いま代官山に変化が起きている。トレンドの発信地という印象が根強い一方で、ここ数年では駅前で空きテナントが目立つなど、街の変化が話題になっている。
現在の代官山はどうなっているのか。街歩きライターの杉浦圭がリポートする――。(前編/全2回)
■代官山は本当に「ガラガラ」なのか
「代官山がガラガラになっている……」。そんな声がSNSやYouTubeで広まり始めたのは、2023年頃のことだ。駅前に空きテナントが目立ち、ファッション関連の店舗が次々と姿を消していると話題になり、関連する投稿や動画が拡散された。
「かつてトレンドの発信地として名を馳せた街に、何が起きているか?」。そうした関心がじわじわと広がり、ついには「廃墟化している」という刺激的な言葉も飛び交った。
あれから約3年。実際に街を歩いてみると、答えは「イエス」でも「ノー」でもなかった。代官山で起きていることは、街全体の衰退ではない。にぎわいが駅前から離れ、特定の施設へと集約されるという「構造的な変質」だ。
■代官山の“変質”を象徴する駅前施設
2月中旬、土曜日の昼頃に現地を訪れた。

人通りが途切れない。駅徒歩5分圏内のカフェなども、ほとんどの席が埋まっている。2023年に話題になったような“ガラガラな代官山”とは言えない状況だ。
ところが、駅前にあるにもかかわらず際立って客足の少ない施設があった。2023年に開業した複合施設「フォレストゲート代官山」だ。賃貸住宅・シェアオフィス・商業施設を一体的に組み合わせ、コロナ禍後の再開発プロジェクトとして注目を集めた施設だ。
植栽が随所に配され、入り組んだ路地のような導線。「都会のオアシス」を体現したような空間だ。しかし、実際に歩き回ってみると、同じ駅前の施設と比べて客足は明らかにまばらだった。
■駅前の施設なのに、なぜ人が集まらないのか
この施設の問題は三つに集約できる。
➀「誰のための施設か」がぼやけている
来街者の顔ぶれを観察すると、犬を連れた人や子ども連れのファミリーが目立つ一方、かつての代官山らしいカップルやファッション感度の高い若者の姿は少ない。ペット同伴可の店舗が多く、開放的なつくりのカフェや飲食店が並ぶ。
地域に根ざした施設としての姿勢は伝わるが、裏を返せば「近隣住民のための場所」という色が強く、代官山に憧れて訪れる人たちを引き寄せる求心力には乏しい。
②構造とテナントが“回遊しにくさ”を生んでいる
路地のような動線は魅力的に見えるが、初めて訪れる人には「どこに何があるのかわからない」という心理的なハードルにもなりうる。2階フロアに目を向けると、クリニックやフィットネスジムといった目的来店型のテナントが中心で、商業施設というより、オフィスビルに近い雰囲気が漂っていた。
加えて、広域から車で訪れる客を受け入れるための駐車場は閑散としており、確認できた駐車台数はわずか2台。都心部とはいえ、近隣の大型商業施設と競うにはあまりに心細い数字だ。
■「誰のための施設なのか」がよく分からない
③価格帯のちぐはぐさ
施設内では2000円前後のランチを出すカジュアルな店と、4000円台のビュッフェが同居している。そのビュッフェ店はランチのピーク帯(11~13時)にもかかわらず、客は2~3組にとどまっていた。対照的に、ブルーボトルコーヒーは満席に近い状態。「ここで休憩したい」「作業したい」という明確な目的を持つ客はチェーン店に集まるが、そのにぎわいが施設全体の回遊には結びついていない。
歩いて感じたことは、この施設が住民向けなのか、外からの来街者向けなのか、その立ち位置が定まっていないことだ。駅前の旗艦施設として街を牽引するには、もう一段、明確なコンセプトが必要なのではないか。そんな違和感を覚えた。

■駅周辺に点在する“空きテナント”
フォレストゲートへの違和感を抱えたまま、駅周辺をさらに歩いた。
シャッターが下りたままの店舗、「テナント募集」の紙が貼られた窓――。2023年頃に話題となった「代官山ガラガラ問題」は、完全には解消されていないようだ。例えば、駅の東口から徒歩2分ほどの場所にあるテナントビルは、空室だった。1階から5階まですべて事務所・店舗として募集がかかっていた(2026年3月現在)。
このテナントビルは2021年から2023年まで無料のPCR検査会場として利用されており、それ以前は編み物教室やレンタルスペースが入っていたようだ。
そのまま駅東口側の恵比寿方面に進むと、人通りがないわけではない。ただ、往来があるのは「代官山に用事がある人」ではなく、別の目的地へ向かう途中の人が大半という印象だ。
一方、駅から少し離れた細い路地に入ると、今も営業を続ける雑貨店やセレクトショップがひっそりと存在感を放っており、立ち止まって店頭を眺める人の姿もあった。かつて代官山で流行した散策の楽しさは、まだ完全には消えていない。
しかし、駅へと戻るにつれ、その雰囲気は薄れていく。路地の奥ほど見どころがある一方、もっとも利便性が高いはずの駅前にこそ、空きテナントが集まっている。
この逆転現象こそが、代官山の変質を象徴している。
■なぜ駅前が空くのか
駅前に空きテナントが目立つ理由は、一朝一夕に生まれたものではない。代官山という街の歴史を時系列で追っていくと、その構造的な原因が浮かび上がってくる。
90年代:「代官山で買う」ことに意味があった
1990年代、代官山の人気を支えていたのはファッションだった。『東京ウォーカー』1998年8月25日号の人気タウンランキングによれば、「よく買い物に行くタウン」で8位、「住んでみたいタウン」で9位、総合でも13位にランクインしている。
国内発のアメカジセレクトショップ「ハリウッドランチマーケット」をはじめ、感度の高いブランドが軒を連ね、同誌の紹介文にも「街路地にセンスのいいショップが点在」「雑貨屋めぐりにいい街」と記されている。
当時の代官山には、「ここでしか買えない」という特別な価値があった。代官山に足を運ぶこと自体が、一種のステータスだったのだ。
■地価は10年で約2倍に
00年代:「食の街」へのシフトに乗り遅れた
2000年代に入ると、街の人気を左右する軸が「ファッション」から「食」へと移行した。インターネットの普及によって「わざわざ足を運ぶ価値」はリアルな体験、なかでも外食に集中するようになった。(参考:『東京ウォーカー CLASSIC 2000’s』KADOKAWA、2018年)。
この時代に注目を集めたのは、中目黒・恵比寿・三軒茶屋といった街だ。
代官山はファッションの街として名を馳せた一方、「食の街」としての印象を確立するには至らなかった。
現在:ECと家賃高騰が追い打ちをかける
そして現在、状況はさらに厳しい。ECの急速な普及により、アパレルをはじめとする物販需要はオンラインへと流出し続けている。全国から人を呼び込めるような旗艦店も多いとは言えず、代官山を目的地として選ぶ積極的な理由が薄れている。
加えて、地価・家賃の上昇が重くのしかかる。国土交通省が毎年公表している公示地価によると、代官山駅周辺の平均は2015年の165.7万円から2025年には326.7万円と、約2倍に跳ね上がった。客単価の低い雑貨店が撤退を余儀なくされたのは必然と言える。
■「便利になった」はずが、素通りされる街に
見落とせないのが、鉄道ネットワークの変化だ。
2013年、東急東横線は東京メトロ副都心線との相互直通運転を開始し、路線全体の利便性は飛躍的に向上した。すでに直通していたみなとみらい線に加え、西武池袋線・東武東上線とも繋がった。しかし、代官山駅に停車するのは各駅停車のみで、急行・特急は通過する。
乗降者数の推移を見ると、この構図がくっきり浮かんでくる。

直通開始から10年以上が経過した今も、乗降者数はピーク時を約12%下回ったまま回復していない。路線が便利になったことで、乗客は代官山を「降りる駅」ではなく「通過する駅」として捉えるようになった可能性がある。「ここでしか買えない」という特異点を失った代官山は、わざわざ降りる理由もまた、失いつつあるのだ。
■次々と消えていった「代官山らしい店」
こうした街の変化もあってか、かつてあった「代官山らしい店」も次々と姿を消していった。
たとえば、1987年のブランド誕生以来、10~20代の女性を中心に絶大な支持を集めたレトロポップな雑貨店「SWIMMER(スイマー)」は2014年に代官山本店が閉店。その姉妹ブランドである「chocoholic(チョコホリック)」に併設されていた「chocoholic cafe」も同年2014に閉店し、「chocoholic」の代官山本店も2016年に閉店している(その後、2018年にはどちらのブランドも終了し、全店閉店)。
また、可愛らしいピンク色の外観が目を引いた300円均一雑貨店「CouCou(クゥクゥ)」の代官山本店(2005年開業)も、2016年にひっそりと店を閉じた。さらに、1994年に開業し、国内外の優れたデザインを集めて洗練されたライフスタイルを提案し続けたインテリア雑貨店「ASSEMBLAGE(アッサンブラージュ)」も、2020年に代官山にあった実店舗の営業を終了している。
これらはみな、かつてメディアが「雑貨屋めぐりにいい街」と評した代官山の魅力を象徴する店舗だった。ECの台頭によって「わざわざ実店舗で雑貨を買う」という動機が薄れたことに加え、高騰し続ける家賃が重荷となり、客単価の低い雑貨店は撤退を余儀なくされたのだろう。こうして代官山は、街の個性を形作っていたピースを少しずつ失っていったのである。
■にぎわいは「駅前」から「目的地」に移った
では、代官山に人がいないかといえば、まったく違う。駅から離れたエリアに目を向けると、対照的な光景が広がっていた。
この日、もっとも活況を呈していたのが「代官山T-SITE」だった。蔦屋書店を核に、スターバックスやシェアラウンジ、複数の飲食店が集まるこの施設は、駐車場がほぼ満車状態。若者や外国人の姿が目立ち、飲食店もほぼ満席だった。
代官山T-SITEの駐車場。土曜日の14時頃に訪れたが、駐車場はほぼ満車。施設内も人であふれかえっており、ランチの時間帯を過ぎていたのに飲食店は満席でお店にならんでいる人も少なくなかった
代官山T-SITEがこれだけの人を集める理由は、「ここに来る理由」の明確さに尽きる。これは冒頭で示したフォレストゲート代官山と決定的な差だ。
ここには、蔦屋書店という唯一無二のコンテンツ、洗練された空間、そして「代官山T-SITEに行く」という体験そのものが目的になっている。かつて代官山全体が持っていたものを、この施設が一手に担っているようにも見えた。
■「散策」の受け皿となったログロード代官山
駅の北側に、もうひとつのにぎわいスポットがある。かつて東横線の電車が走っていた線路跡地を活用した「ログロード代官山」には街歩きを楽しむ人の姿が多かった。
豊かな緑に囲まれた細長い敷地に飲食店やアパレルショップが連なり、恵比寿や渋谷方面から徒歩でたどり着く人の姿もあった。代官山が長年培ってきた「散策の街」としての魅力を、ログロードが担っているように見えた。
■にぎわいの周縁化が起きている
街を俯瞰すると、興味深い構造が見えてくる。恵比寿や渋谷方面から歩いてきた来街者は、ログロードやT-SITEで時間を過ごし、そのまま満足して帰路につく。駅前まで戻る前に、代官山での時間が完結してしまう。
街歩きの目的地としては機能しているのに、その消費が駅前にまで届いていないとすれば、商業的な恩恵が循環しにくい構造になっているのかもしれない。
「代官山がガラガラ」という言葉は、ある意味で正しく、ある意味で正しくない。街全体が廃れているのではない。にぎわいの重心が駅前という本来もっとも活気があるべき場所から、周辺部にある目的地となりうる施設へと移動しているのだ。
駅前の空きテナントは、その変化をひっそりと物語っている。地価が10年で2倍になり、ECに物販需要を奪われ、急行も停まらない駅前に、かつてのような求心力を取り戻すことは容易ではない。

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杉浦 圭(すぎうら・けい)

街歩きライター

街歩きを趣味とし、全国各地を巡り歩いてその街ならではの魅力を発見することをライフワークとする。旅行メディアでライターとしても活動し、旅行者の視点を交えながら、街の魅力を多角的に伝えている。東洋経済オンラインや、現代ビジネス、ジモコロなどに寄稿している。

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(街歩きライター 杉浦 圭)
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