六本木ヒルズの広場に巨大な蜘蛛のパブリックアートがある。その作者はフランス出身のアメリカ人アーティスト、ルイーズ・ブルジョワだ。
美術評論家の秋元雄史さんは「彼女が生涯にわたって愛したモチーフのひとつが、この『蜘蛛』だった。彼女の作品には、自身の内面的な体験や感情が色濃く反映されている」という――。
※本稿は、秋元雄史『芸術の価値とは何か』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■2000年代に迎えた大変化
2000年代に入ると、アートの世界は大きな変化を迎えました。美術がかつて持っていた「美醜」や「造形性」といった価値観だけでは語れなくなり、コンセプトだけで成り立つ作品が増えていきました。特定の流派や潮流は消失し、かわって社会学をはじめとする他の学問分野と密接に結びついた表現が目立つようになっていきます。
こうした傾向のなかでアートの文脈に深く入り込むようになってきたのが、現代社会におけるポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)の問題です。社会正義とは何か。それを各々のアーティストが考え、作品のなかにメッセージや物語、象徴として取り込む流れが生まれていったのです。
具体的には、フェミニズム、人種差別、ジェンダー、移民、障がい者など、これまで社会の主流から排除されてきた声に光を当てる表現が目立つようになりました。炭鉱で有毒ガスをいち早く感知するカナリアのように、アーティストは言語化される以前の「違和感」や「予兆」を自身のアート表現へと落とし込んでいくのです。
■「多様性」と非常に相性がよい
その中核を成すのが「多様性」という概念です。
アートは、作家個人の経験や心情をもとに自由に表現する営みであり、過去の規範や常識にとらわれない表現をとても大切にします。そのため、「多様性」という概念とは非常に相性がよいのです。
実際、現代アーティストたちがこれらの社会的な諸課題をテーマに制作を行い、さまざまな問いを繰り返し社会へと投げかけていったことで、こうした価値観は少しずつ社会全体に浸透し、やがて政策や制度設計のレベルにも影響を与えるようになっています。とりわけSDGsに代表されるような「多様性と包摂」といった考え方が国際的な枠組みとして整備されていった背景には、アートが長年にわたり、社会の周縁にある声や見えない問題を可視化し続けてきた積み重ねがあるといえるでしょう。
■六本木ヒルズの「蜘蛛」
六本木ヒルズの広場にそびえる巨大な蜘蛛のパブリックアート。高さ約10メートルのブロンズ製の彫刻の下を、観光客やオフィスワーカーなどさまざまな人々が足早に行き交います。設置されてから約20年が経過した今、この「蜘蛛」は六本木ヒルズの“守り神”のような馴染みの存在となっていますが、あらためて細部までよく観察してみると、本物の蜘蛛よりも遥かに禍々しさが強調されており、ホラー映画などにでてきそうな異形の存在でもあります。
本作を制作したのは、フランス出身のアメリカ人アーティストであるルイーズ・ブルジョワ。20世紀を代表する女性現代アーティストの一人です。ちょうど2024年秋には、六本木ヒルズの森タワー53Fに位置する森美術館で日本では27年ぶりとなった大回顧展「ルイーズ・ブルジョワ展 地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」が開かれました。
彼女の作品は、自身の内面的な体験や感情が色濃く反映されており、なかでも彼女が生涯にわたって愛したモチーフのひとつが、この「蜘蛛」でした。森美術館での回顧展でも、大小さまざまな「蜘蛛」の作品が公開されています。

■蜘蛛に母親像を重ねていたのかもしれない
蜘蛛は見た目も動きも不気味であり、多くの人にとっては不安や恐怖を呼び起こす存在なのかもしれません。しかし、ブルジョワが蜘蛛に投影していたイメージは、それだけではありませんでした。蜘蛛は、おどろおどろしくもありながら、糸を紡ぎ、織り、巣をつくる保護者的な存在です。また、蜘蛛が紡ぐ糸は繊細で傷つきやすく見えますが、とてもしなやかで強い素材でもあります。このため、彼女にとって「蜘蛛」は自分自身の母性の象徴でもあったのです。
また、同時に自身の母親をそこに見出していたのかもしれません。なぜなら、ブルジョワの母はタペストリーの修復職人であり、織物や糸に関わる繊細な仕事をしていたからです。彼女は生前、母親のことを「賢く、忍耐強く、守ってくれる存在」と語っていますが、蜘蛛に母親像を重ねていたのかもしれません。
ブルジョワの人生は決して平坦なものではありませんでした。幼少期、父が自宅に住み込みで働いていた英語教師と長期にわたって不倫関係を続けており、母はその事実を知りながらも、家庭を守るために黙認し、耐えていました。支配的で、ときに威圧的な態度を取る父親と、精神的に疲弊していた母親の間で、彼女は耐え難い緊張感のなか、自らの怒りや悲しみ、罪悪感といった感情を押し殺して過ごします。
■最愛の母を20歳のときに失う
それでもブルジョワにとって母は精神的な支柱であり、織物の修繕の仕事を通じて「修復する存在」でした。
壊れたものを直し、繋げる母の姿に、彼女は深い尊敬の念と愛を抱いていました。しかしそんな最愛の母はブルジョワが20歳のときに亡くなってしまいます。この喪失は彼女に深い精神的衝撃を与え、彼女は自身の感情を理解し、解放する手段として、芸術に身を投じる決意を固めました。
ブルジョワにとってアートは、単なる創作活動ではなく、生き延びるための手段だったのです。したがって、彼女の作品には、一貫して幼少期から内側に鬱積させてきた暗い幻想や、深い葛藤が反映されています。自らの感情やトラウマが「物体化」したものといってもよいでしょう。
もっとも、彼女の作品は、晩年になるまで、一部の熱狂的な支持者を除いて広く評価されることはありませんでした。その背景には、現代アートの世界における女性アーティストの不遇や、彼女の作品が、美術史的な文脈からは逸脱した、非常に個人的な主題を扱っていたことが挙げられます。
■「女性アーティストの再評価」を加速させた
そんな彼女の評価が急上昇したのは、1980年代中盤に入ってからです。彼女の作品は、ただの個人的な表現にとどまらず、女性の生きづらさや葛藤を象徴するものとして再評価され始めました。代表作である「蜘蛛」は、母性や保護を象徴すると同時に、女性としての自己実現や独立性を問いかける存在となったのです。その流れは、現代アートの世界で「女性アーティストの再評価」を加速させる大きな契機となりました。

ブルジョワがアメリカで評価され、世界的に認められるようになると、その影響は他の女性アーティストにも波及しました。たとえば、草間彌生もまた、ブルジョワと同じく、長い間その独自性が理解されにくかったアーティストの一人です。ブルジョワの評価が高まるなかで、やはり1990年代頃から草間の作品は爆発的に人気を集めるようになりました。
さらに、日本の女性アーティストでも塩田千春のように、女性性をテーマにした作品を制作するアーティストが登場しました。塩田の作品は、ブルジョワが示した「内面を表現する」というアートの可能性をさらに広げています。たとえば、塩田のインスタレーション作品は、赤い糸や黒い糸を用いて空間を埋め尽くし、命や記憶、存在のつながりを視覚化しています。こうした作品にも、ブルジョワが切り開いた道が影響を与えていると感じます。
ルイーズ・ブルジョワの「蜘蛛」は、彼女の個人的な感情や経験から生まれた作品でありながら、女性性や人間の普遍的なテーマを問いかける存在でもあります。その背後にあるストーリーを知ることで、私たちは単なる巨大な彫刻ではなく、アートが持つ深い意味と可能性を感じることができるのではないでしょうか。

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秋元 雄史(あきもと・ゆうじ)

美術評論家

1955年東京生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科卒業後、作家活動をしながらアートライターとして活動。1991年福武書店(現・ベネッセコーポレーション)に入社、直島のアートプロジェクトを担当。
開館時の2004年より地中美術館館長/公益財団法人直島福武美術館 財団常務理事に就任、ベネッセアートサイト直島・アーティスティックディレクターも兼務。2007年 金沢21世紀美術館 館長、2015年東京藝術大学大学美術館 館長・教授、2018年練馬区立美術館 館長を歴任。著書に『直島誕生』『おどろきの金沢』『アート思考』等がある。

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(美術評論家 秋元 雄史)
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