定年前後の社員はどのような身の振り方をするのがいいのか。パーソル総合研究所シンクタンク本部・上席主任研究員の藤井薫さんはミドルシニア労働市場のスペシャリストの見立てをまとめると「継続勤務ではなく転職を選択する場合、それを成功させるためには4つのポイントがある」という――。

※本稿は、藤井薫『定年前後のキャリア戦略 データで読み解く60代社員のリアル』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■1.「年収×勤務可能年数」で考える
50代の会社員が現在の年収を基準として転職後の年収を想定すると、たいていの場合、「金額ショック」を受けることになります。
特に大手企業で部長を務め、年収1200万~1300万円もらっていた人は「転職して年収が下がっても1000万円くらいはもらえるだろう」と考える傾向があります。
しかし、現実には50代の転職者に1000万円を支払う企業は極めて限られています。転職エージェントから「700万円の中堅企業の部長ポジションはいかがですか」と提案されると、転職市場の年収相場を理解していない転職未経験者は「え、700万円なの?」とギャップに驚くことになります。
前回の転職から年数が経っている転職経験者の場合も同様です。本人はそんなつもりではなくても、転職エージェントから見ると「高望み」だということです。
継続勤務者と55歳以降での転職者の年収のボリュームゾーンは、60代前半、60代後半ともに、継続勤務者のほうが高年収です(図表1参照)。この継続勤務者優位の状況は、50代後半においては一層顕著です(図表2)。
50代後半の継続勤務者はまだ60歳での処遇見直し前であり、ボリュームゾーンは「600万~800万円未満」。一方、転職者のボリュームゾーンは「200万~400万円未満」であり、大幅に低くなっています。
60代の場合は、60歳時点でいったん年収が下がっていることもあって、継続勤務者と転職者の年収差がやや小さくなっています。

■転職で年収を維持できる確率は4割以下
さらに詳しく見てみましょう。転職者で「800万~1000万円未満」の年収を得られる人の割合は、継続勤務者の3割未満しかいません。「600万~800万円未満」も、継続勤務者の半分以下です。継続勤務者では「600万~1000万円未満」は「標準~中の上」クラスの年収であり、全体の4割強を占めていますが、転職者でその年収の人は16.4%しかおらず、どちらかというと「中の上」というよりも「上」クラスに近い位置づけです。
転職しようとするのであれば、「標準~中の上」クラスの年収を得ている50代後半の継続勤務者、つまり、ごくふつうの50代後半の会社員にとって、転職で年収を維持できる確率は4割以下だということを頭に入れておいてください。
■教育費や住宅ローン抱える60代
60代でも子供の教育費や住宅ローンの負担を抱える人は珍しくありません。そうでなくても、働く理由は「生計を維持したいから」が最多です。お金は譲れない条件だと考える人も少なくないはずです。
しかし、転職によって「年収」を上げることは、現実問題としては、かなりハードルが高いと言わざるを得ません。単年度の収入よりも、「年収×勤務可能年数」の総額に目を向けましょう。
60代以降の処遇は、給与引き下げの有無や比率、定年年齢、再雇用後の勤務可能年数など、企業によって異なります。60代社員の給与を今後引き上げる予定の企業は2割を超え、現在検討中の企業を加えると6割近くになります(図表3参照)。

一方で、およそ4分の1の企業は、その予定もなく、検討もしていません。仮に転職で年収が3割下がっても1年長く働けるのであれば、生涯賃金は高くなります。
50代後半以降の転職は、応募先企業の60代以降の処遇と今後の方針を十分確認する必要があります。
■2.応募社数が決めてになる
厚生労働省「令和5年雇用動向調査」によると、50代後半~60代前半の転職入職率は、55~59歳男性が6.6%、女性が7.6%、60~64歳男性は13.5%、女性は7.6%です。
転職入職率とは、常用労働者数に対する転職で入職した人の割合です。図表2のサンプル数を見ても継続勤務1015名に対して転職61名ですから、50代後半の転職入職率は6~7%と見てよさそうです。
60代前半の数値が高くなっているのは、「同じ会社による定年後再雇用」が含まれているためです。定年後再雇用による転職入職率は公表されていませんが、それを除くと、60代前半の転職入職率はおそらく50代後半の数値以下だろうと思われます。
50代後半以降の転職は狭き門です。ただ、若い人であっても数社に応募しただけで転職が決まることは稀なようです。若年層も含めて、2024年にdodaを利用して転職した人の平均応募社数は、エージェントによる書類応募を合わせると32社で、半数近くの人が21社以上応募しています。
数字のうえでは、「1社以上の内定を得るためには、5社の面接を受ける必要があり、そのためには26社の求人に応募する必要がある」ということのようです。

ちなみに、関東地区の40代以上の平均応募社数は、営業職41.2社、企画・管理職39.5社、クリエイティブ職41.6社、技術職(IT/通信)40.9社、事務・アシスタント職41.9社と、多くの職種で約40社です。
50代以降になると、40~70社、人によっては100~200社への応募が必要なこともあります。応募社数がKSF、重要成功要因になっています。転職活動期間は一般的には3カ月ですが、50代、60代では4カ月以上かかる人が3割程度、さらに長期にわたる人も1割程度。ただし、これは、求職者が年収、勤務地、企業規模、業種などの条件を早期に現実的なレベルに調整できるかどうか、「目線下げ」のタイミングに大きく左右されます。
つまり転職するなら、3~4カ月で40~70社に応募するつもりで臨む必要があるということです。場合によっては持久戦になります。かなりの気力・体力が必要です。
■3.現実的な選択肢を広げる
50代、60代にとっては、不動産、サービス業、建設業のように65歳以上が活躍している業界と、たとえばIT業界とでは転職の難易度に雲泥の差があります。中には「65歳以上がほとんど働いていない業界」もあり、同業界ではなく、65歳以上が活躍している業界に目を向けることが必要です。
65歳までは継続雇用義務があるため、どの業界でも60代前半社員が働いていますが、60代後半社員が働いていないということは、基本的に高齢層の社員を雇用したくない企業だと考えられるからです。
従業員の平均年齢は、応募者の年齢に対する許容度のバロメーターになるようです。

「たとえば先日、地方にある従業員1000人規模の企業で55歳の求職者が採用されたんですが、人事部長は、『平均年齢が57歳なので、55歳はまったく気にならない』と言っていました。そこでは、55歳は『中堅ぐらいだね』という感覚なのです」
■地方企業ほど従業員の高齢化
この現象には地域差もあります。地方にある企業は一般的に従業員の年齢層が高く、大都市圏の企業は相対的に若い傾向にあります。さらに、新型コロナ禍でリモートワークが普及して、地方在住者が大都市圏の企業で働くことができるようになったため、地方企業従業員の高齢化がより顕著になっています。地方では大都市圏よりも若手人材の確保が難しいことも相まって、ミドルシニア層の採用に積極的にならざるを得ない状況になっているわけです。
「激戦区の東京にこだわらず、千葉、埼玉、神奈川に範囲を広げれば、選択肢が大幅に増えます。企業規模についても中小企業に目を向ければ、大手企業での経験が高く評価されて、『モテモテになる』可能性もあります。それに、中小企業は定年制度が柔軟で、70歳まで働ける企業も少なくありません」
企業規模については、小さい会社には小さい会社なりのよさもあります。たとえば、「職場における自分の役割は重要だと感じている」60代の転職者は半数以下(図表4参照)ですが、実は50代後半の転職者では4割にも達していません。会社が小さければ小さいほど、そのような思いを抱くことは少なくなるはずです。会社の規模や知名度にこだわることには、さほど意味がありません。
40~70社の応募が必要だとすると、業界、勤務地、企業規模の選択肢をどれだけ広げられるかを、早期に検討する必要があります。

■4.キャリアの棚卸しと市場価値の発見
当然のことながら、50代、60代はポテンシャル採用というわけにはいかず、即戦力採用です。自分は何ができるのかを、的確にアピールする必要があります。
「本人が自分のキャリアの中でセールスポイントだと思っていることと、企業が魅力を感じることとは、結構異なっているものなんです。求職者が『自分のメインの仕事ではない』と考えている経験が、実は市場で高く評価される場合があります。たとえば、あるシステムの導入経験や、ニッチな法規制への対応経験など、一見すると汎用性が低そうな経験が、特定の企業にとっては喉から手が出るほど欲しいスキルだったりします」
50代、60代に限らず、キャリアの棚卸しが極めて重要です。しかし、昨今は「キャリア自律」が強調されていますが、50代、60代社員の多くは、キャリアを自分で考えることに慣れていません。自分に社外で通用する専門性やスキルがあると考えている人は、次の通りです。
・50代後半の継続勤務者55.6%、転職者59.5%

・60代前半の継続勤務者59.4%、転職者65.2%

・60代後半の継続勤務者64.9%、転職者66.4%
各年代とも、継続勤務者よりも転職者のほうがやや高くなっていますが、大差ありません。いずれにしても6割前後に過ぎません。おそらく自分の専門性を的確に定義できていないのです。
■自分のキャリア「細かく」棚卸しを
50代社員、60代社員は数十年のビジネスキャリアを持っています。もう一度、自分のキャリアを「細かく」棚卸ししてみましょう。

筆者のお勧めは、職種、製品サービス、市場(顧客、地域)の3軸での棚卸しです。
たとえば職種であれば、「人事」ではざっくりし過ぎています。採用なのか人材育成なのか、要員計画、異動配置、制度企画、人事評価、報酬管理、後継者計画、組織開発、それとも給与計算や福利厚生、ほかにも労使関係管理など、さまざまな機能があります。
また、採用であっても新卒なのかキャリア採用なのか。文系採用なのか技術系採用なのか、棚卸しのメッシュをできるだけ細かくするのです。製品サービス、市場についても同様です。そして、それらの組み合わせを考えてみてください。きっと自分ならではの専門性を定義できます。これまでとは異なる業界の企業でも、自分のこだわりの専門性を活かせる仕事が見つかるかもしれません。

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藤井 薫(ふじい・かおる)

パーソル総合研究所シンクタンク本部 上席主任研究員

電機メーカー人事部・経営企画部を経て、総合コンサルティングファームにて20年にわたり人事制度改革を中心としたコンサルティングに従事。その後、ソフトウェア開発企業にて取締役タレントマネジメントシステム事業部長を務める。2017年8月パーソル総合研究所に入社、タレントマネジメント事業本部を経て20年4月より現職。メディアへの寄稿も多数。著書に『人事ガチャの秘密』『ジョブ型人事の道しるべ』(ともに中公新書ラクレ)。

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(パーソル総合研究所シンクタンク本部 上席主任研究員 藤井 薫)
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