アルツハイマー病の新薬「レカネマブ」はどのような効果があるのか。認知症専門医の繁田雅弘さんは「新薬は認知症の進行を遅らせる効果があるとされているもので、完治するわけではない。
また、高額な費用以上に患者やその家族に対してリスクがある」という――。
※本稿は、安藤なつ(メイプル超合金)、繁田雅弘(認知症専門医)『知っトク認知症 家族と本人が自分らしく暮らし続ける超入門』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■認知症で大切なのは「診断を確定させること」ではない
親の様子がおかしいと感じたとき、多くのご家族は「早く病名をはっきりさせて、本人を納得させて治療を始めたい」と願うものです。しかし、専門医としてお伝えしたいのは、確定診断が必ずしも治療の正解ではないということです。
認知症の診断には時間がかかることが多く、何より本人が「認知症」という言葉を拒絶している場合、無理に病名を突きつけることは逆効果になりかねません。家族の真の願いは「正しい病名」ではなく「一日でも長く穏やかに暮らしてほしい」ということのはずです。
ですからわたしは、あえて確定診断にこだわりすぎず、薬を「今の生活を守る道具」として提案することがあります。「今の生活を続けるためにお薬を使ってみませんか」と、本人の願いに焦点を当てるのです。「病気だから飲む」のではなく「暮らしのために使う」。この視点の転換が、本人が治療を受け入れるきっかけになることも少なくありません。
■新薬は、認知症を完治させるものではない
こうした「本人の納得」を軸に据えて考えると、昨今話題となっているレカネマブやドナネマブといった新薬の位置づけも、より冷静に見えてきます。
新薬のニュースを聞いて、「ついに認知症が治る時代が来た」と期待した方もいるかもしれません。
しかし、まず理解しておかなければならないのは、これらの新薬も「病気を完治させる薬」ではないということです。
従来の薬が症状を和らげる対症療法だったのに対し、新薬はアルツハイマー型認知症の原因のひとつとされるアミロイドβという脳に溜まったゴミを取り除き、神経細胞が壊れていくスピードを遅らせることを目指しています。つまり、病気そのものを消す治療ではなく、進行を遅らせることを目的とした治療です。
臨床試験では、認知機能の低下を示す評価指標において、およそ2~3割程度進行が抑制されたという結果が報告されています。これは「失った記憶が戻る」という意味ではありません。「これまで通りの生活ができる期間を、少し先に延ばす可能性がある」という効果だと理解するのが正確です。
この「2~3割の抑制」という医学的な効果を、実際の生活の中でどう評価するかが、治療を選択するうえでの大きなポイントになります。
■新薬を使える患者は限られる
この新薬は、希望すれば誰でも使えるわけではありません。対象となるのは、日常生活はほぼ自立しているものの、もの忘れが目立ち始めた軽度認知障害(MCI)や、軽度のアルツハイマー型認知症の人です。つまり、比較的早い段階で診断された場合に限られます。
さらに、この治療を受けるためには、認知症の原因がアルツハイマー病であることを確認する必要があります。そのため、アミロイドPET検査や髄液検査などの専門的な検査が行われます。

認知症にはさまざまな種類があります。血管性認知症やレビー小体型認知症など、別の原因による認知症の場合、この薬は効果が期待できません。そのため、原因がアミロイドβによるものかどうかを慎重に確認する必要があるのです。
■新薬が患者とその家族の生活へ与える影響
本人がその治療に納得できるかどうかを考えるうえで、避けて通れないのが治療に伴う生活の変化です。これまでの薬は自宅で服用するものでしたが、新薬は医療機関での定期的な点滴投与が必須となります。
レカネマブであれば2週間に一度、ドナネマブであれば4週間に一度のペースで通院し、点滴治療を受ける形になります。なお、この治療は無期限に続けるものではなく、原則としておよそ18カ月間の投与が想定されています。
新薬は早期段階の人が対象ですが、それでも高齢者が一人で通院を続けるのは容易ではありません。多くの場合、家族の付き添いや送迎が必要となります。「数週間に一度、仕事を休んで親を病院へ連れて行く」という生活を長期間続けることが可能かどうか、家族の生活設計と照らし合わせて考える必要があります。
また、副作用の管理も欠かせません。脳のむくみや微小な出血といったリスク(ARIA)に備え、特に治療の初期にはMRI検査を含む安全管理が必要となります。
まれではありますが、頭痛やふらつき、吐き気などの症状が出た場合にも、その都度詳しい検査が求められます。
もっとも、こうした副作用は非常にまれであり、多くの場合は症状が出る前に検査で見つかります。ただし、安全に治療を続けるためには、定期的な検査と通院が欠かせないという点は理解しておく必要があります。
■「あえて新薬を使わない」という選択肢もアリ
治療費についても、正しく知っておく必要があります。これらの新薬は製造に高度な技術を要するため、薬剤費だけで年間300万円前後の費用がかかります。
もっとも、この治療には公的医療保険が適用されるため、窓口負担は1~3割で済みます。さらに、所得や年齢に応じて支払額の上限が決まる高額療養費制度の利用も可能です。これらを活用すれば、実際の自己負担額は月々数万円程度に収まるケースが一般的といえるでしょう。
こうした通院の負担や副作用のリスクを考慮した結果、「あえて新薬を使わない」という選択をする方もいます。もちろん、新しい治療に希望を見いだし、前向きに治療に臨む人も少なくありません。一方で、頻繁な通院や点滴治療を負担に感じる人もいますし、ライフスタイルを治療中心に組み替えなければならないことを望まない人もいます。また、度重なる点滴治療によって、「自分は重い病気なのだ」と強く意識させられることを避けたいと感じる人もいます。

新薬は進行を遅らせる可能性を持っていますが、完治させるものではないので、生活上の制約と天秤にかけたとき、「通院に時間を費やすよりも、残された時間を自分らしく過ごしたい」と考えるのも、尊重されるべきひとつの選択です。
■最も大切なのは「医学的な正解」よりも「本人の納得」
最新治療のニュースを見ると、「できる治療はすべて受けたほうがいい」と感じるかもしれません。しかし、認知症の治療で最も大切なのは、医学的な正解よりも「本人が納得して選んでいるか」という点に尽きます。
なかには「家族をがっかりさせたくない」という思いから、本心を伏せて気のすすまない治療に応じてしまう方もいます。しかし、周囲の期待だけで決めてしまうと、どこかで無理が生じ、本人が治療を続ける意欲そのものを失ってしまうこともあります。
認知症の治療やケアは、薬だけで完結するものではありません。その人がどんな生活を送りたいのか、どんな時間を大切にしたいのか。そうした思いを軸に、医師や専門家と相談しながら、その時々の最善を選んでいくことが大切です。
薬は、暮らしを支えるための道具のひとつにすぎません。本人とご家族が一緒に考え、納得して選んだ道であれば、それがどのような選択であっても間違いではないと思います。

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安藤 なつ(あんどう・なつ)

メイプル超合金

1981年1月31日生まれ 東京都出身。2012年に相方カズレーザーと「メイプル超合金」を結成。
ツッコミ担当。2015年M-グランプリ決勝進出後、バラエティを中心に女優としても活躍中。介護職に携わっていた年数はボランティアも含めると約20年。ホームヘルパー2級(現:介護職員初任者研修過程終了)の資格を持つ。2023年に介護福祉士の国家資格を取得。共著に『知っトク介護 弱った親と自分を守るお金とおトクなサービス超入門 第2版』(小社刊)など。

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繁田 雅弘(しげた・まさひろ)

認知症専門医・精神科医

栄樹庵診療所院長。メモリーケアクリニック湘南名誉顧問。1983年東京慈恵会医科大学卒業。1992年スウェーデン・カロリンスカ研究所 研究員を経て、2003年東京都立保健科学大学精神医学教授、2005年首都大学東京 健康福祉学部学部長、2011年首都大学東京 副学長、2017年東京慈恵会医科大学精神医学講座教授、東京都立大学 名誉教授。2024年東京慈恵会医科大学名誉教授。生家を改装し、『安心して認知症になれるまち』を育む目指す活動拠点の「SHIGETAハウスプロジェクト」代表。
著書多数。

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(メイプル超合金 安藤 なつ、認知症専門医・精神科医 繁田 雅弘)
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