■海外では日本の備蓄量を「95日分」と報道
英経済紙「フィナンシャルタイムズ」(FT)は2026年3月9日、『戦略備蓄の協調放出についてG7が協議』と題する記事(*1)を掲載した。
一読して違和感を覚えた筆者はその日の夜、SNSに次のようにポストした。
〈当該「FT」記事によると、IEA加盟国の戦略国家備蓄合計は12.4億バレルで、米日が7億バレルを占めている、とある。米国のSPRは、EIAが毎週発表しているように約4.15億バレル。ということは、日本の戦略国家備蓄は約2.85億バレルで、消費量約300万BDの約95日分〉
SPRとは米国の戦略国家備蓄のこと。EIAは米国エネルギー省エネルギー情報局を指す。
BDはBarrel per Dayすなわち日量バレル(1日あたりの石油消費量)だ。フィナンシャルタイムズは日本の戦略国家備蓄を2億8500万バレル(約4500万キロリットル=KL。換算1KL=6.29バレル)としている。これは計算上、約300万BDの消費量の約95日分に過ぎない。
すると3月11日の夜、高市首相はガソリン価格を170円程度に抑えるために「わが国単独」でも備蓄を放出すると発表。16日から実施されているが、ただこれは民間備蓄の「備蓄義務日数の減少」という方式であるため、実際に備蓄石油が放出されているわけではない。
その3時間後にG7(主要先進7カ国)サミットも合意し、ほぼ同時にIEA(国際エネルギー機関)は傘下の32カ国が備蓄を協調放出するとの声明を出した。
この一連の流れの中で、メディアはこぞってわが国の備蓄は254日分あると報じた。8カ月分もあるから大丈夫だ、というメッセージである。
ただ、肝心の備蓄日数についてフィナンシャルタイムズは「95日」と言い、日本のメディアは「254日」と報じている。この差はどこから生じているのだろうか。
*1 G7 discuss joint release of emergency oil reserves
■「国家備蓄」は146日分
IEAは加盟国に、前年の輸入量に対して最低90日分の備蓄を保持すること義務付けている。
これに基づきわが国は、備蓄法で民間に70日分の備蓄義務を課し、これとは別に国家備蓄及び産油国共同備蓄を保持している。
NHKは3月11日夕方に『最後の砦“備蓄”? なぜ放出?』と題する解説記事(*2)を掲載した。おそらく元データは、経済産業省が定期的に発表している『石油備蓄の現況』だろう。
『石油備蓄の現況』最新版(*3)によると、2026年1月末現在の備蓄は概略次の様になっている。
・国家備蓄 原油4177万KL 石油製品142万KL 146日分
・民間備蓄 原油1278万KL 石油製品1500万KL 96日分
・産油国共同備蓄 原油191万KL 6日分
合計 7289万KL 248日分
若干解説を加えると、「国家備蓄」とは、全国10カ所にある備蓄基地に保管されているものである。
*2 NHK ONE「“最後の砦” なぜ備蓄?いつ放出?」
*3 「石油備蓄の現況」資源エネルギー庁
■日本の石油消費量を少なく見積もっている?
一方、「民間備蓄」とは、備蓄法で民間石油会社に最低70日分の備蓄を保有する義務を定めているものだ。
そして「産油国共同備蓄」とは、産油国と契約を締結し、わが国が貸与する貯蔵タンクに、産油国が原油を搬入して貯蔵しているものである。
現在のパートナーはサウジアラビアとUAE(アラブ首長国連邦)の2カ国。わが国にとっては、非常時には優先的に使用できる(ことになっている)というメリットがあり、所有権は産油国にあるのだが半量は日本の備蓄量としてカウントできるとIEAから認められている。
つまり、産油国の財政負担でわが国が「備蓄」を保持できる仕組みである。
優秀な経産官僚の「作品」である。
だが『石油備蓄の現況』の数値をチェックしてみると奇妙な事実に気が付く。
合計保有備蓄量が7289万KL(≒458478千バレル)で備蓄日数が248日だから、日本の消費量は約180.5万BDということになるのだ。
日本の消費量は本当にこんなに少ないのだろうか?
筆者が手元に置き、事あるごとに参照している統計集がある。大手国際石油「BP」が1953年から2022年まで発行していた「BP統計集(BP Statistical Review of World Energy)」である。
同社は、エネルギー移行の時代に化石燃料中心の統計集を作成・公表し続けるのは望ましくないとして中断し、それまで共に作業をしてきた「Energy Institute(EI)」(*4)に発行を任せることとした。2023年以降は、若干内容を簡素化したが「EI統計集」として基礎データを公表し続けている。
斯界(しかい)の雄、ダニエル・ヤーギンは海外出張に出るとき、必ず持っていくものが2つある、一つはパスポートで、もう一つは「BP統計集」だと語っていたと伝えられていた。それほど信頼性の高い統計集なのである。
当該統計集によると、日本の消費量は次の様に推移して来ている。
2005年……5,386千BD(以下同)
2010年……4,429
2015年……3,997
2020年……3,285
2024年……3,252
このように近年、日本の石油消費量は右肩下がりで減少し続けているが、それでも300万BDを割ってはおらず、前述『石油備蓄の現況』が前提としている180万BD程度にまで落ち込んでいるとは考えにくい。
どこかに「数字のカラクリ」があるのではないだろうか。
*4 Energy Institute
■民間備蓄の正体は「運転在庫」?
さらに疑問がある。
前述『石油備蓄の現況』には、国家備蓄とは別に「原油1278万KL、石油製品1500万KL、合計76日分」の「民間備蓄」があると記されている。
ただ、実態として、これらは「在庫」ではないだろうか。
石油会社は必ず操業上、必要な在庫を保持しているものだ。中東から原油が日本に到着するまで、通常3週間程度を要する。
つまり、日本の石油備蓄のうち、「民間備蓄」とされているものの大半は「備蓄」ではなく「在庫」と考えるべきではないだろうか?
筆者の経験では、石油会社は安定操業を維持するために、原油と石油製品合計で少なくとも「60日」分程度の在庫を保管している。備蓄法が民間石油会社に「70日」の「備蓄」を義務付けているのもむべなるかなである。
■使用できるかわからない「産油国共同備蓄」
また産油国共同備蓄は、前述したように日本にある原油タンクに貯蔵されているが、あくまで所有権は産油国にある。日本側は資金負担をしないで、半量の備蓄をしたことになっている。
わが国の産油国共同備蓄のパートナーは現在、サウジアラビアとUAEだが、両国とも「ホルムズ海峡の内側」にある。今回のホルムズ海峡「事実上の閉鎖」の影響をもろに受けている。
それぞれホルムズ海峡を迂回するパイプラインを所有しているが、必要量全量を送油できるほどの能力はない。
両国はまた、わが国以外とも共同備蓄を行っている。まさに今回のような緊急時の供給拠点を自国以外に確保するためだ。
当該共同備蓄は契約上、緊急事態には優先的に日本国内に供給されることになっているとされているが、残念ながら当該契約書は公表されていないようだ。だから真実は分からない。
いずれにせよ、今回のホルムズ海峡「事実上の閉鎖」状況の中でわが国もパートナー国も、緊急時だとして産油国共同備蓄を利用する姿勢は見せていない。ゆえに現時点では潜在的問題は露呈していないといえる。
このようにわが国の「備蓄」については、分からないことが多すぎるのである。
■備蓄されている原油の「種類」も不明
さらに言えば、国家備蓄として貯蔵されている原油がどのような種類の原油なのか、それぞれどの程度の数量があるのか普通の人に知る由はない。
筆者の記憶では、国家備蓄を始めた初期には、当時、品質的に不人気だった「アラビア石油」のカフジ原油という重質油を買い上げ、充当していた。カフジ原油の販売不振で経済的苦境に陥っていた「アラビア石油」救済策としても有効な策だったからだ。
これから入札によって放出される原油は、どのような性状の原油なのだろうか?
また入札にあたって、どのような資格を持つ企業が応札でき、現実にどこの会社がいくらで落札するのか、したのか、発表されるのだろうか?
米国では、3月13日に行われた入札結果が、3月20日には発表されている。だが、わが国の入札に関する動静は、まったくと言っていいほど聞こえて来ない。
このように「254日(あるいは246日)」あるから供給不足に陥ることはないと喧伝されている備蓄の実態について、政府は一般国民にどこまで本当のことを知らしめているのだろうか? はなはだ疑問である。
■LNGの在庫量はもっと少ない
問題は石油に留まらない。
実は原油以上に、LNG(液化天然ガス)の安定供給の方が深刻だ。なぜならLNGは、物理的性状から「備蓄」ができないからだ。
ちなみに「BP統計集」および「EI統計集」によると、わが国のガス消費量は次の様な推移となっている。
2005年 60.8百万トン(LNG換算、以下同)
2010年 73.4
2015年 86.9
2020年 76.5
2024年 66.8
添付グラフ(図表2)のようにLNG在庫は、この10年間、年間消費量の常時2~4週間分程度しか確保できていないのが実態だ。
若干解説を加えておくと、LNGとは常温常圧では気体の天然ガスを、マイナス162度以下で冷却して体積を700分の1にしたもので、魔法瓶のような構造のタンクやタンカーで貯蔵、輸送している。
だが、いくら優秀な魔法瓶に閉じ込めても、外気の影響で時間の経過と共に少しずつ気化してしまうのだ。これは物理的制約でありどうしようもない。
そのためLNGは、備蓄はもちろん、長期の在庫にも適していない。
これは、わが国のみならず、世界中のすべての国に当てはまる科学的事実だ。
なお、常温常圧で気体である天然ガスは、LNG(液化天然ガス)と区別するために、業界の一部では「生ガス」と呼ぶことがある。
欧米のガス在庫とは、増加する冬場の需要対応のために「生ガス」を夏場に積み上げておくもので、枯渇した油ガス田(石油と天然ガスが混在する地域)や、それに類似した地質のところ、あるいは米国の岩塩ドームが「在庫施設」として利用されている。
残念ながら産油国ではないわが国には、このような「在庫施設」適地はほとんどない。だからガス在庫というと、LNGの運転在庫しかないのである。
このように「ガスは石油と似て非なるエネルギー」であるため、安全保障の問題を考えるときまったく別のものとして取り組む必要があることはぜひ銘記されたい。
■国民を心配させないため「小さな安心」を喧伝
鑑(かんが)みるに、なぜエネルギーに関して国民が知らないことがかくも多いのだろうか。
筆者は、最大の原因は行政の「心配させないために」不必要と判断する情報は極力知らしめない姿勢にあると見ている。
一言で言えば、「小さな安心」を優先し「大きな安全」を犠牲にする行政の姿勢である。
これは、エネルギーに限った話ではない。
わが国の行政全般に宿痾(しゅくあ)のように蔓延している通奏低音である。
たとえば、2011年3月11日に発生した東日本大震災から10年経った2021年2月、鈴木一人東京大学公共政策大学院教授を座長とする「福島原発事故10年検証委員会」は「民間事故調最終報告書」(*5)を公表した。
その中で事故発生の主因として
〈「小さな安心」と「大きな安全」を等値し、それを一体化する日本の社会心理学的かつ政治心理学的な特質と本質にあるのではないか〉
〈「小さな安心を優先して、大きな安全を犠牲にしている」〉
と指摘している。
*5 一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ『福島原発事故10年検証委員会 民間事故調最終報告書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
■「エネルギーでは視聴率が取れない」
実は、現在のエネルギー政策の根幹をなしている第7次エネルギー基本計画(*6)も同様である。
全文82ページに上る計画の中で「国民とのコミュニケーション」と題した個所にはたった2ページを割いているだけなのだ。
ここで思い出されるのが第6次エネルギー計画策定に際し、筆者が末席を汚した「石油・天然ガス小委員会」の場における某テレビ局解説委員の次の様な発言である。
〈エネルギーでは視聴率が取れない〉
〈テレビの向こうのお茶の間の皆さんは、エネルギー安全保障とかエネルギー移行などの難しい問題は、偉い人たちが考えてくれると思っている〉
これが世の実態である。
今回の備蓄放出にみられる報道の背景には本質的に同じ問題があると言えるだろう。
確かに「備蓄254日」というメッセージは、人々に安心感を与えるだろう。
だが、実はこの「備蓄254日」の中には、備蓄とは言えない運転在庫が含まれている。
日本の1日の石油消費量を仮に300万BDとしたら180/300×254=の152日分に縮小されてしまうことや、さらに「民間備蓄」を備蓄ではなく「運転在庫」と認識すれば、180/300×(254-76)=103日しかないことなどの「不都合な真実」も国民に知らしめるべきだろう。
やはり望ましいエネルギー政策を考えるためには、まずは国民が事実を正しく知ること、わが国は「エネルギーを持たざる国」だという冷徹な事実を認識するところから出発すべきなのだ。
政府は、もっと「国民とのコミュニケーション」に注力し、啓蒙活動を行うべきではないだろうか。
一方「エネルギーを持たざる国」であるわが国は、全土が荒廃に帰した太平洋戦争の後、世界が驚愕する奇跡の復興を遂げている。
エネルギーは無いが、知恵と工夫とたえざる努力を継続する人々の底力があるのだ。
これは世界に胸を張っていい事実だろう。
これからも事実は事実と冷徹に認識し、その上でより良き国にするために、望ましいエネルギー政策を作り上げ、官民挙げてエネルギー安全保障確保の努力を続けて行くべきではないだろうか。
*6 「エネルギー基本計画について」資源エネルギー庁
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岩瀬 昇(いわせ・のぼる)
エネルギーアナリスト、金曜懇話会代表世話人
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校を経て、東京大学法学部を卒業。71年三井物産入社、一貫してエネルギー関連業務に従事する。その間、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を経験。2002年より三井石油開発に出向。10年常務執行役員、12年顧問に就任。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。近著として『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? エネルギー情報学入門』(文春新書)がある。 >>金曜懇話会 https://ja-jp.facebook.com/platform.japan
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(エネルギーアナリスト、金曜懇話会代表世話人 岩瀬 昇)

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