※本稿は、和田秀樹『手放す勇気』(自由国民社)の一部を再編集したものです。
■手放してはいけない「本当の自分」は守る
あっさり手放したいものなら手放していいのですが、「自分の大切な時間」「自尊心」「本当の自分」は手放してはいけないものです。
他者からの圧力で、これらを手放さなければいけないような状況に追い込まれたとき、ビジネスでもよく使われているテクニックがあるので紹介します。
クッション話法
相手の主張をすぐ否定せず、いったん受け止めてから、自分の気持ちを伝えます。「なるほど、その視点もよくわかります。でも、そのうえで自分の気持ちを伝えると……」など。
YES/AND話法
相手からの無理な提案には「ディール(取引)」が役立ちます。「Yes,and」で自分の希望を上乗せして返します。「そうですね、それを進めるのであれば、私が希望する○○が必要です」など。
ただ手放すだけでなく、「自分が本当に必要なもの」をプラスすることで、自己効力感を保ったまま手放せます。
時間を稼ぐ交渉力
「ちょっと考えさせて」「うちに帰って家族と相談してみる」「いますぐには答えが出せません」と、冷静になって判断する時間を確保します。
焦って何かを手放すと、後悔しやすいものです。自分のペースで「なぜそれを手放すのか」「それによって何を得たいのか」を見つめ直す時間を確保することは、無力感を避けるためにも非常に大事です。
感情と事実を切り分ける
感情的な返答を避け、冷静に「できること/できないこと」を整理して伝えます。「悔しい」「納得できない」といった感情と、「それを続けることがもう難しい現実」とを切り分けると、冷静に手放す判断ができるようになります。
また、感情と行動を切り離すことも大切です。
たとえば、「介護することは思いやりと愛情の証である」と混同されがちです。介護できない人は、愛情がないのでしょうか? それは間違いです。介護ができなくても、あなたの家族への愛は変わらないのですから。
■「投影性同一視」を理解すれば自由になれる
「投影性同一視」を理解しておくと、他者に振りまわされなくなります。
投影性同一視とは、他人の感情や期待が自分の心の中に入りこんで、まるで自分の本音のように感じてしまうことです。
たとえば、親に「あなたは優等生だったのに」「もっとできるはず」といわれると、自分でもそう思わなきゃいけない、そのイメージを裏切ってはいけない、という気持ちに支配されます。
パートナーが不安がると、「安心させなきゃ」と自分も無意識に不安を背負ってしまいます。
どうしたらそこから自由になれるのでしょうか? いくつか紹介します。
感情にタグづけする
一つは、これは「だれの感情か」と自問してみます。自分の感情がモヤモヤしてきたとき、「これは私自身の気持ち? それともだれかの期待に反応しているだけ?」と問い直します。「感情にタグづけする」と、他者の感情に巻きこまれにくくなります。
身体の反応に注目する
投影性同一視が起きているとき、呼吸が浅くなる・肩がこる・胃がキリキリするなど、身体が「違和感」を教えてくれることがあります。「あ、いまの私は、だれかの気持ちを代わりに感じているかもしれない」と気づけるようになります。
■ジャーナリングで頭の中を整理する
書き出してみる(ジャーナリング)
自分の中のモヤモヤをノートに書き出すことで、「これは○○の価値観だ」「これは社会の理想像だ」と、自分のものではない感情を切り分けられるようになります。
ここで効果を発揮するのが「ツァイガルニク効果」です。人は「未完の課題」や「整理されていない気持ち」を頭の中に引きずりやすいという現象です。
「あれをやらなきゃ」「これもやらなきゃ」という未解決・未完結のもので、頭の中が埋めつくされていたら、言葉にして「書き出す」「頭から外に出す」ことで、思考がいったん区切られ、メタ認知(自分を一歩引いて見る力)が働きやすくなります。すると、感情をかなり客観的に眺められるようになります。
ウィニコット的アプローチ=「本当の自己」を守る
小児科医の名医といわれたドナルド・ウィニコットは、「真の自己(True Self)」と「偽りの自己(False Self)」の概念を提唱しました。投影性同一視に巻きこまれると、「偽りの自己」で生きざるを得なくなります。だからこそ、「これは私の選択か?」「私の欲求か?」と問い直すことが、「本当の自己」へ回帰できます。
以上のように「本当の自分を手放さないテクニック」を身につければ、他人が持ちこんできた荷物を、自分のリュックに詰めこまずに済むようになります。
自分の感情を「ラベリングする力」や他人の課題を「分離する力」と「はね返す勇気」(心理的境界線を引くこと)を持つことで、「私は私でいていい」という自己肯定感が高まります。
■「徐々に」ではなく「パッ」と手放す
じつは、手放すときのコツがあります。
それは「徐々に」ではなく、「パッ」と手放すことです。
人は同じ思考・感情・人間関係に長く触れ続けるほど、それがアイデンティティの一部となり、手放しにくくなります。
徐々に距離を取るアプローチでは、脳が「それを必要としている」と錯覚を起こし、かえって執着が強化されることがあります。だからこそ、いっきに手放すことで思考のループを断ち切る必要があります。
フロイト以降の精神分析の一部の学説では、「決断すること」「○○すると決めたと宣言すること」そのものが無意識に強い影響を与えるとされています。
人間の行動を変えるには、ある種の「儀式的な断絶」が必要であり、それが「パッと手放す」という行為に相当します。
学校を卒業するときは「卒業式」という儀式が、人が亡くなったら「お葬式」という儀式があるように、「いつかやめよう」ではなく、「いま、やめる」という明確な決断が、無意識の不安や葛藤を超えるカギになるのです。
認知心理学では、環境や思考の急な変化が脳の「再構成」を促すといわれています。徐々にではなく、パッと何かを手放すことで、脳内で「これはもう終わったことだ」という明確な区切りがつきます。
「ジャーナリング」は、「喪の作業」を短縮し、回復を早めることがあります。いっきに手放すことで、認知の切り替え=新しい自分への再スタートが容易になります。
■自分の人生の主導権を取り戻す
また、決断には「自分の人生を取り戻す力」が宿ります。徐々に何かを手放そうとすると、迷いや葛藤の中で自己否定が強くなる場合もあります。
しかし、「いま、これを手放す」と決めること(=儀式)で、自分の人生の主導権が自分の手に戻ってきます。それは、自分自身への信頼や尊厳を取り戻すことでもあります。
「少しずつ」ではなく「パッと手放す」ことには、人間の無意識・認知・行動に働きかける強い力があるのです。「手放したいこと」をパッと手放すことで、本当の自分の人生を生き始めることができるのです。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。
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(精神科医 和田 秀樹)

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