2025年は東北各地や北海道などで街中にクマが現れた。いずれ東京都心にも出現する可能性はあるのか。
25年以上にわたりツキノワグマの生態を研究し、『クマは都心に現れるのか?』(扶桑社新書)を上梓した東京農工大学教授の小池伸介氏に聞いた――。
■東京都心にクマは現れるのか
――本書のタイトルは『クマは都心に現れるのか?』ですが、この答えはすでに出ているのでしょうか。
可能性は十分にあります。航空写真で見るとわかるのですが、関東平野の周りは山林が取り囲んでいて、千葉県と茨城県を除けばその山林とクマの分布域はほぼ一致しているんです。つまり、すでに首都圏はクマに囲まれている。
現在の東京都のクマの分布の最東端は青梅市や日の出町周辺、それから高尾山のあたりです。札幌や富山など、すでに市街地にクマが出没した都市の事例を見ると、クマは山間部から河川敷や河岸段丘をつたって移動し、本来の生息地から遠く離れた街の真ん中に現れています。
東京でも構造は同じです。多摩川の河川敷は近年樹林化が進んでいて、クマからすれば奥多摩の森から線状につながった細長い森でしかない。日常の探索活動としてその中を進んでいるうちに、気づいたら本来の生息地からかなり離れた場所まで来てしまうことは十分にあり得ます。
――青梅から先、どこまで来る可能性が考えられますか?
クマにとって数十kmの移動は日常の範囲です。首都圏の距離感でいえば、青梅から多摩川沿いに立川、府中、調布あたりまでが、その「数十km」に収まってしまう。
実際、青梅の多摩川河川敷ではすでにクマが目撃されています。このまま何もしなければ、今の分布域の先で目撃が増えていくことになるでしょう。
■旅行の前には出没情報の確認を
――東京にもクマが現れる可能性があるとなると、もし街中で遭遇した場合にどうすればいいのか知っておきたいです。
正直に言えば、できることはほとんどありません。ただ、山の中と違って市街地では、近くの車や建物に逃げ込めるというオプションがありますよね。実際にそうすることで被害を免れた方もいます。ですので、もしそれができるなら、まず車なり建物の中に入ることだと思います。
あとは、特に慣れない土地に行く際には、自治体が出しているクマの目撃情報をチェックしてほしいですね。クマが確認されているエリアを事前に把握しておくだけでも、リスクは下げられます。
■「自然破壊で山に住めなくなった」は誤解
――本書を読んでもっとも認識を改めたのが、クマが人里に現れるようになった背景でした。「人間が自然を壊したから」ではなく、むしろ逆であり、そこには社会構造が関係しているのだ、と。
かつてはクマのいる奥山と人の暮らす平地の間に、農業や林業を営む中山間地域がありました。
人がそこにいること自体が、クマと人を隔てるバッファーの役割を果たしていたんですね。
ところがこの40~50年で日本社会は大きく変わり、高齢化や過疎化により中山間地域から人がいなくなった。そして耕作放棄地が森に戻っていくことで、クマを含む動物が住めるエリアがじわじわと広がっていったんです。過去40年間で、ツキノワグマの分布域は約2倍になっています。
しかも物理的な距離が縮まっただけでなく、山から人の気配が消えたことで、クマにとっての心理的な障壁も薄れてきたと考えられます。山林が破壊されたからではなく、人がいなくなったことが今の状況を生んでいるんです。
――「山に住めなくなって人里に出てきた」という誤解は根強く存在していると思います。
たしかに高度経済成長の頃は日本が元気で人口は増えていたし、林業も盛んで奥山を開発していました。けれどもそれはせいぜいバブルの頃までの話です。わざわざ奥山の木を伐って売るなんて、今の人件費ではコストが悪すぎて到底考えられないんです。大規模な造林が行われたのも1980年代頃までで、それ以降の人工林の面積は変わっていません。
ところがニュースで「どんぐりが不作だからクマが山から出てきました」とだけ伝えられると、「食べものがなくてかわいそう」「人工林のせいで住めなくなった」というわかりやすいストーリーが簡単に作られてしまう。

そして多くの人がそれで納得してしまうんですよね。だからこそ世論が「かわいそうだから殺すな」「全部駆除してしまえ」と二極化してしまうのだと思います。
■クマ問題は「クマだけの問題」ではない
――過疎化や高齢化が背景にあるとなると、クマに対して対策するだけでは問題が解決しないように思えます。
そうですね。みなさん「クマ問題」とおっしゃるんですが、これは「クマの問題」ではありません。地方が抱える構造的な問題を、たまたまクマが表面化しただけなんです。
高齢化した集落では、昔なら収穫した柿を干し柿にしたり栗を出荷したりして稼いでいたのが、今では自家消費すらせずに放置されています。それがクマの誘引物になってしまう。被害に遭うのも高齢者が中心です。
そして出てきたクマを排除する人手も足りていないし、野生動物の問題に向き合う専門の人材も足りていません。今までは片手間でやってなんとかなっていたけれど、その限界を越えてしまった。秋田や岩手はもう目先の対応で精一杯です。
一つの県でどうにかなるレベルではなく、国全体で考えなければいけないところまで来ていると思います。
日本がこの先30年、50年でどうしたいか、地方を切り捨てるのか、あるいはどうやって残すのか、それぐらいの課題が突きつけられています。
■「かわいそう」と「すべて駆除せよ」の間
――2025年はクマに関する報道が過熱し、世間の関心もかつてないほど高まりました。日本におけるクマの捉えられ方は変わったと感じますか?
先ほど「世論が二極化している」と言いましたが、昔から「クマがかわいそうだから殺さないで」という人も「全部駆除してしまえ」という人もいたんです。ただ、どちらでもなくてフワッとしている中間層の人が多くて、だから極端な意見が目立ってなかった。
ところが、そうした中間層の人たちの中にも、昨年を通じて両極に寄ってしまった人はそれなりにいた印象があります。
片方は「全部駆除しろ」と言い、もう片方は「殺すな」「何十億円という税金をクマを殺すためだけに使うのか」と主張する。そしてどちらにも共通するのは、正しい情報にアプローチしようとしないことです。
――そうした状況を変えるには何が有効だと思われますか。
やはり中間層だった人たちを元の位置に連れ戻すということだと思います。その層はまだ情報を得ようとするし、ニュートラルな姿勢がある。そのためにいろんな媒体を使って発信し続けることも、私たち研究者の責任ではあるのかなと思っています。

――「かわいそう」でも全面駆除でもなく、クマと共存するためには何が必要なのでしょうか。
人間とクマが同じ時間帯・同じ場所に一緒にいることは絶対にできません。だから、適度な距離を維持する「すみ分け」が必要になる。そのためには、クマに対して常にプレッシャーをかけ続け、居てはいけないところのクマは獲り切ることが必要だと考えています。
油断すればクマはすぐに人間の領域を侵食してきます。今の状況はまさにそうして生まれてしまった。クマを森に押し戻す力をかけ続け、クマと人間の新たな関係を構築することでしか共存は成立しないのです。

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小池 伸介(こいけ・しんすけ)

東京農工大学大学院農学研究院教授

1979年、名古屋市生まれ。東京農工大学大学院連合農学研究科修了。博士(農学)。専門は生態学。主な研究対象は、森林生態系における生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。
現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地、神奈川県丹沢山地などにおいてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。著書に『クマが樹に登ると』(東海大学出版部)、『わたしのクマ研究』(さ・え・ら書房)、『ツキノワグマのすべて』(文一総合出版)、『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら』(辰巳出版)、『タネまく動物』(編著、文一総合出版)など。2024年よりNGO日本クマネットワークの代表も務める。

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(東京農工大学大学院農学研究院教授 小池 伸介)
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