なぜアメリカは、イスラエルに巨額の軍事援助を続けてきたか。『イランとアメリカ、そしてイスラエル 「ガザ以後」の中東』(朝日新書)を出した国際政治学者の高橋和夫さんは「それは、アメリカが結んだ『イラン核合意』に対するイスラエルの反発を抑えるための、“気前の良い援助”でもあった」という――。

■2024年大統領選トランプ圧勝の因果
さて、2024年の大統領選挙の結果は「トランプ圧勝」とされる。絶対的な得票数でも、大統領選挙人の獲得数でもトランプが勝利を収めたからだ。
この点で、大統領選挙人の獲得数では勝利を収めたものの総得票数では民主党のヒラリー・クリントン候補に負けた2016年とは違った。2024年は文句なしの勝利だった。しかも、7つの激戦州の全てをトランプが制した。
しかし7州での得票差は、いずれもわずかだった。本当に激戦だった。7州全ての票差は、10%以下であり、その内の5州では5%以下だった。最も激戦だったウィスコンシン州では、0.9%差での勝利だった。実数にして票差は、たった2万9397票だった。いわば1点差の試合を7つ勝ったようなものだ。7連勝だったが、それぞれの試合は接戦だった。

そう考えると、民主党は敗れたとはいえ、どの州でも、もう少し頑張っていたら結果は違っていただろう。勝機が全くなかったわけではなかった。
■中東ルーツの人々の大統領選への影響
ここでは、注目のミシガン州での結果を少し詳しく見ておこう。
ミシガンは自動車産業の州だ。その中心都市として知られるデトロイトがある。この都市は、それゆえ「モータウン(車の町)」と呼ばれる。その隣町のディアボーンには、フォード社の本社がある。
この州のもう一つの特徴は、中東系移民の多さである。このポイントは本書ですでに紹介した。
アメリカ全体でのイスラム教徒は約300万~400万人で人口の1%強だが、ミシガンだけは約3%である。とはいえ、たった3%だから接戦でなければ選挙の結果に大きな影響は及ぼさない。しかし、ミシガンは激戦州である。
2024年の大統領選挙のように接戦が予想されていると、この3%の動向に注目が集まった。
2023年秋から、ちょうど大統領選挙のキャンペーンの展開とイスラエルによるガザ攻撃が同時進行した。中東ルーツの人たちが、ガザ情勢をどう受け止めるのか。それがどう投票行動に影響するのか。
■ガザ壊滅「死者7万人超」の衝撃
ガザの状況を振り返ると、ほとんどの家屋が壊され、ほとんどの人が難民になり、多数が死亡し、さらに多くが負傷している。2026年1月時点では、死者数は7万人を超えている(*1)。これは、現地の当局が遺体を確認して公表している数字である。
ハマスの支配下にあるので、誇張した数字だろうとの批判もある。しかし、世界的に影響力の強いイギリスの『エコノミスト』誌は、がれきの下に埋まって確認できない遺体もあるので、実際には死者数は2025年9月の段階で10万人を超えているというデータを紹介している。
もっと死者数を高く見積もっている推定もある。ハマスの数値は誇張ではなく、慎重すぎるくらいに控えめである。いずれのデータにしろ、状況は絶望的だ。

ガザ地区は、東京23区の6割くらいの面積しかない。関西でいえば、大阪市と堺市を合わせたくらいの広さだ。さらに別の都市と比べると、ちょうど名古屋市くらいで人口も名古屋市と同じくらいだ。前(「広島・長崎の7倍の爆弾でも『戦争』が終わらない…空・海・地上を支配したイスラエル軍がガザで苦戦した理由」)にも触れたように、ここで使われた爆薬の量は10万トン以上とされる。爆弾はアメリカ製である。広島に投下された原子爆弾のエネルギー量の数倍にあたる。
■激戦州ミシガンを揺らしたガザ政策
たとえば名古屋に原子爆弾を数発投下したと想像してみよう。そこは地獄絵になるだろう。そして、生き残ったとしても大半の病院が破壊されて医療を受けられない。しかも封鎖によって医薬品も食糧も清潔な水も不足している。これが、バイデン政権の支援を受けてガザに対して行ってきたイスラエルの攻撃の結果だ。
ミシガン州の中東ルーツの人たちには、ガザに親戚がいる人もいる。
同じイスラム教徒として、同じキリスト教徒として、どう動くのか。
ガザにはキリスト教徒もいる。2025年4月に世を去ったローマ法王のフランシスコが、信徒の安全を気遣い毎晩のようにガザの聖家族教会という名のカトリック教会に電話していたことはよく知られていた。
ミシガン州に暮らす中東ルーツの人たちは、同じアラブ人として、ガザの人々に深い同情心を持つ。そういう人々がどういう投票行動を取ったのか。
ちなみに、この聖家族教会も2025年7月にイスラエル軍の戦車の砲撃を受け10人以上の信徒が死傷した。負傷者の一人は神父だった。
■アラブ系の人々が民主党予備選で示した意思
さてバイデン大統領は、熱心なカトリック教徒として知られる。そのバイデン大統領の民主党政権は、ずっとイスラエルに兵器や弾薬を渡し続けてきた。ハリスは、そのバイデンの副大統領だった。この政権は、一度たりとも本気でイスラエルに圧力をかけてジェノサイド(集団虐殺)を止めようとはしなかった。第二次トランプ政権成立後のバイデン政権幹部たちが、そう証言している。

アラブ系の人々の多くは、民主党の予備選挙で、わざわざ「支持者」なしという投票をしてバイデンにメッセージを送った。ガザ政策を再検討しろと。その総数は七十万票に達した。
だがバイデンもハリスも、このメッセージに正面から応えようとしなかった。
中東ルーツの人たちは、怒っていた。それゆえ、もう民主党には、つまりハリスには投票しないとの観測が強まった。だが、中東系の人々が共和党のトランプに投票したがっていたかというと、そう簡単な話でもなかった。
というのは、2017年1月20日に大統領に就任すると、早くも同月27日に、トランプはイスラム教徒が多数派を占める7カ国からの入国を禁止したからだ。
その7カ国とはイラン、イラク、リビア、シリア、ソマリア、イエメン、スーダンだった。就任から8日目のことだった。その結果、ひとたび出国して、この7カ国に帰国すると、アメリカに再入国できなくなった。これで、故郷に里帰りできなくなったイスラム教徒は少なくなく、また故郷から家族を呼び寄せられなくなった。

■イスラム票に接近したトランプ陣営
トランプは、これをテロ対策だと主張した。しかし2001年のアメリカ同時多発テロの実行犯の大半はエジプトやサウジアラビアの市民だった。しかしトランプは、この2カ国を禁止の対象国には指定しなかった。この「テロ対策」には論理性も一貫性もなかった。
そして、あたかもイスラム教徒の全てをテロリストだとみなしているようなトランプの言動が目立った。そんなトランプに対して、相当数のイスラム教徒は怒っていた。
どちらにも票を投じずに棄権するという選択もあった。民主党でも共和党でもない、第三の政党への投票というのも話題になった。たとえば「緑の党」のジル・スタインという女性候補は、イスラエルに対する武器供給の停止を訴えていた。このハーバード大学出身の医師は、ユダヤ系だった。
この状況で、トランプ陣営はイスラム教徒の票を取りに行った。少しでもハリスへの票を減らせれば、との狙いだった。接戦が予想されただけに、わずかの票も軽視できなかったからだ。
前々回2016年の大統領選挙ではトランプがヒラリーを抑えてミシガン州を制した。その票差は、わずか1万704票だった。前回2020年の選挙では民主党のバイデンがミシガンを制した。票差は、15万4188票だった。ミシガンは、まさにスイング州である。民主党と共和党の間で揺れている激戦州だ。この2020年大統領選挙でバイデンは、アメリカのイスラム教徒の93%の支持を得た。トランプは7%しか取れなかった。
■“無料のバー”の役回りをしたアメリカ
2024年の大統領選挙で、その内の少しでもトランプが自分の方に引き寄せられれば、ミシガンを取り戻せる。
しかし、どうやって? トランプ陣営は、まずイスラム教徒の保守性に訴える戦術を採用した。民主党は、妊娠中絶の権利、性的マイノリティーの権利、たとえば同性愛者同士の結婚の権利などの擁護に熱心である。ところがイスラム教徒の多くは、社会的な面では極めて保守的だ。共和党の方が、トランプ候補の方が、イスラム教徒と価値を共有していると訴えた。
そして、より重要なことには、トランプは平和を推進する候補であり、ガザの戦争を止められると主張した。ハリスはガザの破壊に手を貸した候補者だ。ネタニヤフと親しいトランプであれば、イスラエルを止められる。トランプこそが平和の候補だというわけだ。
対するハリスはバイデンの副大統領である。バイデンのガザに関する徹底したイスラエル支援の政策から距離を取るわけにはゆかなかった。また、そのつもりもなかったのだろう。イスラエルには自衛の権利がある。しかしガザの人々にも人道的に配慮すべきだとの立場でバランスを取ろうとした。つまりイスラエルは人道的に戦争をしてパレスチナ人を殺せというわけだ。
たとえて言えば、アルコール依存症の客に「体に毒ですよ!」といいながら、酒を注ぎ続けるバーテンダーのような役回りをバイデンとハリスは演じた。しかも、普通のバーテンダーなら、酒代を取るのだが、このアメリカというバーでは、酒は無料だった。アメリカの納税者のツケで莫大な量の兵器と爆弾がイスラエルに送られたからだ。
■米イスラエル支援「年179億ドル」の現実
長年にわたりアメリカは一貫して多額の軍事援助をイスラエルに対して行ってきた。
オバマ大統領の時期、この額が年間38億ドルにまで引き上げられた。1ドル150円換算で計算すると、年間5700億円に達する額である。これは、アメリカが結んだイラン核合意に対するイスラエルの反対を抑制するための、気前の良い援助でもあった。
イスラエルの総人口が約1000万程度なので、アメリカはイスラエルの国民一人当たりに年間5万7000円を与えている計算になる。これが通常の状況だ。
ところが、ガザでの戦争が始まって以来、バイデン政権は、この額をさらに引き上げた。1年間で援助額は179億ドルに達した。約5倍増である。正確には4.7倍ちょっとになる。日本円では2兆6850億円になる。これだけの額の兵器と爆弾がイスラエルに送られ、その爆弾がガザに降り注いだ。これで1年分である。
この中にはイエメンのフーシー派やイランからのミサイル攻撃からイスラエルを守るために増派されたアメリカ軍の費用は含まれていない(*2・*3)。
こうした数値は、「アメリカ人の手はガザの人々の血で汚れている」という多くの識者の発言に説得力を与えている。その代表の一人を紹介すると、リベラルな論調で知られるユダヤ系アメリカ人のピーター・バイナートがいる。この論客は、CNNテレビでの発言などで、アメリカがイスラエルの戦争犯罪に加担しているとの主張を展開している(*4)。

*1 https://www.cnn.co.jp/world/35243398.html アクセス 2026年1月31日

*2 https://www.pbs.org/newshour/world/u-s-military-aid-for-israel-tops-17-9-billion-since-last-oct-7?utm_source=chatgpt.com アクセス 2025年7月27日

*3 https://www.ft.com/content/e5567c49-f9c0-486a-ace4-de3f834e0f9c?utm_source=chatgpt.com アクセス 2025年7月27日

*4 https://x.com/i/status/1948796843661344994 アクセス 2025年7月27日

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高橋 和夫(たかはし・かずお)

国際政治学者、中東研究者

中東研究者。放送大学名誉教授。福岡県北九州市生まれ。大阪外国語大学外国語学部ペルシア語科卒業。コロンビア大学国際関係論修士。クウェート大学客員研究員、放送大学教授などを経て2018年4月より先端技術安全保障研究所会長。著書に『モデルナとファイザー、またはバイオンテック』『ロシア・ウクライナ戦争の周辺』『イランvsトランプ』『アラブとイスラエル』など。
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(国際政治学者、中東研究者 高橋 和夫)

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