【前編のあらすじ】関西地方で生まれ育った深謝さんは、大学卒業後に関東で就職した後は、ほとんど実家に帰らなかった。父親は1999年に58歳でリストラされ、退職金の6000万円を投資詐欺によって騙し取られた。その後、両親は離婚。その頃、5歳上の男性と結婚し夫の実家の2世帯住宅で暮らし始めたが――。
■次々に襲いかかる試練
夫は、前職のケースワーカーを41歳の時に辞め、44歳からNPOで働き始めていたが、労働時間が長い割に給料が少なかった。そのため、妻である深謝さんは社会福祉法人に勤務し、義両親との二世帯住宅のローンを夫と半分ずつ負担していた。
2018年。高3まで漫画に没頭したものの、新入生の圧倒的な才能に打ちのめされたため、卒業と同時にそれを封印してきた深謝さんだったが、あるBLドラマを見たのがきっかけで、“2次創作沼”にハマった。
この時、深謝さんは48歳。30年ぶりに漫画の封印を解いた深謝さんは、気付けば38ページの漫画を書き上げ、勢いのままイベントに参加し、90ページ近い同人誌を発行。
描けば描くほど「毎日漫画だけ描いて生きていきたい」という欲望を抑えられなくなった深謝さんは、「オリジナルの漫画を描いて、商業デビューすること」を目標に掲げ、暇さえあれば漫画を描くように。
ところが、そんな深謝さんに、次々に試練が襲いかかる。
2019年、二世帯住宅の下の階に住む85歳の義母に、認知症の症状が出始めたことが発端だった。
最初は何度も同じことを聞かれる程度だったが、やがて、ほんの1分目を離した隙に迷子になったり、看板に正面から激突したり。驚いた深謝さんが義父に確認すると、義母は、服薬、食事の仕度や片付け、洗濯など家事すべてを87歳の義父が担わないと生活できない状態になっていた。
義母の認知症状を受け止めきれない義父と義母が頻繁に言い争うようになり、仕事でほとんど家にいない夫に代わり、深謝さんが2人の仲裁をすることが増えていった。
■義母の認知症、新型コロナ、父親の心臓発作
そこへ2020年の新型コロナ感染症流行がやってくる。緊急相談窓口となった社会福祉法人に勤める深謝さんの業務量は激増する。
さらに、母親と離婚後、岡山で一人暮らしをしていた79歳の父親が、心臓発作を起こして救急搬送されたという知らせが叔父(父親の弟)から入る。
大阪で同じく79歳の母親と同居中の妹と共に、岡山の病院に駆けつけると、父親は緊急手術を受け、一命を取り留めていた。ホッとしたのも束の間、妹とともに父親の実家を訪れた深謝さんは愕然。
「父の家はゴミ屋敷状態になっていました。
離婚後、帰郷した父親には、古くからの人間関係や居場所があった。しかし飲酒運転による免許返納や、視力低下のため外出が減ると、父親はアルコール依存に拍車がかかる。心臓発作も、アルコールの過剰摂取によるものと推定された。
遠方で暮らしているため、退院時の支援ができない深謝さんと妹は、なんとかゴミ屋敷の片づけを最低限終えると、病院のソーシャルワーカーに父親を介護サービスに繋げることをお願いして帰宅した。
そんなところへ職場で早期退職制度が始まり、深謝さんは悩んだ。
「私が仕事を辞められないと思っていた理由は、住宅ローンの支払いが大きかったです。でも、あんなに丈夫だった父が倒れ、コロナ禍真っ只中で、『人生何が起こるかわからない。自分だっていつ倒れるか、いつ死ぬかわからない』ということを痛感しました。何より、母に対して『子どもを言い訳に使うな、卑怯だ』と感じていた自分が、ローンや介護を理由にして本当にやりたいことを放棄したら『母と同じじゃないか』『言い訳をしたり、誰かのせいにしたりして、悔いながら死ぬのはイヤだ』と思ったのです」
この時、49歳だった深謝さんは、早期退職して、漫画一本で勝負していく人生を選択。最短ルートで通用する技術を身に付けるため、デビュー実績の高い2年制の専門学校に行くことを決意した。
■夫と義両親への決意表明
逡巡の末に深謝さんは、ブラック労働で深夜2時頃に帰宅した55歳の夫に、「大事な話がある」と切り出した。
「仕事を辞めて漫画家になりたい。専門学校に行きたいから、もう(夫と折半している)住宅ローンは払えません。どうしてもダメだったら、離婚してください」
すると夫は言った。
「今まで頑張って払ってくれてありがとう。そんなに追い詰められていたなんて気付かなくてごめんね」
夫との離婚は回避。住宅ローンは以前と同じように夫と半分ずつ、自分の分は退職金から払い続けることにした。
そして義両親に、早期退職して漫画家を目指すことを報告。すると86歳の義母は言った。
「あら、素敵なお仕事じゃないの。結婚60周年にあなたが描いてくれた絵、とっても嬉しかったわ」
最近の義母は認知症の症状のため、記憶できても15分だったが、その日はしっかりしていた。88歳の義父も、
「私もいいと思うよ。息子が失業(公務員として勤務したケースワーカー)してから苦労かけたね」
と言って労ってくれた。
深謝さんは、専門学校のAO入試を受け、合格。
2021年3月、50歳で28年間勤めた職場を離れると、4月からは学費を21万円ほど免除される特待生として、専門学校に通い始めた。
■「3年限定デスマッチ」戦いの最中に
深謝さんは早期退職で出た退職金から、住宅ローンや遠距離介護の交通費、専門学校の学費などの出費を引き、いつまで漫画だけに集中できるかを計算。すると、約3年と出る。
専門学校に2年とその後1年の3年。53歳までに結果を出すと照準を定めた。
専門学校で深謝さんは、月曜から金曜まで、クロッキー、デッサン、デジタルパース、漫画構成などを朝9時から17時までみっちり学んだ。
そんな最中、「今度は母ちゃんが倒れた!」と、母親と同居中の4歳下の妹から連絡がある。80歳の母親にとって2回目の大動脈解離の発作だった。
すぐに大阪まで駆けつけた深謝さんだったが、コロナの感染拡大でどこも満床。受け入れ先が見つからず、緊急手術ができない。
20時間以上たっても受け入れ先が見つからず、妹と2人、一時は最悪の事態も覚悟した。
幸い、裂けた血管が致命的な箇所ではなかったため、母親は6時間に及ぶ手術を受け、生還した。
そんな中、2021年10月に深謝さんはテレビドラマの劇中マンガ・ポスターの作画担当としてメディアデビューすることに成功する。2022年にはkindleのお片付け本の挿絵を担当した。
しかし、その後は鳴かず飛ばず。出版社や出張編集部への持ち込み、WEB投稿など、累計40回以上、原稿を編集者に見てもらったが、一向に採用されない。
専門学校2年生になっても担当がつかず、同輩や後輩がデビューする中、ついに2023年3月、何の目処もないまま卒業を迎える。
失意の深謝さんを、今度は91歳の義父に難病であるパーキンソン病の診断が下り、追い打ちをかける。
「義父が動けなくなれば、今後、義両親の『主たる介護者』は私になると思いました。『人生詰んだ。商業漫画家は諦めるしかないのか……』と追い詰められました」
■義両親の「主たる介護者」は?
アルバイトを始めるために履歴書を用意した深謝さんだったが、「これが本当に最後の機会」と決めて、ほぼ実録の介護漫画を描くことにした。
しかし、描いている間も、義両親が暮らす1階から、夜中に突然大きな物音や言い争う声が聞こえる。
衝突はいつも、義母の認知症が原因だった。
「認知症のため、記憶が10分くらいしかもたなくなっていた義母は、昼間に通院拒否しながら、夜中に突然病院へ行きたいと言い出すなど、時間的感覚もなく、言うことがたびたび変わりました。それを受け流す余裕がない義父は、『だから言っただろ!』と理詰めで返して、声を荒げてしまう……というパターンを繰り返していました」
深謝さんは義父の介護負担を減らすため、地域包括支援センターに相談し、ヘルパーやデイサービス、施設入所などの選択肢を義両親に提案。しかしいずれも義母が拒否し、実現せず。時間だけが過ぎていった。
■初めて夫にキレた夜
そして2024年1月。2月に編集部へ持ち込むためのマンガの制作が佳境に入っている夜中にも、義両親が言い争いを繰り返した末に、「僕だって限界だよ!」と義父が机を激しく叩くのを目撃し、危機感を抱く。
この頃、福祉業界で管理職をしていた夫は、毎晩深夜帰宅、休日出勤という状況。「疲れているだろう」と遠慮してなかなか話ができずにいた深謝さんだったが、たまりかねて相談する。
「認知症だから仕方がないのに、お義父さん、いちいち『言っただろ!』ってお義母さんに怒るんだよ。毎晩のように揉めてるから心配で。どうしたらいいんだろう?」
すると夫は
「う~ん、2人とも昔からそうだったからなぁ……」
という薄い反応。
「1週間ぶりにようやく顔を見て話ができたのですが、夫と自分の認識の違いに愕然としました。『え? それだけ?』って……。今まで福祉サービスを調整したり、間に入ってクッションになったり、ローンを半分払ったりしてきたけど、嫁は一銭も相続できないのに、『なんでこんなに一生懸命やってるんだ?』と。なんだか急にバカらしくなりました」
夫の反応にカチンときた深謝さんは、初めて夫にキレていた。
「そっちにとっては“いつものこと”だから平気かもしれないけど、こっちはメチャクチャメンタル削られてるんだよ! 大きい音がするたびに無事か見に行って、いつも気持ちが休まらなくて……。普通に眠れないし、漫画もろくに描けてない。夫婦喧嘩をずっと聞かされ続けるって、児童だったら虐待だよね? これって私に対する虐待じゃないの? もう在宅は無理だよ!」
一気に捲し立てると、夫は申し訳なさそうに言った。
「……そっか。ごめん。いろいろ負担かけてたね」
その様子に、深謝さんは少し冷静さを取り戻す。
「いや、前の仕事で福祉制度とかを知ってるだけに、良かれと思っていろいろやってきたけど、義両親に嫁が施設を勧めるとか、なんだか追い出そうとしてるみたいだからもうやめる。最後の引導は独り息子の君が渡してください」
この日をきっかけに、夫は義両親の施設入所に向けて動き始めた。
■人生にムダなことはない
そんな中、深謝さんは、なんとか描き上げた漫画を、2024年2月のコミティア(同人誌即売会)の出張編集部へ持ち込んだ。
するとそこで初担当が決定。念願の商業デビューにこぎつけることができた。
その時に持ち込んだ介護漫画、「53歳からクアッド(4人)介護、始まっちゃいました」が、そのままデビュー初連載になり、2024年10月から12月まで、主婦の友社のWEBマガジン「ゆうゆうtime」にて配信された。
さらに2024年12月。同じく主婦の友社から、初コミカライズ本『マンガでわかるモンテッソーリケア』が発売された。
深謝さんは現在、大好きな漫画を描きながら、妹と共に岡山の実父、大阪の実母を遠距離介護している。
85歳の父親は要支援2。デイサービスと訪問介護をそれぞれ週2回利用。85歳の実母は要介護2。訪問看護と訪問リハビリを週1回利用している。
2世帯同居する義父母は、92歳の義父が要支援2、90歳の義母が要介護2。2024年から訪問介護をそれぞれ週1回利用。さらに2025年から義母は、訪問診療を月2回利用し始めた。
「義父母のキーパーソンは夫に任せました。夫婦で役割分担をして、仕事で不在が多い夫は主に、義父の気持ちの受け止めと、可能な範囲で義父母のケアマネ対応や、義父の施設見学の同行、通院の付き添いなど。家にいることが多い私は、義母の気持ちの受け止め、義両親の間のクッション、義母の外出時の仕度手伝い、義父外出時の見守りなど。夫には日常的に愚痴を聞いてもらっています」
一方、両親の介護の分担は、妹は、帰省時の車の運転、父母の金銭管理、通院付き添い、父宅掃除やゴミ処理など肉体労働。深謝さんは、父母のケアマネとの調整や、安否確認システムの構築など。父親と同じ県内在住の叔父は、ときどき父宅に通い、草刈りや枝払い、掃除やゴミ処理などをしてくれている。その他、近隣住民の見守りにも支えられているという。
深謝さんは、子どもの頃は妹と関係が良くなかったが、「両親の介護を通じて『同志』と感じることができるようになった」と話す。
「介護は、絶対に無理しないでください! なるべくプロにお願いして、抱え込まないで! ……と言いながら私自身はめまい、尿路結石、睡眠障害、アトピー悪化と、4回倒れました。わかっていても、予定通りに行かないと、タスクを終わらせるために無理してしまう。でも、4回倒れて学んだことは、状況をコントロールしようとすればするほど、自分がアンコントロール状態になって壊れてしまうということです。そもそも介護って『想定外事態』が起こるのが常。『介護は想定外がデフォルト』と最初から思っておけば、予定外のことが起こっても、『ハイハイ、そう来ると思ってましたよ。OK、OK』と受け止めやすいと思います」
介護に翻弄されて、やりたいことを諦めるのではない。深謝さんは、漫画家になる夢が叶った今の生活を手放さない。
「予定外のことがいつ起こってもいいように、一日30分でも15分でも自分の時間を確保することが大切だと思います。早朝にひとつでもいいからタスクを前倒しでこなしておくと、その日の自分にOKが出せます。そうした日々を積み重ねて、『本当は○○したかったのに、介護のせいでできなかった』と言い訳したり恨んだりせず、人生を終えられれば良いなと思っています。自分が納得できることが一番大事なので。挫折も介護も、体験したからこそ描ける。それが誰かの役に立つなら、やっぱり人生にムダなことはないんだと思います」
介護は突然始まり、否応なく家族を巻き込んでいく。
だが深謝さんは、ただ巻き込まれているのではなく、自分の夢も両親と義両親の介護も、諦めないことを選択している。
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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する~子どもを「所有物扱い」する母親たち~』(光文社新書)刊行。
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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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