2025年、クマによる人身被害は統計開始以来最悪を記録した。それだけでなく、事故の内容がこれまでとは変わってきているという。
一体何が起きているのか。25年以上にわたりツキノワグマの生態を研究し、『クマは都心に現れるのか?』(扶桑社新書)を上梓した東京農工大学教授の小池伸介氏に聞いた――。
■事故の質が明らかに変わった2025年
――2025年度はクマによる人身事故が頻繁に報じられ、そのたび大きく話題になりました。実際に、事故の件数は例年よりも多かったのでしょうか。
12月末時点でクマによる人身被害は236人にのぼり、うち13人の方が亡くなられました(ヒグマによる被害含む)。統計開始以来、死者数・被害者数ともに過去最悪となっています。
ただ、2025年の問題は単に件数が多かっただけに留まりません。注目すべきは、事故の性質にこれまでとは異なる特徴が見られた点です。
――研究者の目から見て、どういった違いですか?
もっとも大きいのは、従来の知見では説明がつきにくい事故が相次いだことです。
たとえば、おそらく多くの人が記憶しているであろう、岩手県北上市の温泉で清掃をしていた方が被害に遭われた事件がそうでした。あの事件で、クマは被害者の方を山へひきずっていってしまった。そういった行動はこれまでのクマによる人身事故では見られなかったのです。

そのほかにも、街に出てきたクマは従来であればパニックになって逃げ回ることが多かったのに、非常に落ち着き払ったクマが見られたり、集落の中で複数人で行動していても襲われたりするケースが出てきました。
死亡事故の中には、毎年発生するような山菜採りやキノコ狩り中のケースも含まれているので、今挙げたような事例が大半だったわけではありません。ただ、件数は少ないながらも、これまでとは違うケースが発生していたのはたしかです。
■クマ全体が凶暴化したわけではない
――そうした変化が起きた理由は特定されているのでしょうか。
正直に言えば「わからない」というのが今のところの結論です。クマというのは一頭一頭、人間的に言えば“性格”が違う。行動パターンも食べものも異なるため、「こうだったからこうなった」とは言いにくいのです。
もちろんクマの分布が広がり、生息数も増えて警戒心が下がった個体が増えた影響はあるでしょうし、ほかにもクマ特有のきっかけが何かあったのかもしれないのですが、検証ができていないのが実情です。
――凄惨な事件が起きるたびに、「クマ全体が凶暴化している」とも言われますが、実際そうした傾向はあるのですか?
すべてのクマが一気に凶暴化したかのような報道も一部のメディアではありましたが、日本にいる何万頭ものクマが一斉にガラッと変わったかといえば、そんなことはありません。しかも昨年の深刻な被害は北東北に集中しており、日本全体で同じことが起きたわけではない。そこは冷静に見る必要があります。
クマは基本的に単独で生きている動物ですから、森の中でクマ同士が「あそこに行ったらうまいものがあった」とか「人間は食べられる」といったコミュニケーションをとることはないんです。

ただ、学習能力が非常に高いので、ある個体が何かのきっかけで「集落に行けば、楽に食べものが手に入る」と学習してしまった場合、その個体の行動を変える可能性があります。そして、そういった特殊な学習や経験をしたクマが増えてきたのは間違いないと思います。
■一度「おいしい思い」をすれば学習する
――学習はどういったプロセスで起きるのでしょう?
たとえばキャンプ場で生ゴミや人間の食べものが放置されていると、自然界にはない強い匂いがしますよね。クマからすると気になるわけです。おそるおそる行ってみて、食べてみたらおいしい上に高栄養だった。そうすると「これは食べものだ」と認識するし、「山の木の実を探して食べるより楽だ」と学びます。
そして「じゃあもっと探そう」となり、キャンプ場だけだったのが「同じ匂いがする」とホテルの厨房に行き、そこでも食べられたら「じゃあもうちょっと奥まで行ってみよう」と食堂まで進んでいき……となっていく。あるものと食べものが結びつき、そのほうが効率がいいと気づけば、どんどんそちらを選んでいくようになります。
クマは基本的に警戒心の強い動物ですが、警戒心と欲求のバランスがあるんです。人間が何もしてこないと、警戒心がだんだん下がっていく。欲求だけがどんどん高くなると、行動に歯止めがかからなくなります。
生ゴミのような高カロリーの人間の食べものは、クマからすれば果実などと違って、食べ尽くしてもいつの間にか補充されているものですよね。
その経験から行動依存を強め、執着するようになるんです。
■クマが人間を「食べもの」と認識する過程
――クマが人間を襲って食べるのも、学習によるものなのでしょうか。
クマからすると、山の中で人間はただ面倒くさい存在であって、食べものとして認識はしていません。けれど何かのきっかけで「あの動物は食べられるんだ」と学ぶと変わってきます。
最初は遭難した方の遺体をたまたま食べただけかもしれない。けれどそこで「人=食べもの」あるいは「人=食べものを持っている存在」という認識ができてしまうと、次は人を見たら襲ってやろう、食べてやろうとなりかねません。
だからこそ、食害が発生した場合、そのクマは絶対に駆除しなければなりません。
――そうした学習をしてしまったクマをそのままにしてはいけない、と。
さらにいえば、人里に出てきて「人間は何もしてこない」と学んだクマも本来は排除すべきです。今は実害がなくても、その先にエスカレートする可能性がありますから。
北海道では事故を起こしたクマの遺伝子情報をデータベース化しているのですが、それにより、昨年駆除されたクマが実は4年前にも女性を襲った個体だったと特定されました。やはり一度出てきてしまったクマは排除するしかないんです。

■母から子に受け継がれる行動パターン
――ここまでは個々のクマの学習についてのお話でしたが、学んだことが世代を超えて受け継がれていくことはあり得るのでしょうか。
クマは生まれてから1年半は母親と一緒にいて、食べられるものや安全な場所、冬眠のやり方などを学びます。その影響が非常に大きいんですね。
面白い研究報告があって、クマが木の皮を剥いで食べる「樹皮剥ぎ」という行動は、森の中のクマがみんなやるわけではなく、特定のメスの家系しかやらないんだそうです(※)。つまり、母親から教わったクマはやるけど、教わらなかったクマはやらない。それぐらい、母親から学んだことがその後の生活のベースを決定するんです。
※北村芙美(京都大学大学院農学研究科)、大西尚樹(東北支所生物多様性研究グループ)「針葉樹の樹皮を剥ぐツキノワグマの特徴
――ということは、もし母グマが「人里は危険ではない」と学んでいれば、子グマもそう学んでしまう。
そうなんです。そしてもうひとつ注目すべき要因があります。クマのオスはメスを発情させるために子殺しをすることがあるんですね。ですから、子連れの母グマはオスを必死に避けようとします。
北海道の知床半島では、昆布番屋の周りに親子グマが多くてオスがいないことが観察されています。
スカンジナビア半島でも、繁殖期にメスが人のいるところの近くで子育てをすることが知られている。オスへの警戒心と人間への警戒心を比べたときに、人間のほうが“マシ”なんでしょう。
まだ本州では実証されていない仮説ですが、ここ5年、10年で警戒心の低いクマが急激に増えてきた背景には、同じことが起きている可能性はあると考えています。集落の周辺で母グマが子育てをし、そこで育った子が「人間は怖くない」と学び、さらにその子もまた集落の近くで育つ。こうした世代を超えた蓄積が進んでいるとすれば、非常に怖いことです。
■2026年のクマはどうなるか
――春を迎え、これからクマの活動が活発になってきます。2026年も2025年同様に被害数が増える可能性は高いのでしょうか。
基本的に、春先はクマがそれほど出ません。草木の芽が出る季節ですから、山の中に食べものがある。一方で集落には柿も栗もないので、通常は春の出没は少ないんです。
ただ、ちょっと気になるのが、2月中旬あたりから東北で家屋への侵入や出没のニュースがちらほら出ていることです。大体が体長50~60cmの個体だったと報告されています。
大きさからして、おそらく昨年生まれたクマでしょう。
昨年は駆除数が1万頭を超えましたから、母親が駆除されてはぐれてしまった子グマがいるはずです。山ではなく廃屋や集落の近くでなんとか冬眠した個体が、目を覚ましてフラフラと出てきてしまっている可能性があります。そういう意味では、春先の出没もそれなりの件数があるかもしれません。
――秋以降についてはどう予想されていますか?
さすがに北東北で何千頭と出没するようなことはないと思います。かなりの数を捕獲しましたし、どんぐりの実りもおそらく去年ほどは悪くない。ただ昨年も、北東北ではどんぐりが凶作だったけれど、全国には豊作だった地域もあるんです。
ということは、今年も日本のどこかは凶作になるわけです。そうした地域で例年より多くのクマが出てくることはあるでしょう。
もうひとつ気になるのは、対策の効果が表れるかどうかです。政府は2025年11月に「クマ被害対策パッケージ」を発表し、環境省では2026年度の補正予算案でクマ対策を大きく積み増しました。一部の自治体では、集落周辺のクマの個体数調整や、緩衝帯の森林整備にお金を投じる動きが出てきています。
ですが、多くの自治体はまだ「出てきたクマをどう捕獲するか」に重点を置いている。それは対策ではなく「後始末」なんですよね。そもそも集落に出てこないようにするための対策が進まず、そこにどんぐりの凶作が重なればまた多くのクマが現れてしまう。
各地域のどんぐりの豊凶と、行政の取り組みの内容・スピード感、この2つが今年の出没の規模を左右すると思います。

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小池 伸介(こいけ・しんすけ)

東京農工大学大学院農学研究院教授

1979年、名古屋市生まれ。東京農工大学大学院連合農学研究科修了。博士(農学)。専門は生態学。主な研究対象は、森林生態系における生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地、神奈川県丹沢山地などにおいてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。著書に『クマが樹に登ると』(東海大学出版部)、『わたしのクマ研究』(さ・え・ら書房)、『ツキノワグマのすべて』(文一総合出版)、『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら』(辰巳出版)、『タネまく動物』(編著、文一総合出版)など。2024年よりNGO日本クマネットワークの代表も務める。

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(東京農工大学大学院農学研究院教授 小池 伸介)
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