中国人民解放軍の上層部で粛清が相次いでいる。米戦略国際問題研究所によれば、最高階級に位置する上将の約9割が消えたという。
中国で何が起きているのか、そして習近平へのクーデターの可能性はあるのか。神戸大学で中国共産党を研究する周俊講師に、ジャーナリストの高口康太さんが聞いた――。
■中国の将軍が次々と「粛清」されている
中国人民解放軍が潰滅的な打撃を受けている。2022年以後に失脚したとみられる上将、中将の数はなんと101人、3桁に達してしまった。ロシア軍はウクライナ戦争で20人の将官を失ったとされるが、平和なはずの中国でその5倍もの将官が“消失”している。
人民解放軍の将官消失、その要因は粛清だ。事由が公開されたケースではほとんどが汚職容疑となっているのだが、真相は定かではない。明らかなことはただ一つ、大粛清が行われ、人民解放軍の将軍たちが次々といなくなっているということだけだ。
人民解放軍でいったい何が起きているのか。そして、これほど過酷な粛清にさらされている軍からは反発の声は上がっていないのか。あるいは、クーデターは起きないのだろうか。
人民解放軍への粛清はどれほど過酷なのか。
米戦略国際問題研究所(CSIS)が今年2月に発表した「中国軍粛清データベース」を見るとよくわかる。2022年以後に粛清された疑いのある上将、中将のリストを作っているのだが、その数はなんと101人に達している。
正式に処分が発表されたのが36人、残る65人は処分こそ発表されていないものの、公の場から姿を消している将官だ。「粛清発表待ち」の状態である。
■習近平へのクーデターは起こるのか
中国人民解放軍の上将、中将の総数は機密のため公開されていないが、軍上層部の相当数が消えたことは間違いない。CSISによると、2022年時点で上将、または2022年以後に上将に昇進した47人のうち、41人が粛清されたと推計している。粛清の確率は47分の41、上将になると約9割が粛清されてしまう計算だ。
いったい、何が起きているのか。さまざまな憶測が飛び交っているが、究極的には確かめようがない。だからこそ、誰でも無責任な評論家として無限に議論できるテーマとして楽しまれているわけだが、本稿ではちょっと視点を変えてみたい。
上将まで出世すると、9割の確率で粛清されてしまう中国人民解放軍。もちろん、仕事しないで、のほほんと生きているとそれはそれで怒られてしまう。
やる気を見せずにだらだらと仕事をして目立たないように生きることを、中国語で「為官不為」と言うが、こちらも汚職と同じく罪である。つまり、出世したら粛清され、出世しないようだらだらしても処分されてしまう。
八方ふさがりの状況で、私のような小心者は脱走してしまいそうだ。追い詰められた人民解放軍の将校たちはどうするのか。クーデターのような反抗以外、もう道はないのではないか。
この疑問について、中国現代政治史を専攻する、神戸大学の周俊(しゅうしゅん)講師に聞いてみた。
■粛清は中国共産党にとって平常運転
――中国軍の粛清は異常レベルに達しています。ここまで来ると、軍がクーデターを起こさないのが不思議なぐらいです。
【周】クーデターが起きる条件は整っている。大きな政治的変動が近いのではないか。そうした見立ては政治体制が変わってほしいという期待を投影したものであって、現実とはかけ離れたものでしょう。
そもそも、1921年の中国共産党建党以来100年、軍に対する粛清は何度もありました。
驚くような事態であることは事実ですが、未曾有の事態とまでは見えません。むしろ、中国共産党の権力システムにおいて、軍に対する粛清は異常事態というよりも、必然的に発生することだと捉えるほうが適切かもしれません。
今回の粛清のきっかけが台湾有事の反対派をパージするためなのか、それとも権力闘争なのか、はっきりとした答えを導き出すことは困難です。ですが、根底にあるのは習近平総書記の猜疑心であると言えるのではないでしょうか。自分に完全に従わないものを粛清したということです。
――ですが、粛清されたのは習近平総書記の腹心や子飼いの部下です。
【周】そのとおり。ただ、元々は自分と関係が深かったり、部下だったりした人物であっても、ある時から自分に依存していないのではないか、他の人間と結託しようとしているのではないかと疑いの目をかけられるという変化はありえます。
■反乱を起こしたくても起こせないワケ
――実際に反対勢力を築こうという動きがあった可能性も?
【周】その可能性は小さいでしょう。中華人民共和国の体制ができあがった後、クーデターが起きたことは一度もありません。近いものとしては林彪事件(1971年、軍トップの林彪が毛沢東暗殺を企てたとされる事件)がありますが、近年の研究成果では林彪本人は暗殺計画に関与していなかったとの学説が有力です。
なぜ、中国でクーデターが起きないのか。
よく言われるのは組織的なメカニズムです。人民解放軍には作戦指揮系統のほかに、政治委員と呼ばれる政治系統のポストがあります。政治系統のほうが上のポジションで、軍人は常に監視の目にさらされています。
近年では監視カメラや検閲、盗聴など、中国のデジタル監視システムは飛躍的な発展を遂げています。
■粛清を歓迎する軍人たち
――一般庶民からすると、中国の監視システムは穴だらけで、電子決済システムを使っているのに、脱税や買春などの違法行為も横行しています。ただ、軍人や公務員は別世界というか、監視システムの焦点はむしろ中国共産党の内側に当てられていますよね。一定以上の職位になると、定年しても何年間かは海外旅行も禁止など、行動の規制は厳しい。
【周】軍の統制については、こうした統治者からの監視という抑圧する側の視点で語られてきました。ただ、私は抑圧される側の視点がより重要だと考えています。
なぜ、クーデターが起きないのかを抑圧される側の視点で考えること。それは「人民解放軍における、横のつながりの弱さ」と、言い換えて読み解けます。外部の人間が、現在の粛清を見ると、「人民解放軍が叩かれている」ように見えます。

しかし、実際には軍全体に横のつながりはきわめて希薄なのです。上司と部下という縦の関係は強固な一方で、別の部隊、別の軍種、別の地域との関係はきわめて薄い。共通の利益を持つ仲間という意識が薄く、むしろ向こうが粛清されたらこちらの出世のチャンスが増えるといった競争関係にあります。
加えて、クーデターを起こそうにも大義名分がないことも課題です。中国共産党の統治に代わる新たなイデオロギーを作ることができなければ、反乱を正当化することは困難です。
■現在の人民解放軍は「過去最弱」
――反乱を起こせないのなら、粛清する理由もないのでは?
【周】横のつながりはないけれども、縦のつながりはあります。1人のボスに連なる部下たちの集合というピラミッドは作られる可能性があるわけです。そうしたものができる可能性がある時は芽を摘んでいく。
先ほど、軍の粛清は異常事態ではなく、共産党の統治システムにおける必然という話をしましたが、まさに縦のつながりによってどこかに強力なグループが生まれそうになると、それを間引くことが必然的な過程として権力維持に組み込まれていると言えるからです。
――今回の粛清は中国にどのような影響をもたらすのでしょうか。
【周】多数の将官が粛清された人民解放軍は現在、中華人民共和国史上で最弱の時期ではないでしょうか。かつての文化大革命では軍の長老たちが失脚しましたが、一方で混乱する中国社会を統治するために軍の存在感は非常に高まりました。

比較すると、現在の人民解放軍はトップだけではなく、実戦の指揮官レベルまで粛清されています。実際の軍事行動で指揮を執るのは五大戦区の司令官たちですが、多くが潰滅状況です。
■習近平の自滅で台湾侵攻は困難に
――CSISの粛清データベースを見ると、台湾有事の最前線にあたる東部戦区は林向陽(リィン・シャンヤン)司令官、劉青松(リウ・チンソン)政治委員、王仲才(ワン・ジョンツァイ)副司令・海軍司令官、孔軍(コン・ジュン)陸軍司令官がリスト入りしています。
【周】それでも東部戦区はまだましなほうで、もっとひどい戦区もあります。全体の作戦計画を担当する参謀部もボロボロです。もし、習近平総書記が台湾侵攻に反対する者を粛清したのだとしても、実際にそれを実行することは困難になっていると見ていいのではないでしょうか。
軍の粛清は必然的なメカニズムなので、今後も続くでしょう。今回クビを切られた人々の代わりに昇進した軍人たちも、数年後には再び粛清される。その繰り返しとなると、台湾侵攻はもはや未来永劫、実行不可能になった可能性すらあります。
――軍の粛清などについて、日本メディアが報じる際の決まり文句として「習近平総書記の支配が盤石になった」があります。ですが、むしろ粛清によって統治が揺らいでいるとも言える、と。
【周】そうした見方は中国社会を深く理解していない、外からの見方です。絶大な権力を持つ習近平総書記には逆らえないし、反抗する勢力も出てこない。それが多くの中国人の実感ではないでしょうか。目に見える反抗ではなく、だんだんと社会全体の活気が失われていく。そうした局面が続くのではないでしょうか。
毛沢東の死が文化大革命を終わらせる転換点になったように、習近平総書記が健在なかぎりは中国の大きな転換は起きない。その代わりに緩やかに社会の活力が失われていく。こうした未来像がもっとも蓋然性が高いシナリオでしょう。
■定年後も監視される中国高官の悲哀
日本旅行にやってきた、中国の元官僚の話を聞いたことがある。奥さんの爆買いショッピングにつきあってへとへとだったが、「日本は監視カメラが少ない。民度が高いからだろう。中国ではこうはいかん」などと、旅行の発見を楽しげに話していた。
上機嫌になるのもそのはず、一定以上のポジションの官僚は定年しても数年間は海外旅行が禁止されている。ようやく解禁されて初の海外旅行に大興奮していたのだった。
中国の官僚、そして軍人は絶大な権力を持つが、その一方で厳しい監視下に置かれている。中国共産党の「派閥を作らせない、反乱を起こさせない」ための仕組み作りは一流のようだ。
しかし、その仕組みは反乱を起こさせないことには長けていても、人々の活力を引き出す意識には欠けている。あまりにも過酷な粛清が吹き荒れる中、人民解放軍がその意欲と戦闘力を維持することは難しそうだ。粛清は中国軍高官にとっては苦しい日々だが、隣国に住む我々にとっては歓迎すべき話なのだろう。

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高口 康太(たかぐち・こうた)

ジャーナリスト/千葉大学客員教授

1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、『ピークアウトする中国』(文春新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。

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周 俊(しゅう・しゅん)

神戸大学国際文化学研究科講師

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程修了、博士(学術)。第16回太田勝洪記念中国学術研究賞(2020年)、第24回アジア太平洋研究賞(2025年)、第46回アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞(2025年)を受賞。主著に『中国共産党の神経系 情報システムの起源・構造・機能』(名古屋大学出版会、2024年)がある。

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(ジャーナリスト/千葉大学客員教授 高口 康太、神戸大学国際文化学研究科講師 周 俊)
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