クレーマーにはどう対応したらいいのか。元JALのCAで『気づかいの神さま』(PHP研究所)を上梓した香山万由理さんは「CAたちは『申し訳ございません』という言葉を、2段階で使い分けている」という――。

■安易な「申し訳ございません」は要注意
クレームと聞くと、できれば避けたいものだと感じる方も多いと思います。
ですが実際には、クレームには必ず理由があります。そして、その理由を受け取らないまま「申し訳ございません」とだけ伝えてしまうと、かえって相手の感情を強めてしまうこともあります。
多くの人は、不満があっても飲み込みます。それでもあえて言葉にしているということは、それだけ強い思いがあるということです。
たとえば、機内で「少し眠ろう」と思っていた方が、近くの席の赤ちゃんの泣き声で眠れなかったとします。赤ちゃんが泣くのは自然なことだと、頭ではわかっている。それでも、やっと休めると思っていた時間が叶わなかったとき、人は感情の行き場を失います。
誰が悪いわけでもない。それでも生まれてしまった“不快な気持ち”が、クレームという形で表に出てくるのです。
■クレーマーの怒りを逆なでする謝り方
クレームを受けたとき、まず大切なのは、言いにくいことを伝えてくださったことへの受け止めです。思いを途中で遮らず、最後まで聞く。
その姿勢が、何よりも求められます。
そのうえで、多くの人がすぐに口にするのが「申し訳ございません」という言葉です。
もちろん、間違いではありません。ただ、この一言だけでは、何に対して謝っているのかが伝わらないことがあります。
ここが曖昧なままだと、相手には「とりあえず謝っているだけなのではないか」と受け取られてしまいます。その瞬間、怒りはおさまるどころか、むしろ強くなってしまうことがあるのです。
■2段階の「申し訳ございません」を使い分け
こうしたすれ違いを防ぐために、CAは謝罪を分けて考えています。まず向き合うのは、相手の“気持ち”です。
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」
これは、起きた出来事の如何ではなく、その人の中に生まれた“気持ち”に寄り添うための言葉です。
そのうえで、「詳しくお聞かせいただけますか」と状況を丁寧に伺い、こちらに改善すべき点があれば、改めて“事実”に対してお詫びをします。
つまり、
・ 気持ちへの謝罪

・ 事実への謝罪
この順番で向き合うことが大切なのです。
さらに、「貴重なご意見をありがとうございます」と感謝の言葉を添えることで、相手は「きちんと受け止めてもらえた」と感じるようになります。
人は、自分の気持ちが理解されたと感じたとき、自然と落ち着いていくものです。
■クレーマーを一瞬で笑顔にする伝説のCA
私がCA時代に出会った先輩に、どんなクレームでも不思議と場を落ち着かせてしまう方がいました。
強い口調でお怒りになっているお客様に、その先輩が対応に入ると、少しずつ表情をゆるめ、最後には穏やかに会話をされるようになるのです。
どうしたらお客様のお気持ちを穏やかにすることができるのだろうと気になり、あるとき、そのやり取りを間近で見させてもらいました。
先輩はまず、お客様の前で腰を落とし、静かに目線を下げ、「大変申し訳ございません」とお伝えしました。そしてすぐに、こう続けました。
「言いづらいことをお伝えくださり、ありがとうございます。お客様のお話を詳しくお聞かせいただけますか」
特別な言葉ではありません。けれど、そのひと言と姿勢に、「あなたを受け止めています」という意思がはっきりと表れていました。
■クレーマーが「ありがとう」と言ったワケ
その言葉を受けた瞬間、お客様の表情がふっとゆるみました。張りつめていた空気がほどけ、「いや、そこまでのことじゃないから」と、少し照れたように話し始められたのです。つい先ほどまで、強い口調で感情をぶつけていた方とは、まるで別人のようでした。

先輩はその後も、言葉をさえぎることなく、静かに耳を傾け続けます。必要なことには丁寧にお詫びをしながら、最後まで寄り添う姿勢を崩しませんでした。
やがて、お客様はすべてを話し終えたあと、ふっと力を抜いたように、こう言われました
「ありがとう」
あれほど強く張りつめていた感情が、言葉ごとやわらぐ瞬間。それは、対応のうまさというよりも、「受け止めてもらえた」という安心から生まれたものだったのだと思います。
クレーム対応は、言葉の巧みさだけで成り立つものではありません。どのような姿勢で向き合っているか——その在り方は、想像以上に相手に伝わるものです。
■「分かってほしい」気持ちを受け止める
クレーム対応で、最も大切なことは何か。それは、最後まで話を聞くことです。人は、話している途中で遮られた瞬間に、「まだ伝わっていない」と感じます。
怒りの奥には、必ず理由があります。不安や不満、あるいは「分かってほしい」という思いが、形を変えて表に出ているのです。だからこそ、まずは途中で遮らず、否定せず、その人の言葉を最後まで受け止めること。

ときには、同じ話を何度も繰り返されることもあります。けれど、その一つひとつが、その人にとってはまだ終わっていない感情です。それを受け止めきったとき、人の中に、ふっと力が抜ける瞬間が訪れます。そのタイミングで初めて、提案や解決策は意味を持ちます。
クレーム対応とは、問題を処理することではありません。目の前の人の感情と向き合い、関係を整えていくことです。
そしてそれは、特別な場面だけの話ではありません。日常の会話の中でも、相手の話を最後まで聞けているか。途中で自分の正しさを優先していないか。
人は、「大切に扱われた」と感じたとき、心を開きます。その場の言葉ではなく、日々どのように向き合っているか。その積み重ねが、相手の中に静かに残り、やがて、思いがけない場面で返ってくるものです。


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香山 万由理(かやま・まゆり)

人材育成コンサルタント

立教大学卒業。JAL(日本航空)に入社。国際線CA(キャビンアテンダント)として10年半乗務。在籍中にCS(顧客満足)表彰を受け、皇室・VIPフライトに乗務。退職後「品性と人間力を備えた人材を育てる学校」として、研修コンサルティング法人「一般社団法人ファーストクラスアカデミー」を設立。官公庁、医療機関、企業などで、2万人以上に研修を行い、リピート率97.2%を誇る。「接遇力」と「業績」を同時に成長させ、会社の格を上げる組織作りをサポート。JCAA(日本キャビンアテンダント協会)理事を兼任し、航空会社出身者のセカンドキャリア構築支援に従事する。また、高野山真言宗の僧侶としての顔も持ち、研修では仏教哲学も伝えている。

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(人材育成コンサルタント 香山 万由理 構成=力武亜矢)
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