■米クルマ社会に広がる動揺
全米で最もガソリンが高い州として知られるカリフォルニアに、イラン戦争の衝撃が押し寄せている。
全米自動車協会(AAA)によると、州平均のガソリン価格は1ガロン5.5ドル。これはリットル換算で約227円/Lに相当し、史上最高値を更新した日本の全国平均190.8円すら上回る。
米公共ラジオ放送局のNPRはサンノゼ市内のスタンドで、消費者の声を集めた。新車のメルセデスSUVで乗り付けたカーン・リキさんの目に映ったのは、レギュラー6ドル(約247円/L)、プレミアム6.39ドル(約263円/L)の店頭表示だったという。「先週この車を買ったとき、こんなことになるとは思いもしなかった」と語るリキさんのように、動揺はクルマ社会の全米に広がっている。
ディーゼル価格も1ガロン5ドル(約206円/L)を突破し、3年以上ぶりの高値を付けている。
トラック、鉄道、河川を行くバージ船など、アメリカの物流を担う輸送手段は、多くがディーゼル燃料で動く。米ビジネスニュース専門局のCNBCによると、全国平均は1ガロンあたり5.04ドル(約208円/L)。アメリカ・イスラエルがイランへの大規模空爆に踏み切る前日と比べ、34%急騰した。
ディーゼルが上がれば、モノを運ぶコストが一斉に膨らむ。トラック会社や鉄道会社はすでに燃料サーチャージを引き上げており、その上乗せ分を最終的に背負うのは消費者だ。
■海運の急所が封じられた
アメリカや世界を揺るがす危機を呼び起こしたのは、幅わずか34キロのホルムズ海峡だ。
この海峡で今、150隻を超えるタンカーが身動きのとれないまま、ペルシャ湾内に停泊している。ベルギー発EU専門英字メディアのブリュッセル・シグナルによると、超大型原油タンカー(VLCC)の運賃は航行1日あたり42万ドル超(約6510万円)と史上最高値を記録した。前日比94%超の急騰である。
海運大手のマースク、MSC、CMA CGM、ハパックロイドの4社がそろって同海域を含む運輸の予約受付を停止した。主要保険会社も、そろって戦争リスク保険を解約している。ホルムズ海峡はペルシャ湾から外洋へ出る唯一の海上出口であり、船舶の迂回路は存在しない。紅海沿岸とアラビア海側に抜けるパイプラインが2本存在するが、合計でもホルムズ海峡の通常の通過量約2000万バレルには遠く及ばない。
航路が塞がれると同時に、生産拠点自体も攻撃にさらされている。米シンクタンクの大西洋評議会の分析によれば、3月2日、イランのドローンがカタール国営エネルギー会社カタールエナジーのラスラファンLNG施設を直撃した。
同社はわずか2日後に不可抗力(フォースマジュール)を宣言し、供給契約の履行を中断した。仮に紛争が即日終結しても、施設の完全復旧には数週間から数カ月を要する見通しだ。
カタール北部の工業都市ラスラファンにはLNG施設に加え、世界最大の尿素プラントもある。LNGも窒素肥料も、原料は同じ天然ガスだ。ひとつの施設が止まっただけで、エネルギーと肥料の供給網が同時に断たれた。
カタール国営衛星テレビ局のアルジャジーラによると、インドではすでに3カ所の尿素工場が減産を余儀なくされ、バングラデシュでは5カ所中4カ所の肥料工場が操業を停止した。
■肥料・食料問題は石油より深刻
肥料問題は食料供給に直結するため、石油よりも厄介とも言える。
石油であれば、安全弁がある。米ビジネス誌のフォーチュンが報じるように、3月11日、国際エネルギー機関(IEA)加盟32カ国は緊急備蓄から4億バレルの放出に全会一致で合意した。だが肥料には、世界に主だった備蓄がない。
米シンクタンクのカーネギー国際平和基金によれば、世界の肥料海上貿易のおよそ3分の1がホルムズ海峡を通る。
危機対応の現場でも、肥料は後回しにされがちだ。同基金は、肥料は石油より経済的価値が低いと指摘。海峡を強硬突破するとしても、海運会社も護衛艦を出す海軍も、まず石油を選ぶ。一方、G7各国に肥料の戦略備蓄は一切なく、海峡が再開通しても正常化には数週間を要する見通しだ。
肥料の価格はすでに急騰している。アルジャジーラが伝えたエネルギー・商品価格調査機関アーガスのデータによると、中東産の尿素輸出価格は約40%跳ね上がり、1トンあたり700ドル強(約10万5000円強)に達した。前年同期比で約60%高い。モーニングスター社のアナリスト、セス・ゴールドスタイン氏は、窒素肥料で現水準のおよそ2倍、リン酸肥料でも約50%の上昇がありうると見る。
■「25年で初めて」英独農家に肥料届かず
4月には春の作付けシーズンが控えており、残された猶予はわずかだ。
イギリスでもドイツでも、農家は肥料と燃料の確保に追われている。
燃料や肥料が手に入っても、価格は最大75%跳ね上がっている。それどころか、業者に問い合わせても価格の見積もりすら出してもらえない日があるという。ディーゼル燃料の調達に25年間あたってきた同氏は、「こんな状況は初めてだ」と語る。4月初旬の期限までに調達のめどが立たなければ、作付けを断念する農家が出かねない。種がまかれなかった畑から、秋に穀物は採れない。
加えて、仮に見積もりが出たとしても、採算が取れるかは別問題だ。欧州のニュース専門放送局ユーロニュースが取材したドイツ・ザクセン=アンハルト州のパウル・ヘンチキ氏は、80ヘクタール(東京ドーム約17個分)の農場を副業で営む。大規模農家のように秋のうちに備蓄する余裕はなく、今の高値で買うほかない。
尿素は1トン550ユーロ(約8万8000円)、石灰硝酸アンモニウムは同370ユーロ(約5万9200円)。ところが、飼料用小麦の売値は1トンわずか168ユーロ(約2万6880円)だ。肥料を買えば、小麦を売っても手元にはほとんど残らない。
■「脱ロシア」から始まった誤算
こうしたことから、ホルムズ海峡封鎖の影響は日米のガソリン価格だけでなく、長引けば世界的な食料価格にも及ぶとみられる。
欧州の農業は、なぜここまで海峡の封鎖に脆いのか。答えは、2022年のロシアのウクライナ侵攻を機にEUが踏み切ったエネルギー大転換、その副作用にある。
EU政策を報じる欧州のニュースサイト、ブリュッセル・シグナルによると、ガス価格急騰のあおりで欧州の窒素肥料生産能力は約70%低下し、以来、化学産業界は3700万トンの生産能力と2万人の雇用を失った。新規投資も年270万トンから30万トンへ激減したといい、もはや肥料を欧州が自前でまかなえる状態にはない。
EUは2027年末までにロシア産ガスを全面停止する計画を掲げるが、米シンクタンクの大西洋評議会によれば、代替先の柱であるはずのアメリカ産LNGさえ、中東情勢の悪化で供給が危うくなっている。ドイツの原発全廃に象徴されるように、域内ではエネルギー基盤全体が揺らぎ始めている。同評議会の表現を借りれば、欧州は「銃撃戦にナイフで挑む」ような厳しい状況だ。
中でもドイツでは、空洞化がいっそう際立つ。ユーロニュースの取材に対し、ドイツ農業工業協会(IVA)のマルティン・マイ専務理事は、ロシア産ガスなしでは採算が合わず、国内の肥料工場が次々と閉鎖に追いやられていると語った。
農業以外に目を向ければ、航空産業もまた、ホルムズ海峡への依存が顕著だ。
■補助金と備蓄で時間を稼ぐ日本
日本も影響を免れない。米ブルームバーグが伝えた3月16日時点のレギュラーガソリン全国平均は、1リットル190.8円。経済産業省によれば、史上最高値だ。
資源エネルギー庁は、わずか1週間で29円跳ね上がったとしている。都内の一部スタンドではすでに200円の大台を超えた。政府は19日から補助金を投入したが、心許ない財源でいつまで続けられるか不透明だ。
燃料補助の基金残高は約2800億円にすぎない。みずほリサーチ&テクノロジーズのチーフ日本経済エコノミスト、服部直樹氏の試算では、ガソリン小売価格が200円水準で推移すれば、4月半ばには資金が底をつく。2025年度の予備費を投じても8月半ばまで、2026年度分まで注ぎ込んでも12月半ばが限界だという。ホルムズ海峡の危機が長引けば、政府は数カ月で補助金の原資を使い切る。
航空券も値上がりを免れない。国際航空運送協会(IATA)のウィリー・ウォルシュ事務局長は、航空業界では燃料費が運営コストの約4分の1を占めており、運賃は最大9%上がる可能性があると指摘。日本発着の路線も例外ではない。
■ガソリンが配給制になった国も
先進国が補助金で値上がりを緩和する一方で、新興国ではすでに深刻な燃料危機が到来している。一部では配給制が始まった。
アルジャジーラによると、スリランカは3月15日、QRコードによる燃料の割当制に踏み切った。車両の所有者はオンラインで事前に登録し、取得したQRコードをスタンドで提示しなければ給油できない。係員がコードをスキャンし、車両ごとに週の給油量を管理する。
上限は乗用車で週15リットル、バイクはわずか週5リットル。バングラデシュも3月6日、買い占めやパニック買いの広がりを受け、燃料の1日あたり販売量に上限を課した。
配給制限だけでは足りず、各国は需要自体を削りにかかっている。フォーチュンによると、タイ政府は3月10日、公務員にエレベーターではなく階段を使うよう命じ、冷房設定を27度に引き上げた。スーツに代えて半袖シャツの着用を推奨し、危機が続くかぎり在宅勤務するよう指示している。同国のエネルギー備蓄は残り約95日分。なりふり構ってはいられない。
ベトナムでも各企業に在宅勤務を要請し、フィリピンは週4日勤務制を打ち出した上で、政府職員の出張は不可欠な業務に限るとの方針を示した。パキスタンも政府機関を週4日勤務に切り替え、学校を閉鎖。バングラデシュは断食明けの祭りイード・アル=フィトルの休暇を前倒しして大学を休校している。
■世界各地が対応を迫られている
商業向けのLPG(液化石油ガス)の供給を止め、家庭用に振り向けたインドでは、影響が食卓にも表れ始めた。
米CNNが取材したインド北西部ジャイプールの人気茶屋「グラブジ・チャイ」では、ガスの火が使えなくなり、名物のサモサとバンバターがメニューから消えた。
サモサは高温の油で長時間揚げて軽やかな口当たりに仕上げる伝統料理で、電磁調理器では再現できない。「普段は行列ができる看板メニューなのに」とオーナーのチェタン・シンさんは嘆く。チャイは電磁調理器で沸かしているが、「同じ風味にはならない。ガスの火でしか出せない熱と香りがある」という。
アメリカ・イスラエルとイランの戦争が、インドの伝統を脅かしている。
ホルムズ海峡の封鎖で、暮らしと経済は途上国から順に追い詰められている。石油備蓄で当座を凌ぐ日本も、ガソリンや生活物資、食料の値上がりは他人事ではない。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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