人脈が広い人は何をしているのか。偉人たちの酒事情に詳しいライター・栗下直也さんは「酒が飲めなかった政治家・安倍晋三は、下戸であることを逆手に取り、宴会の『いなくてはならない存在』となることで、膨大な人脈を築き上げた」という――。

※本稿は、栗下直也『偉人たちの酔っぱらい流儀』(平凡社)の一部を再編集したものです。
■「一滴も飲めない人たらし」安倍晋三
「安倍君、今日も車で来てる?」
お酒を一滴も飲めない安倍晋三は、いつも満面の笑みで「はい、皆さんをお連れしますよ」と答えた。安倍が勤めていた神戸製鋼では、仕事終わりに、このやりとりが繰り返された。
飲み会の運転手。一見、損な役回りに見える。しかし、この「運転手」という立場こそが、下戸の安倍を「宴席になくてはならない存在」に変え、最強の武器となった。
飲めないことは弱点ではない。使い方次第で、誰よりも愛される存在になれる。安倍が身をもって証明した「逆転の法則」である。
神戸製鋼時代の安倍について、当時の上司はこう振り返っている。
「安倍君は酒は全く飲まなかったから、仕事が終わると運転手代わりにして30分ほどで行けた姫路のホルモン焼き屋なんかに皆で出掛けて、わあっと楽しく騒いでストレス解消したものだ」。
■父・晋太郎の失敗談で盛り上げる
考えてみれば、これは実に巧妙な立ち位置だ。
運転手という役割を引き受けることで、彼は単なる「飲めない人」から「なくてはならない存在」へと変わる。しかも、ただの送迎係ではない。
「そんな席では、オヤジ(晋太郎)さんの失敗談を明かしたりして笑いを取っていた」というから、場を盛り上げる術も心得ていた。
有名政治家である父親の失敗談という、誰もが興味を持つ鉄板ネタを適切なタイミングで繰り出す。いくらネタを持っていても酔っ払ってしまっては披露できない。シラフだからこそ発揮できる計算された演出力といえるだろう。
■運転手は「なくてはならない存在」
ここで重要なのは、「運転手になれば全員に愛される」という法則の核心だ。
まず、運転手は「安心感」を与える存在となる。飲み会で最も心配なのは帰り道だ。終電を逃す、タクシー代がかかる、酔って道に迷う――そんな不安を「安倍君が運転手」の一言で全て解消できる。
これは単なる便利屋ではない。「安心して飲める環境」を提供する、宴席のインフラだ。

次に運転手は「終了時刻」の決定権を握れる。「そろそろ帰りましょうか」と切り出す特権がある。二次会、三次会とダラダラ続く飲み会に適度な区切りをつけられる。
これは酔った人にはできない芸当だ。しかも「安倍君を待たせている」という状況だけに、切り出されたら、誰も反対できない。
そして、毎回運転手を買って出ることで、参加者全員に小さな「恩」を売り続けられる。一回一回は小さくても、積み重なれば大きな信頼となる。酔った人は宴席で何があったか、何を発言したかは覚えていなくても、恩は忘れない。
おまけに、宴席でこちらが失言してもほとんど覚えていない。下戸にとって、これほど有利な立場はない。
■自分から飲みに誘って三次会まで付き合う
安倍の人間関係構築術で最も重要なのは、「絶対誘いを断らなかった」という点だ。お酒が飲めないことを理由に飲み会を避ける人は多い。

だが、それでは人間関係を構築する重要な機会を逃してしまう。安倍は飲めない事実を受け入れた上で、それでも積極的に参加する道を選んだ。
政治家になった後の幹事長時代のエピソードも興味深い。支援者は「飲まないのに、我々を焼き鳥屋に誘って、二次会、三次会にも付き合う。名前もよく覚えてくれる」と語っている。
注目すべきは、単に誘いに応じるだけでなく、自ら誘う側に回っていた姿勢だ。これは「飲めないから付き合ってあげている」という受け身ではなく、「一緒に楽しみたい」という能動性の表れだ。
さらに、「名前もよく覚えてくれる」という証言は重要だ。酔っ払いは往々にして前夜の出来事を忘れがちだが、シラフの人間は全てを記憶している。
誰が何を話し、どんな悩みを抱えているか、誰と誰の関係性はどうか。これらの情報は、のちの人間関係構築において計り知れない財産となる。これこそが時に、飲めないことが「最強の武器」になる理由だ。

■嫌な顔せず、毎日牛乳を買いに行く
安倍の人柄を最もよく表すのが、神戸製鋼時代に上司の牛乳を買いに行くエピソードだろう。
上司が医者に「健康のためにも飲酒前に牛乳を飲むように」といわれると、安倍は夕方になると嫌な顔一つせず誰にいわれるでもなく毎日買いに行っていたという。
このエピソードが示すのは、飲めない人だからこそできる気遣いだ。酔っ払って上司の愚痴に過剰に同意するような真似はできなくても、飲む前の健康管理は手伝える。
むしろ、下戸だからこそ、「そんなに飲んでたら体壊しますよ」と相手の健康を本当に心配し、継続的にサポートできる。「毎日欠かさず」という継続性は、一時的な酔いの勢いではなく、真の思いやりからこそ生まれる。
運転手や、牛乳係を務めることで、安倍は「飲めない」を「頼られる」に昇華させたといってもいいすぎではない、といったら大げさだろうか。
■下戸が持つ「4つの競争優位」を武器にする
安倍の例から学べる「お酒を飲めないことの強み」を整理してみよう。
1 記憶力という最強の武器
宴席での会話、約束、人間関係の機微を全て記憶できる。翌日、酔っ払いたちが何も覚えていない中、「昨日はありがとうございました。○○の件、とても興味深かったです」などと声をかけられることの価値は計り知れない。
2 観察力による情報収集力
酔いが進むにつれて変化する人々の様子を冷静に観察できる。
誰が誰を信頼しているか、誰が何に悩んでいるか、組織の本当の力関係はどうなっているか。これらの情報は、シラフの観察者にしか見えてこない。
3 安全性がもたらす絶対的信頼
運転手、介抱役、トラブル対応係。これらの役割を果たせる人間は、組織にとって必要不可欠だ。「あいつがいれば安心だ」という信頼は、酒を酌み交わす以上の絆を生む。
4 時間という最大の資産
二日酔いがない分、翌日から全力で仕事に取り組める。前夜の宴席で得た情報や人脈を、すぐに活かせる。
■飲み会にシラフで参加し続ける意味
神戸製鋼時代から政治家まで、一貫して宴席に参加し続けた安倍の累積効果は凄まじい。毎回の宴席で得た人脈、情報、信頼関係が、酒席での失敗や二日酔いで失われることなく蓄積されていく。
年単位で考えれば、この差は膨大なものになる。シラフで参加し続けて得られる優位性は、ビジネスパーソンにとって長期的に見れば決定的な差となって現れる可能性がある。
これら4つの強みは、安倍が実際に示した行動から明らかだ。
飲めないことを言い訳にせず、むしろそれを強みに変えて、独自の立ち位置を確立した。その結果が、神戸製鋼での信頼関係であり、政治家としての人脈構築につながったのである。
■今すぐ使える「運転手戦略」実践マニュアル
では、具体的にどう振る舞えばよいのか。安倍の例を参考に、「飲まずに場を支配する」実践的なテクニックを提案したい。
1 最初の一言で主導権を握る
まず、最初の一言が勝負だ。「すみません、体質的に飲めないんです」ではなく、「飲めない分、皆さんの運転手をさせてください!」と前向きに宣言する。飲めないことは悪ではないのだから、ネガティブではなく、ポジティブな表現で伝えることが重要だ。
2 「運転手特権」をフル活用する
運転手には特権がある。店選び(駐車場の有無)、時間管理(終了時刻の決定)、ルート決定(誰を先に送るか)。これらの決定権をうまく使えば、宴席全体をコントロールできる。酒は飲まなくても、場を飲み込んでいるのである。
3 場を盛り上げる特技を持つ
安倍の「オヤジの失敗談」のように、宴席で披露できるネタを準備しておく。手品、クイズ、面白い体験談など酒の代わりに場を盛り上げる武器を持てば、敵はいない。
4 積極的な世話役を買って出る
料理の取り分け、追加注文、写真撮影、会計の取りまとめ。これらを買って出ることで、「いてくれて助かる」存在になれる。
特に会計は、シラフの人間にしかできない重要な仕事だ。「なんでそんなことをしなければいけないのか」と思う人もいるだろうが、小さな恩の積み重ねが、あなたに圧倒的な優位の立場をもたらすはずだ。

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栗下 直也(くりした・なおや)

ライター

1980年東京都生まれ。2005年、横浜国立大学大学院博士前期課程修了。専門紙記者を経て、22年に独立。おもな著書に『人生で大切なことは泥酔に学んだ』(左右社)がある。

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(ライター 栗下 直也)
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