ラーメンの魅力を引き立てる具材は何か。ラーメンライターの井手隊長さんは「一瞬で視覚的に『懐かしさ』『安心感』『昔ながら』といった文脈を呼び起こすひとつの象徴としての力を持つ具材がある」という――。

※本稿は、井手隊長『ラーメンビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■味玉は店主の個性を映す鏡
味玉は、ラーメンのトッピングにおいては極めて特異な存在である。味玉は「卵」という普遍的で安価な素材を出発点としながら、店主の個性を映し出す鏡のような存在だ。「つけめんTETSU」創業者の小宮一哲さんは「チャーシューよりも味玉の方が店主の顔が見える」と語る。
もともとラーメンの標準形に必ずしも含まれていたわけではなく、多くの店で「有料トッピング」として用意されるに過ぎなかった。
しかし近年では、味玉ラーメンや味玉つけ麺が当然のように人気商品として並ぶほど、その存在感を拡大している。実際、チャーシューよりも注文率が高く、いちばん人気のトッピングとして扱われている店も多いと聞く。
その背景には、調理の幅広さがある。半熟か固茹でか、醤油か塩か、それとも独自の漬け込み液か。卵というシンプルな素材に対し、調理の温度・時間・漬け込み方のわずかな差異が、仕上がりに変化を与える。
しかも、卵は水温や茹でる数によっても仕上がりが左右されやすく、安定的に半熟卵を仕上げるには経験と細心の管理が不可欠だ。味玉は、店主の探究心や精密な技術が問われる「小さな芸術作品」だといえよう。

さらに、経営の観点からも味玉は独特の立ち位置を占める。チャーシューのように原価が重くのしかかることはなく、1個100円から150円程度で提供可能な、店にとってもお客さんにとっても「ちょうどいい」トッピングである。
■極めて情報量が少ないのに信頼される存在
原価が安いのでトッピングの「コスパの王様」と言われてきたその一方で、近年では鳥インフルエンザや市場の変動によって価格が急騰することがあり、経営者は値付けに頭を悩ませる。
私が常々思っているのは、味玉の「情報の少なさ」である。チャーシューであれば、そのビジュアルや肉質からある程度の味が想像できるが、卵は白身に覆われ、断面を見せるまで個性が見えにくい。
写真から品質を判断することは難しく、実際に食べてみるまでその店の「味玉の哲学」は見えてこない。にもかかわらず、お客さんはラーメン店の味玉を信頼し、進んで注文する。
この点に、味玉が持つ「謎の人気」の根源があるといえる。
ラーメンに半熟煮卵をはじめてトッピングしたのは東京・葛西にある「ちばき屋」だ。和食の料理人を長く務めた店主の千葉憲二さんは、ラーメンにのせる卵に悩んでいた。当時ラーメンに乗っていたのはゆで卵、もしくは味玉でも固茹でのものばかりだった。
だが、黄身がボロっと崩れてスープが濁るのが嫌だと黄身を羊羹状にし、程よい塩梅の醤油とダシに一晩漬け込んだ。

当時味玉にこんなにも手間をかける店はどこにもなかった。その後、「ちばき屋」は“半熟煮卵の元祖”として脚光を浴び、雑誌にレシピを全公開したこともあった。ここからラーメン店の味玉といえば半熟卵がスタンダードになっていった。
総じて、味玉は具材としては素朴でありながら、調理の難しさ、経営上の計算が複雑に絡み合った不思議なトッピングである。見た目で差異が見えにくい中でも勝ち得た「謎の人気」は、顧客がそれぞれの味玉に店主の哲学を感じたからに他ならない。
■ナルトが担う記号性
ラーメンのトッピングとしての「ナルト」は、味覚的な価値よりもむしろ視覚的な役割に重きがおかれている。チャーシューや味玉のように食べ応えや旨味の補強を目的とした存在とは異なり、ナルトが担うのは一種の「記号性」である。
器の中に白とピンクの渦巻きが添えられているだけで、人は無意識に「昔ながらの中華そば」を想起する。味や栄養価とは無関係に、ひとつの象徴としての力を持っているのだ。
この記号性は、現代においてむしろ強まりつつある。SNSで写真が拡散される時代において、ナルトはアイコン的な効果を発揮する。醤油ラーメンにナルトが浮かんでいれば、一瞬で視覚的に「懐かしさ」「安心感」「昔ながら」といった文脈を呼び起こす。

だからこそ、塩や味噌といったカテゴリーのラーメンにはあまり用いられず、あくまで「中華そば」を印象づけるための限定的な演出として機能するのである。
興味深いのは、それが極めて低コストで実現できるという点だ。一本120~150円程度で仕入れられるナルトを薄く切れば一枚あたり3~4円。このわずかなコストで、お客さんに対する印象を劇的に変えられる。
小宮一哲さんは「投資対効果として考えても、これほど効率のいいトッピングは少ない」と断言する。
■普遍性を体現する存在
以前、旅行でハワイに行った時にラーメンが食べたくなり、とある味噌ラーメンのお店に入った。その味噌ラーメンにはナルトが浮かんでいて、大きな違和感を覚えた記憶がある。「ハワイの人からすると、日本のラーメンには『ナルト』が浮かんでいるイメージなんだ」と感じた。
日本人からするとナルト=醤油の中華そば、というのは暗黙の理解だが、海外においてはそこまでは伝わっていなかったのだろう。
ナルトは決して主役になることはない。しかしその非主役性こそが存在理由であり、他の具材やスープの味わいを損なうことなく、「これは中華そばである」というアイデンティティを明快に示す。
ラーメンが多様化し、進化を遂げる時代にあって、ナルトは逆に普遍性を体現する存在ともいえるだろう。
味よりも印象を残すためにあるナルトの役割は、まさにそこに尽きるのだ。

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井手隊長(いでたいちょう)

ラーメンライター、ミュージシャン

全国47都道府県のラーメンを食べ歩くラーメンライター、株式会社フライヤー執行役員、flier公式チャンネル総合プロデューサー。「東洋経済オンライン」「プレジデントオンライン」「AERA DIGITAL」等の連載のほか、メディア出演、ラーメンの商品監修など多方面で活躍中。ラーメンの「1000円の壁」問題や「町中華の衰退事情」「個人店の事業承継」など、ラーメン業界をめぐる現状を精力的に取材。テレビ・ネット番組への出演は「羽鳥慎一モーニングショー」「ABEMA的ニュースショー」「熱狂マニアさん!」「5時に夢中!」「サクサクヒムヒム ☆推しの降る夜」など多数。東洋経済オンラインアワード2024にて「ソーシャルインパクト賞」を受賞。著書に『できる人だけが知っている「ここだけの話」を聞く技術』(秀和システム)、『ラーメン一杯いくらが正解なのか』(ハヤカワ新書)、『天下一品 無限の熱狂が生まれる仕掛け』(日本実業出版社)がある。

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(ラーメンライター、ミュージシャン 井手隊長)
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