※本稿は、奥田祥子『抱え込む男たち ケアで読み解く生きづらさの正体』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■「ケア」の埒外におかれた男性たち
「ケア」が今、注目を集めている。学術研究の領域を超え、一般書でも取り上げられることが増えたこともある。
だがそれ以上に、職場の人間関係の希薄化や家族のあり方の多様化、夫婦や恋人と信頼して共感し合える状態である「親密性」の低下、未婚・非婚化など、社会構造を揺るがすさまざまな変化や、人々が抱くつかみどころのない危機感が背景にあるのではないだろうか。
ケアは、女性と親和性の高い概念である。ケアを巡る性別役割分業の要因については、男女の権力関係によって、女性は家事や育児などの家庭でのケア役割を担わされてきたというジェンダー規範論的な視点がある。
女性には幼い頃の社会化プロセスから、情緒面を含めたケアを重視するジェンダー規範が内面化されているという分析もある。これに対し、男性はジェンダー規範を具現化するためにケアの役割や責任を免れてきたとされる。幼少期の社会的規範の内面化過程で、ケア能力を養う機会を逃してきたともいえる。
誰かを「ケアする」主体としても、誰かから「ケアされる」客体としても、埒外にある男性は少なくない。
筆者はこれまで、最長で20数年に及ぶ同じ取材対象者への継続インタビューを実施してきた。
本稿ではそのなかから、情緒的なケアができずに妻に対して無自覚にモラハラを続けてしまい、家庭の危機に陥った男性のエピソードを紹介する。
■「しばらく留守にします」という妻のメモ
午前6時50分、正確な体内時計によって目覚まし時計も使わず起床すると、洗面台へと向かう。家庭内の空気にどこか違和感を抱きながらも、身支度を整えてダイニングチェアに座る、その寸前になって、ある一行のメモ書きが目に飛び込んできた。
〈いろいろ考えたいので、しばらく留守にします〉
妻からの書き置きだった。なぜ、妻が家を出ていったのか――。全く思い当たる節がない。頭が混乱しつつも、目に映るのは、妻不在を除けば、いつもの日常だ。
自分よりも少し遅れて目を覚ます高校2年生の長男、中学3年生の長女のいずれも、平然と食パンをトースターで焼いて、冷蔵庫から牛乳、オレンジジュースを出し、妻が作り置きしておいたとみられる総菜2、3品を分け合って食している。自分だけ、別世界にいるかのようだ。
朝食時に妻子とほとんど会話を交わすことはないが、朝食はご飯に納豆、焼き魚、温野菜、みそ汁と決まっている。それがない。
いつもより早い時刻に家を出て、自宅最寄り駅近くのファストフード店でホットコーヒーだけを注文する。今朝起きてから初めて口にする飲み物が一気に体にしみわたる、と同時に、ようやく事の重大さを認識し始めた。
■家出した理由がわからなかった
「自分勝手なことをしやがって……。困った、では済まされない。もし、戻ってこなかったら、いったい誰が食事の世話とかするんだ⁉」
この期に及んでも、自分自身のこれまでの言動を振り返ることはなかった――。
これはメーカーに勤務する当時51歳の竹内篤さん(仮名)の証言をもとに、2023年春、突如として、妻が家を出ていった朝の様子と心情を再現したものだ。竹内さんはどうして、不意に妻の「家出」に直面したのか。その背景にあるケア力の欠如について、これまで20年余りに及ぶ継続取材を振り返りながら考えたい。
竹内さんには2002年、30歳で独身の時に性別役割分業について意見を聞いたのが始まりだった。当時、女性の育休取得率は64.0%と現在(24年度、86.6%)よりも約22ポイント低いものの、上昇の一途をたどり、世論にも後押しされ、企業は両立支援策に本腰を入れ始めていた。
男性側も職場や公的な場では、「男性は仕事、女性は家庭」という固定的な性別役割分担の考えを示すケースはほとんどなくなっていた。
■「男は仕事、女は家庭」という価値観
そんな時代に逆行するかのように、自らの考えを包み隠さずに述べてくれたのが、中堅メーカーに勤める竹内さんだったのだ。
「奥田さん、今日は本音で話しますよ。世の男たちは時代遅れと見られたくなくて、みんな建て前で語りますからね」。挨拶を交わした直後から、そう勢いよく話し始めた。
「男は出世競争を勝ち抜いて、しっかりと妻子を養う。一方で、妻は家庭を守って家事、育児に専念し、夫と子どもが安心できる居場所を作るのが役目であるべきです。男女で役割を分けたほうがうまくいくに決まっています。
だからこそ、男たちは仕事に力を注ぎ、日本は終戦から立ち上がって高度経済成長期を迎え、世界有数の経済大国へと発展を遂げたんですから。この成功体験を日本なりの夫婦、家族のあり方として、尊重しなくてはなりませんよ。
『男女平等』『女性の社会進出』とか叫んで、何でも欧米を真似ればいい、というものではないんです」
当時、取材対象者にここまで夫婦の性別役割分業を志向し、その価値観を褒め讃えて語る人はいなかっただけに、竹内さんの主張に圧倒されたことを鮮明に覚えている。
「それでは、結婚相手の女性(は)……」質問を最後まで聞くことなく、語尾に被せてこう言い切った。「もちろん、専業主婦。
■妻を「最高の相手」と称賛していた
この取材の3年後の05年、竹内さんは33歳の時に合コンで出会った、事務の仕事をしていた7歳年下の女性と結婚した。結婚後も仕事を続けたいという女性が想像以上に多く、結婚するまでのプロセスでは難しい面もあったという。それだけに、妻は夫婦の役割分担の考え方が共に一致した「最高の相手」と称賛した。
2006年には長男、08年には長女が誕生し、一男一女の父親になった竹内さんは、家事や育児など家庭内のケア役割のすべてを妻に任せ、自分は仕事に専念した。そして10年、38歳の時に課長職に就いた。課長昇進から数カ月後のインタビューでは、こう胸の内を明かした。
「同期の中で課長ポストを手にしたのは早いほうですが、一番ではありません。うちの会社では人件費削減のために上位の管理職のポスト減らしを進めているので……うかうかしていられないんですよ。これからはなおいっそう、実績を上げて、高い人事評価を獲得し続けなければなりません。まあ、頑張るしかないですね」
結婚して以降、取材での話題は仕事に比重が置かれていたが、幼児期の2人の子どもや妻との関係など家族を語ることがめっきり減ったのは、課長になったこの頃からだった。
■昇進するも「家族の話」が抜け落ちる
例えば、長男と長女の成長ぶりや性格などについて尋ねると、「さあ、どうでしょうかね。全部、妻に任せていますから」などと素っ気ない。
竹内さんの夫婦の役割分業意識を踏まえ、妻が家事や育児など家庭内のケア役割を全部担っていることのメリットなどを改めて質問すると、「(妻がケア役割をすべて担うのは)当然のことですよ」と焦点をずらした答えを返してくる。
課長昇進から数年の間に、家族の話を振ると、明らかに言葉を濁し、眉をひそめるようになっていた。出世の階段を上り始めるのと反比例するかのように、妻子との心の距離が日増しに離れているように感じられた。
竹内さんは自ら宣言した通り、着実に実績を積み上げ、2016年、44歳の時に部次長ポストを獲得した。同期での次長昇進は、一番乗りだった。仕事で躍進する一方で、家庭内では不穏な空気が流れ、妻子との間に亀裂が入っているのではないか。
19年まで電話も挟みながら対面で行ってきた継続取材のなかで、家族について問いかけた時に彼がたびたび見せる嫌悪の表情から、そう推察した。だが、取材者として不甲斐ないが、当時、彼から胸の内を聞き出すことはできなかった。
■自分のモラハラを受け止められない
そうして実に5年ぶりの対面取材で、妻に対して、モラルハラスメント(モラハラ)行為に及んでいたことを知るのだ。
23年の妻の家出とともに、これらの経緯を明かしてくれたのが、24年春のインタビューだった。身を寄せていた義母(妻の実母)の説得もあり、妻は自宅を出てから1カ月ほどで自宅に戻ったという。
竹内さんによると、後からそれが妻へのモラハラであったと気づいた最初の出来事が、16年に小学4年生の長男が学校で複数のクラスメートから、いじめに遭ったことだったらしい。
「妻が家を出てしばらくしてから、妻とLINEでやりとりをするようになり、そこで自分のモラハラ行為を初めて知りました……それまで、全く自覚がなかったものですから……。それが妻の家出の大きな要因のようで……。『妻は自分の存在を否定し続けられ、耐えられなかった』と……。
妻が戻ってきてくれてからは時間をかけて自分なりに精一杯、妻の話を聞いて理解するよう努めてきたつもりですが……。実は、まだ自分の行ったモラハラ行為を、そのー、もちろん反省はしていますが、十分に受け止めきれていないというか……」
苦悶の表情を浮かべ、ここまで話したところで言葉に窮する。
■「育児ぐらいしっかりやれよ‼」と妻に激怒
数分の沈黙が訪れる。そろそろ、モラハラの具体的な内容について尋ねるべきだと考えた、その時だった。竹内さんが誰に言うともなく、視線の定まらないぼんやりした表情で、つぶやいた。台本のセリフを棒読みするような抑揚のない、弱々しい話し方だった。
「お前の育て方が悪いから、いじめられるような意気地なしの男になったんだ!」「楽させてもらっているんだから、育児ぐらいしっかりやれよ‼」――。
自らが口にした光景がよみがえったのか、竹内さんはさらに沈痛な面持ちでうなだれた。貸会議室を取材場所に、休憩を挟みながら3時間近くに及んだインタビューで、彼がぽつりぽつり、モラハラについて話してくれた概要はこうだ。
長男は不登校の期間を経て、クラス替えによって友人もでき、いじめられることもなくなったが、18年には第二子の長女が、長男と同じ小学4年生の時に、今度はクラスメートの女子1人を集団でいじめて学校から呼び出されるなど、わが子の子育て、教育を巡り、さらに夫婦の溝は深まった。
その後も、妻が始めた地域ボランティア活動や、長男が第一志望の高校に進学できなかったことなどに関して、竹内さんは一方的に妻を否定し続けた。
■「妻に心から感謝できるようになりたい」
「家庭しか知らないお前が、地域の役に立てることなんか何もない」「ずっと子どもたちの傍にいるのに……何もわかってないな」――。
妻の人格を否定する言葉も少なくなかったという。こうしたモラハラは、竹内さんが自覚していないものも含め、妻が家を出ていくまで少なくとも10年近くは続いていたらしい。
2025年春から、53歳になった竹内さんと妻子は再び別居している。今度は竹内さんが、30年ローンを繰り上げ返済したマンションを出て、自宅から徒歩15分ほどにある賃貸マンションに一人で暮らしている。
彼なりに熟慮したうえでの判断で、良好な家族関係を維持するためのことだという。25年秋、自宅を出た理由と妻子への思いを聞いた。
「妻が家を出た時は、家事とか子どもたちのこととか、どう生活していけばいいのか……驚きや怒り、不安が大きかった。お母さん(義母)が週に2、3日来て助けてくれたお陰で、何とか乗り切れましたが、妻にどれだけ世話になってきたかを思い知りました。それからずっと、妻へのモラハラを含めて、自分の至らなかったことを考えてきましたが……まだ妻への詫びも感謝の言葉も足りていない。
一人暮らしをして自分で家事をこなしながら、さらに時間を費やして妻を苦しめた言葉や行動を振り返って反省し、また妻が長年、私や子どもたちのために尽くしてくれてきたことを心から感謝できるようになりたい。会社員人生終盤のひと区切りでもある役職定年(役定)も近くに見えてきて……今しかないと……」
■モラハラを反省し、家族と向き合い始める
そうして、この取材で初めて、職場で抱えていた悩みについて明かした。
「実は部次長昇進までは順調だったんですが……部長になるのはとても難しくて、結局、今も手にできていません。あと2年で役定ですので、部次長止まりが確定です。今は自分の実力不足と理解するように努めていますが、妻が一時的に家を出たのは、部長ポストを巡って争い、負けてしばらくした頃。行き過ぎた女性優遇措置で、入社年次が2年下の女性に部長の座を奪われたという思いが強かったんです。
言い訳になってしまいますが……そんな不満を一人で抱え込んでつらさがどんどん増していって……妻をストレスのはけ口にしてしまっていたのかもしれません」
取材時は、竹内さんが家を出てから半年余りが過ぎた頃だった。
「今年の春、長男が大学に入学して、長女はあと1年余りで大学受験。妻は地域の高齢者のお世話をするボランティアに精を出しています。そして私も、料理をはじめ、家事の腕を磨いています。毎週末、自宅に戻って手料理を披露していて、なかなか評判がいいんですよ。もう少しだけ別居を続け、時間をかけて、自分を見つめ直したいと思っています」
確固たる意志の表れなのか、やや遠くを見やる竹内さんの瞳は一点の濁りもなく、澄んでいた。
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奥田 祥子(おくだ・しょうこ)
近畿大学教授、ジャーナリスト
京都府生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。元読売新聞記者。日本文藝家協会会員。専門は労働・福祉政策、ジェンダー論、医療社会学。2000年代初頭から社会構造を問うべき問題として男性の生きづらさを追うほか、職場のハラスメントや介護離職問題、シニア人材戦力化の課題、労働問題の医療化等を研究。最長で20数年にわたり、同じ取材対象者に継続的にインタビューを行う。主な著書にベストセラーとなった『等身大の定年後』(光文社新書)、『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社新書)、『男性漂流』(講談社+α新書)などがある。近著に『抱え込む男たち ケアで読み解く生きづらさの正体』(朝日新書)。
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(近畿大学教授、ジャーナリスト 奥田 祥子)

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