人間関係において、お互いの尊厳を守るにはどうすればいいか。精神科医の和田秀樹さんは「一見すると愛情や善意からの忠告にも思える言葉には、『あなたには無理だ』というメッセージが込められていることも少なくない。
私たちが、自分の意思や選択を尊重されたいと思うなら、他者の選択や挑戦にも敬意を払い、尊厳を守ることが必要だ」という――。
※本稿は、和田秀樹『手放す勇気』(自由国民社)の一部を再編集したものです。
■尊厳は認知症になっても消えない
手放すことは大切です。しかし、何でも手放していいわけではありません。
手放す前にやるべき大切なことがあります。
それは、「自分が絶対に手放してはいけないもの」を見極めることです。
では、私たちが絶対に手放してはいけないものとは何でしょうか。
それは、人間としての尊厳です。
高齢者医療に長年携わってきた私の経験からいえることは、認知症になっても寝たきりになっても、その人の中には「自分らしくありたい」という強い思いがあることです。
周囲が先回りして何でも決めてしまうのではなく、できるだけ「どうしたい?」と本人に聞いて、ご自身に選ばせることが大切です。それだけで人は、「自分の存在が大切にされている」と感じることができます。
ある高齢女性は、介護施設に入る際、「私はもう、だれかの世話になるしかない」と悲しそうに語っていました。

でも、職員が毎日の服を一緒に選び、「今日はこれ、似合いますね」と声をかけるうちに、次第に笑顔を取り戻していきました。
「自分の選んだことが認められる」「選んだことを尊重される」だけで、彼女の中に残っていた誇りや自尊心が、再び息を吹き返しました。
私たちは、いろいろなものを手放しながら生きていきますが、どんな状況にあっても「私は私であっていい」と思える誇りや尊厳だけは、決して手放してはいけません。
■親子、夫婦間でも無視されていいものではない
子どもが親に向かって「もう黙っててよ」「何にもわかってないくせに」と強い口調でいったとき、そこには「年を取ったあなたの意見には価値がない」という無意識の上下関係が存在します。
ある母親はそんな言葉に傷つきながらも、「しかたがないわよね」とつぶやきました。
でも、本当にそれでいいのでしょうか。
たとえ年をとっても、「私は私」という声は、無視されていいものではありません。
夫婦間にも同じことが起こります。
長年連れ添った妻が「これからの人生、自分の時間を大切にしたい」といったとき、夫が「そんなの無理だろ」「家のことはどうするんだ」と一蹴することもあります。そこには、妻の生き方や選択を尊重しない姿勢が表れています。
「一緒に生きてきたはずなのに、私は“私”として見られていなかったのかもしれない」。そう気づいたときの寂しさは、計り知れません。

友人関係でも、「あなたには無理じゃない?」と決めつけられたり、「その歳で何を今さら」と笑われたりすると、自分の中の意欲が少しずつ削られていきます。
そんなときこそ、自分自身の中に「私はこうしたい」「これが私らしさなんだ」という芯を持ち続けることが大切です。
■職場や医療現場でも見落とされる尊厳
職場でも、「尊厳」はしばしば見落とされます。
たとえば定年が近づいたベテラン社員が、新しい提案をしても「それは若い人に任せて」とスルーされたり、会議で発言しても「はいはい」と流されたり。
過去の人、もう終わった人として扱われたとき、人は自分の存在意義を丸ごと否定されたような気持ちになります。
SNSの世界でも同じです。
年齢や肩書きだけで人を評価したり、ちょっとした意見に過剰な反応が返ってきたりする時代です。発信すること自体が怖くなり、「黙っていたほうがいいのかな」と、心を閉ざしてしまう人も少なくありません。
でも、自分の考えや感じたことを言葉にする自由まで、他人の手に委ねる必要はないはずです。
病院や医療の現場でも、尊厳が見過ごされる瞬間があります。たとえば、高齢の患者に対して、医師や看護師が本人ではなく家族にばかり話しかけて、「ご本人に説明してもしかたないですよね」といった態度を取ったりする場面があります。
病気になったからといって、人格まで失ったわけではありません。
だれだって「自分のことは自分で決めたい」という思いを抱いているのです。
こうした小さな「無視」の積み重ねが、人の尊厳を少しずつ削っていきます。
■他者の尊厳を守ることで自分も守られる
だからこそ、「手放す」ことが人生の選択肢になるとしても、次のような感覚だけは、最後まで持ち続けてほしいのです。
自分の存在は、だれにも軽んじられてはならない。
それ以外は、あとはたいしたことがないと割り切ってしまえれば、心が軽くなります。
ここで重要なのが、自分の尊厳を守りたいなら他者の尊厳も守るという姿勢です。
たとえば、よかれと思ってこんな言葉をかけることは逆効果です。
「心配だからやめたほうがいい」

「危ないよ、それ」

「どうせやっても意味がないよ」

「うまくいくはずがないって」
愛情や善意からの忠告にも思えますが、これらの言葉には、「あなたには判断力がない」「あなたには無理だ」というメッセージが込められていることも少なくありません。
もし私たちが、自分の意思や選択を尊重されたいと思うなら、他者の選択や挑戦にも敬意を払い、尊厳を守ることが必要です。
「あなたはどうしたいの?」

「応援するよ」

「何かあれば手伝うよ」
といった関わりのほうが、信頼を育み、自分自身の尊厳も守られます。
■「雑に扱われていない」という安心感はあるか
そもそも、人間の尊厳とは何でしょうか。
「尊厳を守る」というのは、個人の存在や価値を尊重することです。
その人が自分らしく生きることを支えることを意味し、いま介護の現場でも利用者の尊厳を守る配慮が求められています。
たとえば次のような、ほんの小さな場面にも尊厳は表れます。
・話しかけたとき、目を見てちゃんと返事をしてくれる。

・身体が不自由でも、「どうしたいですか?」とこちらの意思を聞いてくれる。

・年齢に関係なく、「あなたの意見を聞きたい」といってくれる。

・失敗しても、「あなたには価値がある」と信じてくれる。
こういう瞬間、人は「自分はここにいていい」「ちゃんと存在している」と感じられるものです。
買い物で洋服を見ていたら、店員が自然に声をかけてくれたり、あるいはメガネを買いに行ったとき、店員がこちらの希望を丁寧に聞いて最適なものを提案してくれたり。
そんなとき、とてもいい気分になります。それは、あなたの“尊厳”がちゃんと守られたからです。
「自分は一人の人間として、大切に扱われている」と無意識的に感じられたからです。
丁寧な言葉づかいは、「雑に扱われていない」という安心感を与えます。
目線を合わせて説明してくれると、「自分に寄り添ってくれている」と感じます。こちらのニーズをくみ取って提案してくれると、「自分のことをきちんと見てくれている」と思えます。
■尊厳とは「存在を認められること」
逆に、次のような態度や言葉は、「あなたは対等な人間じゃない」というメッセージが隠されています。
・話しかけても無視される。

・「はいはい、わかったわかった」とあしらわれる。

・勝手に物事を決められる。

・年齢や立場だけで、バカにされる。

・「どうせあなたには無理」と最初から決めつけられる。

・病院で症状を話そうとしたら、医師がこちらを見ずにパソコン画面だけを見て「はい、わかりました」で終わった。

・夫が何気なく「お前は家にいられて楽でいいよな」といった。家事・育児は労働として認めていないというメッセージ。

・コンビニで操作に戸惑っていたら、店員がイライラしながら「早くしてください」と冷たくいった。


・耳が遠く、病院の受付で「はい?」と聞き返したら、若い看護師がバカにするような態度を取った。

・SNSで、ちょっと違う意見を書いただけで「ズレてる」「何様?」と集中砲火を受けた。

・家族の中で、決めごとはいつも「流れ」で進み、自分の希望を伝えても「またその話?」と聞いてもらえない。

・主婦の女性が「そろそろ自分のやりたいことを始めたい」といったら、家族に「いまさら何いってるの?」と笑われた。
無愛想でマニュアル対応の店に行くと、買う気が失せたり、「自分はただの売上の一部なのか」と寂しくなります。これが尊厳を軽んじられたときに感じる小さな違和感です。
つまり、「人間の尊厳」とは、自分には意思があり、感情があり、価値があることを、他者にちゃんと認めてもらうことです。そして、その価値を自分自身が信じていることです。
どれだけ多くのことを手放すことになっても、「自分には尊厳がある」。
このことだけは決して手放さないでください。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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