかった。小塚崇彦選手との出会いから、初の試みであるブレードの開発が始まった。
まずは、小塚選手のブレードをスキャナーで取り込み、分析することから始めた。山一ハガネでは50種類以上の特殊鋼を扱っており、その中からブレードに必要な硬さと粘り(靱性)に優れた4種類を選んで加工を開始。最初は、どの機械や工具を使用して、どの順番で削っていくかなどを試しながら、1つのブレードをつくるのに30時間以上かかった。まずはやわらかい素材で試してみたものの、実際に使ってみるとすぐに曲がってしまう。試行錯誤を繰り返し、1~2種類の材料に絞っていった。
■最適な素材を見つけるまで100足以上
熱処理工程も工夫した。
実際に小塚選手に履いてもらい、フィードバックを反映しながら完成に近づけていった。開発担当の石川マネージャー自らスケートリンクに出向き、滑り心地を確認したこともある。スケート自体は素人だが、ある程度の強度は実感できるそうだ。さらに、「ひと蹴りの伸びは素人でもわかる」という。それほど、従来のブレードとは異なっていた。
「リンクで無理やりジャンプしたこともあります。氷に穴が空くから飛ばないでください! って怒られましたけどね」と石川さんは笑う。
試行錯誤を繰り返し、最適な素材と加工方法を見つけるまで100足以上を試した。
■あと5年早く出会えていたら……
難しかったのは、形が完成した後のメッキ加工だ。
業者とともに試行錯誤を重ね、現在は「ある程度はできる」ようになったレベルだという。今も最適を探して模索を続けている状態で、「今日も、この後メッキ工場に行くんですよ」と取材した日も石川さんは出かけて行った。
小塚選手は2013年の全日本選手権に、まだ開発途上だったブレードを履いて出場し、3位入選。山一ハガネの寺西基治社長は「初めてテレビで滑ってるのを見たときは、心臓が止まるかと思った」と、その時の緊張感を振り返る。
2018年に「KOZUKA BLADES」が完成。小塚選手は惜しくもソチ五輪代表に選出されず、引退した。寺西社長に、「あと5年早くこのブレードと出会いたかった」と言い残したそうだ。
■ブレードの寿命は2週間→2年へ
「KOZUKA BLADES」発表の2年後、噂を聞きつけた宇野昌磨選手から連絡があった。当時の宇野選手は、ブレードがすぐに曲がるなどの歪みが出るため、2週間ごとにブレードを替えていた。新しいブレードに慣れた頃に、また次のものに替えなければならない状況を繰り返し、なかなか波に乗ることができずに悩んでいたそうだ。
宇野選手から話を聞いてみると、小塚選手と求める内容が微妙ではあるが違っていた。同じフィギュアスケート選手でも、こんなにも繊細な違いを求めるのかと驚き、選手に合わせてブレードをつくる必要性を感じたという。KOZUKA BLADESは小塚選手のために開発したブレードだったこともあり、新たに2021年に「YS BLADES(ワイエスブレード)」をリリースした。
以前は2週間ごとにブレードを替えていた宇野選手だが、YS BLADESに切り替えてからは2年間同じものを使用している。それどころか、「2年でほとんど刃を研いでいない」と言うから驚く。YS BLADESを使っていても頻繁に研ぐ選手もいるため、好みの問題でもあるだろう。しかし、研がなくても故障することなく使い続けられることは宇野選手が実証した。
「研ぎすぎて寿命が来ることはあるけれど、本質的な品質に関わるような、曲がる、折れるといったトラブルは今も起きていません」と、寺西社長は太鼓判を押す。
宇野選手はYS BLADESを履いて2022年の北京五輪に出場し、みごと銅メダルを獲得した。これが、山一ハガネにとって初めてのメダルだった。
■曲がらないブレードがほしかった木原選手
2018年、小塚選手からKOZUKA BLADESの評判を聞いた「りくりゅうペア」の木原選手が会社を訪ねてきた。木原選手は2014年のソチ五輪、2018年の平昌五輪に出場するも、下位に終わっていた。
木原選手は体格がよく、その分ブレードに体重がかかり、プレートがハの字に曲がってしまうことがしょっちゅうだった。しかし、小塚選手や宇野選手らソロで活躍する選手たちが脚光を浴びていたことに比べ、フィギュアのペア種目も木原選手も圧倒的に知名度が低く金銭的にも苦しい状況にあったため、頻繁にブレードを変えられず、曲がったままの状態で使い続けるしかなかった。
「とにかく曲がらないブレードがほしい」と木原選手は願った。変形したブレードを使い、本来のパフォーマンスが発揮できないことに本当に困った様子だったという。
木原選手の悩みを聞き、石川さんは数カ月かけて調整。できあがったブレードを木原選手に渡すと、とにかく「曲がらない」ことだけで大絶賛だった。さらに、今までのブレードに比べて滑りの伸びもまったく違うと喜んだ。木原選手の滑りが速くなったことで、動きが合わなくなってきたため、2019年からパートナーを組む三浦選手も2020年にブレードを変更。2人そろって、YS BLADESで試合に臨むようになった。
■滑りが速くなる理由
YS BLADESはつなぎ目のない一体構造だから、耐久性が上がるのは理解できる。
「実は正確な理由はまだ掴めていないんです」と石川さんから驚きの答えが返ってきた。
石川さんは速くなる理由をつかもうと、熱伝導率や材質のためかと調べてみたが、どうやら違う。そもそも、なぜブレードで氷の上を滑れるのかという原理自体が、科学的にもまだ解明されていないという。
石川さんたちは、理由を次のように推測している。YS BLADESはミクロン単位で調整できる山一ハガネの機械と技術でできており、左右が完璧なシンメトリーだ。人間の手でパーツを溶接するブレードでは、どうしてもズレが生じるが、YS BLADESにはそれがない。完璧な構造が選手の重心を1点でしっかり支えるため、氷との抵抗がなくなる。
さらに、グッと力を加えても、特殊鋼ならではの粘り強さで耐えられる。これらの要素が組み合わさって滑りが速くなるのではないか、と石川さんは考える。
「しかもこれ、ちゃんと自立するんですよ」と石川さんはブレードを机に立てて見せてくれた。こんなに細い刃でも、自立するとは。
■もう一人の開発者
実は、YS BLADES開発の立役者はもう一人いる。山一ハガネ元社員の六車英高さんだ。石川さんと六車さんが主となって開発に取り組んだものの、それは本業の片手間に行われていた。すきま時間や就業後の時間を利用した。
「六車はそれこそ睡眠時間を削ってやっていましたね。『俺はこれをなんとかするんだ』って」(石川さん)
メインの開発は石川さんが、外注や営業関係は六車さんが担当した。2013年に開発を始め、2018年にKOZUKA BLADESを発表するまで、5年の歳月をかけて取り組んだ。
情熱を燃やす2人に対して、社内からの反応は冷ややかだった。本業とは関りのないことに陰口を言う人もいれば、まったく興味を示さない人もいた。石川さんも「収益が出ていないことがすごくつらかった」と話す。それでも、2人はブレードの開発に熱中した。
「我々が普段つくっている金型って、自動車部品でもなく、それをつくるための型なので、完成品が見えないし、実感も湧きづらいんです。『図面通りにつくってください』って依頼が来て、その通りにつくる。でも、ブレードは形状も何でも全部自分たちでコントロールできるんですよ」(石川さん)
2人は、今まで経験したことのなかったクリエイティビティを発揮できるブレードづくりにやりがいを感じたのかもしれない。
石川さんには、マネージャーとして「工場の稼働率を上げる」という目標もあった。顧客からの依頼で製造する個数も納期も決まっている普段の商品と違い、自分たちのスケジュールで進められる自社商品という点も魅力だった。
YS BLADESの完成前に、六車さんは昔からの夢を叶えるため退職。辞める前に「死ぬに死に切れんから、あとはお願いしますね」と石川さんに託している。
「自社商品だから、別にいつでもやめられたんです。六車の想いがなかったらやめていたかもしれません」(石川さん)
■「木原選手を推そう」と考えたわけ
石川さんが大きな信頼を寄せていた六車さんは、早い段階から「木原選手を推そう」と話していたという。当時、一般的にほとんど知られていない選手だったにもかかわらず、なぜそう考えたのだろうか――。
ブレードを開発し始めた当初、販売店とのつながりもなく、2人はどうやって売ろうかと考えあぐねていた。
フィギュアスケートの選手たちがブレードを選ぶ際、コーチからの紹介やスポンサーとの契約などの複雑な事情が入り交じる。いきなり外部から参入するのはハードルが高く、特にトップ選手は難しい。
一方、当時はまだ無名だった木原選手にはそういったしがらみが少なかった。加えて、「めちゃくちゃ人柄がいいんですよ」と石川さんは言葉に熱を込める。木原選手はYS BLADESを使うようになってから、毎年必ず来社してくれるような律儀な人でもあった。
■2人そろっていなければ生まれなかった商品
木原選手の人柄から感じ取るものがあったのか、六車さんの直感はミラノオリンピックで日本人ペア史上初の金メダルという快挙となって返ってきた。今回の五輪後はまだ来社してはいないものの、「絶対に来てくれると思います」と石川さんは語気を強めた。
六車さんは退職後に夢を叶え、名古屋市内で珈琲店を開いた。石川さんは「彼の知識は本当にすごいんですよ」と、今でも六車さんを頼りにし、相談することもあるという。取材日も、「これから六車と一緒にメッキ工場に行くんです」と言うから驚いた。六車さんは仕事、プライベートは関係なく、今もYS BLADESを陰で支えているのだ。
六車さんは現在、自分の店でブレードを販売している。この2人がそろっていなければ、YS BLADESはこの世に誕生していなかったかもしれない。
■「他社だったらやらないレベル」の利益
YS BLADESは小塚選手や宇野選手らトップスケーターたちが使用したことで評判が広まり、手に取る人が徐々に増えていった。2022年からはスポーツ用品の販売店でも取り扱いが始まり、2025年には、全日本選手権に出場した男子選手の実に半数以上がYS BLADESを着用している。開発から10年あまりで、多くのトップ選手に使われるまでになったのだ。
しかし、YS BLADESの2025年度売上はわずか約1000万円。利益の方はというと、「赤字ではないけれど、他社だったら絶対にやらないレベル」だという。では、なぜ山一ハガネはYS BLADESをつくり続けているのだろうか。
山一ハガネがメインで製造している自動車向けの金型部品は、同じものの量産ではなく、多品目に及ぶ。一つひとつに図面があり、プログラムを打ち込み、一度機械を動かし始めると数日間占有してしまい、他のものがつくれない。そこで機械を増やしてできることが2倍に増えても、受注数がいきなり倍にはならないため、今度は稼働しない時間がどうしても発生する。ジレンマだった。
しかし、ブレードのように自分たちの都合で生産計画を組めるアイテムがあれば、機械が空いた時間を有効活用できる。
■社員がワクワクする環境をつくりたい
さらに、寺西社長には「(BtoBの)目に見えない仕事が多く、果たして当社の魅力は伝わるのだろうか?」という疑問もあった。
「私たちは大手自動車メーカー直系の仕事は少なく、大手自動車メーカーの下請けの会社に材料を納めている会社です。BtoCをやる意義は、自分たちの仕事が役に立ってるんだと実感できることです。やっぱり働いている社員がワクワクする環境づくりって大事だと思うんですよ」(寺西社長)
山一ハガネではYS BLADESだけではく、キャンプ用品の製造や3Dプリンタ事業などを展開している。変わった事業をやっていると社外の見る目が変わる。事実、人材不足が深刻化する昨今において、特に中小企業は採用に苦労しているなか、山一ハガネはあまり困っていないという。
YS BLADESは前述したように利益は非常に少ない。しかし、他社にはまねできないレベルだから、誰もやらないのだ。
採算面以外でも、他社が追随できない要因がある。山一ハガネは、調達から加工、測定、配送まで一貫して行える「ファクトリーモール」という強みがある。材料を自ら調達し、社内で加工できる機械と技術があるからこそYS BLADESが実現したのだ。
まさに、寺西社長が入社以来、周りから理解されなくても取り組んできたことが開花したと言えるだろう。
■「危機感」がブレード開発につながった
寺西社長をこれまで突き動かしてきたのは、山一ハガネに入社した時に感じた「付加価値のない商売はいつか廃れてしまう、世の中に必要とされる会社でなければ」という危機感だ。それ以来、どうしたら生き残っていけるか、社員が幸せに働けるかを考え続けてきた。
現在、自動車の金型市場は厳しい状況が続いている。YS BLADESなどの自社商品も手がけるが、「あくまでも既存の商売が一番大事」だと寺西社長は強調する。
寺西社長が山一ハガネに入社した当時は景気がよく、大手自動車メーカーの下請けの部品メーカーは、大手メーカーの業績に引き上げられるように右肩上がりだった。山一ハガネは大手と直接の取り引きが少なく、業績を上げる他社を見て、「正直羨ましかったですよ」とこぼす。
しかし現在、金型市場はどんどん縮小し、山一ハガネの周辺でも廃業やM&Aをする企業が増えてきた。指定されたものをつくっているだけでは、生き残りが厳しい時代になったのだ。
「金型市場はレッドオーシャンです。でも、レッドオーシャンで土台をしっかり固めた上にしかブルーオーシャンは成り立たないんですよ」(寺西社長)
あくまでも本業で基盤を築き、YS BLADESのような唯一無二のものづくりをする。寺西社長のこの方針は変わらない。
■人の役に立っているから、きっといいことがある
石川さんは「YS BLADES単体でもしっかり利益が出せるようにしたい」と意気込む。そのためには海外展開が必須だと考えている。国内ではすでに多くの選手が使用し、飽和してきているからだ。日本の人口減少も考えると、今後の伸びはあまり期待できない。山一ハガネでは海外の展示会に参加し、今後の展開を見すえている段階だ。
しかし、現在の生産能力は月に30足で、つくった分だけ売れている状況。海外進出を考えると、設備投資して増産する体制を整えなければいけない。寺西社長は本業とのバランスも考えつつ、投資のタイミングを検討している。
かつて、トップ選手たちが数週間ごとに交換せざるを得なかったブレードは、YS BLADESに替えることで2~3年使い続けられるようになった。当然購入の頻度は下がる。
「全然買い替えてくれないんでね。私たち、商売が下手なんですよ」と、寺西社長と石川さんは声をそろえて笑った。
「でもね、将来絶対にいいことがあるなって思いますよ。人の役に立ってますから」(寺西社長)
寺西社長は「アイミタガイです」とつぶやいた。「相身互い」とは、人が助け合い、それが巡り巡って元に返ってくるという意味だそうだ。人の役に立つ仕事が、いずれ山一ハガネに返ってくることだろう。
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中谷 秋絵(なかたに・あきえ)
インタビューライター
名古屋市在住。インドでの就業や事務職などを経て、2021年よりライターとして活動。経営者インタビューや地方創生、地域企業の挑戦をテーマに取材を重ねている。熱意を持って行動する人々の物語を発信し、社会をよりよくするヒントを届けることを目指す。インドダンスのパフォーマーとしても活動中。
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(インタビューライター 中谷 秋絵)

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