3月23日に開票された社民党党首選は、現党首で参院議員の福島瑞穂氏ら立候補者3人のいずれも有権者数の過半数に達せず、4月6日に決選投票という予想外の展開となった。共同通信編集委員兼論説委員の佐藤大介氏は「社民党は次の参院選(2028年)で得票率が2%以上を獲得しないと政党として消滅してしまう。
次の新党首が誰になっても状況はかなり厳しい」という――。
■福島瑞穂への“くすぶる不満”
前身の旧社会党から、一貫して「リベラル」を旗印にしてきた社民党が、存亡の崖っぷちに立たされている。2月に行われた衆院選で、社民党は小選挙区(比例区重複)8人と比例区単独7人の計15人を候補者として擁立したが、当選者はゼロ。社会党時代を含め、国政選挙で初めて議席を獲得できない事態となった。
昨年、社民党で唯一となっていた衆院議員が離党し、国会議員は党首の福島瑞穂氏と、ラサール石井氏の参院議員2人のみ。2028年の参院選で2%の得票率を得られなければ、政党とすら認められなくなってしまう。そうした危機的状況にもかかわらず、今回の衆院選を巡っては党内対立が露呈し、計15年にわたって党を率いてきた福島氏への不満もくすぶる。
「団結ガンバロー」のかけ声とは異なる不協和音が党内で響く中、3月には党首選が告示され、福島氏ら3人が立候補して13年ぶりの選挙戦となった。新たに選出された党首の下で、社民党は袋小路から抜け出すことができるのだろうか。
■衆院選の夜に見た党首の寂しさ
「厳しいなぁ……」。衆院選の投開票が行われた2月8日の深夜、「選挙闘争本部」となっていた東京都中央区の社民党本部で、福島氏は開票速報を伝えるテレビで見ながら、険しい表情でつぶやいた。
自民党候補が次々と当選を決めていく一方で、社民党の票は伸び悩んでいる。
その胸中を尋ねると、腕を組みながらこう答えた。「中道改革連合が右に寄って、リベラル票の受け皿がぽっかり空いたはずなんだけど、社民党に風が吹いていない。共産党も同じ。リベラルは自分たちを守ってくれないと思われているのかしら」
その言葉には、理解に苦しむという思いとともに、どこか寂しさも漂っていた。党本部に集まった報道関係者は10人ほど。テレビでは各党党首のインタビューがリレー方式で行われているが、社民党からの中継はない。衆院選の公示前日に日本記者クラブで行われた党首討論会にも、所属する国会議員が5人以上という参加基準を満たしていないとして、招かれなかった。
その寂しさは、党本部も同様だ。以前は、社会党時代に建てられた永田町の「社会文化会館」に党本部があった。隣接する坂の名前にちなんで「三宅坂」とも呼ばれ、55年体制の一翼を担った社会党の代名詞にもなっていた。その後、建物の老朽化によって引っ越し、党が衰退する中で家賃負担が重荷となり、軽減するため2017年に現在の場所へ移転した。
■一度だけ行われた記者会見
民間ビルの5階にある党本部の入口には、1960年に演説中に刺殺された社会党委員長の浅沼稲次郎氏の銅像が置かれている。
だが、中に入ると、その風景はさながら中小企業のオフィスといった印象だ。党首室もなく、福島氏はデスクの一つに腰かけながら、テレビを見入っていた。
党本部では投開票日の午後10時過ぎに一度だけ記者会見が行われ、福島氏は自民党圧勝の見通しとなっていることに「正直、ショック」と心情を吐露した。「このままでは憲法改悪も含めて暴走していくのではないかと大変危惧している」とも語り、護憲や人権尊重といった、社民党の看板政策を推し進めていることも強調している。
また福島氏は、若い候補者の登場や入党者の増加などを挙げ、「社民党リブート」として党再建に取り組む考えも示した。だが、党内では敗北の原因をめぐる議論が噴出しており、再建への道筋をつけるのは容易ではない。とりわけ焦点となっているのが、沖縄2区で起きた「分裂選挙」への対応だ。
■唯一の衆院議員の離党
沖縄2区は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対する「オール沖縄」勢力が議席を維持してきた。だが、2025年11月に、同区選出で社民党唯一の衆院議員だった新垣邦男氏が離党を表明。背景にあったのが、福島氏の党運営に対する不満だった。
新垣氏は、社民が1議席にとどまった同年7月の参院選後、福島氏に衆院へくら替えするよう求めたが認められなかったとし、離党表明の記者会見では「党勢拡大を目指すとの思いでいたが、(党内の)見解の相違やかみ合わないところがあった」と福島氏への不信感を露わにした。
さらに、無所属となった新垣氏が今年1月、中道改革連合に合流し、衆院選に立候補すると表明したことが混乱に拍車をかけた。
社民党は、中道が辺野古移設の反対を明言しない中道を批判し、同じ沖縄2区に元衆院議員の瑞慶覧(ずけらん)長敏氏を擁立することを決定。社民党が中道への「刺客」を立てる形となり、オール沖縄は分裂選挙を強いられることとなった。
■結果として自民党を利する形に
選挙結果は自民党前職の宮崎政久氏が7万1071票を得て当選。新垣氏は5万7500票、瑞慶覧氏は1万4311票で、比例復活を果たせず2人とも落選した。分裂選挙によって、リベラル系の候補が共倒れとなる結果となったが、ここで議論となったのが新垣氏と瑞慶覧氏の票を足せば、宮崎氏の得票をわずかに上回るという点だった。
分裂選挙が結果として自民党候補を当選させることになり、その責任は瑞慶覧氏を擁立した社民党にあるのではないか。そうした批判がわき起こるのは、言ってみれば当然のことだろう。
福島氏は投開票日翌日の記者会見で、沖縄2区の対応について「辺野古の基地建設反対は社民党にとってとても大事なことで、どんなことがあっても揺るがせない重要な課題」と述べ、反対を訴える政党の候補者は瑞慶覧氏だけだったとし、正当性を強調した。
社民党選対委員長も務める幹事長の服部良一氏も「オール沖縄は、辺野古の新基地建設に反対するということが一丁目一番地のテーマ。そこを曖昧にする政党では納得できない」と話し、瑞慶覧氏擁立の判断に間違いはなかったとの考えを示している。
■「私が看板で、私が主人公」
服部氏は、瑞慶覧氏の出馬によって新垣氏が落選したとの見方にも、強く反発している。「衆院選沖縄2区をどう見るか」とのタイトルで服部氏が記した内部資料では、瑞慶覧氏の得票数は「(中道の)安保政策の転換に納得しないリベラル票の離反を招いた」ことを「可視化した」ものだと分析。

「瑞慶覧候補が立候補しなければ新垣候補に票が流れたと言うのは幻想」であり「足し算して新垣氏が勝っていたというのはあまりに単純で雑な見方」と切り捨てている。
その上で、新垣氏は「社民党公認のままか、あるいは中道でなくて無所属で出た方が勝機があったように思えるが、いかがか」と問いかける形で、中道からの立候補に疑問を呈した。
だが、瑞慶覧氏の出馬については、社民党内からの批判も根強い。
ある社民党関係者は、福島氏が民主党政権時に沖縄・普天間飛行場の辺野古移設に反対を貫き、閣僚を罷免された経験を持つことから「基地反対は譲れない一線だ」としながらも「現実問題として、瑞慶覧氏が当選する可能性は当初からなかった。そうなると自民党を利する行為と見られても仕方ない」とこぼす。福島氏に対しても「私が看板で、私が主人公だという感覚が強すぎる」と、党首を交代すべきとの考えをにじませた。
■党首選のまさかの結果
こうした社民党内の批判を体現しているのが、前参院議員で副党首を務めた大椿裕子氏だ。衆院選に比例候補として立候補した大椿氏は、公示後の「第一声」で、瑞慶覧氏擁立への反対に言及。これに対し、服部氏が「党に対する大きな打撃になることは明白」として「反党行為」をやめるよう「警告書」を発する事態となった。
大椿氏は2月27日、責任を取る形で副党首の辞任届を提出し、受理された。だが、自らの主張を撤回したわけではない。
3月4日に行われた社民党党首選の共同記者会見では、立候補した大椿氏が、瑞慶覧氏擁立に対する党沖縄県連内の意見対立が解消されないまま党中央が介入したことが混乱の要因だと指摘。
「県連内で一本化できなければ擁立を見送る判断もあったのではないか」と批判した。これに対し福島氏が、沖縄側の擁立要求を尊重した結果だったと反論し、意見対立の根深さを見せつけた。
党首選にはラサール石井氏も立候補しており、約5200人の党員による投票で、23日に新党首が選出される予定だった。福島氏が優位との見方が大勢で、周辺には「圧倒的な票差で勝利したい」と話していたという。
しかし、結果は福島氏が1876票で1位だったものの、有権者の過半数には届かず、当選とは認められなかった。2位には1297票で大椿氏がつけ、ラサール氏は967票。3位のラサール氏は落選し、福島氏と大椿氏で決選投票へもつれこむ予想外の展開となった。
社民党の関係者は「党内に福島氏への批判が思った以上にあるということの表れだ」と話しており、たとえ決選投票で福島氏が勝っても「求心力に低下は避けられない」と指摘する。
■護憲や人権を訴えるだけ
党首選の選挙公報では「社民党を前へ」とのスローガンが掲げられた。だが、その前途は厳しい。
政党要件は(1)国会議員が5人以上いる(2)前回の衆院選か、前回か前々回の参院選での得票率が2%以上、のいずれかを満たさなくてはならない。社民党は(1)を既に失っており、次回の参院選で2%の確保が至上命題となる。
しかし、今回の衆院選での得票率は1.27%にとどまっており、取り巻く状況は厳しい。
55年体制の2大政党下で、社民党の前身である社会党は、自民党と対峙する勢力を誇った。自衛隊と日米安保条約を認めず、非武装・中立という理念を掲げたが、1994年に発足した自民、新党さきがけ、そして社会党との連立政権で、当時の党首だった村山富市氏が首相に指名されると、日米安全保障体制の堅持や自衛隊合憲を打ち出すなど党の基本政策を大きく転換させた。
それは政策を現実に近づけることでもあったが、支持者離れも招いた。民主党政権下では連立政権にも加わったが、存在感を発揮できないまま離脱し、自民党が再び政権を奪取すると、よりその存在感を薄めていった。今回の衆院選で自民党が歴史的大勝をする一方で、社会党をルーツに持つ社民党が議席を獲得できなかったのは、護憲や人権を訴えるだけの旧態依然とした政党に見られているという現実を如実に表している。
政党としての生き残りをかけて、社民党は新たな戦略を打ち出すことができるのか。それとも、旧時代の遺物としてのイメージを持たれたまま、その歴史的役割を終えて消滅してしまうのか。新党首の下で、社民党が答えを出すまでに残された時間は、決して多くない。

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佐藤 大介(さとう・だいすけ)

共同通信社 編集委員兼論説委員

1972年、北海道生まれ。明治学院大学法学部卒業後、毎日新聞社を経て2002年に共同通信社に入社。韓国・延世大学に1年間の社命留学後、09年3月から11年末までソウル特派員。帰国後、特別報道室や経済部(経済産業省担当)などを経て、16年9月から20年5月までニューデリー特派員。21年5月より現職。著書に『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』(角川新書)、『オーディション社会 韓国』(新潮新書)、『ルポ死刑』『韓国・国家情報院』(ともに幻冬舎新書)などがある。

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(共同通信社 編集委員兼論説委員 佐藤 大介)
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