■エネルギーショックは長期化の様相
残念ながら、イラン情勢の緊張が続いている。そのため、イラン発のエネルギーショックも長期化の様相を呈し始めた。
そしてこのことが、グローバルに経済活動を下押しする可能性も高まっている。例えば、中東産の石油製品への依存度が強いアジア各国の航空会社は、いわゆる燃料サーチャージ(燃油特別付加運賃)を軒並み引き上げている。
いくつか事例を挙げると、中国の中堅航空会社である上海吉祥航空は、3月20日より中国と東南アジア各国を結ぶ国際線の燃料サーチャージを400元から600元ほど、日本円にして1万円前後、引き上げた。大手航空会社である中国国際航空と中国東方航空、中国南方航空の3社も、4月より燃料サーチャージを引き上げるとの観測がある。
オーストラリアでは、最大手のカンタス航空が国際線の運賃を引き上げたほか、準大手のヴァージンオーストラリア航空も、3月24日以降の新規予約分を対象に、国内線運賃を値上げした。またタイ国際航空が3月中に10%から15%の運賃の引き上げを予定しているほか、インドのインディゴやアカサ・エアなどが運賃を値上げしている。
■航空運賃アップが続々
日本でも、4月以降に航空運賃が国内線、国際線の両方で上昇する見通しである。イラン発のエネルギーショックでジェット燃料(ケロシン)の価格が急騰したほか、高市政権が発足して以降、円安が進んだために、燃料サーチャージを引き上げざるを得なくなったためだ。航空のみならず、船舶も重油の価格高騰で運賃が高騰する見込みだ。
イラン情勢が袋小路に入りつつある中で、エネルギーショックによる悪影響が、実体経済を大いに蝕む状況となりつつある。それというのも、エネルギーショックが価格にとどまらず、数量の問題に転じてきたためである。要するに不足の問題だ。
航空サービスで言えば、運賃の上昇のみならず、減便や欠航が意識される状況となってきている。
イラン情勢が短期のうちに小康状態を取り戻さなければ、今回のエネルギーショックがグローバル経済に与える悪影響は、2022年に生じたロシア発のエネルギーショックよりも一段と酷くなる。ロシア発のエネルギーショックは、基本的にヨーロッパを中心にする出来事だった。グローバルにエネルギー供給が減る出来事ではなかったわけだ。
具体的に説明すると、ロシア発のエネルギーショックは、ヨーロッパがエネルギーの調達先を、ロシアから第三国にスイッチする際に生じたショックに過ぎなかった。一方のロシアは、中国やインドなどヨーロッパ以外の国々へエネルギーを供給したため、グローバルなレベルでエネルギーの供給が下振れするような事態にはならなかった。
■ロシア発のショックとは大違い
しかし、今回のイラン発のエネルギーショックは次元を違えている。イランだけではなく、湾岸諸国の採掘施設や精油施設が破壊された。これではホルムズ海峡の事実上の封鎖が解かれたところで、エネルギー供給が直ぐに回復することにならない。グローバルなエネルギーの供給が大きく下振れすることは避けられない情勢となってしまった。
アメリカのドナルド・トランプ大統領は、イラン発のエネルギーショックは基本的にアジアの問題だと指摘している。当事者意識を欠いており不用意だと言わざるを得ない発言だが、この指摘は正しく、かつ間違いでもある。
正しい面は、確かに日本を含めたアジア各国は中東産のエネルギーへの依存度が高いため、悪影響が直撃する点だ。
対する間違いは、中東産のエネルギーの供給の物理的な減少で、アメリカもまたグローバルなエネルギーショックの悪影響を免れない点だ。アメリカは原油の純輸出国だが、裁定取引を通じて、結局はアメリカのエネルギー価格も高騰し、インフレが加速することになるためである。自ずと個人消費が失速するため、アメリカ景気も低迷する。
■原油高でアメリカは潤うのか
エネルギー不足に窮するヨーロッパやアジアがアメリカ産のエネルギーの輸入を増やすことで、アメリカが潤うといった見方もある。確かに、ヨーロッパの原油価格(ブレント)に比べると、アメリカの原油価格(WTI)は安いため、高騰した船賃を支払っても、うまみがある取引は成立する。しかし、アメリカが潤うという見方は楽観的過ぎる。
アメリカの貿易収支の動きを原油収支と原油外収支とで分けると、原油収支の黒字は名目GDP(国内総生産)の0.2%程度に過ぎないことが確認できる(図表1)。アメリカは世界最大の産油国であるが、同時に消費国でもあるため、輸出余力はそう高くない。それに、仮に黒字が1%に膨れ上がったとしても、原油外収支の赤字は相殺できない。
トランプ関税の影響で3%台まで縮小したとはいえ、ならして見れば、原油外収支の赤字は名目GDPの5%程度だ。そもそもエネルギー関連産業が持つアメリカ経済への波及効果は限定的だから、アメリカからエネルギーの輸出が増えたところで、国民がその恩恵を感じることはない。
対して、国民はエネルギー高の痛みを強く感じることになる。
■11月の中間選挙が危うい
現に、アメリカの原油価格(WTI)はヨーロッパ(ブレント)より安いが、水準そのものは上昇している。このままの状況が続けば、折角2%台前半まで低下してきたアメリカの消費者物価も、エネルギー高の影響で伸びが再び加速する(図表2)。これでは国民の不満が募るため、トランプ大統領は11月の中間選挙で勝つことができない。
トランプ大統領は貿易赤字の削減を政治課題に掲げている。当初はそれをトランプ関税という強引な手段で実現しようとしたが、この取り組みは事実上、頓挫している。しかし、トランプ大統領が誘発した今回のエネルギーショックが、アメリカ景気を失速させ、結果として貿易赤字の削減につながるとしたら、それはこれ以上ない皮肉である。
■いつまで円安を放置するのか
エネルギーは経済活動の血液だ。その価格が上昇すれば、ありとあらゆるモノやサービスの価格が連れ高となる。それだけではなく、数量そのものが不足すれば、モノやサービスの生産そのものが覚束なくなる。優先されるべきは、とにかく数量の確保である。数量を確保するうえでは、産油国との政治交渉のみならず、強い通貨が武器になる。

石油やガス以外のモノを購入したい産油国の立場からすれば、貿易を通じて獲得したいのは、購買力が高い強い通貨である。それは流動性の観点からはドルであるし、政治性の観点からはユーロだろう。円が好まれる理由がないからこそ、有事でも円は一向に買われない。こうした状況を、政府と日銀はいつまで放置し続けるのだろうか。
輸出を吹かすためには円安が必要だといっても、そもそもエネルギーが無ければ、輸出するモノが作れない。中東へのエネルギー依存度を下げ、他の産油国との間でエネルギーの安定調達を進めるためにも、強い通貨は欠かせない。弱い通貨を放置するなら、日本は価格と数量の両面からエネルギーショックの悪影響を強く被るだけである。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員

1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)

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