商品やサービスの売上を伸ばすために、何を変えればいいのか。デロイトトーマツベンチャーサポート M&Aアドバイザリーリーダーの粂田将伸さんは「顧客は金銭的なコストだけでなく、手間や時間のコストも削減できることを求めている。
価格が高くても価値がさらに高ければプレミアム感が生まれる。お値段以上を作ることがビジネス成功の鍵だ」という――。
※本稿は、粂田将伸『起業の方程式』(技術評論社)の一部を再編集したものです。
■お値段以上を生み出す
新規顧客を獲得するために、いくらまでなら費用をかけることができるのでしょうか?
これを考えるのに、ユニットエコノミクスという概念があります。ユニットエコノミクスは、1ユニット(例:1顧客、1注文)単位の収益と顧客獲得コストを比較し、1顧客あたりの採算性を測る指標です。典型的には、以下の計算式で健全性を判定します。
ユニットエコノミクス=LTV(顧客生涯価値)÷CAC(顧客獲得単価)

LTV>CAC→顧客生涯価値が顧客獲得コストを上回る
LTV
LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)とは、1社(1人)の顧客が、取引を始めてから終わるまでの期間内にどれだけの価値をもたらすかを算出したものです。以下の式で表すことができます。
LTV=平均購買単価×平均購買頻度×平均継続期間
●【例】平均購買単価=5万円、平均購買頻度=年2回、平均継続期間=2年の場合

LTV=5万円×2回×2年=20万円
SaaSビジネスの場合、LTVは以下の計算式でも求められます。
LTV=ARPU÷解約率(Customer Churn Rate)
ARPUとは、Average Revenue Per Userの略で、1顧客あたり平均売上を示した指標です。粗利で見るケースなどがありますが、ここではシンプルに売上とします。サービスを始めてまだ数年も経たないうちは、解約率(Customer Churn Rate)は年単位で出せないので、月単位で算出します。

解約率=当月の解約顧客数÷当月末時点の契約顧客数×100
【例】当月の解約顧客数=5社、当月末時点の契約顧客数=100社

解約率=5÷100×100=5%
ARPUが月1万円とすると、LTVは以下のとおりです。
LTV=1万円÷5%=20万円
なお、この計算は「顧客が均一に解約し続ける」という仮定に基づく売上ベースのLTVモデルです。実務では、粗利や営業利益を考慮したり、顧客の解約率を保守的に見たり、現在価値に割り引いたりすることなどを検討するケースもあります。
■一生に一度きりしかない消費も紹介や口コミに
CAC
CAC(Customer Acquisition Cost:顧客獲得コスト)は、以下の計算式で求められます。
CAC=顧客獲得に要した全費用÷新規顧客の獲得数
CACには、広告費や代理店販売手数料、営業の給与、間接費などといった「販売管理費」が含まれます。CACと似た指標にCPA(Cost Per Acquisition)がありますが、CACが顧客獲得に要した「全」費用であるのに対し、CPAは広告など直接的な費用をもとに算出されています。
たとえば、LTVが20万円、CACが5万円の場合、ユニットエコノミクスは
20万円÷5万円=4
となります。
一般的には、売上・粗利ベースのLTVにおけるユニットエコノミクス(LTV÷CAC)は3以上を目安にしていることが多いです。とはいえ、粗利率の高低などによっても変わってくるため、絶対的な数字ではありません。
住宅販売やリフォームなど、10年から30年に1回しか購入しないような業界は、LTVの概念にそぐわないともいえます。ただ、そういった業界こそ、LTVと一度買っていただいた後の顧客との関係を考えることが、他社との違いを生み出すことにつながります。
たとえば、OKUTAのLOHAS CLUBは、リフォーム後も年会費内で、キッチン、トイレ、風呂掃除、エアコン掃除などを提供したり、会員向けに自宅の小さな補修などを実質無償でサービスするなどの方法(各種条件あり)で、顧客との接点をつくり続けています。

一生に一度きりしかない消費も、その後のお客様との接点をとり続けることで、紹介や口コミなどにつながる可能性があります。
大企業では新規事業に複数年に及ぶ大きな赤字を許容しにくい中、スタートアップはユニットエコノミクスが見えており、エクイティによる調達ができれば、大きな赤字が続くことを前提にリスクをとって挑戦することもできます。
1年単位で利益を最大化するP/L思考ではなく、将来の利益を最大化するユニットエコノミクス思考の経営をおこなうことが、競争優位を生み出す源泉の1つになります。
■お値段以上の方程式
ユニットエコノミクスを最大化するには、LTVを増やしつつ、CACを減らす必要があります。
では、CACを減らしながら、同時にLTVを増やすにはどうすればいいのでしょうか?
そのためには、「お値段以上」を生み出す必要があります。お値段以上を方程式にすると以下のようになります。
お値段以上=価値>コスト
お値段以上を生み出すには、まず価値とコストを理解する必要があります。
価値とは
価値とは、人がモノやサービスから得る便益(ベネフィット)のことです。大きく次の3つの側面があります。
1 機能的価値(役立ち)

2 経済価値(損得)

3 体験価値(感情)
1 機能的価値
「便利」「早い」「正確」など、効率性や利便性、実用性に関するものです。
【例】

●クラウド会計ソフト→自動化による記帳時間の削減

●オンライン教育サービス→忙しい経営者でも隙間時間に学べる
2 経済的価値
コスト削減や収益向上、時間節約、お得感など、数字で測れる、得につながるものです。
人は、過去の購入価格、相場、代替手段の価格などといった「参照価格」と比較し、損得を判断しています。
価格が高くても「投資対効果(コストパフォーマンス)」が高いと判断されれば、選ばれる理由になります。
【例】

●業務自動化ツール→月額3万円で人件費10万円分を削減

●コンサルティングサービス→利益率を10%改善
3 体験価値
商品やサービスを通じて得られる感情的な満足、ブランド、信頼感、共感、サービスの心地よさといったものです。
【例】

●一流ホテルのようなホスピタリティ

●高級感・安心感を感じさせるUI/UX

●「自分は選ばれた存在だ」と感じさせるVIP対応
コストとは
コストは、2つに分けられます。
1 実際に支払う「価格」

2 面倒であったり、時間がかかったりするなどの「金銭以外の負担」
金銭以外の負担には、図表1の15種類があります。
コストを「価格」と「金銭以外の負担」の2つに分解すると、お値段以上の方程式は以下になります。
お値段以上=価値>コスト



お値段以上=価値>価格+金銭以外の負担
お値段以上の要素を整理すると以下になります。
●価値→機能的価値、経済的価値、体験価値

●コスト→価格+金銭以外の負担
■お値段以上の実例
顧客は「支払ったコスト以上の価値」を求めます。価値とコストのギャップが「お得感」や「満足感」を生み出します。価格が低く、価値が高ければ「コストパフォーマンスが良い」と評価され、価格が高くても価値がさらに高ければ「プレミアム感」が生まれます。
いかに支払うコストを下げて、得られるベネフィットを最大化させるか?
ひとことでいえば「お値段以上」を作るのが、ビジネス成功の鍵です。
新規事業創出の専門家で有名な守屋実氏の著書『新規事業を必ず生み出す経営』(日本経営合理化協会出版局刊)には、印刷シェアリング企業の顧客単価を10倍に引き上げた例があります。
顧客は印刷業者と配布業者を別々に探す手間や時間がかかっていましたが、チラシの印刷後に配布まで提案し、以下のような価値提供と金銭以外の負担を軽減したものと思われます。

価値
●機能的価値
印刷と配布を個別に手配・調整することなくスケジュールを一元管理し、ミスや納期遅延のリスクを低減。
●経済的価値
業者検索、見積、進行管理の時間短縮=間接費(人件費/外注管理費)の削減。
請求と支払の一本化で与信、振込手数料、支払調整のコストを低減。
●体験価値
窓口の一本化により問い合わせ先、責任の所在が明確で、進行中の不安やストレスが軽減。
金銭以外の負担
●発注コスト
発注に要する時間、発注ミスのリスク、情報収集、内容確認の手間。
●契約コスト
契約手続き、更新、解約に関する手続きの手間。
●管理コスト
発注後のモニタリングの手間、複数の窓口に対応する負担。
顧客は金銭的なコストだけでなく、手間や時間のコストも削減でき、印刷だけの価格競争を回避し、高付加価値型ビジネスへと転換しました。
ほかに守屋氏が関わったドクターメイトは、介護施設の看護師に代わって同社の看護師が夜間オンコール対応を代行し、対応後のレポートの作成まで対応するサービスを提供して成功しています。以下のような価値提供と金銭以外の負担を軽減したものと思われます。
価値
●機能的価値
24時間オンコール受付と初動対応で、連絡~判断~指示~実行までのリードタイムを短縮。
●経済的価値
導入コストは年数10万円、24時間対応人材の確保に比べ安価。

●体験価値
24時間対応してもらえる安心感。
金銭以外の負担
●心理コスト
夜間緊急出勤がある可能性という看護師の精神的負担感。
●時間コスト
夜間勤務の時間的負担。
●管理コスト
オンコールがネックで常勤看護師が集まらない施設経営者側の採用負担。
24時間対応の人件費と比べて安価な場合があるだけでなく、オンコール待機の精神的負担を減らすことで離職率が低減。さらに、オンコールがネックで常勤看護師が集まらないという施設経営者の採用課題を解決しました。
決裁者である施設経営者の課題解決にフォーカスし、コスト、離職率の上昇、採用問題の三重の課題を同時に解決する点が評価されました。
だれに価値を届けるかもポイントです。決裁者でない人に、決裁者の価値ではないものを一生懸命に届けようとしていないでしょうか?
ちなみに、『新規事業を必ず生み出す経営』は1万4850円しますが、何度も増刷しているのはお値段以上だからでしょう。
■お値段以上のバランスシート
お値段以上の構造を図にして把握してみましょう。
たとえば、まわりのお店で提供している500円のモンブランと、賞味期限10分で1日限定100個で毎回行列ができる1000円のモンブランを比較してみましょう。賞味期限10分の1000円のモンブランは、次の価値を提供しています。

●美味しいという「満足感」(機能的価値)

●1日100個という「限定性」(体験価値)

●食感が変化するため、賞味期限が10分という「ストーリー」(体験価値)

●行列を並んでやっと食べることができたという「達成感」(体験価値)

●インスタ映えする「高揚感」(体験価値)

●インスタグラムをシェアし、自己承認欲求を満たすことができる「幸福感」(体験価値)
一方で、コストとして、行列待ちという金銭以外の負担があります。行列待ちの負担をどう感じるかは、人によって異なってきます。「並ぶのであれば、別のことに時間を使ったらよかった」という機会費用を感じることもあれば、「並んで食べることができたからこそ満足した」という自己正当化バイアスが働くようなケースもあります。
仮に、賞味期限10分1000円モンブランの行列が2時間待ちとして、行列待ちの負担(コスト)を2000円以上に感じる人と、2時間待っても食べたいと思っており行列待ちの負担を100円と感じる人がいたとしましょう。それぞれが、仮に当初支払い許容額として1200円のイメージを持っていたとしましょう。両者を比べると、図表2になります。
行列待ちの負担が大きいと、たとえ支払い許容額(1200円)を価格(1000円)が上回っていても、お値段以下になってしまいます。
逆に、実際に支払う価格と金銭以外のコスト(行列待ちなど)を上回れば、お値段以上になります。お値段以上の価値と感じてもらえれば、またリピートをしてくれたり、インスタで紹介してくれたり、友達を店に連れてきたりして、広告費をかけずにCAC(顧客獲得コスト)を最小化することもできるのです。
■金銭以外の負担を減らす方法を考える
何が一番お客様のコストになっているのかを特定できると、ビジネスチャンスが広がります。
たとえば、2時間の行列待ち時間なしで賞味期限10分モンブランを買える「ファストパス」を500円で販売したらどうでしょうか? 待ち時間を負担に感じている一部の人は、500円を払うかもしれません。
ファストパスに、モンブラン3倍増量トッピングなどが当たる抽選ガラガラポン特典をつけたりすると、楽しみも増えて、ファストパスチャレンジャーが増え、単価をさらに増やせるかもしれません。行列という課題をファストパスで解決しようとした結果、単価を増やせると同時に、お値段以上を生み出すことができる可能性があります。
あなたの業界、会社でも、お客様がコストに思っているものがないでしょうか?
そして、それを解決する「ファストパス」のような方法はないでしょうか?
そこには、お値段以上のビジネスを生み出す大きなチャンスがあります。
実際に、この本を書いている間に、行列のできる飲食店向けのファストパス「SuiSui」がリリースされました。2025年4月1日リリース時点で、上場企業を含む50店舗に導入され、1人500円~1000円、高いところでは2000円で行列を回避できるファストパスが販売されています。
価格を下げるのではなく、お客様が負担に思っている金銭以外の負担を下げてお値段以上を生み出していきましょう。
「価格」は購入のハードルを決定しますが、「価値」は購入の意欲やリピートを左右します。金銭以外の負担が下がれば、お値段以上が広がります。
■新たなビジネスが生まれるプロンプト
金銭以外の負担を減らす方法を考えると、新たなビジネスが生まれます。AIを使ったプロンプトで聞いてみるのも1つの方法です。
AIから回答がきたら、さらに以下の質問を投げかけてみましょう、
「顧客の真の課題とは何か? 顧客が気づいている真の課題と顧客が気づいていない潜在的な真の課題を考慮に入れて、再度考察いただけませんか?」
金銭以外の負担を減らすプロンプト例
「私は【○○業界/○○サービス】で、【○○や○○などの課題をもった】(具体的な課題を記載)【お客様】(具体的なお客様像を記載)に価格以上の価値を提供するビジネスを構築したいと考えています。
金銭的な価格を下げるのではなく、お客様が負担に感じている『金銭以外の負担』を削減して価値を高めたいです。
そこで質問です:
①この業界で顧客が負担に感じている『金銭以外の負担』(例:時間、手間、学習の難しさ、心理的不安、情報過多、移動、調整、リスク回避など)を可能な限りリストアップしてください。

②それぞれの負担を削減することで、顧客にとって『価格以上の価値』がどう生まれるかを説明してください。

③上記を踏まえて、既存の競合が見落としている可能性の高い『隠れた顧客コスト』をできるだけ多く特定し、ビジネスに応用できるアイデアを提案してください。

④そのアイデアを、具体的なサービス設計(顧客体験フローや導入のしやすさなど)に落とし込むとどうなりますか?
出力は以下のフォーマットでお願いします:
顧客が感じる非金銭コスト一覧

それを削減することで生まれる価値

競合が見落とす可能性の高い隠れコスト

具体的なサービス/プロダクト設計アイデア

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粂田 将伸(くめだ・まさのぶ)

デロイトトーマツベンチャーサポート M&Aアドバイザリー リーダー

スタートアップ支援家、日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)。外資系メンバーシップコンサルティングファームにて、スタートアップの資金調達・M&A支援を統括。スタートアップ支援関連MVPを4回受賞。証券会社では投資銀行本部法人部門賞を受賞し、5万人規模の金融グループでビジョンを体現する5人のうちの1人に選出される。強みは「マーケティング」「ストーリー」「ファイナンス」の3領域を横断しながら①売上を伸ばす打ち手②財務諸表に表れない魅力の言語化③成長資金の確保(資金調達/IPO×M&Aデュアルトラック)を1本の戦略に束ねること。起業家とともに問いを立て直し、起業からIPO/M&Aまで、企業のライフサイクルに応じてハンズオンで伴走し、多数の成功事例を生み出す。

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(デロイトトーマツベンチャーサポート M&Aアドバイザリー リーダー 粂田 将伸)
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