■ネトフリに対してネガティブだった日本のメディア
「WBCの独占配信権をNetflix社が150億円で買収した」という半年前の衝撃を、2026年3月のWBC開幕とともに改めて人々は目の当たりにした。
毎朝のワイドショーで、大谷翔平をはじめ選手の活躍がピックアップされると、無料視聴の手段を探してXやSNSでは連日のように騒ぎが大きくなっていった。
それに対して「テレビ局は矜持を見せろ」「電通がいなくなったからダメだったんだ」など様々なうわさが飛び交った。果てはNetflixではいかに大会の熱が広がらないとか、その視聴数も登録加入者数もテレビ放送時代とは比べ物にならない(ほど小さい)、といった記事が散見された。
私が驚いたのは【ネトフリ、「新たに契約」は4% WBC、国内で独占配信】という3月8日の共同通信の見出し記事だ。約1000名強の電話インタビュー結果だが、「試合を見たいので新たに契約した。あるいは契約する」の回答者は4.9%、省略形にしても本来5%にすべきところを、あえて見出しは「4%」となっている。150億円もかけたのに“たった4%しか増えていない”とでも言いたいのだろう、さすがに悪意のある改竄(かいざん)にしか見えなかった。
■韓国は20億なのに日本が150億のワケ
果たしてNetflixは150億円も支払う価値があったのだろうか。まずはその検証からスタートしたい。
WBCを主催するMLBの収入合計は250~300億円程度で、米国市場では地上波のFOXスポーツに80~100億、韓国や台湾は地上波・ケーブル局に10~30億程度、いずれも無料放送に販売している。
そうした中で日本が断トツの150億円、かつNetflixという「有料配信」で独占となったのは、2023年大会で日本がWBCの一番の人気スポットであったことに由来する。本イベントが米国や東アジアではなく、日本の視聴者をなによりも最大市場と捉えていたことが表れた構図となっている。
■結果はネトフリの完全勝利
3月25日、満を持してNetflix社から数字が広報された。3月5~17日と話題が途切れなかったWBCが一体どんな数字を出したのか。多くの期待とプレッシャーが同社に集まる中でようやく捻出された数字は、満額回答ともいえる「日本のNetflixで過去最大の視聴を記録!」と「世界での野球配信としても、過去最大」だった。日本でも世界でも記録的だった、ということになる。
「2026 ワールドベースボールクラシック™ 日本のNetflixで、過去最大の視聴を記録!また、世界での野球の配信としても、過去最大」
さあ、ここからは分析屋の出番である。日本と世界で一体どの数字がNo.1なのか。果たしてそれは過去の類似の世界的イベントと比べてどれほど記録的なのか。
まず3月19日時点で「米国市場」において100億円弱でこのイベント放映権を買いとった無料地上波放送のFOXが「記録的な成功」と発表している。ベネズエラVS米国の決勝戦の視聴者数は1078万人(ピーク時は1214万人)、前大会(2023年)の日本VS米国の決勝戦の448万人を2.4倍も上回る数字であった。
米国ではMLBワールドシリーズやNBAファイナルなども1000~1500万人視聴規模なので、WBCという国際野球試合がスポーツのトップブランドを確立したと言えよう(当然ながら次回2029年大会は100億円以上の金額で取引されることだろう)。
■「地面師たち」を抜いて過去最大の視聴に
難しいのは日本での数字だ。
「日本のNetflixで過去最大の視聴を記録!」は、オーストラリア戦の1790万人視聴がピーク(※)だった。それ以前にトップだったのは、2024年7月『地面師たち』(初動1カ月で590万人が3600万時間視聴)だった。
※(ビデオリサーチ社の結果:1人が1つ以上のデバイスで視聴した場合も含め延べ接触)
1人2画面のダブルカウントでも850~1790万人が同時視聴していたことになる。だがそれはあくまで2015年から日本展開してきたNetflix史上のなかでのNo.1に過ぎない。2023年のWBC決勝戦の世帯視聴率は42.4%、無料で5000万人近く観ていたという数字と拮抗させるのは難しい。
少なくとも2024年末に1000万契約に到達したNetflixが、2026年頭の段階で2000万近い契約数に達していた可能性が想像される。最終的なNetflixの成功/失敗は2026年夏ごろにどのくらい有料契約が残るか次第、ということでまだジャッジは保留すべきだろう。
■150億円は成功した投資
App Magicなどで計測すると1000万人が登録するNetflixアプリは試合期間中に倍近くに膨れ上がり、その後は大きく揺り戻しながら300~400万人といったユーザー規模は残る動きだ。
そもそも「150億円」という数字は、Netflixの場合、100万人強が入会してしまえば十分に回収できるほど、1ユーザーあたりからの回収額・率が高い。想定加入者4.9%は世帯数5600万で割れば280万契約となる。
Netflix社は年間25~30億ドル(3750~4500億円)のマーケティング費用をかけて、新規で2~4000万人の新規会員を獲得している。
単純に2025年の数字だけを見れば、1人約90ドル(1.35万円)で獲得してきたというKPIにおいて、今回残るであろう300~400万人は「おつり」が出る数字だ。Netflix視点でみれば150億円は十二分に成功した投資、と明言できる状態にある。
■ABEMAの成功例
個人的にはこの投資によって、Netflixの有料配信業界における覇権的なポジションが確立するのだろう、という感覚をもっている。
記憶に新しいのは配信事業者のABEMAが行った2022年12月にカタール・ワールドカップ(WC)だ。
配信権獲得に100億円をかけたと噂される同社の過去最大の“買い物”(※)の成果は、WC期間中に700万DLを獲得し、WAU(週間アクティブユーザー)が3409万人(前週の1243万人から+2000万人強)にも達した。
最終的にWCシーズンが越えたあとの2023年3月時点で1980万人と、昨対比1.5倍で+600万人ほどが上位固定する、というものだった。ABEMA無料登録ユーザーを一人当たり1500円で獲得したことになる。
(※ ABEMAがFIFAに払ったのは総額200億円で、NHK、テレビ朝日、フジテレビ3社が残りの金額を賄ったと言われる)
藤田晋社長は「ABEMAはワールドカップで大きな飛躍を遂げた。日本代表のおかげだが、ユーザーの高い評価のほか、コンテンツホルダや出演者からも強い興味を持っていただき、広告主の関心も非常に高くなった。ABEMAの潜在的な価値は大きく向上した」とその100億円投資を十分にペイしたものと発表している。
※Impress Watch「ワールドカップがABEMAにもたらしたもの 『価値は大きく向上』」2023年1月25日
WCからはや3年、ABEMAはいまやWAU3000万人近い数字を維持しており、明らかにあのWC配信独占がターニングポイントとなって「ユーザーが定着した」格好である。
■日本の動画配信市場の未来
ではもしNetflixのMAUが1000万から2000万に増え、その3割でも定着した場合、日本の動画配信市場はどうなるか。
2023→25年の成長率をそのまま他サイトには適用しつつ、Netflixが1.3倍になった2026年はこのグラフのようになる(これでも保守的な読みなのでNetflixの売上増はこれ以上になる可能性が十分にある)。
あくまで予測数字だが、2021~24年にU-NEXTが攻勢をかけてきたものの、Netflixは、2025~26年で再躍進して日本市場の3割シェアになるとみられる。もはや日本の動画配信市場はNetflixとU-NEXTの2社だけで過半を握る結果になる。
それ以外の動画配信はより縮小が加速する、というシナリオになっていくだろう。サブスク以外でマネタイズするAbemaなどは違う形で繁栄しつづけるOTTになるだろう。
■データでわかるWBCのリアルな視聴
今回はNetflix社のCDN(コンテンツデリバリネットワーク)としてデータ量を計測し、Netflix社と直接接続をしているコミュニティネットワークセンター(CNCI)社の協力のもと、「WBC期間中に日本中でどのくらいインターネットトラフィックが集中していたか」の計測も行った。
同社のサービスは、CNCIグループ全体で約75万世帯にインターネット接続サービスを提供している。これは日本全体の1.3%となる。
データ量は公開できないが、「インターネットトラフィックの4分の1はNetflix社に集中し、国内の他ISP(インターネットサービスプロバイダ)も同様の状態であっただろう」という結果だった。
図表4のようにNetflix社から配信される総データ量は、台湾戦(3/6)、韓国戦(3/7)、オーストラリア戦(3/8)、チェコ戦(3/10)と通常時の数十倍のトラフィックのままにどんどん階段をあげていっており、「1つのCDNから配信されたトラフィック量としては過去最大であった」、という結果だ。
■有料配信でもW杯に並んだ
図表5はカタールWCが開催された2022年11~12月に同社が計測していたトラフィック量および各メディアから公表されていたアクセス数だ。
11月23日の日本対ドイツ戦の1000万人視聴からコンスタントに上がり続けた。日本の試合4戦すべて右肩上がりで、ついに12月5日のクロアチア戦では約2300万人と視聴者を伸ばす結果となった。
あくまで視聴率であるために本当に実数かどうかが不明ではあるが、放送時に3000~5000万人が視聴する「国民イベント」の変化が見てとれる。
2022年のカタールWCでは、配信だけで無料視聴が2000万人クラスの実績をたたき出した。今回の2026年のWBCでは「有料配信」という限定性にもかかわらず、2000万人近い集客を実現するようになった。この意味では、確かにWBCが「過去最大の視聴」という表現も決して誇張ではない、ということができるだろう。
■革新的だったSNS戦略
Netflixによる配信は様々なアップデートがあった。画質はよくなり、日本戦以外も網羅的に視聴ができる。立体的なリプレイ映像の「ボリュメトリックビデオ」や、ボール軌道・スイングを足元目線から伝える「ダート・カメラ」、球場のスケール感もわかる「インドアドローン」など視聴映像としての技術レベルはあがっている。アンバサダーに渡辺謙、二宮和也、そして応援ソング稲葉浩志の『タッチ』など芸能人を起用し、裾野(すその)も広げている。
プロモーションの仕方もずいぶん革新的に感じた。「WBC最強応援団」と銘打ったクリエイターたちには、公式映像素材の使用許可が得られる。
しかもその広告収入は全額それぞれのクリエイターの収益にしてよい。全47試合で映像・音声のみなど加工をともなわないものはNG、なんらかの付加価値をつけたうえで「期間中に最低3本以上の動画配信」「日本以外の参加国を題材にした1本以上」など全体を盛り上げることに貢献してもらおうという配慮が見える。
HIKAKINの動画は「日本VSチェコ」で53万回再生、「日本VS台湾」で131万回再生だ(2026年3月15日時点)。
■視聴者属性はテレビより若い
これまではユーザーが「参加する」余地が狭かった放送メディアによる20世紀型のプロモーションに対して、Netflixによる独占は配信だけでなくSNSを使ったインタラクティブな施策はこれでもかというほどに展開されている。
かといって出場30選手のゆかりある自治体・学校でパブリックビューイングも行い、アナログなイベントも開催している(29自治体・学校が77回開催し、1万1636人が参加)。新興メディアのNetflixが視聴のウィンドウを絞りに絞ってとにかく課金・登録にと一気呵成にやっているわけではないようにも見えた。
何より画期的だったのは「視聴者属性」である。Netflixの属性は、35歳未満が30%、49歳までで53.4%だった。
メディアジャーナリストの境治氏の分析によると、TVAL(スイッチメディア社の視聴測定ツール)ではテレビ放送の属性は「35歳未満が17%未満」だったことに言及し、「(テレビ)放送がいかに高齢者よりで、配信だと若者の比率が大きく増えることが分かる」数字だと分析している。
「NetflixのWBC独占配信は、放送から配信への時代の変化を決定づけた」(境治氏)Yahoo!ニュース
女性比率も半々という数字も驚きだ。従来の「プロ野球」ファンは、GEM Partners社の「推しエンタメブランドスコープ」では女性比率3割で平均年齢も43歳となっている。今回の結果がずいぶんと年齢を引き下げ、女性に広げたという結果だ。日本戦以外を視聴したユーザーも半分以上おり、十分に視聴者の興味の幅も広げている。
■動画拡散という強力な援護
個人的にはこうした中で断トツの成果は、「WBC最強応援団」を中心としたSNSでの巻き込みである。
関連動画1700本、総再生数2.7億回(16万回/本の平均再生数)というのはYOASOBIの『アイドル』やCreepy Nutsの『Bling-Bang-Bang-Born』など世界的ヒットとなった楽曲の「歌ってみた/踊ってみた」の数字の2~3倍規模に広がったといえる。
これらのヒット曲は公式が1曲で1億回再生されると同時に、ほかのクリエイターが1~2カ月の間に1000本ほどあげて1億回再生を実現している。
エビリー社の分析ではWBCにおけるUGC(ユーザー生成コンテンツ)の動画拡散は3層構造になっていたという(図表5)。
公式281本で5329万回再生(19万回/本)、Netflix公式クリエイター達が332本で5934万回再生(18万回/本)、そして一般のクリエイターが6779本で4億回再生(6万回/人)と、ずいぶんと裾野(すその)が広い。
音楽以上に野球などのスポーツはUGCを使った切り抜きの広がりが有効で、かつ1動画単位での視聴も数万回再生と広くみられる。ということは今後、スポーツ×UGCはより広まっていくことが考えられる。
エビリー社の分析によれば、「WBCにおいては公式が素材を供給し、公式クリエイターがその素材を使って話題を広げ、一般クリエイターが熱量を持続させる多層構造」としている。著名芸能人というアンバサダーたち以上に「強力な布陣」が協力していたのがわかる。
■金があってもテレビが放映権を買えない時代
そもそも野球はNFL(アメフト)などと同じように、アメリカ発の“ドメスティック”なスポーツである。視聴者数で言えば、MLBワールドシリーズの5000万人やスーパーボウルの2億人も、全世界で視聴を集めるプレミアリーグの7.5億人(リバプールVSマンチェスター)やF1の8億人、オリンピックの30億人といったグローバルなスポーツイベントに比べれば霞んでしまう。
だが今回の結果は、野球を国際イベントにしていくことで米国・日本・東アジアにおいても1億人視聴級にしていくことが可能、という世界線が見えたことになる。
次回のWBCの交渉額は確実にあがってくるだろう。少なくともサッカーやF1のように客層を広げるためには、Netflixら配信とその連鎖で起こるSNS含めた連携が重要、という判断がMLBの頭に加わってくることだろう。
2020年代後半にかけて地上波を含むテレビ放送VS配信の対抗軸のなかで、放送側の防戦はより苛烈極まるものになってくることは容易に想像される。放送が放送としての優位性を残しながら、有料配信にはできないライブ性や年齢・性別の広げるための仕掛け、UGCを使った取り組みといった多面的な展開をしないことには(すでに金額競争で負けつつあるが)金を積んだとて放送権・配信権が獲得できない、という未来が迫っている。
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中山 淳雄(なかやま・あつお)
エンタメ社会学者、Re entertainment社長
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。
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(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)

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