所得税の追徴税額が4年連続で過去最高を記録している。その背景にあるものはなにか。
元東京国税職員でマネーライターの小林義崇さんは「税務署は、確定申告などの内容チェックにAIを導入済で、その効果が追徴額に表れている」という――。
■申告期限が過ぎると本格的なチェック開始
2025(令和7)年分の所得税の確定申告期限(3月16日)に何とか駆け込み申告した人は「やっと終わった」ときっと胸をなで下ろしているでしょう。
しかし、申告書を出したら「おしまい」ではありません。
提出された申告書は、税務署で受理された後、内容のチェックを受けます。数字に不自然な点がないか、添付書類に不備がないか、他の資料と矛盾していないかといった点について確認が行われ、場合によっては税務調査の対象としてピックアップされます。
こうした確認作業を「申告審理」といい、確定申告シーズンが終わった後の税務署の重要な業務となっていますが、このチェック体制に大きな変化が起きつつあります。国税庁が、AI(人工知能)を導入したのです。
■追徴税額は4年連続で過去最高を更新中
まず、直近の事実を押さえましょう。
国税庁が25年12月に公表した「2024(令和6)事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」によると、2025年6月までの1年間に行われた所得税の調査等の件数は約73万6000件、追徴税額は431億円でした。この追徴税額は、4年連続で過去最高を更新しています。
私が注目したのが、この資料の冒頭に記されたこの一文です。
〈選定にAIを活用するなど、効率的かつ的確に調査等を行った結果、「調査等」による追徴税額の総額は過去最高〉
このように国税庁は成果の背景にAIの活用があることを公式に認めています。

前年の2023事務年度でも追徴税額は1398億円で過去最高を記録していましたが、今回はそれをさらに上回りました。しかも、実地調査(調査官が自宅や事務所を訪問するもの)の件数そのものは前年から減少しているにもかかわらず、追徴税額が増えているのです。
この理由ははっきりと示されてはいませんが、「AIが調査対象の選定精度を上げた結果」と見ることができます。
■申告漏れの「目利き」としてのAI
では、AIは税務調査の現場で具体的に何をしているのでしょうか。
誤解されがちですが、AIが直接税務調査の判定を下しているわけではありません。
国税庁の公表資料によれば、過去の申告漏れ事例を機械学習させた予測モデルを使って、「調査必要度の高い」納税者を抽出するのがAIの仕事です。抽出されたリストを見て、実際に調査に着手するかどうかを最終的に判断するのは人間の調査官です。
ただし、この判断の過程でAIが導入されたことの意味は小さくありません。
私が税務署に勤務していた頃、調査対象の選定はほとんど人間の目で行っていました。「この経費の増え方はおかしくないか」「収入金額に漏れがあるのでは」といった疑念があった場合、統括官の決済を受けたうえで税務調査の対象に選定するという流れです。
しかし、膨大な数の申告書について、つぶさに目を通すことは物理的に不可能で、どうしても大口案件や過去に問題があったケースにマンパワーが割かれていました。
AIが導入されるとマンパワーの限界を超えることができ、調査先の選定作業を効率化することができます。
そうすると、税務調査に避ける職員の人員も増えていくはずです。
結果的に、これまでは「うちは小さい(規模の会社だ)から大丈夫」と安心していた人も、税務調査のターゲットとなる可能性が高まります。
■AIは申告書のココを見ている
では、AIはどのようなポイントを見ているのでしょうか。
国税庁はアルゴリズムの中身や具体的な判定条件を公開していないため、ここでは公表資料や専門家の解説から読み取れる傾向をまとめます。
第一に、「きりのよい金額」が並ぶ申告は、機械的に目立ちやすいと考えられます。たとえば、売上が「ちょうど800万円」、経費が「ちょうど200万円」のように端数のない数字が続く場合、実額ベースというより概算に近い可能性があると判断される余地があります。
第二に、同業他社(者)や過去の統計と比べて、利益率や経費構成が大きく乖離しているケースです。国税庁は申告書データを業種・規模・地域などで集計しており、その平均値や分布と比較しながら、特異な値を示す申告を抽出することが可能です。たとえば、「同じ業種・同じ地域の平均と比べて、この事業者だけ経費率が極端に高い」といったケースは、AIによるスクリーニングで抽出される可能性が高いと考えられます。
第三に、前年との比較で売上や経費に急激な変動があるケースです。売上が前年の半分になっている、特定の経費科目だけが突然数倍に増えている、といった動き自体は必ずしも不正を意味しませんが、統計的に異常値として検出されやすい項目です。AIは、こうした異常値をもとに調査候補として自動的にピックアップする役割を担うと考えられます。

なお、国税庁が公表している統計では、申告漏れ所得金額が比較的高額となりやすい業種として、現金取引が多い業種や、自由診療のように収入の把握が難しい業種が上位に挙がる傾向が示されています。こうした統計情報によって業種ごとのリスク特性をAIの分析にも反映されている可能性もあります。
■「KSK2」で税目横断的なチェック可能に
さらに今年、さらなる大きな変化が加えられることが決定しています。
それは2026年9月に本格稼働予定の次世代基幹システム「KSK2(国税総合管理システム2)」です。
現行のKSKは1995(平成7)年から導入が始まり、30年以上が経過した古いシステムです。このシステムを税務署は税務調査に活用してきましたが、課題がなかったわけではありません。
最大の課題は、税目ごとにデータが縦割りで管理されている点でした。所得税の情報と法人税の情報、相続税の情報が別々のデータベースにあるため、それらを突き合わせるには職員の手作業が必要でした。
KSK2では、すべての税目のデータが統合管理されます。たとえば、個人の確定申告の内容と、その人が経営する法人の法人税申告の内容を、システム上で自動的にクロスチェックできるようになります。たとえば、「法人から社長個人に毎月支払われている家賃があるのに、社長個人の確定申告に不動産所得の記載がない」といった不整合を、人手をかけずに検出できるわけです。
■AI税務調査時代の現実的な対策
ここまで読んで、「どうすればいいのか」と不安になった方もいるかもしれません。
しかし、対策はシンプルです。
最も効果的な対策は、初めから正しい申告をすることです。当たり前のことを言っているように聞こえるかもしれませんが、これが基本です。AIがどれほど高精度になっても、AIが見ているのは数字のパターンの不自然さですから、正確な申告書に「不自然なパターン」は生じにくいのです。
もうひとつ重要なのが、経費などについて「きちんと説明できる状態」を作っておくことです。
AIは数字のパターンだけで判断しますが、その文脈まで読めるとは限りません。たとえば、大型の設備投資をした年に経費が急増したとして、それが正当な理由による変動なのか、不正な経費の水増しによるものなのかは、数字だけでは判断できません。
そのためにおすすめしたいのが、確定申告書の収支内訳書の備考欄や、青色申告決算書の「本年中における特殊事情」欄の活用です。「○月に店舗改装のため設備投資を実施」「大口取引先からの受注により売上増」といった一言を記載しておくだけで、数字の背景が伝わります。AIがリストアップした候補を人間の調査官がチェックする段階で、「なるほど、こういう理由か」と判断する材料になります。
領収書や請求書といった証拠書類も、申告後に捨てずに保管しておくことが大切です。青色申告者の場合、帳簿は7年間の保存義務がありますが、義務の有無にかかわらず、「聞かれたら答えられる」状態を保っておくことが、安心につながります。

■「AI指摘→即課税」ではない
最後にお伝えしたいのは、「AIの判定=課税」ではないということです。
仮にAIが「この申告書は調査の必要性が高い」と判定したとしても、それだけで追徴課税が行われることは絶対にありません。
AIが行うのは候補の抽出までですから、そこから先は調査官が証拠資料に基づいて事実認定を行い、税法に照らして適正かどうかを判断するというプロセスを踏みます。
つまり、AIがいくら「怪しい」と判定しても、申告内容が事実に基づいており、それを裏づける証拠がそろっていれば、課税されることはありません。
正しく申告している場合は、調査を受けても「指摘事項なし」で終わります。税務調査は、不正を見つける場であると同時に、申告が正しかったことを確認する場でもあるのです。
AI時代の税務調査を過度に恐れる必要はなく、大切なのは、正確な記帳、正しい申告、そして自分の経費や収入などを「聞かれたらいつでも説明できる」状態にしておくこと。
これが、AIが導入される前から変わらない確定申告の基本中の基本です。

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小林 義崇(こばやし・よしたか)

フリーライター

1981年福岡県生まれ。西南学院大学商学部卒業。2004年に東京国税局の国税専門官として採用され、以後、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事。2017年7月、東京国税局を退職し、フリーライターに転身。
書籍や雑誌、ウェブメディアを中心とする精力的な執筆活動に加え、お金に関するセミナーを行っている。『超改訂版 すみません、金利ってなんですか?』『僕らを守るお金の教室』(ともにサンマーク出版)、『元国税専門官がこっそり教える あなたの隣の億万長者』(ダイヤモンド社)、『2050年のインド経済 急成長する巨大市場の現在地と未来図』(NEXTRAVELER BOOKS)、『相続税調査でわかった 富裕層が大事にしている「お金の基本」』(講談社)ほか著書多数。

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(フリーライター 小林 義崇)
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