今年1月、国内最大の違法スカウトグループ「ナチュラル」のトップ、小畑寛昭容疑者(41)が逮捕された。だが、組織は弱体化することなく今も活動を続けている。
なぜか。『捕食 欲望をカネに変えるトクリュウ型犯罪集団「ナチュラル」の闇』(講談社)を書いた清水將裕さんは「取材の中で社会の空気の変化を感じた」という。編集部が聞いた――。
■「昼の人材紹介業と何が違うのか」
前編から続く)
ナチュラルのメンバーたちは組織を「会社」と呼び、自分たちの仕事を犯罪だとはあまり思っていない。清水さん自身、取材を重ねるうちにある認識に至ったという。
「やっていることは人材紹介業なんですよ。昼の世界でやっている人材紹介やヘッドハンティングと、やっていること自体はそう変わらない。それを夜の世界でやっている。ただ、やっかいな人間も絡んでくるので、暴力を使う場面もあればカネで解決する場面もある。もちろん法的には違法です。でも、これが絶対悪かと問われると、そうとも言い切れないところがある」
風俗店は女性を必要としている。女性の側にも、短期間で高収入を得たいというニーズがある。
その間を取り持つ存在がなければ、業界は回らない。清水さんはそう見ている。
「全部なくせば解決かというと、そうじゃない。結局、次のナチュラルが出てくるだけ。警察だけに責任を負わせるのも酷で、もっと上のレベルで、政府や行政機関も含めて、この問題を社会全体で考える必要があると思います」
■「捕食」される女性の本音
書名の「捕食」には、清水さんのこんな認識が込められている。
「若者も捕食されている。書籍に登場するナチュラルのスカウト『佐伯』(偽名)も、組織から見れば捕食された側です。でも彼自身も女性を捕食している。連鎖しているんです」
書籍では、スカウトを介して風俗業界に入った複数の女性が登場する。歯科衛生士だったアリサ(源氏名)は、専門学校時代の友人に誘われて歌舞伎町のホストクラブに足を踏み入れた。担当ホストに入れ込み、月に100万円を超える額を使うようになった。歯科衛生士の給料では到底足りず、消費者金融から借金を重ねた。

借金が膨らんだアリサに友人が紹介したのが、ナチュラルのスカウトだった。スカウトはアリサに都内のデリヘルを紹介した。だが、そこではホストの要求に応えられず、彼女はスカウトに「もっと稼げる仕事ないかな」と相談。最終的に九州のソープランドを選んだ。「出稼ぎ」という形で、短期間に高額を稼ぐことを決めた。アリサは歯科衛生士を辞め、都内と九州を行き来する風俗一本の生活に入った。
■若者たちにとっては“合理的”
もう一人、デリヘル嬢のミレイ(源氏名、24歳)は、大学をやめた後にスカウトの紹介で業界に入った。月収は200万円を超える月もあるが、稼いだ金のほとんどを美容整形に注ぎ込んでいる。豊胸手術から顔の施術まで、総額は数百万円。クリニックはすべてスカウトの紹介だ。
清水さんが取材した風俗嬢に共通していたのは、生活のあらゆる局面をスカウトに頼るという習慣だった。美容整形の予約、店の相談、借金の対応。
スカウトは何でも知っていて、すぐに動いてくれる。その依存関係が、結果として女性を業界に縛りつけている。
「捕食されている意識は、本人にはほとんどないんです。昔より風俗のハードルは確実に下がっていて、『こんな人が?』という人が普通に入ってくる。彼女たちもある意味、合理的にその世界を選んでいる。ただ、彼・彼女らの合理性そのものが歪んでいるのかもしれない」
■現職警官すら取り込まれた
ナチュラルの組織防衛は、警察の内部にまで及んでいた。
2025年11月、警視庁暴力団対策課の現職警部補がナチュラルに捜査情報を漏洩していたとして逮捕された。自宅からは現金約900万円が見つかっている。
「ヤクザでも最近ここまでの話はない。警察官を取り込んで情報を抜くなんて、組織防衛のためなら本当に何でもやる。そのバイタリティには驚きました」(清水さん)
書籍によれば、ナチュラルの闇アプリには警察官の顔写真や行動パターンが共有され、新宿署管内の警察官シフトまで把握されていた形跡がある。メンバーが摘発された場合の対処マニュアルも整備されており、弁護士への即時連絡フロー、取り調べでの応答要領まで定められていた。

一方、警察側の動きは遅かった。2020年の歌舞伎町乱闘事件で会長を逮捕した際も、20日余りの勾留で釈放している。ナチュラルに対する本格的な捜査体制が組まれたのは、2023年以降のことだ。
■取材当初は「マニアック」と見られていた
「NHKに入りたいというよりは、記者になりたくてたまたまNHKだった、という入り方なんです。組織にはよくしていただきましたし、大きな不満があったわけではない。ただ、あと10年いるとすると、取材現場からは離れて会社のために働くポジションに就くことになる。それにはあまり刺激を感じなかった」
組織内部での管理的な業務を打診され始めていた時期と、テレビ業界の変化を肌で感じていた時期が重なった。外部からの仕事の依頼も増えていた。
「私がNHK時代から感じていたのは、日本の既存メディアはノンフィクションとフィクションを厳密に分けすぎるということ。それは、ある意味でいいことでもありますが。もちろん、ファクトを浮き彫りにする緻密な取材が重要なのは当然なんですが、表現方法はもっといろんな形があっていい。
海外のジャーナリストからは『最終的に誰に届けたいんだ。
届けることが目的じゃないのか』とよく言われていました。掘り起こした事実をどう伝えるのか、我々も進化する必要があると思うようになりました」
捕食』は、最初から映像化を視野に入れて取材・執筆された。ノンフィクションの書籍として世に出し、さらにそれを元にドラマや映画を制作して、本を読まない層にも届ける。独立後最初の書籍で、これまで抱いていた思いを形にした格好だ。
ナチュラルの取材はNHK時代から少しずつ始めていた。だが当時、周囲の反応は薄かったという。
「マニアックな組織を追いかけているなという目で見られていましたね。警察にナチュラルの話をしても、詳しく知らない人が多かったぐらいです。ただ、誰も触っていないからこそやりたかった。いずれ世の中で大きな問題になるだろうという予感はあったんです」
独立後、最初に発表したのが2025年3月のフライデーの記事だった。その後、2025年11月に警察官の逮捕、2026年1月にトップの逮捕と事態は動き、ナチュラルの名は一気に広く知られることになった。
■犯罪は社会の最先端を映す
ナチュラルの取材を通じて見えてきたのは何か。
最後にそう問うと、清水さんはこう答えた。
「犯罪は世の中の最先端を表すんですよ。ツールもそうだし、稼ぎ方もそうだし、法の網をくぐる知恵もそう。常に法律の方が後追いになる。だから犯罪を取材していると、社会の空気の変化が一番よく見える」
「ナチュラルを攻撃するつもりで書いたわけじゃないんです。こういうものを社会が生み出しているという現状や背景を描きたかった。ナチュラルだけを潰しても、次が出てくる。なぜこれが生まれているのかを、もうちょっと社会全体で考えた方がいいのでは」
出来高制、完全歩合、暴力の外注、現金主義。ナチュラルの手法はどこまでも合理的だ。そしてそこに集まる若者たちもまた、自分なりの合理性でこの世界を選んでいる。かつて就職すれば安泰と言われた有名企業の内定を蹴ってでも。
その合理性が成り立ってしまう社会の側に、問題の根がある。

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清水 將裕(しみず・まさひろ)

元NHK社会部記者

1973年生まれ、長野県出身。北海道大学文学部哲学科卒業後、1999年NHK入局。報道局社会部で警視庁キャップ、社会部副部長、「おはよう日本」編集責任者を務めた。NHKスペシャル「ひとり団地の一室で」「職業“詐欺”」「未解決事件」シリーズ、事件の涙「たどりついたバス停で」などの取材・制作に携わる。2024年10月独立。著書に『捕食 欲望をカネに変えるトクリュウ型犯罪集団「ナチュラル」の闇』(講談社)。

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(元NHK社会部記者 清水 將裕)
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